(その25)〜(その31)では,正n角形の枠を(n−2)公転について1回自転させたときの包絡線を用いてドリルを設計しました.包絡線の方程式は
x=(n−1)acos(n−1)θ・cosθ+(asin(n−1)θ−R)・sinθ
y=−(n−1)acos(n−1)θ・sinθ+(asin(n−1)θ−R)・cosθ
で表されます.
これはツバメの尾のような特異点をもつ曲線ですが,今回のコラムではこれが実際に正内転形(正n角形の各辺に接しながらその中で1回転できる卵形線)であるかどうかを厳密に検討してみることにします.
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【1】接線極座標
卵形線上に原点をとり,曲線上の点P(x0,y0)における接線とx軸とのなす角度をθとすると,
接線方向の単位ベクトル : e1=(cosθ,sinθ)
それと直交する単位ベクトル: e2=(−sinθ,cosθ)
となります.
また,接線の方程式は
y−y0=tanθ(x−x0)
(x−x0)sinθ−(y−y0)cosθ=0
xsinθ−ycosθ=x0sinθ−y0cosθ=p(θ)
と表されます.このとき,右辺はベクトルPOと法線ベクトルの内積ですから,原点から接線までの距離は|p(θ)|で与えられます.
すなわち,曲線上の点Pにおける接線に原点Oから引いた垂線の長さをp,接線とx軸とのなす角度をθとすると,
xsinθ−ycosθ=p(θ)
と表されます.(p,θ)を接線極座標といいます.
計算の都合上,包絡線の方程式を
x=(n−1)acos(n−1)θ・cosθ+(asin(n−1)θ−R)・sinθ
y=(n−1)acos(n−1)θ・sinθ−(asin(n−1)θ−R)・cosθ
とおいて
xsinθ−ycosθ=p(θ)
に代入すると,包絡線の接線極座標における方程式は
p(θ)=asin(n−1)θ−R
で与えられます.
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【2】内転形であるための条件
この式でn=3とおくと,
p(θ)=asin2θ−R
となりますが,コラム「アステロイドの平行曲線」で述べた
p(θ)=asin2θ/2+r
と(係数の違いを除いて)一致します.このことから,正三角形に内接しながら回転することができる図形であることがわかります.実際,ω=2π/3とおくと,
p(θ)+p(θ+ω)+p(θ+2ω)=−3R(一定)
n=4とすると
p(θ)+p(θ+π)=−2R(一定)
ですから定幅曲線であり,したがって正方形に内接しながら回転することができる図形であることがわかります.一般にnが偶数のときも
p(θ)+p(θ+π)=−2R(一定)
が成り立ちます.
n=5の場合,ω=2π/5とおくと,
p(θ)+p(θ+ω)+p(θ+2ω)+p(θ+3ω)+p(θ+4ω)=(一定)
であれば内転形であるための条件を満たしますが,実際に
p(θ)+p(θ+ω)+p(θ+2ω)+p(θ+3ω)+p(θ+4ω)=−5R(一定)
となります.
同様に,任意の奇数nに対しても内転形であることが証明されます.ここでは証明は省きますが,複素数を使って証明するのが一番の近道です.正弦・余弦の和公式・積公式はフーリエ級数との関連で研究された歴史があるのですが,正弦の和公式ではかえって証明が難しくなります.
また,その曲率半径は
ρ(θ)=p(θ)+p”(θ)=−{(n−1)^2−1}asin(n−1)θ−R≧0
より,
a≦R/{(n−1)^2−1}
に対し,包絡線は特異点をもたずに正n角形に内接しながら回転することができる図形であることがわかります.
(その27)で半ば直観的に与えた特異点解消のための暫定値
a=R/{(n−1)^2−1}
は実は厳密解であったというわけです.なお,(その28)よりこの図形はa→0とすることによって,次第に円に近づきます.
