■n角の穴をあけるドリル(その32)

 以前に誰も作ったことのないものを作ろうとしたとき,heuristics(経験則)やart(技巧)はあってもtheory(一般的理論)はなく,勘や経験や個々の問題の性質に負っていて,決定打となるlogical thinkingがないのが普通であろう.

 たとえばn角の穴をあけるドリルを設計する場合,最もprimitiveな点は何なのだろうかと考えると,n角の穴をあけるドリルの問題は所与(正n角形)の枠に内接しながら回転することができるローターの形とその中心の描く軌道を決定する問題であるから,枠の形はあらかじめ与えられている.

 ローターの形は無数にあり得るのだが,ルーローの三角形や藤原・掛谷の二角形のように円弧を組み合わせたものに限定して考えることも可能だろう.そうなれば,ローターの中心の軌道が一番の問題点ということになる.

 ローターの形は試行錯誤で求めることができても,中心の描く軌道はどうしても数学の力の助けが必要になるから,私が実際にn角の穴をあけるドリルを製作してみて疑問に感じたことはルーローや藤原・掛谷が中心の描く軌道まで思い描いていたかどうかという点である.

 理論はあとからついてくるものであって,端的にいって,彼等の頭に中にローターの中心の軌道はなかっただろうと思われたのだが,藤原・掛谷(数学者)とは違ってルーローは工学者であるから,中心の軌道を計算していたかもしれない・・・.そこで,Reuleaux「Theoretische Kinematik」(理論機械運動学,1875)の英訳本

  Kennedy「The kinetics of machinery」(London,Macmillan,1876)

を東北大学図書館から借用して調べてみることにした.

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【1】ルーローの三角形

 ルーローの三角形はいたって単純な形状であるから,ルーロー以前に誰もこの図形を利用しなかったのか不思議に思う方もおられるだろう.フランツ・ルーロー(1829-1905)が定幅図形であることを示すまで実用的な応用はなかったし,実際の機械にこの図形を応用したのも彼が最初である.

 その後さまざまな用途に利用されるようになった.マンホールのフタ,コイン,正方形の穴を穿つドリル,マツダ車のエンジン,ヴィックスドロップ,・・・.回転するドリルでは丸い穴しかあけられないはず,したがって正方形の穴をあけるドリルなどと聞いても常識外れとしか思えないだろう.

 しかし,定幅曲線はいかなる方向に関しても等しい幅をもっているわけであるから,正方形に内接しながら回転することができる図形であり,これを応用すれば正方形の穴をあけるドリルを作ることができる.(もちろん,中心が固定されていてはダメである.また,ルーローの三角形であけられる正方形はその角がごくわずかだが丸くなっていて,穿かれる穴の面積は正方形の面積を1とすると0.9877・・・となる.)

 「The kinetics of machinery」(1876)本には多数の美しい挿し絵が収載されている.とくに銅版画と思われる図版は130年前のものとは思えないほどのものである.著作権はとっくに失効していだろうから,読者の便宜のため以下に紹介したい.

[1]ルーローの三角形の中心の軌道が楕円であるという記述はわずかにみられるが,それは解析幾何的に求められたものではなく,ギリシャ幾何的といえるものである.ニュートンも「プリンキピア」のなかで(微分積分学でなく)ギリシャ幾何的に壮大な天体力学を展開しているが,それと相通ずる事情があるのだろう.

[2]ルーローの関心はルーローの三角形の中心の軌道よりも,それと常に相対的位置が不変に保たれた点の運動であって,たとえば,正方形の中心にあった点の軌跡などが示されている.それらはペリトロコイド曲線の族であるが,ルーローの三角形の中心の軌道はその特別な場合として得られる.

[3]順回転だけでなく,逆回転の場合も図示されている.四角い穴をあけることよりもエンジンのカムの設計などへの応用を考えていたものと推測される.

[4]菱形の穴や円弧五角形を用いて正方形の穴をあける工夫もなされている.一般に2n角形の穴をあけるドリルは,正三角形の代わりに正2q+1角形に円弧を描いて得られるが,不思議なことに六角形,八角形,十角形,2n角形や五角形,七角形,九角形,2n+1角形の穴をあけるドリルに関する記述はみられない.

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【2】ルーローの二角形

[5]「The kinetics of machinery」(1876)をみて最も驚かされたことは,ルーローの三角形と並んで,正三角形に内接しながら回転することができる円以外の図形として,二角形が収載されていることであった.

 この二角形は正三角形の高さをhとすると,半径がh/2の円弧を2個組み合わせたものである.正三角形に内接しながら回転することができる図形には,

  円・・・・・・・・・・・半径h/3

  ルーローの二角形・・・・半径h/2

  藤原・掛谷の二角形・・・半径h

などがあることになるが,ルーローの二角形については動画プログラムを組んだ後,あらためて取り上げることにする.

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【3】藤原と掛谷

 藤原松三郎は一般的な凸多角形の内転形をフーリエ級数論を応用して解析的に研究しました.

[1]同じ凸多角形のすべての内転形の周長は等しい

[2]正n角形の内転形は少なくとも2(n−1)個の頂点をもつ

などはその業績の一例です.バービエの定理「幅hをもつすべての定幅曲線の周長はπhで等しい」より,正方形の内接円の周長もルーローの三角形の周長もπhとなるのですが,正三角形の内接円もルーローの二角形も藤原・掛谷の二角形もその周長は2πh/3で等しいというわけです.

 また,正n角形の内転形で面積最小のものをAn,接点と正n角形の頂点との距離が最小のものをBnとすると,藤原はA3,B3はともに藤原・掛谷の2角形(半径が正三角形の高さに等しい2つの円弧で囲まれたレンズ型図形)であることを証明しました.A4,B4がともにルーローの三角形であることはそれぞれブラシュケ,藤原が証明しています.卵形線論ではブラシュケ(ハンブルグ大学)と東北大学が研究の二大中心をなしていた観があります.

 また,掛谷宗一は卵形線に関する最大・最小問題を考えるとき,それらの多くは与えられた条件の複雑さのために普通の変分学の手段では解き得ないことに注目し,そのような考察からの自然な流れとして掛谷の問題「長さが1である線分を1回転させるのに必要な最小面積の図形は何か」を紹介して世界的な関心を喚起しました.

 彼等の関心は数学的な面にあって応用ではなかったからでしょうが,いくら論文を調べてみてもローターの中心の軌道に関する記述は見あたりませんでしたが,

  M. Fujiwara and S. Kakeya: On some Problems of maxima and Minima for the Curve of Constant Breadth and the In-revolvable Curve of the Equilateral Triangle, Tohoku Mathmatical Journal, 11, 1917

には,藤原・掛谷の二角形の他にルーローの二角形についての記載もみられました.

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