多面体の展開図ではハサミがすべての頂点を通らなければ平面に広げることはできない.たとえば,立方体の辺に沿った展開図では8頂点を通らなければならず,そのためには7辺を切り離す必要がある.
1本の切れ込みを入れると展開図の2辺が得られるから,一般に四角柱の展開図は14角形,三角錐の展開図は6角形,四角錐の展開図は8角形,重四角錐の展開図は10角形になることがわかる.すなわち,頂点数Vの多面体の展開図の辺数eは
e=2(V−1)
となるのである.(実際に数えてみると,2種類ある正四面体の展開図ではe=3,4,11種類ある立方体の展開図ではe=8,10,12,11種類ある正八面体の展開図ではe=6,7,8,9,10が得られるが,それぞれe=6,14,10が退化したものと考えることができる.)
逆にいえば,立方体の展開図(14角形)にラベルa,b,c,d,e,f,gをつけ,ラベルを共有する2本の辺を貼り合わせると立方体の表面になる.このようなラベルや矢印の付いた多角形領域のことを構成された図形の平面モデルと呼ぶ.
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【1】2次元多様体の分類定理(その1)
ゴム膜でできた長方形の4辺(または2辺)を適当に貼り合わせることを考えてみましょう.そして,長方形を時計回りに順に一周するようなラベルをつけることにします.
すると,1組の対辺だけを向きを保ったまま貼り合わせる操作はa0a^(-1)0と書くことができます.a0a^(-1)0によって円環ができあがります.a0a0すなわち1組の対辺を向きを逆にして貼り合わせる操作によって,メビウスの帯ができあがります.円環の境界は2本の円周ですが,メビウスの帯の境界は1本の円周です.
同様に,abb^(-1)a^(-1)からは球面,aba^(-1)b^(-1)からは輪環面(トーラス),abab^(-1)からはクラインの壷,ababからは射影平面が得られます.
クラインの壷と射影平面は3次元ユークリッド空間の中では描けませんが,4次元空間考えると自己交差なしに重ね合わせることができます.また,イメージするのは難しいのですが,射影平面はメビウスの帯と円板とを縁に沿って貼り合わせたものと同相です.
円環,球面,輪環面は表から裏に行くことはありませんが,メビウスの帯,クラインの壷,射影平面では縁を越えることなしに曲面の裏側にたどりつきます.こういう面を向きづけ不可能な曲面といいます.
これら6種類はすべて2次元多様体の例です.そして,コンパクトな2次元多様体はどんなものでも,円環,メビウスの帯,球面S,輪環面T,クラインの壷K,射影平面Pの6つのものを適当に連結和したものと同相になることが知られています.これが2次元多様体の分類定理ですが,その詳細については後回しにして,次に連結和の平面モデルについて考えてみます.
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【2】平面モデル
球面S,輪環面T,クラインの壷K,射影平面Pの平面モデルはいずれも4角形でしたが,たとえば,2つ穴トーラス:2T=T#Tの平面モデルは何角形になるでしょうか?
三角形分解定理(ラドー,1920年代)により,すべてのコンパクトな曲面は平面モデルで表現することができるのですが,2Tをa,b,c,dというラベルの付いた曲線に沿って切り開くと8角形の平面モデルが得られます.
2つ穴トーラス面を真ん中で2つに分けると,トーラス面に穴のあいたものaba^(-1)b^(-1)xとxcdc^(-1)d^(-1)ができます.これらを切り開くとどちらも5角形となります.これをxで2つつなぎ合わせると辺xは内部に吸収され,8角形になるというわけです.
同様に
3T → 12角形
4T → 16角形
・・・・・・・・・・・・
100T → 400角形
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【3】2次元多様体の分類定理(その2)
基本的な曲面(球面S,輪環面T,クラインの壷K,射影平面P)の組み合わせを標準形曲面と呼びます.ここでは標準形曲面S,nT(n≧1),mP(m≧1)を取り扱うことにします.SとnTは向き付け可能,mPは向き付け不可能ですから,Sだけが孤立していますが,Sを0Tと約束するとnT(n≧0)は向き付け可能な標準形曲面となり,好都合です.
