オイラーのゼータ関数では三角級数
f(x)=Σcos(2nx)/n^s (n=1~)
g(x)=Σsin(2nx)/n^s (n=1~)
が本質的な役割をしているのですが,杉岡幹生氏はこの関数を用いていろいろな「杉岡の公式」を生み出してきました.コラム「奇数ゼータと杉岡の公式」シリーズはそのことを取り上げていたシリーズですが,今回のコラムでは三角関数の拡張について紹介したいと思います.
三角関数を一般化したものとしては楕円関数が代表的です.ベッセル関数Jnも三角関数の1種といえるかもしれませんが,今回のコラムではもう一つ別の方向の一般化である多重三角関数についてまとめてみることにします.
[参]黒川信重「オイラー探検」シュプリンガー・ジャパン
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【1】オイラーと三角関数
オイラーは三角関数sinxの零点が0,±π,±2π,±3π,・・・であることから三角関数を因数分解して,無限乗積
sinx=xΠ(1−x^2/n^2π^2)
sin(πx)=πxΠ(1−x^2/n^2)
を得ました.
sinxの無限乗積とベキ級数展開(テイラー展開)
sinx=x−x^3/3!+x^5/5!−x^7/7!+・・・
を用いれば,偶数ゼータの値
ζ(2)=π^2/6,ζ(4)=π^4/90,ζ(6)=π^6/945,ζ(8)=π^8/9450,・・・
が得られます.
S1(x)=2sin(πx)=2πxΠ(1−x^2/n^2)
と定義すると,n分値,2n分値に関して
ΠS1(k/2n)=n^(1/2) (k=1~n-1)
ΠS1(k/n)=n (k=1~n-1)
が成り立ちます.
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【2】ヘルダーの2重三角関数
ヘルダーは1880年代に2重三角関数
S2(x)=exp(∫(0,x)πtcot(πt)dt)
=exp(x)Π((1−x/n)/(1+x/n))^nexp(2x)
を研究しました.
n→∞のとき,
(1−x/n)^n→exp(−x)
(1+x/n)^n→exp(x)
((1−x/n)/(1+x/n))^nexp(2x)→1
となることはは容易に理解されるところですが,三角関数の一般化になっているかどうか直ちにはわかりません.
∫(0,x)πcot(πt)dt=log(sinπx)
より
S1(x)=2exp(∫(0,x)πcot(πt)dt)
また,
S2(x)=exp(∫(0,x)πtcot(πt)dt)
と表示されますから,三角関数の類似物になっていることがおわかりいただけるでしょう.この関数は初等関数では表すことができません.
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【3】黒川の3重三角関数・多重三角関数
黒川先生はヘルダーの研究にならって,20年ほど前から3重三角関数
S3(x)=exp(∫(0,x)πt^2cot(πt)dt)
=exp(x^2/2)Π(1−x^2/n^2)^n^2exp(x^2)
を導入しています.
n→∞のとき,(1−x^2/n^2)^n^2→exp(−x^2)
ですから
(1−x^2/n^2)^n^2exp(x^2)→1
一般のr≧2に対しては
Sr(x)=exp((x^r−1/(r−1))Π{Pr(x/n)Pr(−x/n)^(-1)^(r-1)}^n^(r-1)
Pr=(1−x)exp(x+x^2/2+・・・+x^r/r)
で定義するのですが,正規化のための係数を除けば
exp(∫(0,x)πt^(r-1)cot(πt)dt)
という別表示をもっています.この関数(多重サイン関数)は初等関数では表されません.
