■4次元の特殊性

 高次元については見て考えることができないので,2次元・3次元から類推して考えることになります.ところが,高次元の場合,奇妙なことが起こるのでこの類推があてになりません.
 
 4次元微分トポロジーにおけるドナルドソンやウィッテンの理論によると,4次元空間だけが非常に特殊なのであって,2次元・3次元あるいは5次元以上の世界と様相が大きく異なることが知られています.つまり,5次元以上ではどれだけ次元が大きくなろうとも互いに似通った性質をもっているのに対して,4次元ではそれとは非常に異なる特殊な原理(幾何学)が支配しているということになります.
 
 それが4次元の特殊性の意味なのですが,4次元が特別だからこそ,われわれは4次元時空に存在できるのだと考えられています.とても意味深な理由でけです.
 
 それではなぜ4次元だけが特殊なのでしょうか? 今回のコラムでは,その理由として考えられている数学的な背景について紹介したいと思います.ともあれ,高次元の世界は,われわれが3次元空間でイメージするものとは大きく異なっているのです.
 
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【1】ドナルドソンの定理(4次元の特殊性)
 
 興味深いことに,n次元ユークリッド空間R^nでは,
  次元     微分構造
  数直線     1
  平面      1
  空間      1
  4次元空間   ∞
  5次元空間   1
  6次元空間   1
つまり,4次元空間では微分構造の数が無限個になるというのです.
 
 このことは1982年にドナルドソンという数学者が最初に証明したのですが,ドナルドソンは4次元微分可能多様体にゲージ理論を適用してR^4に異種構造が存在する,そして3次元や5次元のユークリッド空間ではこのようなことは決して起こらないことを示して数学界を驚かせました.
 
 4次元のエキゾチックなR^4存在するということは,4次元多様体の特異性を際立たせる重要な定理です.しかし,ドナルドソンの定理は理論物理学にでてくるヤン・ミルズ場を使った難解な内容のため,おいそれと近づくことさえできませんでした.
 
 その証明を易しくしたのが,4つの力の統一を目指した「超弦理論」で名高いウィッテンです.とはいっても,3次元・4次元の問題は「低次元問題」という難しい分野に分類されていますから,ドナルドソンやウィッテンの研究対象やその業績については小生のまったく理解できないものなので,ノーコメントとせざるを得ませんが,・・・(生兵法は怪我の元).
 
 トポロジーは曲げたり伸ばしたりの連続変形を施しても変わらないようなものを研究するのですが,空間の性質は,次元が変わるごとに劇的といってよいほど変わります.しかし,それは単にオイラー標数の話だけでなく,そこにはもっと深い幾何学的な事情があるのです.
 
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【2】回転群
 
 ところで,x−y平面の(ユークリッド)合同変換とは,直交変換を行ったのちに平行移動を行うことであって,写像の式で書けば
  f:[x]→A[x]+[a]
    [y]  [y] [b]
と書けます.
 
 ここでa,bは平行移動の定数,Aは直交行列です.直交行列とは,n次正則行列Aの転値行列が逆行列となる行列,すなわち,
  A’=A^(-1),A’A=E
を満たす行列です.
 
 直交行列の行列式|A|は1か−1であって,|A|=1のとき,Aの作用は回転運動,|A|=−1のとき,Aの作用は裏返し(鏡映)となります.n次元ユークリッド空間の合同変換も同様に定義されます.
 
 n次直交群O(n)のなかで行列式が1のものがn次特殊直交群SO(n)であり,SO(n)はO(n)の部分群になっています.行列式が1の合同変換を回転運動,行列式が−1の合同変換が裏返しと呼ばれるのですが,すなわち,SO(n)は回転運動全体のなす群(回転群)となります.
 
 2次元回転群:SO(2)のすべての元は,
  [cosθ,−sinθ]
  [sinθ, cosθ]
の形に書くことができます.2次の行列式が1の直交行列はすべてこの形に書けることは容易に証明されますから,2次元の場合,直交行列は必ず原点の周りの回転
  R=[cosθ,-sinθ]
   [sinθ, cosθ]
で表現可能です.したがって,平面の回転では回転行列Rをかけてやればよいことになります.
 