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【3】アステロイドの平行曲線の一般化
p(θ)=asin2θ−R
はアステロイドの平行曲線で,正三角形に内接しながら回転することができる図形なのですが,
p(θ)=asin(n−1)θ−R
はそれを一般化したものであって,正n角形に内接しながら回転することができる図形を与えてくれます.
「n角の穴をあけるドリル」シリーズでは,5角,7角,9角・・・の穴をあけるドリルなどオリジナルな内容を掲載してきたのですが,アステロイドの平行曲線の一般化による内転形の設計も初出ではないかと思われます.
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話は変わりますが,アステロイドの式を一般化すると
(x/a)^(2/n)+(y/b)^(2/n)=1
が得られます.この曲線はn=1のとき楕円,n=2のとき菱形,n=3のときアステロイドになります.nを大きくすると次第に細い星型になりますが,尖っているところは正則ではない,すなわち,特異点となります.また,この曲線は,
x=acos^nθ
y=bsin^nθ
とパラメトライズすることができます.
ここでは
x=acos^nθ
y=asin^nθ
の場合を考えますが,この曲線(一般化アステロイド)の平行曲線は
p(θ)=asin(n−1)θ−R
とはなりません.
[1]接線極座標で述べたことを補足すると,法線の方程式は
xcosθ+ysinθ=x0cos+y0sinθ=p’(θ)
原点から法線までの距離は|p’(θ)|で与えられますから,連立方程式
xsinθ−ycosθ=p(θ)
xcosθ+ysinθ=p’(θ)
を解くと
x=p(θ)sinθ+p’(θ)cosθ
y=−p(θ)cosθ+p’(θ)sinθ
が得られます.
これにより(p,θ)でパラメトライズされた曲線を(x,y)に直すことができます.
p(θ)=asin(n−1)θ−R
の場合は
x=(n−1)acos(n−1)θ・cosθ+(asin(n−1)θ−R)・sinθ
y=(n−1)acos(n−1)θ・sinθ−(asin(n−1)θ−R)・cosθ
というわけです.
それに対して
ξ=acos^nθ,η=asin^nθ
の平行曲線は
x=acos^nθ+rsin^n-2θ/(sin^2n-4θ+cos^2n-4θ)^(1/2)
y=asin^nθ+rcos^n-2θ/(sin^2n-4θ+cos^2n-4θ)^(1/2)
および
x=acos^nθ−rsin^n-2θ/(sin^2n-4θ+cos^2n-4θ)^(1/2)
y=asin^nθ−rcos^n-2θ/(sin^2n-4θ+cos^2n-4θ)^(1/2)
とくに,アステロイド:x^2/3+y^2/3=a^2/3
のパラメータ表示
ξ=acos^3θ,η=asin^3θ
については
x=acos^3θ+rsinθ
y=asin^3θ+rcosθ
および
x=acos^3θ−rsinθ
y=asin^3θ−rcosθ
のようになります.
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【補】定幅曲線
任意のθについて幅hが一定,すなわち,
p(θ)+p(θ+π)=h
である曲線を定幅曲線といいます.また,
ρ(θ)=p(θ)+p”(θ)≧0
は曲率半径が符号を変えないこと,すなわち卵形線であるための条件です.
ρ(θ)≧0であって,幅hをもつすべての定幅曲線の周長はπhで等しくなります(バービエ).また,定幅曲線のなかで面積が最大になるのは円,最小になるのはルーローの三角形です(ブラシュケ・ルベーグ).
定幅であるための必要十分条件は,各対点(x(θ),y(θ))と(x(θ+π),y(θ+π))を結ぶ直線がそれらの点での接線に直交することといってもよく,
p(θ)+p(θ+π)=h
は
ρ(θ)+ρ(θ+π)=h
としても同値で,(x(θ),y(θ))での曲率中心と(x(θ+π),y(θ+π))での曲率中心は一致します.
円の接線極座標における方程式は
p(θ)=a0/2+a1cosθ+b1sinθ
で与えられます.
p(θ)+p(θ+π)=a0
ですから定幅曲線で,その曲率半径はa0/2となります.
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