周長が
∫1/(1-x^2)^(1/2)dx
で表される曲線は円(2次曲線),
∫1/(1-x^4)^(1/2)dx
はレムニスケート(4次曲線)に対応しています.
ω=2∫(0,1)1/√(1-x^4)dx=1/2B(1/4,1/2)
=2^(-3/2)π^(-1/2)Γ^2(1/4)=2.62205・・・
レムニスケートの定数ωは円に対するπと同じ役割を演じています.
π=2∫(0,1)1/√(1-x^2)dx=3.14159・・・(円周率)
ω=2∫(0,1)1/√(1-x^4)dx=2.62205・・・(レムニスケート周率)
コラム「楕円積分とガンマ関数」(2002)では,周長が
∫1/(1-x^3)^(1/2)dx
で表される曲線について調べましたが,一般化,たとえば
∫1/(1-x^n))^(1/2)dx (n>4)
∫1/(1-x^(2^n))^(1/2)dx
なども考えられるところです.今回のコラムでは,レムニスケート積分の拡張について考えてみます.
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【1】カッシーニ曲線
2定点(−a,0),(a,0)からの距離の和が一定となる点の軌跡は楕円,差が一定の点の軌跡は双曲線です.また,商が一定の点は円(アポロニウスの円)を描きます.それでは積が一定の点はどのよう軌跡を描くでしょうか.
(答)はカッシーニ曲線.
{(x+a)^2+y^2}{(x−a)^2+y^2}=c^2
(x^2+y^2)^2−2a^2(x^2−y^2)=c^2−a^4
r^4−2a^2r^2cos2θ+a^4=c^2
2次の多項式f(x,y)=0すなわち楕円,放物線,双曲線が円錐を平面で切断したときの切り口として現れたように,カッシーニ曲線(4次の多項式)はトーラス(ドーナツ)の平面による切断面として現れることが知られています.cの変化に応じて曲線はいろいろと移り変わるのですが,前述の4種類とは凸卵形,つぶれた卵形(変曲点をもつ繭形),8の字型,2つに分かれたペアの卵形です.
円環曲線はギリシャ人によって知られていたのですが,17世紀に再発見されました.カッシーニ(1625-1712)は偉大な天文学者で,土星にはホイヘンスの発見した衛星タイタンのそばにさらに4個の衛星があること,土星の輪には隙間があり,2個の輪からなっていることを発見しました.この隙間はカッシーニの空隙と呼ばれています.
カッシーニはまた木星と土星が自転していることを証明したり,地球と太陽の距離を正確に測定しました.しかし,ニュートンの重力理論には反対の立場をとり,ケプラーの楕円軌道論に反対して凸卵形を提案しました.カッシーニの凸卵形はこのとき提案された4次曲線なのです.
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【2】ベルヌーイのレムニスケート
定数cが2定点間の距離の半分aの2乗に等しいとき,レムニスケート(連珠形あるいは双葉曲線)と呼ばれます.カッシーニの卵形線の特別な場合がレムニスケートなのですが,レムニスケートは8の字形(8を90°回転した形)をしていて,その直交座標系での方程式は4次曲線(x^2+y^2)^2=2a^2(x^2−y^2),極座標系ではr^2=2a^2cos2θとなります.
とくに2定点を(−1/√2,0),(1/√2,0)と定めると,レムニスケートの方程式は極座標で書くとr^2=cos2θ,直交座標で書くと(x^2+y^2)^2=x^2−y^2となります.したがって,極座標による式のほうが,直交座標による式よりかるかに簡単です.極座標はベルヌーイの時代より前にもときどき使われていたのですが,極座標を広範囲に使用し,多くの曲線に適用してさまざまな性質を最初に見つけたのは,ヤコブ・ベルヌーイでした.