また,クラインの壷Kは2つの射影平面の連結和2P=P#Pと同相です.T#PはK#Pと同相であり,したがって3Pとも同相になります.すなわち,クラインの壷Kは射影平面Pをつけることによってみかけ上そのねじれが解消され,トーラスTに射影平面Pがくっついた形になってしまうことは驚くべきことと考えられます.
したがって,nT,mPを扱えばよいことになるのですが,以下にコンパクトな曲面の分類定理をまとめておきます.
[1]向き付け可能なコンパクトな曲面はmT(m≧0)と同相である.ただし,0Tは球面Sを意味するものとする.
[2]向き付け不可能なコンパクトな曲面はmP(m≧1)と同相である.
[3]これ以外の向き付け不可能なコンパクトな曲面は,P#mT,K#mT(m≧0)のような向き付け不可能な曲面と同相である.P#mT,K#mTを第2標準形曲面と呼ぶ.
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【4】オイラー標数
ここではコンパクトな曲面の不変量として,オイラー標数を取り上げます.
χ(S)=2,χ(T)=0,χ(K)=0,χ(P)=1
χ(mT)=2−2m,χ(mP)=2−m
χ(K#mT)=−2m,χ(P#mT)=1−2m
2つのコンパクトな曲面が同相となるための必要十分条件は
[1]同じオイラー標数をもつ
かつ
[2]ともに向き付け可能かまたはともに向き付け不可能である
ことです.このことから5Tと7Tは決して同相にはならないし,67Pと45Pも決して同相にはならないことが示されます.
Kは2Pと同相なので,向き付け不可能なコンパクトな曲面はm(≧0)個の穴をもつトーラスに1個あるいは2個の交差帽をつけたものと見ることができます.ハンドルを取り付けるには開円板を2個,交差帽を取り付けるには取り除く必要がありますから,種数mは途中に現れる穴の個数,最後にできあがる曲面のオイラー標数は2から取り除いた開円板の個数を引いた数に等しいことがわかります.
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【5】彩色数とヒーウッドの公式
オイラーの公式は単純ですが,要はその使い方であって,たとえば,多面体には3角形か4角形面か5角形面が少なくとも1つなければならないことは簡単に証明できます.
どの領域も少なくとも6つの領域で囲まれていると仮定すると
6f≦2e
また,このような問題を解くにあたっては,すべての交点で3本の境界線が会している地図だけを考えればよいので,
3v≦2e
これらをオイラーの公式に代入すると
v−e+f≦1/3e−e+2/3e=0≠2
となって矛盾を生じます.したがって,5個以下の隣接領域しかもたない領域が少なくともひとつあることになります.
平面や球面上に描かれた地図に関するオイラーの公式は
v−e+f=2
でしたが,トーラス上の地図に関するオイラーの公式は
v−e+f=0
です.
トーラスでは6個以下の隣接領域しかもたない領域が少なくともひとつあることを証明するために,どの領域も少なくとも7つの領域で囲まれていると仮定すると
7f≦2e
また,3v≦2eですから
v−e+f≦2/7e−e+2/3e=−1/21e≠0
という矛盾を引き出すことができます.
したがって,トーラスでは6個以下の隣接領域しかもたない領域が少なくともひとつあることになります.このことを利用すると,
「トーラス上のどんな地図でも7色で塗り分けられる」
ことが証明されます.ヒーウッドは実際に7色を必要とする例もあげています.
これを証明したヒーウッドはさらにg個の穴があいたトーラス上の地図に関するオイラーの公式
v−e+f=2−2g
を利用して
(1)2個の穴があいているトーラス上の地図はどれも8色で塗り分けられる
(2)3個の穴があいているトーラス上の地図はどれも9色で塗り分けられる
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(3)10個の穴があいているトーラス上の地図はどれも14色で塗り分けられる
に引き続いて,
(4)g個の穴があいているトーラス上の地図はどれもH(g)色で塗り分けられる
H(g)=[{7+√(1+48g)}/2]
を証明しました.
[・]はガウス記号で,
g:1,2,3, 4, 5, 6, 7, 8, 9,10
H:7,8,9,10,11,12,12,13,13,14
となるのですが,しかし,ヒーウッドはg≧2に対してそのような地図が実在することを示すことはできませんでした.そのため,この問題は「ヒーウッド予想」と呼ばれることになりました.