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 R^2の場合,簡単に解決できたのは,2次の行列式が1の直交行列がすべて
  [cosθ,−sinθ]
  [sinθ, cosθ]
の形に書けたからですが,R^3では次元がたった一つあがるだけなのにもかかわらず,問題は大分複雑化します.
 
 たとえば,
  [sinθcosφ,cosθcosφ,−sinφ]
  [sinθsinφ,cosθsinφ, cosφ]
  [cosθ    ,−sinθ   , 0   ]
は3次の行列式1の直交行列ではありますが,すべての直交行列がこのように書けるわけではありません.
 
 また,空間の回転では直交行列は回転行列とは限りません.たとえば,
  [1 0 0]
  [0 1 0]
  [0 0 -1]
はユニタリですが,軸の周りの「回転」ではありません.2次元の直交変換はそのまま平面の回転であるが,3次元の直交変換は一般に空間の回転にはならないのです.
 
 空間を回転させる行列で直交変換となっているもの,すなわち,パラメータ数が3つの「回転」かつ「直交」行列としては
  (1)オイラー角に基づくもの
  (2)ロール・ピッチ・ヨーに基づくもの
があげらます.z軸まわりの角度θの回転行列Rzは
  [cosθ,−sinθ,0]
  [sinθ, cosθ,0]
  [   0,    0,1]
と書けますが,(1)はz軸まわりの回転α→新しいy軸まわりの回転β→新しいz軸まわりの回転γ,(2)はz軸まわりの回転φ→新しいy軸まわりの回転θ→新しいx軸まわりの回転ψの3段階によって表すもので,両者に本質的な違いはありません.
 
 ロボット工学の基礎としては(2)が良く扱われるとのことですから,(2)を示しますが,回転行列の成分は
  R(1,1)=cosφcosθ
  R(2,1)=sinφcosθ
  R(3,1)=-sinθ
 
  R(1,2)=cosφsinθsinψ-sinφcosψ
  R(2,2)=sinφsinθsinψ+cosφcosψ
  R(3,2)=cosθsinψ
 
  R(1,3)=cosφsinθcosψ+sinφsinψ
  R(2,3)=sinφsinθcosψ-cosφsinψ
  R(3,3)=cosθcosψ
 
 また,α,β,γは方向余弦で,α^2+β^2+γ^2=1を満たすものとすると,単位ベクトル:n↑=(α,β,γ)を回転軸とし,その周りに正の回転方向にθだけ回転する回転行列の成分は
  R(1,1)=α^2(1-cosθ)+cosθ
  R(2,2)=β^2(1-cosθ)+cosθ
  R(3,3)=γ^2(1-cosθ)+cosθ
 
  R(1,2)=αβ(1-cosθ)+γsinθ
  R(2,1)=αβ(1-cosθ)-γsinθ
 
  R(1,3)=αγ(1-cosθ)-βsinθ
  R(3,1)=αγ(1-cosθ)+βsinθ
 
  R(2,3)=βγ(1-cosθ)+αsinθ
  R(3,2)=βγ(1-cosθ)-αsinθ
で与えられます.
 
 結局,どの回転行列を使ったとしても単純な形に表すことはできそうにありません.一般のn次元の回転群SO(n)の元はもはや2次元のような簡単な表示をもたないのです.
 
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【3】有限回転群
 
 それでは,有限位数の回転群に話を限ってみたらどうなるでしょうか? 2次元,3次元の有限回転群の分類はよく知られていて,まったく古典的な結果となっています.
 
[1]SO(2)の有限回転群は巡回群につきる
 位数nの巡回群とは,平面上の正n角形の重心を通る垂直軸を中心とした回転軸のまわりの2π/nの倍数だけの回転の集合(回転群)であり,SO(2)の有限部分群はすべて巡回群となります.巡回群を「正多角形群」といい換えてもよいでしょう.
 
