■陽馬の木工製作

 立方体を平面で切り分けると三角形,四角形,五角形,六角形などの断面が現れる.ある頂点と隣り合う3個の頂点を通るように断面を選ぶと,正三角形の断面をもつ三角錐が切り分けられる.立方体からはこのような三角錐を4個切り出すことができて,あとに正四面体が残ることになる.

 次に正四面体をとり,半分の高さの所で底面と平行に切れば,元の正四面体の1辺の長さの半分の正四面体が切り分けられる.4個の頂点すべてを同様に切り離せばあとに正八面体が得られる.

 中川宏さんはこれまでいろいろな空間充填多面体の分割体を調べてこられたのだが,今回のコラムでは中川さんが木工製作された立方体の三等分体「陽馬」について説明したい.

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【1】角錐の体積公式

 陽馬とは立方体の三等分体であり,その展開図は1辺の長さ1の正方形,1:1:√2の直角三角形2枚,1:√2:√3の直角三角形2枚からなる四角錐である.木工製作上,陽馬は立方体の対角線上を45°で2回切稜するとできあがる.

 同じ陽馬3個で立方体になるので,一個の陽馬の体積は元の立方体の体積の1/3である.すなわち,陽馬を用いると

  角錐の体積=角柱の体積×1/3=底面の面積×高さ×1/3

であることが一目瞭然となる.百聞は一見にしかず,以下,その写真を掲げる.

 また,陽馬を2つ合わせると底面が1×2の長方形,高さが1の四角錐,陽馬を4つ合わせると底面が2×2の正方形,高さが1の四角錐になる.

 このことからも角錐の体積公式

  角錐の体積=角柱の体積×1/3=底面の面積×高さ×1/3

が理解されるのだが,後者について説明すると4個の立方体(12個の陽馬)から,底面が2×2の正方形,高さが1の四角錐3個ができるから,1つの角錐の体積は4個の立方体を合体させた底面が2×2の正方形,高さが1の四角柱の1/3であることがわかる.

 陽馬1個では頂点は底面の角の上,陽馬2個では頂点は底面の辺の上,陽馬4個では頂点は底面の中心の上になる.陽馬は底面に対して頂点の位置が斜めに傾いた斜角錐であるが,直角錐でも斜角錐でも頂点の位置に関わりなく同じ体積になること(カバリエリの原理)を理解させるのにも優れた模型であると思う.カバリエリの原理とは要するに輪切りにしてずらしたものは同じ体積になるという直観的に正しいことをいい換えたものにすぎないのである.

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【2】工藤の空間充填三角錐の展開図

 ところで,コラム「ボロノイ細胞と平行多面体(その6)」で紹介した工藤の空間充填三角錐とは,辺の長さの比が2:√3:√3の三角形を4枚貼り合わせてできる三角錐であり,この立体8個で相似な立体をなす単独空間充填多面体である.

 立方体を各面を底面として中心から放射状に6等分すると四角錐が6個できる.これを1/6四角錐と呼ぶことにする.この四角錐を正方形面の対角線で2等分したものが1/12三角錐,対角線で4等分したものが1/24三角錐である.1/24三角錐2個を底面同士で貼り合わせると,六面体ではなく,辺の長さの比が2:√3:√3の三角形を4枚貼り合わせた三角錐(2/24三角錐)ができる.これが工藤の空間充填三角錐である.すなわち,工藤の三角錐は立方体あるいは菱形十二面体の六等分体から出発して発見されたものである.

 工藤の三角錐にはもう一つ面白い性質が知られている.空間充填四面体でかつその展開図が平面を隙間なく敷き詰めるという性質である.工藤の三角錐の展開図は三角形あるいは平行四辺形になる.したがって,厚紙からその展開図をいくつも切り出す場合,まったく無駄を生じないことになる.

 これを利用するとロールペーパーから牛乳のテトラパックのような紙容器を効率よく作ることができるのだが,この性質は

  中村義作「数理パズル」中公新書427

で初めて紹介されたものだという.