1968年,リンゲルとヤングスは,g個の穴のあいているトーラス上にこれだけの色を必要とする地図が存在することを証明したのですが,ヒーウッド予想(1890年)が最終的に証明されるまでには77年もの歳月が必要だったというわけです.
以下,
H(g)=[{7+√(1+48g)}/2]
と同値な
H(χ)=[{7+√(49−24χ)}/2]
について紹介すると,面上の多角形分割で,面数F,頂点数V,辺数Eとするとき,オイラー標数
χ=F+V−E
の閉曲面(向きづけられるか否かは不問)上の地図は,辺で境される国を別の色で塗るという条件下において,ヒーウッドの数
H(χ)=[{7+√(49−24χ)}/2] ([・]は切り捨て)
色あれば塗り分けられます(十分条件).
[注1]この公式は本来χ<0の場合にのみ有効である.ただし結果的にχ=1(射影平面)とχ=0で向きづけられる曲面(輪環面)では必要十分な正しい値(それぞれ6と7)を与える.χ=2(球面)のときには4を与えるが,これは「偶然の一致」であって四色問題の解ではない(∵上の公式を導くときχ<0という条件を本質的に使っている).
[注2]これは十分条件であって,必要条件(どうしてもそれだけの色がいる)ではない.結果的にはχ=0で向きづけられない曲面(クラインの壷)以外の曲面ではすべて正しく必要十分な色数を与えている.クラインの壷は唯一の例外で公式の値は7だが,実は6色で必要十分である.必要性は部分的(χの特別な値の例)には19世紀末から知られていたが,最終的にはヤングスとリンゲルとが共同研究して1968年に完全に証明された.
実際の彩色数は
N(S)=4,N(P)=6,N(T)=7,N(K)=6
なのですが,ヒーウッド数は
H(S)=4,H(P)=6,H(T)=7,H(K)=7
となり,クラインの壷では一致しません.しかし,クラインの壷以外のすべての向き付け可能・不可能な曲面に対して,彩色数はヒーウッドの公式で与えられます.たとえば,
χ(3P)=−1 → H(3P)=7
χ(2T/4P)=−2 → H(2T/4P)=8
χ(5P)=−3 → H(5P)=9
χ(3T/6P)=−4 → H(3T/6P)=9
χ(7P)=−5 → H(7P)=10
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【6】四色問題
平面上の四色問題では,地図が平面ではなく球面上に描かれているものとすると,外部領域は他の領域と何の違いもないことになります.したがって,外部領域を塗っても塗らなくても構わないことになり,平面上の四色問題は球面上の四色問題と等価と考えることができます.
ヒーウッドは五色定理を鮮やかに証明できても,四色定理を証明することはできませんでした.したがって,平面・球面上の四色問題よりも先に,トーラス上の地図の塗り分けには7色必要であることが証明されたことになります.
ヒーウッドの式はgが正の数の場合にしか適用できないのですが,仮にg=0を代入するとH(0)=4となって,穴のあいていないトーラスすなわち球の表面に置かれた地図を塗り分けるために必要な色の数を正しく導き出すことができます.しかし,残念ながらこれは偶然の一致であり,ヒーウッド予想の証明から四色定理を導くことはできません.
大きい種数gに対するヒーウッドの公式は四色問題が証明されるよりもかなり前に証明されているのですが,種数0の場合,つまり平面的集合の場合が最も難しいという事実は注目すべき事です.
四色問題の証明では,地図を電気回路とみなして
4f2+3f3+2f4+f5−f7−2f8−3f9−・・・=12
の条件の下の放電(電荷の移動)に帰着させる(放電法)のですが,この手続きにはどうしてもコンピュータが必要になりました.
アペルとハーケンの後も放電法の改良が続けられ,1994年,ロバートソン,サンダース,シーモア,トーマスの4人が新たな1章をつけ加えました.しかし,これとて基本的にはアペル,ハーケンと同じコンピュータ路線なのです.確かにコンピュータを使った証明を美しいあるいはエレガントな数学と呼ぶことはできないかもしれません.コンピュータを使わない証明にはこれまでにないようなまったく新しいアイディアが必要になると思われるのですが,そうしたアイディアは今日もなお登場していないのです.
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[参]コラム「オイラーの公式と四色定理」
コラム「ヒーウッドの公式について」