[2]SO(3)の有限回転群は,
  (1)巡回群(Cn:位数n)
  (2)正2面体群(Dn:位数2n)
  (3)4次交代群(A4:位数12)←→正4面体群と同型
  (4)4次対称群(S4:位数24)←→正6(8)面体群と同型
  (5)5次交代群(A5:位数60)←→正12(20)面体群と同型
のいずれかです,すなわち,球面上の運動の有限群は5つの回転群(巡回群,正2面体群,正4面体群,正8面体群,正20面体群)に限ることが知られています.
 
 もっと大まかに
  (1)巡回群とその裏返し
  (2)正多面体群
とまとめることもできるでしょうし,また,すべてを包含して広義の正多面体群と呼ぶこともできるでしょう.
 
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 以上より,
  「SO(2)の有限合同変換群は巡回群」
  「SO(3)の有限合同変換群は巡回群とその裏返し+正多面体群」
であることがわかりましたが,これと同じ有限回転群の決定問題が一般のn次元ユークリッド空間についても考えられます.
 
 上の論法を高次元に敷衍していくと,SO(4)の有限回転群は,
  (1)巡回群とその裏返し
  (2)正多面体群とその裏返し
  (3)正多胞体群(4次元の場合は正24胞体があるので,4系列)
 
 SO(5)の有限回転群は
  (1)巡回群
  (2)正多面体群とその裏返し
  (3)4次元正多胞体群とその裏返し
  (4)5次元正多胞体群(正12面体,正20面体に相当するものはなくなるので,2系列)
になると予想されるのですが,実は,一般のnについての答は知られていないようで,n=4,5位でも大分難しくなるとのことでした.
 
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【4】4元数
 
 複素数ではかけ算は回転に相当し,平面上の回転を
  exp(iθ)=cosθ+isinθ   (オイラーの公式)
とすれば
  Z’=exp(iθ)Z
と記述できます.ここでiθは純虚数です.
 
 複素数は2次元平面上に存在すると考えてよい数体系であり,平面的あるいは曲面的な意味しかもちませんから,空間的な現象への応用を目指して,アイルランドの数学者ハミルトンは複素数を拡大した数体系を創造しました.
 
 ハミルトンは3次元空間での回転を記述する試みの中から,複素数の類似である3個の実数の組からなる新しい数(x+yi+zj)を導入して,(a+bi+cj)(x+yi+zj)のような積を同じ空間内のベクトル(α+βi+γj)として表そうとしました.しかし,R^2を複素平面とみなす(R^2=C)ことによって,回転が見やすい形に書けたのに,R^3では単純な形にならないために,空間の回転をとらえるというはじめのアイデアは失敗に終わりました.
 
 結局,4次元へ跳躍することによって4個の実数の組よるなる四元数(x+yi+zj+wk)を発明しました(1843年).四元数は複素数に似ていますが,ただ1つではなく3つの虚数をもつ数体系で,
  i^2=−1,j^2=−1,k^2=−1,ij=k,jk=i,ki=j,ji=−k,kj=−i,ik=−j
なる性質をもち,
 |q|^2=q・q~=(x+yi+zj+wk)(x−yi−zj−wk)
          =x^2+y^2+z^2+w^2
となります.すなわち,4次元の長さを変えないという性質をもっています.
 
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【5】交代行列
 
 B’=−Bを満たす行列を交代行列と呼びます.n=2ならば
  [ 0,s]
  [−s,0]
n=3ならば
  [ 0, s, t]
  [−s, 0, u]
  [−t,−u, 0]
の形ですが,交代行列では
  gii=0,gij=−gji
なので,独立成分はn^2個ではなく,n(n−1)/2個です.すなわち,n=2,3,4については各々1次元,3次元,6次元をもつことがわかります.
 
 次に,平面の回転のもう一つの表現方法
  exp(iθ)
の代わりに,n次の交代行列群で考えてみることにします.簡単のため,n=2としますが,
  E=[1,0]   J=[0,−1]   sJ=[0,−s]
    [0,1]     [1, 0]      [s, 0]
とおくと,
  (sJ)^n=s^nJ^n,J^2m=(−1)^mE,J^2m+1=(−1)^mJ
より,
  exp(sJ)=cossE+sinsJ=[coss,−sins]
                      [sins, coss]
となり,これは平面の回転行列にほかなりません.
 
