■特殊関数と整数の分割

 20世紀初頭,パンルヴェは動く特異点をもたない2階微分方程式をすべて分類することに成功しました(1900年).線形方程式や楕円関数の微分方程式に帰着するものを除外して,非線形微分方程式を分類すると,6個のいずれかに帰着されるというのがパンルヴェの結論です.

 パンルヴェ方程式とは,PI〜PVIと表される6個の2階非線形常微分方程式の総称ですが,PI〜PVIの古典解(線形微分方程式に帰着する解)としてPIIではエアリー関数,PIVではガウスの超幾何関数がすぐに読みとれます.PIII,PIV,PVの古典解はそれぞれベッセル関数,エルミート関数,クンマーの合流型超幾何関数となります.

 したがって,これらの特殊関数はパンルヴェ方程式の枠組みの中である程度統一的に扱えますが,今回のコラムではn=4の分割,すなわち,1+1+1+1(ガウスの超幾何関数),2+1+1(クンマーの合流型超幾何関数),2+2(ベッセル関数),3+1(エルミート関数),4(エアリー関数)に対応させて表してみることにします.また,その背後にはグラスマン多様体上の群構造が隠れているのですが,それについては

  [参]木村弘信「超幾何関数入門」サイエンス社

に詳細があります.

===================================

【1】ベータ関数族

[1]ガウス積分

 正規分布は一般的な誤差の分布関数で,その確率密度関数,累積分布関数はそれぞれ

  f(x)=1/√2πexp(-x^2/2)=φ(x)

  F(x)=∫(-∞,x)f(t)dt=Φ(x)

と表されます.ここでは,正規分布の累積分布関数Φ(x)に関連して,

  I=∫(0,∞)exp(-x^2)dx

の値を計算してみます.

 ケルビン卿の銘言に「数学者とは

  ∫(-∞,∞)exp(-x^2)dx=√π

を1+1=2のように自明だと思っている人である」とあります.われわれは数学者ではありませんが,極座標を用いることによって簡単に数学者になることができます.

  I^2=∫(0,∞)exp(-x^2)dx∫(0,∞)exp(-y^2)dy(2重積分)

   =∫(0,π/2)int(0,∞)exp(-r^2)rdrdθ(極座標変換)

より,結局,I=√π/2となります.

 以前よりどうして正規分布に円周率πが現れるか疑問視しておられた方も多いと思いますが,極座標に変換することによって,πが自然に入り込んできます.また,ここでは2重積分を用いてガウス積分を解きましたが,複素積分を用いると,もっと直接的に角度と関係していることが理解されます.ともあれ,πは幾何のみならず,統計にも使われることになります.

 また,x^2=tとおくと,ガウス積分とガンマ関数との面白い関係

  √π=2I=2∫(0,∞)exp(-x^2)dx=∫(0,∞)exp(-t)/√tdt=Γ(1/2)

も得られます.

[2]ガンマ関数

  Γ(x)=∫(0,∞)t^(x-1)exp(-t)dt (x>0)

この無限積分をxの関数とみてガンマ関数Γ(x)といいます.

  Γ(1)=∫(0,∞)exp(-t)dt=1

  Γ(1/2)=∫(0,∞)t^(-1/2)exp(-t)dt

ここでt=u^2とおくと,∫(0,∞)exp(-u^2)/2du=√π/2(ガウス積分)より

  Γ(1/2)=√π

が得られます.

 オイラーの第2種積分とも呼ばれるガンマ関数Γ(x)には,Γ(x+1)=xΓ(x)の関係があり,次のような漸化式が成り立ちます.

  Γ(x+1)=xΓ(x)=x(x-1)Γ(x-1)=・・・・

したがって,xが正の整数nのときにはΓ(n+1)=n!が成り立ち,ガンマ関数は階乗の一般形となっていることがわかります.階乗の解析的補間をしている関数がガンマ関数なのです.