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【4】多重三角関数の性質
多重三角関数については興味深いことがいろいろと知られていて,いくつかの特徴的な性質を有しています.多重三角関数の詳細については
[参]黒川信重「オイラー探検」シュプリンガー・ジャパン
のなかで紹介されており,まったくその受け売りになりますが,・・・
(1)対称性
S1(−x)=−S1(x)
S2(−x)=S2(x)^(-1)
S3(−x)=S3(x)
(2)周期性
S1(x+1)=−S1(x)
S2(x+1)=−S2(x)S1(x)
S3(x+1)=−S3(x)S2(x)^2S1(x)
(3)2分値
S1(1/2)=2
S2(1/2)=2^(1/2)
S3(1/2)=2^(1/4)exp(−7ζ(3)/8π^2)
ここで,
S1(1/2)=2
は
Σζ(2m)/m4^m=log(π/4)
S2(1/2)=2^(1/2)
はオイラー積分
I=∫(0,π/2)log(sinx)dx=-π/2log2
の言い替えになっています.
オイラーは,フーリエ展開といわれるずっと前に
log(sinx)=-Σcos(2nx)/n-log2
であることをつきとめ,これを代入して計算すれば
1/1^3+1/3^3+1/5^3+・・・=π^2/4log2+2∫(0,π/2)xlog(sinx)dx
ζ(3)=2π^2/7log2+16/7∫(0,π/2)xlog(sinx)dx
S3(1/2)=2^(1/4)exp(−7ζ(3)/8π^2)
はその言い換えになっているというわけです.
(4)n分値
ΠS1(k/n)=n
ΠS2(k/n)=n^(1/2)
テータ関数やアイゼンシュタイン級数の性質,たとえば,
Ek(z+1)=Ek(z) (周期性)
Ek(-1/z)=z^kEk(z) (双対性)
の双対性の代わりに対称性が加わったもの(半保型性?)といってもよいかもしれません.
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[補]ゼータとポリログ関数
ζ(3)=2π^2/7log2+16/7∫(0,π/2)xlog(sinx)dx
の∫(0,π/2)xlog(sinx)dxはログサイン積分とも呼ぶべきものですが,ここでゼータ関数に関係するポリログ関数(polylogarithm)を導入することにしましょう.
ポリログ関数は
ジログ関数(アーベル・ロジャース・スペンス関数):
L2(x)=Σx^n/n^2=-∫(0,x)log(1-t)/tdt
Ln+1(x)=∫(0,x)Ln(t)/tdt
のように積分で定義される関数(積分関数)ですが,
トリログ関数:L3(x)=Σx^3/n^3,
テトラログ関数:L4(x)=Σx^4/n^4,
ペンタログ関数:L5(x)=Σx^5/n^5,
・・・・・・・
などを総称してポリログ関数と呼びます.
特に
Ln(1)=(-1)^(n-1)/(n-1)!∫(0,1){log(t)}^(n-1)/(1-t)dt
=ζ(n)
より,Ln(1)はゼータ関数の特殊値となります.
ポリログ関数の公式を用いると,オイラーの等式
ζ(3)=2π^2/7log2+16/7∫(0,π/2)xlog(sinx)dx
に相同な等式
L3(1)=ζ(3)=5/4L3(φ^(-2))+2π^2/15logφ-2/3(logφ)^3
φ=(1+√5)/2
を得ることができます.
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[補]その他の多重化関数
多重ゼータ関数,多重ガンマ関数,多重ポリログ関数などについてはよく知らないのですが,いずれも多変数化したものを指すようです.
したがって,多重ガンマ関数とポリガンマ関数はまったく別物です.ガンマ関数の対数微分であるジガンマ関数φ(x)は
φ(x)=d/dx{logΓ(x)}=Γ'(x)/Γ(x)
で定義されます.また,その逐次導関数φ’(x),φ”(x),・・・,φ(k)(x),すなわち,トリガンマ関数,テトラガンマ関数,ペンタガンマ関数などを総称してポリガンマ関数と呼びます.
なお,ガンマ関数にも多重サイン関数のような無限積表示
Γ(x)=∫(0,∞)t^(x-1)exp(−t)dt
=1/xΠ(1+1/n)^x(1+x/n)^(-1)
が知られています.
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