 回転群が交代行列によって表されることは,一般のn次回転群でも同様に成立します.また,n次交代行列はn(n−1)/2次元の実ベクトル空間をなすことが理解されます.
 
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【6】4次元回転群
 
 2次元の回転,3次元の回転の個々の元がどういうものであるかは前項で述べたとおりです.次に,4次元の回転群を考える順番です.
 
 前節より,SO(4)は6次元なのですが,
  x1^2+x2^2+x3^2+x4^2=1
すなわち,4次元ユークリッド空間R^4内の3次元単位球面S^3上の運動と同一視できることから,3次元分を説明することができます.
 
 また,4次元ユークリッド空間R^4を4元数Hと同一視(R^4=C^2=H)するとき,4次元の回転は4元数を用いて記述することができますが,残りの3次元については,このことを用いて説明されます.
 
 すなわち,複素数による回転のときの純虚数(z~=−z)のアナロジーとして,純4元数(q~=−q)を考えると,
  q=bi+cj+dk → q・q~=b^2+c^2+d^2
より,3次元ユークリッド空間R^3の元の長さを変えない回転運動と同一視できることになります.
 
 以上のような考察から,4次元回転群の構造は(符号の差を除いて)3次元回転群2個の直積と同一視できることになります.
  SO(4)≒SO(3)×SO(3)
 
 4次元回転群SO(4)のみが2つの回転群の直積に(ほぼ)分解するという事実が,4次元の特殊性に大いに関係しているのですが,このことがドナルドソンの定理の出発点であったというわけです.
 
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【7】高次元の回転群
 
 一方,5次元以上の回転群は,より低次元の回転群の直積にはなっていないことが証明されていて,この事実が4次元の幾何学の特殊性に大きな影響を与えています.
 
 実は,高次元の回転群については,もっと強い結果が得られています.既約ルート系の分類の基づいて,コンパクト単純リー群の分類を行ったものが「カルタンの分類定理」ですが,それによると,
(1)コンパクト単純リー群には9つの型がある.
(2)それらはA,B,C,Dと名づけられた4つの無限系列とE6,E7,E8,F4,G2と名づけられた5つの例外群である.
ことが知られています.
 
 すなわち,例外的なものを除き,A型,B型,C型,D型の4系列をなしているのですが,そのうちの2系列
  B型   SO(2n−1)(n≧2)
  D型   SO(2n)  (n≧3)
はそれぞれ奇数次元と偶数次元の実ユークリッド幾何に対応した回転群となっています.
 
 なお,単純リー群を分類するという問題はある意味では興味深い幾何学の可能性を決定することになります.大ざっぱにいえば,A型が複素ユニタリ幾何,B型とD型がそれぞれ奇数次元と偶数次元の実ユークリッド幾何,C型が4元数上の幾何学,5つの例外型は8元数上の幾何学に対応していることが知られています.
 
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【8】まとめ
 
 4元数の存在が4次元の特殊性の重要な一側面を表していることを説明したのですが,回転群の階数とパラメータの次元をまとめると
  SO(2)               1次元
  SO(3)=B2             3次元
  SO(4)≒SO(3)×SO(3)   6次元
  SO(5)=B3            10次元
  SO(6)=D3            15次元
となります.n=4が例外であることが,このことからもみてとれるというわけです.
 
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[補]ミルナーの定理(エキゾチックな球面)
 
 微分トポロジーは大きく分けて,高次元多様体(5次元以上)と低次元(3次元・4次元)を扱うものに分かれます.低次元微分トポロジーからはドナルドソンの定理を紹介しましたので,高次元微分トポロジーからはミルナーのエキゾチック球面を紹介することにします.
 