[3]ベータ関数

 ベータ関数(オイラーの第1種積分)は,

  B(a,b)=∫(0,1)t^(a-1)(1-t)^(b-1)dt (t:0-1)

によって定義されます.ここで,積分変数をtからu=(1-t)/tによってuに変えると,

  B(a,b)=∫(0,∞)u^(a-1)/(1+u)^(a+b)du (u:0-∞)

が得られます.

 ベータ関数とガンマ関数との間には

  B(a,b)=Γ(a)Γ(b)/Γ(a+b)

の関係がありますから,ベータ関数はガンマ関数の兄弟分にあたります.たとえば,Γ(1/2)=√πを得るにはベータ関数が用いられます.

 この関数において,t=sin^2θとおくとdt=2sinθcosθdθですから

  B(a,b)=∫(0,1)t^(a-1)(1-t)^(b-1)dt=2∫(0,π/2)sin^(2a-1)θcos^(2b-1)θdθ

ここで,a=1/2,b=1/2とすると

  B(1/2,1/2)=2∫(0,π/2)dθ=π

  Γ^2(1/2)/Γ(1)=π

Γ(1)=1ですから,Γ(1/2)=√πとなります.

===================================

【2】ベータ関数族と3の分割

 ベータ関数族は,自然科学や工学の諸分野(とくに確率分布)で用いられる特殊関数です.これらの関数の有限体における類似物はヤコビ和,ガウス和と呼ばれ,整数論において重要な役割を果たしています.

 ベータ関数,ガンマ関数,ガウス積分を列挙すれば

  B(a,b)=∫(0,1)t^(a-1)(1-t)^(b-1)dt

  Γ(a)=∫(0,∞)t^(a-1)exp(-t)dt x>0

  ∫(-∞,∞)exp(-x^2)dx=√π

となりますが,ベータ関数は2個のベキ関数の積を被積分関数にもち,ガンマ関数では(1-t)^(b-1)がexp(-t)に変わり,さらにガウス積分ではt^(a-1)もなくなり,指数関数の引数が2次式に変わっています.

 ベータ関数から極限操作

  (1−εt)^1/ε→exp(−t)   ε→0

によってガンマ関数を得ることができ,さらにガンマ関数からガウス積分も得られるのです.そして,ベータ関数,ガンマ関数,ガウス積分にはそれぞれ3の分割1+1+1,2+1,3が対応しているのですが,ベータ関数族の背後に3の分割が隠れているというわけです.

関数       分割      分割の長さ  パラメータ数

ベータ   (1,1,1)      3       2 

ガンマ   (2,1)        2       1

ガウス   (3)          1       0

===================================

【3】ガウスの超幾何関数

 ガウスは1812年に超幾何級数

  F(α,β,γ:x)=1+αβ/γx+1/2!α(α+1)β(β+1)/γ(γ+1)x2+1/3!α(α+1)(α+2)β(β+1)(β+2)/γ(γ+1)(γ+2)x3+・・・

について非常に詳細な研究を行っていたことで知られています.この形の超幾何関数はガウスの超幾何関数と呼ばれ,

  2F1(α,β;γ;x)

で表されます.

 関数の記号に大文字のFを用いている理由は,超幾何微分方程式はフックス型方程式の代表例といってもよいものであって,フックスにちなんでその頭文字Fを採用したためです.また,2と1はその解であるガウスの超幾何関数の上部パラメータ,下部パラメータの数を表しています.上部パラメータα,βの少なくとも一方の値が負の整数の場合には,ガウスの超幾何関数は有限級数になります.また,上部パラメータ,下部パラメータともに1つの場合が合流型(クンマー型)超幾何関数です.上部パラメータの数p,下部パラメータの数qを変えることによって,一般の場合の超幾何関数pFqに拡張することができます.一般に,F(x)=Σanxnとおくと,a0=1で連続する2項の係数比an+1/anが定数となる関数を超幾何関数と呼びます.

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 ベータ関数やガンマ関数は積分で定義されていましたが,ガウスのの超幾何関数のzの値は,

  2F1(α,β;γ:z)=Γ(γ)/Γ(α)Γ(γ−α)∫(0,1)t^(α-1)(1-t)^(γ-α-1)(1-zt)^(-β)dt

というオイラーの積分表示が知られています.

