■ビリヤード問題(その2)

[Q]縦横が整数比の長方形のビリヤード台がある.1つの隅から球を45°の角度で打ち出すと,何回か跳ね返ってから4隅のうちの1つに達する.このとき跳ね返る回数は?

[A]この問題に対する基本的な考え方は,球を反射させる代わりに,ビリヤード台の鏡像を枠の外に作ってやるというものである.すなわち,軌道自体を折り曲げる代わりに衝突するたびに衝突した辺を軸にビリヤード台自身をひっくり返すのである.このような図形を鏡像群と呼べば,鏡像群を貫く直線がビリヤード球の軌跡に対応し,球の折れ線の路は直線で置き換えられる.

 球の経路を求める際に直角二等辺三角形ができるためには,ビリヤード台の縦横の整数比(既約)をp:qとすると,縦方向にq−1回,横方向にp−1回折り返せばよいので,跳ね返る回数はp+q−2回となる.

 一般の長方形ビリヤードの周期性について考えると,長方形ビリヤードが周期的となるための条件は軌道方向(tanθ)が有理数であることである.軌道方向が無理数の場合,軌道は非周期的となり軌道が領域を埋めつくす(エルゴード的).それに対し,周期軌道では軌道が領域を埋めつくすことはない.周期軌道は無数に考えられるが,非周期軌道は周期軌道より圧倒的に多数を占めるのである.

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【1】クロネッカー・ワイルの定理

 クロネッカーの稠密定理とそれに密接に関連したワイルの一様分布定理により,長方形ビリヤード問題に幾何学的証明を与えることができる.→コラム「無理数・代数的数・超越数(その10)」参照

 無理数γを与えたとき,nγの非整数部分{nγ}=nγ−[nγ]のn=1,2,3,・・・としたときの分布について何がいえるであろうか?

  nγ=[nγ]+{nγ}

[1]γが有理数であれば{nγ}は有限個の相異なる値しかとらない

(証)γ=p/qならば,この数列の最初の第q項までは

  {p/q},{2p/q},・・・,{(q−1)p/q},{qp/q}=0

そして第q+1項は

  {(q+1)p/q}={1+p/q}={p/q}

以後,これの繰り返しとなる.

[2]γが無理数であれば{nγ}の値はすべて異なる

(証){n1γ}={n2γ}と仮定する.このとき,(n1−n2)γは整数→γは有理数となり矛盾.

[3]γが無理数であれば{nγ}は区間[0,1]において稠密である(クロネッカーの定理)

[4]γが無理数であれば{nγ}は区間[0,1)において一様分布する(ワイルの定理)

 ワイルの規準とは,

  『[0,1)内の実数列ξ1,ξ2,・・・が一様分布するには,すべての整数kに対して,N→∞のとき

  1/NΣexp(2πikξn)→0

が成立するときに限られる』というものである.

 ワイルの規準を用いることにより,以下の結果が示される.

[5]γが無理数であれば{n^2γ}は区間[0,1)で一様分布する

[6]P(x)=cnx^n+cn-1x^n-1+・・・+c1x+c0において,c1,・・・,cnのうち少なくともひとつが無理数であるとすると,{P(n)}は区間[0,1)で一様分布する

[7]sが整数でないならば{an^s}は区間[0,1)で一様分布する

 ところが,

[8]{alogn}はいかなるaに対しても一様分布しない

[9]γn={((1+√5)/2)^n}とする.γnは[0,1]で一様分布しない

 任意の無理数γを与えたとき,γ^nの非整数部分{γ^n}のn=1,2,3,・・・としたときの分布については,どのようなより強い結果,より深い結果が得られるのであろうか?

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【2】正方形ビリヤード問題

 クロネッカーの稠密定理は1次元の定理であるが,2次元に拡張することによって長方形ビリヤード問題に幾何学的証明を与えることができる.

 正方形のビリヤード台(0≦xi≦1)を考え,点x=(x1,x2)の初期の直線運動を

  x1=v1t+a1

  x2=v2t+a2

とする.t:時間,初期位置a=(a1,a2),初期速度v=(v1,v2)

 東西方向の壁にぶつかるときは南北方向の運動量の向きだけが逆になり,南北方向の壁にぶつかるときには東西方向の運動量の向きだけが逆になる.したがって,どんな軌道であろうと4通りの向きにしかならないのでこの運動は完全に予測可能である.

  <x>=|x|     (−1≦x≦1のとき)

  <x+2>=<x>   (すべての実数xについて)

で定義される関数を用いると,初期運動に対するビリヤードボールの運動は

  x1=<v1t+a1>

  x2=<v2t+a2>   (−∞<t<∞)

で表される.

 ある位置からある角度でビリヤードの球を発射させると,何回か壁にあたった後,最初と同じ位置・同じ角度で戻ってくる場合がある.n回壁にあった後,同じ状態に戻る場合をn周期軌道と呼ぶことにすると,与えられたnに対して発射角度を求めるというのはおなじみのビリヤード問題であろう.このとき,軌道が閉多角形であるための必要十分条件は,v1,v2が2つの有理数に比例していることである.

