コラム「n角の穴をあけるドリル」シリーズでは,実際にn=3,4,5,6角形の穴をあけるドリルの模型を製作しました.n角の穴をあけるドリルについて,これまでのまとめをしておくと,
(1)nが偶数のとき
円弧の中心はn−1角形の頂点
n=4 → ルーローの三角形
(2)nが奇数のとき
円弧の中心はn−1角形の辺の中点
n=3 → 藤原・掛谷の二角形(例外)
(3)中心の軌跡は楕円の弧の組合せ
円もどき (n=3を除く)
となりました.
偶数n角形の穴をあけるドリルは「定幅図形」の応用ですが,逆に,奇数n角形の穴をあけるドリルは「定幅図形」ではできないことは確かです.五角の穴をあけるドリルの場合,円弧の中心は四角形の辺の中点にくる・・・このことは偶数n角形の穴をあけるドリルの円弧の中心がn−1角形の辺の中点にくることから自然に発想されるアイディアでしょう.
藤原・掛谷の二角形(n=3),ルーローの三角形(n=4)は面積最小の内転形であることが証明されていますが,n=5,6の場合も面積最小の内転形になるのでしょうか? 直観的には正しい気がしますが,今回のコラムでは真偽を検証する(一歩手前まで進んでみる)ことにします.
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【1】五角の穴をあけるドリルの微分問題(失敗した証明)
この問題は与えられた条件の複雑さのために簡単には解き得ないので,正n−1角形に円弧をつけたドリルローターで正n角形の穴をあけるという制限をつけて,その条件下で面積最小の内転形を求めてみることにしました.
同じ凸多角形のすべての内転形の周長は等しいこと(後述)より,正n角形の内接円の半径をrとすると弧長はnr/(n−1)です.その弧の曲率半径をr0,中心角を2θ0とすると,
2r0θ0=nr/(n−1)
ドリルローターの面積は
S=(n−1)r0^2(θ0−sin2θ0/2+sin^2θ0cotπ/(n−1))
また,正n角形の高さをHとして,内接条件を初等幾何的に求めると
[1]nが偶数のとき
r0(1−cosθ0+sinθ0(cosecπ/(n−1)+cotπ/(n−1)))=2r=H
[2]n(>3)が奇数のとき
r0(1−cosθ0+sinθ0(2cotπ/(n−1)+tanπ/n))=r(1+secπ/n)=H
これで,ラグランジュの未定乗数法を用いて
[1]nが偶数のとき
2θ0=π/(n−1)
[2]n(>3)が奇数のとき
2θ0=2arctan(1/2・tanπ/(n−1))
のときSが極小になることを示せればよいのですが,そううまくはいきません.内接条件に不具合があるからです.
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[補]ラグランジュの未定乗数法
ラグランジュの未定係数法は,たとえば「x^3−3xy+y^3=0の条件のもとでx^2+y^2の極値を求めよ」といった条件つき極値問題や制約条件付きの最小2乗法などの解を得るために導入された方法です.
[Q]点(x,y)が曲線:x^4+y^4−1=0上を動くとき,関数f(x,y)=x^3+2y^2の最大値と最小値を求めよ.
[A]f(x,y)=x^3+2y^2+λ(x^4+y^4−1)とおく.連立方程式
fx=3x^2+4λx^3=0
fy=4y+4λy^3=0
fλ=x^4+y^4−1=0
と解くと6組の解があるが,
(x,y,λ)=(0,1,−3/2)→f=2
(x,y,λ)=(0,−1,3/2)→f=−2
(x,y,λ)=(1,0,−3/4)→f=1
(x,y,λ)=(−1,0,3/4)→f=−1
(x,y,λ)=(−1/4√17,−2/4√17,34√17/4)→f=−4√17(最小値)
(x,y,λ)=(1/4√17,2/4√17,−34√17/4)→f=4√17(最大値)
(x,y,λ)=(−1,0,3/4)→f=−1
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【2】藤原と掛谷
藤原松三郎は一般的な凸多角形の内転形をフーリエ級数論を応用して解析的に研究しました.