  (1-xt)^(-β)

を2項定理を用いて展開すると

  (1-xt)^(-β)=Σ(-β,n)(-xt)^n=Σ[β]/n!(xt)^n

が得られます.これとベータ関数

  B(a,b)=∫(0,1)t^(a-1)(1-t)^(b-1)dt

を組み合わせることで,オイラーの積分表示が示されます.

 ここで,

  ω(t,z)=t^(α-1)(1−t)^(γ-α-1)(1−zt)^(-β)

とおくと

  F(α,β;γ:z)∫(0,1)ω(t,0)dt=∫(0,1)ω(t,z)dt

  ただし,∫(0,1)ω(t,0)dtはベータ関数B(α,γ−α)

となり,超幾何関数のzでの値はアーベル積分の商の形で書くことができます.

 シュワルツ写像は超幾何微分方程式の2つの線形独立な解の比として定義されましたが,2つの超幾何積分の比としても表されます.この意味でシュワルツ写像は楕円曲線族の周期写像とみなすことができるのですが,この式において積分記号は周期を表していて,z=αが特異モジュールならば対応する周期の商も代数的数になるのです.

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 被積分関数

  ω(t,z)=t^(α-1)(1−t)^(γ-α-1)(1−zt)^(-β)

はtの1次式の積で,1次式の零点はt=0,1,1/zですが,これにt=∞もつけ加えて考えます.

 被積分関数は超幾何関数の挙動を規定する本質的な関数で,射影直線P^1上に4個の分岐点:0,1,1/z,∞をもつ多価関数となっています.積分路としてはこの4点のうち2点を選びだしてそれらを結ぶ曲線をとるのですが,積分の端点(0,1)は4個の分岐点のうち2個を選んだものになっています.この意味でガウスの超幾何関数には4の分解1+1+1+1が対応しています.

 直線上の4点の複比は射影によって不変ですから,これにより,射影直線P^1上の相異なる4点のなす配位空間,すなわち,複比の空間とみなすことができるのですが,シュワルツは4点のなす配位空間の一意化を与えたことになるのです.

===================================

【4】超幾何関数族

 また,

  F(α,γ:x)=1+α/γx+1/2!α(α+1)/γ(γ+1)x2+1/3!α(α+1)(α+2)/γ(γ+1)(γ+2)x3+・・・

の場合を合流形超幾何関数(またはクンマーの超幾何関数)と呼び,1F1(α;γ;x)で表されます.合流という用語は微分方程式の2個以上の特異点が限りなく近づいて,その極限においてより複雑な特異点を生ずる現象を指します.

 そしてガンマ関数はベータ関数から極限操作によって得られ,ベータ関数の一族としてガンマ関数やガウス積分があったように,合流型関数族はガウスの超幾何関数からの極限操作によって次々に得られる関数族で,クンマーの合流型超幾何関数,ベッセル関数,エルミート関数,エアリー関数があります.

 これらの関数はすべて2階微分方程式の解で,積分表示をもっています.これらの関数は積分表示の観点から見ると極めて単純な原理で統一的に扱うことができます.ガウスの超幾何関数の場合はt平面上の4点がありましたが,クンマーの合流型超幾何関数ではt=0,1,∞の3点があり,位置のみの情報をもつ点t=0,1と位置の情報だけでなく,その点に近づいたときに被積分関数が急減少する方向を与えるt=∞があるとみます.それをシンボリックに4の分割2+1+1を対応させます.同様に,ベッセル関数には2+2,エルミート関数には3+1,エアリー関数には4を対応させます.

関数       分割      分割の長さ  パラメータ数

ガウス   (1,1,1,1)    4       3

クンマー  (2,1,1)      3       2

ベッセル  (2,2)        2       1

エルミート (3,1)        2       1

エアリー  (4)          1       0

 このように積分路の取り方によって,ベータ関数族には3の分割,ガウスの超幾何関数族には4の分割を対応させるというわけですが,逆にいうと,自然数nの分割が指定されれば,個々の特殊関数の具体的な形やさまざまな性質が再現できることになるのです.

===================================