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【3】立方体ビリヤード問題

[1]ケーニッヒ・ズクス多角形(K・S多角形)

 それではビリヤード球が立方体の内部で各面で1回ずつ反射して,常に同じ軌道をぐるぐると周り続けることは可能だろうか? これは可能であって,そのような有限閉多角形はケーニッヒ・ズクス多角形と呼ばれる.

 スタインハウスが発見した例は各面を3×3に分割した升目の角をイス型に巡回するもの(1:2の比に対角線を分割する閉六角形)である.4つの側面の中心と底面,上面の対角線を1:3の比に分割する閉八角形も驚くほど簡単な例である.2つの軌道に共通する特徴は立方体に内接する正四面体の辺上(ケプラーの八角星)を通るということである.

 前節同様

  x1=<v1t+a1>

  x2=<v2t+a2>   (−∞<t<∞)

  x3=<v3t+a3>

が閉かつ有限多角形であるための必要十分条件はv1,v2,v3が3つの有理数に比例していることである.

 閉六角形の巡回軌道の場合,v1=1,v2=1,v3=−1とおいて

  x1=<t+1/3>

  x2=<−t+1/3>   (−∞<t<∞)

  x3=<−t+1>

と書くことができる.

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 逆にv1,v2,v3が3つの有理数に比例しなければ,無限個の辺をもつ多角形となる.その際,

[2]軌道が立方体を稠密に埋めつくす(エルゴード的)

か,

[3]有限閉多面体(ケーニッヒ・ズクス多面体,K・S多面体)の臨界平面を稠密に埋めつくす

のどちらか一方になる.

 この有限閉多面体はケーニッヒ・ズクス多面体と呼ばれ,臨界平面での運動を2パラメータ方程式

  x1=v1t+u1s+a1

  x2=v2t+u2s+a2

  x3=v3t+u3s+a3

で定めると,任意の6面にぶつかって反射した後の平面は

  x1=<v1t+u1s+a1>

  x2=<v2t+u2s+a2>   (−∞<t,s<∞)

  x3=<v3t+u3s+a3>

と記述される.

 これが閉かつ有限であるための必要十分条件は,v1,v2,v3が3つの有理数に比例しかつu1,u2,u3が3つの有理数に比例していることである.

 最も簡単なK・S多面体は

  x1=<t>

  x2=<s>

  x3=<1−t−s>

である.臨界平面はx1+x2+x3=1であるから,立方体に内接する正四面体になる.立方体に正四面体を内接させることができることは,最初ケプラーにより指摘されたことからケプラー四面体と呼ばれる.

 なお,立方体に2個の正四面体を天地逆転させて重ねて内接させた相貫体にはケプラー八角星(星形八面体)という名前がつけられている.ケプラー八角星は外側に立方体,内側に正8面体をもっている.

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【4】ケプラー八角星の極値性

 K・S多面体がケプラーの四面体のとき,立方体の中心c=(1/2,1/2,1/2)およびx=(x1,x2,x3)に対して,L∞ノルム

  ‖x−c‖∞=max(x1−1/2,x2−1/2,x3−1/2)<1/6

となる開立方体とケプラーの八角星は共通集合をもたないという重要な性質が知られている.

 それに対して,K・S多面体がケプラーの四面体でないならば,軌道は

  ‖x−c‖∞<1/6

の中に入り込むことになる.この開立方体はそれに外接する開球

  (x1−1/2)^2+(x2−1/2)^2+(x3−1/2)^2<3/6^2=1/12

で置き換えても正しい.

 任意のK・S多面体に対して,この認容的な範囲を可能な限り大きくすることを試みると

  ‖x−c‖∞<1/6

が証明される.

 2次元におけるケプラーの八角星の類似物は,頂点が単位正方形の辺の中点である正方形で,その場合,c=(1/2,1/2)およびx=(x1,x2)に対して,開正方形

  ‖x−c‖∞<1/4

あるいは開球

  (x1−1/2)^2+(x2−1/2)^2<2/4^2=1/8

が最大認容的になる.

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 ところで,スタインハウスが発見した閉六角形と閉八角形の2つの軌道に共通する特徴は立方体に内接する正四面体の辺上(ケプラーの八角星)を通るということである.これらは最大認容的開立方体

  ‖x−c‖∞<1/3

に巻きつく巡回軌道になっている.

 問題をn次元に一般化すると,n次元立方体(n=2は正方形,n=3は立方体)とk次元K・S多面体(k=1,k=n−1,K・S多角形はk=1,K・S多面体はk=2)に対して

  ‖x−c‖∞<(1/2−k/2n)

  n=2,k=1→1/2−k/2n=1/4

  n=3,k=1→1/2−k/2n=1/3

  n=3,k=2→1/2−k/2n=1/6

が成り立つことが証明されている.

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