2006年,ラマヌジャン予想(1916年)を深化させた佐藤予想の楕円曲線版(佐藤・テイト予想)が,ハーバード大学のリチャード・テイラーによって証明されました.今回のコラムでは,この100年に一度の大発展を取り上げてみたいと思います.
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【1】ラマヌジャン予想と佐藤予想
ラマヌジャンは,
Δ(z)=η(z)^24=qΠ(1-q^n)^24=Στ(n)q^n
zは虚部が正の複素数で,q=exp(2πiz)
η(z)はデデキントのイータ関数,η(z)=q^(1/24)Π(1-q^n)
を考え,そのフーリエ係数τ(n)を計算しました.
τ(1)=1,τ(2)=-24,τ(3)=252,τ(4)=-1472,τ(5)=4830,τ(6)=-6048,
τ(7)=-16744,τ(8)=84480,τ(9)=-113643,τ(10)=-115920,
τ(11)=534612,τ(12)=-370944,・・・
無限積をベキ級数に展開した式(フーリエ展開)が登場しましたが,このΔ(z)は,重さ12の保型形式
Δ(az+b/cz+d)=(cz+d)^12Δ(z)
と呼ばれるものになっていて,オイラーの五角数公式の拡張(24乗版)と考えられます.
ラマヌジャン数は,オイラーの分割数のアナローグであり,
(1)mとnが素ならば,τ(m)τ(n)=τ(mn)
τ(2)*τ(3)=-6048=τ(6),τ(2)*τ(5)=-115920=τ(10)
τ(3)*τ(4)=-370944=τ(12),τ(2)*τ(9)=2727432=τ(18)
τ(4)*τ(5)=-7109760=τ(20),τ(3)*τ(7)=-4219488=τ(21)
(2)τ(p^(n+1))-τ(p^n)τ(p)=-p^11τ(p^(n-1))
(3)τ(n)=(nの約数の11乗の総和) (mod 691)
など,驚くような性質をもっています.
1916年,ラマヌジャンはラマヌジャン数のゼータについて考え,ある予想をたてました.ラマヌジャン数のゼータ,すなわち,
L(s)=Στ(n)n^(-s)
とおくと(オイラー積のアナローグ)
L(s)=Π{1-τ(p)p^(-s)+p^(11-2s)}^(-1)
が成り立つことを予想したのです.
歴史上最初のゼータであるオイラー積
ζ(s)=Σn^(-s)=Π(1−p^(-s))^(-1)
は積の中身がp^(-s)の1次式であり,本質的には1次のゼータでしたが,L関数では,p^(-1)の1次式から2次式に進化しているのです.ラマヌジャン数のゼータは,歴史上最初の2次のゼータといえるのですが,新種のゼータに関するこの予想は,翌年,モーデルによって証明されました(1917年).
また,τ(p)はpが増加するとき,急激に増加するのですが,1974年,ドリーニュによって,ラマヌジャン予想,
|τ(p)|<2p^(11/2)
が証明されています.この式はp^(-s)=xとおいた2次式
1-τ(p)x+p^11x^2
の虚根条件(判別式:τ(p)^2-4p^11<0)となっていることに注意して下さい.
このようにして,
τ(p)=2p^(11/2)cosθp (0≦θp≦π)
なるθpがただひとつとれます.そこで,任意に固定された0≦a≦b≦πに対して,偏角θpが[a,b]となる素数密度は
2/π∫(a,b)sin^2θdθ
で与えられるだろうという佐藤幹夫予想がたてられています.すなわち,θp=π/2のあたりに多く分布していることを予想しているというわけです.
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【2】佐藤・テイト予想
一方,デデキントのイータ関数,
η(z)=q^(1/24)Π(1-q^n),q=exp(2πiz)
において,関数
F(z)=η(z)^2η(11z)^2
=qΠ(1-q^n)^2(1-q^11n)^2=q-2q^2-q^3+2q^4+q^5+2q^6-2q^7+・・・
=c(n)q^n,q=exp(2πiz)
を考えます.c(n)はF(z)のフーリエ係数です.
c(1)=1,c(2)=-2,c(3)=1,c(4)=2,c(5)=1,c(6)=2,c(7)=-2,・・・
F(z)は,
ad-bc=1,c=0(mod 11)
なる任意の整数a,b,c,dに対して
F(az+b/cz+d)=(cz+d)^2F(z)
を満たします.このとき,F(z)は重さ2の保型形式をもつといいます.