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 工藤の三角錐は空間充填立体(space filler)であるとともに,その展開図(三角形であれ平行四辺形であれ)も平面充填図形になっている.すなわち,ダブル充填可能というすばらしい利点をもっていて,ひとつには隙間なく詰め込めるので保管が効率的に行えること,2つ目のメリットはテトラパックの型紙(平行四辺形,長方形)を大きなロール紙から無駄なく裁断できるという点である.

 なお,1/24三角錐をさらに半分に切り分けて1/48三角錐を作ると,その展開図は1:1:√2の直角三角形2枚,1:√2:√3の直角三角形2枚からなる.この三角錐の展開図は3組の対辺がすべて平行な六角形になり,平面を隙間なく敷き詰められることが知られている.

 また,中村義作「数理パズル」中公新書427には展開図が平面充填五角形になる四面体も紹介されているとのことである.この五角形を2個組み合わせると3組の対辺がすべて平行な六角形になるのだが,平行六辺形を敷き詰めたものを基本にして2個,3個,4個の五角形に分割した平面充填形が知られている.カイロのタイル貼りは平行6辺形の4分割の例である.

  [参]秋山仁「知性の織りなす数学美」中公新書

には工藤の三角錐以外にもダブル充填可能な凸n面体が掲載されている.現在までn=4,5,6,7,8,9,12に対してダブル充填可能立体が明らかにされているものの,それらをすべて決定することはかなりの難問であるとのことである.n=10,11は本当に存在しないのだろうか?

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 非常に単純だが,深淵な数学的発見が今日なお可能である一つの例として,正多角形でない多角形による平面充填形があげられる.ただし,非凸な多角形による平面のタイル張り問題は難しいので,ここでは正多角形ではない不規則な凸多角形に限ってみる.三角形と四角形の場合は凸でなくてもよいのであるが,どんな形の三角形,四角形でも平面を過不足なく敷きつめることができる.凸六角形では本質的に異なる3つのタイプの六角形だけが平面を埋めつくす.また,凸な多角形では七角以上になるとどんな型のものもうまくいかない.

 五角形は特に興味津々である.正五角形はどうしても隙間があいてしまうが,凸五角形ではホームベース形も含めて,現在,14種の平面充填形が知られている.六角形に関しては3種類以外のものは存在しないことが示されているが,五角形に関しては14種ですべてかどうかはまだ証明されていない.このような問題はとかくとり漏らしやすいもので,見逃されているものがあるやもしれない・・・.

 五角形のタイル貼りについては数学者のラインハルトや物理学者のケルシュナーが研究していたのだが,1975年にはほとんど数学を学んだことのない主婦ライスが「サイエンティフィック・アメリカン」誌の記事に触発されて,五角形で平面を敷き詰めるパターンでそれまで知られていないものを3種類も発見したほどである.

 彼女は5人の子供の母親で,台所仕事をしながら数学の教授達があり得ないといった新しい五角形タイルを発見した.また,彼女は高校より上の教育は受けていなかった.新たに何か学んで新しい発見をするのに何歳になっても遅すぎることはないという教訓である.まだ新しいタイプが発見される可能性が残されている.興味と熱意と根気のある読者は是非挑戦されたい.

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【3】中川の空間充填六面体

 工藤の三角錐は,菱形十二面体の分割から出発して発見されたものであるが,中川宏氏は切頂八面体の分割から「中川宏の空間充填六面体」を発見した.驚いたことに,中川宏の空間充填六面体4個を併せると工藤の空間充填三角錐ができる.菱形十二面体の六分割と同じ方法で切頂八面体の六分割を試みたら何かできるに違いないとは想像していたものの,それが工藤の三角錐になるとは思いも寄らなかった.

  →コラム「ボロノイ細胞と平行多面体(その9)」参照

 中川の六面体96ピースで菱形十二面体を組み立てることができる.実際にこの模型を眺めてみると,またしても思いがけない面白い結果が見えてくる.最外層のピースを取り除くと,菱形十二面体の中央にすっぽりと切頂八面体が収まっていることが見て取れるのである.

 驚いたことに,菱形十二面体と切頂八面体を同時に見ることができるのであるが,それにしても面白い結果である.秋山仁先生は「中川の六面体は空間充填多面体の原子と考えられる.数でいえば素数のようなもの.目下,空間充填多面体の原子が何個あるのか研究中である」と話しておられた.

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