 半径が1の球面の公式は
  1次元球面:x^2+y^2=1
  2次元球面:x^2+y^2+z^2=1
  3次元球面:x^2+y^2+z^2+w^2=1
という具合に変数を増やしていくだけですから,そこには本質的な違いは生じないような気がします.
 
 ところが,ある次元を境にして奇妙なことが起こることが知られています.奇妙なことというのは,米国の数学者ミルナーが発見した7次元球面(8次元球の表面)では,微分同型写像で互いに移ることができない孤立した微分構造が28個もあるというものです(ミルナーの定理:1956年).
 
 ミルナーはエキゾチックな球面を構成し,それが通常の7次元球面とは異なることを,ヒルツェブルフの指数定理を用いて証明しました.次元をn=4kとするとき,特性数Mの指数が
  2^(2k)(2^(2k-1)−1)/(2k!)・Bk   Bkはベルヌーイ数
の分子で割り切れるというのが,ヒルツェブルフの指数定理です.M^8の交点行列の指数は8であるが,微分同相であると仮定すると7で割り切れなければならず,背理法でミルナーの主張がいえるのです.
 
 通常の微分構造が球面を除いた27個はエキゾチックな球面と呼ばれます.「7次元球面には8次元ユークリッド空間の単位球面とは異なる微分構造が入る」といっても,これだけでは何が何だか意味不明ですが,位相同型であっても微分同相にならない,すなわち,なめらかさの構造がまったく異なるというのです.
 
 しかし,微分構造とか微分同型写像とかの意味はよくはわからなくても,ミルナーの発見が衝撃的な事実であることはすぐに理解できます.われわれは,微分という言葉を何気なく使っていますが,微分が1種類とは限らないというのは直観に反していて実に驚くべきことであり,当時,ほとんどだれも予想し得なかったことだからです.ミルナーはこの業績でフィールズ賞を受けました.
 
 球面に許される微分構造の数を表にしてみると,
球面の次元  微分構造   球面の次元  微分構造
  1      1       9      8
  2      1       10      6
  3      1       11     992
  4      1       12      1
  5      1       13      3
  6      1       14      2
  7      28       15    16256
  8      2
 
 このように,微分構造に関しては次元に関する制約がでてくるので,7次元以上では本質的に異なっていると考えられるのです.
 
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[補]3次元の特殊性
 
 昔なつかしい「ベクトル」を思い出して頂き,「ベクトルの外積」の大きさ,すなわち,2つの2次元ベクトル
  a↑=(x1,y1)
  b↑=(x2,y2)
が作る平行四辺形の面積について考えてみることにしましょう.
 
  |a↑|=a,|b↑|=b
とすれば,平行四辺形の面積は,
  S=absinθ
ですから,
  S^2=a^2b^2(1−cos^2θ)
    =|a↑|^2|b↑|^2−(a↑・b↑)^2
    =|a↑・a↑  a↑・b↑|
     |b↑・a↑  b↑・b↑|
で与えられます.内積の行列式で定義される行列式をグラムの行列式(グラミアン)といいます.平行四辺形の面積はグラミアンの平方根に等しくなるというわけです.これを座標を使って表せば,
  S^2=|x1 x2|^2
     |y1 y2|
のように展開されます.
 
 3次元ベクトル
  a↑=(x1,y1,z1)
  b↑=(x2,y2,z2)
のときは,
  S^2=|a↑|^2|b↑|^2−(a↑・b↑)^2
    =|y1 y2|^2+|z1 z2|^2+|x1 x2|^2
     |z1 z2|  |x1 x2|  |y1 y2|
これは3次元ベクトル
  (y1z2−z1y2,z1x2−z2y1,x1y2−y1x2)
の長さの形をしています.
 
 これは平行六面体の体積
   |a↑・a↑  a↑・b↑  a↑・c↑| |x1 y1 z1|^2
V^2=|b↑・a↑  b↑・b↑  b↑・c↑|=|x2 y2 z2|
   |c↑・a↑  c↑・b↑  c↑・c↑| |x3 y3 z3|
ではなく,平行四辺形の面積であることを注意しておきます.
 
  a↑=(x1,y1,z1)
  b↑=(x2,y2,z2)
の外積は,3次元ベクトル
  (y1z2−z1y2,z1x2−z2y1,x1y2−y1x2)
で与えられます.すなわち,外積の大きさ=平行四辺形の面積なのです.
 