また,F(z)のフーリエ係数c(n)を使って,ディリクレ級数
φ(s)=Σc(n)/n^s
を定義します.ディリクレ級数はリーマンのゼータ関数
ζ(s)=Σ1/n^s
を一般化したものです.
楕円曲線EのL関数(後述)
L(s;E)=Π{1-c(p)p^(-s)+p^(1-2s)}^(-1)
の積Πは11以外のすべての素数をわたります.ラマヌジャンは,このとき,
L(s;E)=φ(s)
を予想しています.この予想はヘッケによって証明されました(1937年).
また,c(p)はpに比べて小さく,
|c(p)|≦2√p
を満たすことが証明されています(アイヒラー,1954年).
そこで,
cosθp=c(p)/2√p,c(p)=2√pcosθp
とおくと,数論における楕円曲線のヴェイユ・ゼータに関する佐藤(幹夫)予想とは,楕円曲線Eの位数の分布に関するもので,Eが虚数乗法をもたないとき,偏角θpが任意に固定された0≦a≦b≦πに対して,偏角が[a,b]となる素数密度:
#{p≦x;a<θp<b}/π(x) 〜 2/π∫(a,b)sin^2θdθ
すなわち,その角分布はsin^2θに比例するであろうというものです.
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【3】有限体上の楕円曲線とL関数
ここでは有限体上の楕円曲線について説明しますが,まず,整数を法pで考えた有限体Fpの上の3次方程式の群の位数について考察します.係数をFpにもつ3次方程式
y^2=x^3+ax+b=f(x)
を考えて,非特異であるための必要十分条件は,p≠2,かつ,Fpの元として(mod pで)
2^2a^3+3^3b^2≠0
です.
一般論に進む前に,具体例を掲げておきましょう.有限体F5上の非特異3次曲線
y^2=x^3+x+1=f(x)
について,
f(0)=1(平方剰余) → y=±1
f(1)=3(平方非剰余)
f(2)=11=1(平方剰余) → y=±1
f(3)=31=1(平方剰余) → y=±1
f(4)=69=4(平方剰余) → y=±2
ですから,無限遠点を含めて9つの点が見つかります.可換群の構造が入るのは,有限体Fpにおいても同様で,この場合,位数9の可換群となります.
一般のFpについて,Fp={0,1,・・・,p−1}を方程式:y^2=f(x)に代入してみましょう.すると
(1)f(x)=0なら1つだけの解y=0がある.
(2)f(x)≠0ならf(x)のとり得る0でない値の半分に対して,yとして2つの解がある.したがって,
C:y^2=x^3+ax+b=f(x)
の有限体Fpにおける群の位数(元の個数)#E(Fp)は,f(x)の値が平方と非平方に均等に分布していれば,およそp+1個の点が期待できます.
よって,解の個数は,
#E(Fp)=p+1+(誤差項)=p+1+Mp
の形になることがわかります.
c(p)=−Mp
で定義することにしますが,次の関数
L(s;E)=Π(1-c(p)p^(-s)+p^(1-2s))^(-1)
を楕円曲線EのL関数といいます.
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【4】佐藤・テイト予想の解決
角分布がsin^2θに比例するという佐藤予想の最初の記述は,資料によると,昭和38年(1963年)のことなのですが,sin^2予想でt=cosθとおけば,
偏角が[a,b]となる素数密度 〜 2/π∫(α,β)√(1-t^2)dt
となりますから,これも1種の半円則となっていることがわかります.
佐藤・テイト予想には,多くの言い換えがあって,
(1)x^2+Mpx+p=0
の解を
x=√pexp(iθ)=√p(cosθ±isinθ)
とするとき,その角分布はsin^2θに比例する
(2)Mp/2√pが√(1−x^2)に比例する
(3)ハミルトンの4元数環(フルヴィッツの整数):(a+bi+cj+dk)/2の半径pの格子点3次元球面:a^2+b^2+c^2+d^2=4pの一様分布の実軸方向への射影である
といっても同じことです.
佐藤予想は現在も未解決で,リーマン予想に匹敵する予想であるといわれています.ところが,驚いたことに2006年になって,ハーバード大学のリチャード・テイラーによって佐藤予想の楕円曲線版(佐藤・テイト予想と呼ばれる)が証明されました.佐藤予想そのものの証明ではないにせよ,100年に一度の大発展といえるのです.
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