■平均律関数の分数関数近似

 ピアノやオルガンのような鍵盤楽器では1オクターブの間を12の音に分けていますが,転調のためには平均律,すなわち,1オクターブの音程を対数目盛を用いて12等分しています.

  r=2^1/12=1.059463094

としてf(x)=1,r,r^2,・・・,r^11,2=2^xですが,この指数関数を平均律関数と呼ぶことにします.

 rは無理数ですから,ピタゴラス音階のように整数比で表すことはできないのですが,ビンセンツォ・ガリレイ(ガリレオ・ガリレイの父)は

  18/17=1.0582・・・

で近似しました.

 また,メルセンヌは

  (2/(3−√3))^1/4=1.05973・・・

で近似しました.この式は平方根だけを含む式なので幾何学的に作図できる方法になっています.

 しかし,現実に楽器の設計に応用するのは難しく,カリレイの近似値より正確で,メルセンヌのものより使いやすいものが必要になりました.1743年,職人のシュトレーレは数学的訓練を積んでいませんでしたが,平均律関数の単純で実用的な近似式

 (24+10x)/(24−7x)

を与えました.

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【1】√2のディオファントス近似

 今回のコラムでは,平均律関数を分数関数

  L(x)=(αx+β)/(γx+δ)   x=1,1/12,・・・,11/12,2

で近似することを考えます.

 f(0)=1,f(1/2)=√2,f(1)=2ですからL(0)=1,L(1/2)=√2,L(1)=2を満たすようにα,β,γ,δを定めると

  L(x)=(2x+√2(1−x))/(x+√2(1−x))

が補間関数となります.

 ここで√2が出てきましたが,たとえば,これを41/29で置き換えてみると

 (41+17x)/(41−12x)

がよい分数関数近似式になっていることがわかります.

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 無理数を有理数で近似するには,連分数展開

  √2=[1;2,2,2,2,2,・・・]

の近似分数を用いるべきであるということはよく知られています.ここでは,連分数展開と本質的には同等の√2に収束する数列を考えることにします.まず

  (1+√2)^n=an+bn√2

  (1−√2)^n=an−bn√2

を満足させるような整数列{an},{bn}を考えます.これらの数列は

  an^2−2bn^2=(−1)^n

となる関係式で結ばれていて,

  an/bn→ √2

ですから,√2に最も近い分数を与えることがわかります(最良近似).

  an+1+bn+1√2=(1+√2)^n(an+bn√2)

          =(an+2bn)+(an+bn)√2

より

  an+1=an+2bn,bn+1=an+bn

  an+1=an+2bn=an+2(an-1+bn-1)

 =an+an-1+(an-1+2bn-1)=2an+an-1

  bn+1=an+bn=(an-1+2bn-1)+bn

 =(an-1+bn-1)+bn+bn-1)=2bn+bn-1

より

  an+1=2an+an-1,bn+1=2bn+bn-1

 α,βを2次方程式x^2−2x−1=0の根1±√2として,

  an+1−αan=β(an−αan-1)=β^2(an-1−αan-2)=・・・=β^(n-1)(a2−αa1)

α,βを入れ替えると

  an+1−βan=α^(n-1)(a2−βa1)

  an+1−αan=β^(n-1)(a2−αa1)

 したがって,整数列{an}の一般項は

  an={α^(n-1)(a2−βa1)−β^(n-1)(a2−αa1)}/(α−β)

α=1+√2,β=1−√2,初期値をa1=1,a2=3とすると

  an=1/2{(1+√2)^n+(1−√2)^n}

 整数列{bn}でも同じ漸化式ですから,同じ一般項になります.

  bn={α^(n-1)(b2−βb1)−β^(n-1)(b2−αb1)}/(α−β)

初期値をb1=1,b2=2とすると

  bn=1/2√2{(1+√2)^n−(1−√2)^n}

 ここで,n→∞のとき(1−√2)^n→0ですから

  an/bn→ √2

となるのを確かめることができます.

 このとき,an,bnの値は

n  1  2  3  4  5  6  7  8  9  10

an 1  3 7 17 41 99 239 577 1393 1363

bn 1 2 5 12 29 70 169 408 985 2378

であり,その近似分数は1/1,3/2,7/5,17/12,41/29,・・・というわけですが,たとえば,すべての有理数

  p/q  (p≦41,q≦29)

の中で41/29=1.41379・・・が√2の最もよい近似値であるのです.

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 √2の近似値は1/1,3/2,7/5,17/12,41/29,・・・です.√2は2つの整数の比p/qではないので,√2=p/qすなわちp^2=2q^2になるような2つの整数p,qを見つけることはできません.しかし,誤差±1を許すことにすると

  2q^2=p^2±1  (ペル方程式)

なる2つの整数p,qを見つけることができます.

  2^2+2^2=3^2−1

  5^2+5^2=7^2+1

  12^2+12^2=17^2−1

  ・・・・・・・・・・・・・

 このような分数を全部求めるには1/1から出発して1+1=2が次の分母になり,1+2=3が次の分子になる,3+2=5が第3の分母,2+5=7が第3の分子になって,同様に続いていくという算術的な規則があります.

 1/1↓ ↑3/2↓ ↑7/5↓ ↑17/12↓ ↑41/29↓ ・・・

 すなわち,ペル方程式:p^2−2q^2=±1を満たすp/qがひとつの分数で,P/Qが次の分数だとすると

  Q=p+q,P=q+Q=p+2q

  P^2−2Q^2=2q^2−p^2=±1

となって,P/QもまたP^2−2Q^2=±1となる分数を与えることができることになります.1/1から始まって次々に解となる分数を見つけることができるというわけです.

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【2】シュトレーレの近似式

  L(x)=(2x+√2(1−x))/(x+√2(1−x))

の√2に17/12を代入すると

 (17+5x)/(17−5x)

となって,シュトレーレの近似式

 (24+10x)/(24−7x)

とは異なります.

 しかし,L(x)の分子と分母を2で割って

  L(x)=(x+1/√2(1−x))/(x/2+1/√2(1−x))

ここで,1/√2を12/17で置き換えると

 (24+10x)/(24−7x)

になり,正しくシュトレーレの近似式です.

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【3】雑感

 シュトレーレは数学的な訓練を受けていなかったので,彼がどのようにしてこの近似式を発見したのかは謎のままである.おそらく職人的な直観によるものと思われるが,あまり正確ではないと誤って評価されてしまった.この誤った評価は1957年にバーバーがその誤りを発見するまで続いた.

  f(1/2)=L(1/2)=√2=1.141421

であるが,シュトレーレの近似式では

  58/41=1.41463

 バーバーはシュトレーレの近似式が正確な理由を,この式が非常に正確なのは平均律関数の分数関数近似(近似理論)と√2のディオファントス近似(数論)という2つのよい近似を効率的に組み合わせているからと結論した.

 バーバーの数学的発見のおかげでシュトレーレの名誉回復がなされた.それにしてもシュトレーレはいったいどうやって近似式を思いついたのだろうか?

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