 少し見ただけではわかりにくい表示で,憶えるのも大変そうですが,行列式を使うと
           |e1↑ e2↑ e3↑|
  c↑=a↑×b↑=|x1  y1  z1 |
           |x2  y2  z2 |
上の行から,単位ベクトル,a↑の成分,b↑の成分の順に並ぶというわかりやすい形に整理できます.
 
 同様に,4次元のときは
  a↑=(x1,y1,z1,w1)
  b↑=(x2,y2,z2,w2)
  S^2=|a↑|^2|b↑|^2−(a↑・b↑)^2
    =|y1 y2|^2+|z1 z2|^2+|x1 x2|^2
     |z1 z2|  |x1 x2|  |y1 y2|
    +|x1 x2|^2+|y1 y2|^2+|z1 z2|^2
     |w1 w2|  |w1 w2|  |w1 w2|
これは6次元ベクトルの長さの形をしていることがわかります.
 
 一般のn次元の空間では
  a↑=(u1,・・・,un)
  b↑=(v1,・・・,vn)
に対し,
  S^2=|a↑|^2|b↑|^2−(a↑・b↑)^2
    =Σ(ujvk−ukvj)^2
ただし,Σはj<kとなるnC2=n(n−1)/2組に対して和をとるものとします.
 
 これは,n(n−1)/2次元ベクトルの長さの形をしているのですが,空間の次元が3のときだけ,運よく3次元ベクトルが得られていることがおわかり頂けたしょうか? この事実は,外積が3次元ベクトルでしか定義できないことを示しています.
 
 ベクトルの外積は3次元特有のもので,2次元でも4次元でもだめなのですが,ほとんどの物理現象は3次元空間で生じますから,これでも汎用性は高いというわけです.
 
 また,このことは,ベクトルの内積が一般のn次元空間でも
  a↑・b↑=Σukvk
と表されるのと対照的です.もっとも4次元以上では2つのベクトルa↑,b↑の張る平面に直交する方向は一義ではなくなるので,話がおかしくなってしまうのですが・・・.
 
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[補]超複素数の世界
 
 四元数ではかけ算の交換法則は成り立ちません(ab≠ba).四則演算の法則に変更を加えない限り,3次元空間への拡張はできなかったのです.複素数では加法,減法,乗法と0を除く除法が定義され,かつ,交換,結合,分配法則が適用できる数の集合=体と呼ばれる代数的構造をなしています.実数は体を構成しますが,有理数は最小の体を,複素数は最大の体を構成します.
 
 したがって,複素数以上に数の世界を広げようとすると,われわれがなじんでいる交換法則などのどれかが壊れてしまいます.超複素数の世界ではある規則が犠牲にされなければなりませんが,ある規則を犠牲にする段になると,最も苦痛の少ないのは乗法の交換法則だったのです.
 
 四元数は19世紀の数学・物理界に熱狂的な関心をもって迎えられ,群,環,体などの代数的構造の理論という分野の中で不可欠な役割を担ったのですが,1843年,ハミルトンが発見して以来3次元運動の力学系を記述するために使われてきて,スペースシャトルの制御でも利用されています.また,電磁気学や相対性理論,三次元の非ユークリッド幾何学の法則を記述するのにも応用されています.
 
 ハミルトンの有名な四元数は複素数の拡張ですが,さらに,イギリスの数学者ケイリーによって8個の基底元1,i,j,k,l,m,n,oをもつ代数<八元数>も発明されました(1845年).
  i^2=j^2=k^2=l^2=m^2=n^2=o^2=−1,
  i=jk=lm=on=−kj=−ml=−no,
  j=ki=ln=mo=−ik=−nl=−om,
  k=ij=lo=nm=−ji=−ol=−mn,
  l=mi=nj=ok=−im=−jn=−ko,
  m=il=oj=kn=−li=−jo=−nk,
  n=jl=io=mk=−lj=−oi=−km,
  o=ni=jm=kl=−in=−mj=−lk
 
 八元数では,乗法の結合法則も破れていて(a(bc)≠(ab)c),現在では幾何学の分類などに応用されています.さらに,16個の基底元をもつ同様の代数を構成しようと試みられましたが,それは成功するはずはありませんでした.
 