[1]同じ凸多角形のすべての内転形の周長は等しい
[2]正n角形の内転形は少なくとも2(n−1)個の頂点をもつ
などはその業績の一例です.バービエの定理「幅hをもつすべての定幅曲線の周長はπhで等しい」より,正方形の内接円の周長もルーローの三角形の周長もπhとなるのですが,正三角形の内接円の周長も藤原・掛谷の二角形の周長も2πh/3で等しいというわけです.
また,掛谷宗一は卵形線に関する最大・最小問題を考えるとき,それらの多くは与えられた条件の複雑さのために普通の変分学の手段では解き得ないことに注目し,そのような考察からの自然な流れとして掛谷の問題「長さが1である線分を1回転させるのに必要な最小面積の図形は何か」を紹介して世界的な関心を喚起しました.
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【3】五角の穴をあけるドリルの変分問題
(その9)では正三角形,正方形の高さをhとすると,内接条件は任意のθについて
p(θ)+p(θ+π)=h (正方形の場合)
p(θ)+p(θ+ω)+p(θ+2ω)=h,ω=2π/3 (正三角形の場合)
であり,A3,A4は変分問題
∫(0,2π)(p^2(θ)−p’^2(θ))dθ=minimize
に帰着されることを示しました.それでは正五角形の場合はどうなるのでしょうか?
ヴィヴィアーニの定理とは『正三角形において,内側の任意の点Pから3辺に下ろした垂線の長さの和は正三角形の高さに等しい.点Pが正三角形の外側にあって,各辺に関して点Pと正三角形が辺を挟んで逆側にある場合は,対応する垂線の長さを負とすれば同じ式が成り立つ.』というものです.
任意の三角形の3辺の長さをa,b,c,垂線の長さをα,β,γ(辺に対して頂点と同じ側のとき正,反対側のとき負)とすると,三角形の面積をSとすると,つねに関係式
aα+bβ+cγ=2S
を満たすことがわかります.
正n角形の場合,面積S,周長L,内接円の半径r,外接円の半径Rとすると
a1=a2=・・・=an=L/n
ですから
α1+α2+・・・+αn=2nS/L=nr
正方形の場合は,ω=2π/4=π/2とおいて
p(θ)+p(θ+ω)+p(θ+2ω)+p(θ+3ω)=2h
ですが,これは
p(θ)+p(θ+π)=h
p(θ+π/2)+p(θ+3π/2)=h
と同値.
正六角形の場合は,ω=2π/6=π/3とおいて
p(θ)+p(θ+ω)+p(θ+2ω)+p(θ+3ω)+p(θ+4ω)+p(θ+5ω)=3h
ですが,これは
p(θ)+p(θ+π)=h
p(θ+π/3)+p(θ+4π/3)=h
p(θ+2π/3)+p(θ+5π/3)=h
と同値.
それに対して,正五角形の場合は,ω=2π/5とおいて
Σ(0,4)p(θ+kω)=p(θ)+p(θ+ω)+p(θ+2ω)+p(θ+3ω)+p(θ+4ω)=10S/L=5r=constant
の下での変分問題
∫(0,ω)Σ(0,4)(p^2(θ+kω)−p’^2(θ+kω))dθ=minimize
になります.
いまのところ,この変分問題を解いて真偽を検証するまでには至っておりませんが,次回以降の課題として残しておくことにします.
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[補]単位円に内接する凸n角形の周長Lは
L=2(sinα1+・・・+sinαn)
これより,
L≦2nsin(π/n)
また,外接する場合,
L=2(tanα1+・・・+tanαn)
L≧2ntan(π/n)
一般に,凸n角形の面積S,周長L,内接円の半径r,外接円の半径Rの間には,次の不等式が成り立ちます.
2nrtan(π/n)≦L≦2nRsin(π/n)
nr^2tan(π/n)≦S≦1/2nR^2sin(2π/n)
等号は正n角形の場合にのみ成り立ちますから,定円に外接するn角形の中で,正n角形は周長・面積が最小であり,内接するn角形の中で,正n角形は周長・面積が最大となります.このことは直観的にも理解されるでしょう.
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