 複素数x=a+biの絶対値は
  |x|^2=a^2+b^2=(a+bi)(a−bi)
で与えられますが,ここで,数の体系に「積のベクトルの大きさはベクトルの大きさの積に等しい」という条件が要請されているとしましょう.
 
 複素数x=a+biとy=c+diの積
  x・y=(a+bi)(c+di)=(ac−bd)+(ad+bc)i
は同じ空間内のベクトルとして表されますが,
  (a^2+b^2)(c^2+d^2)=(ac−bd)^2+(ad+bc)^2
より,|x|・|y|=|xy|が満たされていることがわかります.フィボナッチの等式としてよく知られているこの恒等式は簡単に確認できます.この公式は2つの整数がともに平方数の和の形をしているなら,その2数の積も平方数で表されることを示していて,複素数と2平方和問題との関連を示しています.
 
 また,4平方和問題
  (a^2+b^2+c^2+d^2)(p^2+q^2+r^2+s^2)=x^2+y^2+z^2+w^2
  x=ap+bq+cr+ds,
  y=aq−bp+cs−dr,
  z=ar−bs−cp+dq,
  w=as+br−cq−dp
とおくと成り立ち,4つの平方数の和となっている数は積の演算で閉じていることを示しています.
 
 しかし,3平方和問題
  (a^2+b^2+c^2)(x^2+y^2+z^2)=u^2+v^2+w^2
は2平方和,4平方和の場合のようなわけにはいきません.3平方和の積が必ずしも3平方和とならないからです.4元数は複素数の一般化と見なされるのですが,同じような考え方で3元数,5元数,6元数・・・が得られるかというと,それは不可能であることが,19世紀末,フルヴィッツにより証明されています(1898年).
 
 フルヴィッツの結果は
  |a|・|b|=|c|
すなわち
  (a1^2+a2^2+・・・+an^2)(b1^2+b2^2+・・・+bn^2)=(c1^2+c2^2+・・・+cn^2)
の恒等式はn=1,2,4,8に対してだけ満たされるという驚くべきものでした.したがって,ある条件のもとで,数の体系は八元数までですべてであることが知られていて,数の系列は実数(一元数)→複素数(二元数:ガウス)→四元数(ハミルトン)→八元数(ケイリー)というようになっているのです.
 
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 積の交換法則が成り立たない代数として「行列」があります.本文中では,
  E=[1,0]   J=[0,−1]   J^2=−E
    [0,1]     [1, 0]
とおけば,
  A=[a1,−a2]
    [a2, a1]
  A=a1E+a2J
と表されるというように,行列による表現を利用して複素数を導入したわけですが,4元数を行列の中に実現させる方法もあります.
 
  i=[0,−1,0, 0]  j=[0, 0,−1,0]
    [1, 0,0, 0]    [0, 0, 0,1]
    [0, 0,0,−1]    [1, 0, 0,0]
    [0, 0,1, 0]    [0,−1, 0,0]
 
  k=[0,0, 0,−1]  A=[a1,−a2,−a3,−a4]
    [0,0,−1, 0]    [a2, a1,−a4, a3]
    [0,1, 0, 0]    [a3, a4, a1,−a2]
    [1,0, 0, 0]    [a4,−a3, a2, a1]
とおけば
  A=a1E+a2i+a3j+a4k
と書くことができます.
 
 8元数では,積の交換法則も結合法則も成り立ちませんが,それでも分配法則は成り立っています.行列は結合法則を満たすので,8元数は行列の一部とはみなせないのです.なお,結合法則が成り立たない数の体系(非結合的な体)としては,8元数,リー代数,ジョルダン代数の3つが代表的です.
 
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