レムニスケートの弧長lは
l=∫(0-r){1+(rdθ/dr)^2}^(1/2)dr
=∫(0-r)2a^2/{4a^4-r^4}^(1/2)
とくに,a=1/√2とおくと,
l=∫(0-r)1/{1ーr^4}^(1/2)
となります.このようにして,ベルヌーイはレムニスケートの弧長を
f(x)=1/(1-x^4)^(1/2)
u=F(z)=∫(0-z)f(x)dx
と表しました.これがレムニスケート積分と呼ばれる典型的な楕円積分です.
一般に,
f(x)=1/(P(x))^(1/2)
F(z)=∫(0,z)f(x)dx
において,P(x)を2次の多項式とするときは対数あるいは円関数(三角関数)になりますが,P(x)が重根をもたない3次,4次の多項式の場合は,初等関数をいくら組み合わせても得られない関数が登場します.3次でも4次でもx=1/tとおけば
dx/{x(x-a)(x-b)(x-c)}^(1/2)=-dt/{(1-at)(1-bt)(1-ct)}^(1/2)
となりますから,本質的には同じものです.また,P(x)を5次以上の多項式とするとき,当該の関数は超楕円積分,超楕円関数と呼ばれます.
P(x)を3次,4次の多項式とするとき,F(z)は楕円積分,その逆関数F^(-1)(z)は楕円関数と命名されています.歴史的にいうと楕円関数は楕円積分を源とし,楕円積分の逆関数として導入されました.F(z)の逆関数であるレムニスケートサインsl(u)を求めてみることにしましょう.
実際に1/(1-x^4)^(1/2)を2項展開し,さらに項別積分すると
F(z)=z+1/10z^5+1/24z^9+5/208z^16+・・・
この逆関数のべき級数展開は
sl(u)=u-1/10u^5+1/120u^9+11/15600u^13+・・・
=u(1-1/10u^4+1/120u^8+・・・)
=ug(u^4)
となります.
また,
∫(0-1)f(x)dx=1.311028・・・=ω
とおくことにしましょう.4ωがレムニスケートの全長です.すなわち,レムニスケートサインは周期4ωをもつことがわかります.円に類比すると,レムニスケートの定数(レムニスケート周率)ωは円に対する円周率πと同じ役割を演じていることになります.さらにまた,レムニスケートには円に共通する性質があり,定規とコンパスだけで奇数のn等分することができる必要十分条件はnがフェルマー素数(n=22^m+1の形の素数:3,5,17,257,65537)であることです.
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【3】円と双葉のあいだには?
円の4分の1周の長さを求めるのに,y=(1-x^2)^(1/2)に対し,
∫(0,1)(1+(dy/dx)^2)^(1/2)dx
を計算すると,これは
∫(0,1)1/(1-x^2)^(1/2)dx
となります.そこで
f(x)=1/(1-x^2)^(1/2)
2∫(0,1)f(x)dx=3.141592・・・=π
となり,これをπの定義とし,完全円積分と呼ぶことにします.
F(z)=∫(0,z)f(x)dx
は不完全円積分ですが,これから
sinω=F^(-1)(ω),cosω=F^(-1)(π/2-ω)
と定義すると,逆正弦関数
sin^(-1)z=∫(0,z)f(x)dx
が得られます.
ところで,
∫1/(1-x^2)^(1/2)dx
は円,
∫1/(1-x^4)^(1/2)dx
はレムニスケートに対応していましたが,周長が
∫1/(1-x^3)^(1/2)dx
∫1/(1-r^3)^(1/2)dx
で表される曲線はどのようなものになるでしょうか?
この円と双葉の中間に位置する幾何学的対象物は,微分方程式
(1+(dy/dx)^2)^(1/2)=1/(1-x^3)^(1/2)
dy/dx=(x^3/(1-x^3))^(1/2)
あるいは
{1+(rdθ/dr)^2}^(1/2)=1/(1-r^3)^(1/2)
dθ/dr=(r/(1-r^3))^(1/2)
を満たさなければなりません.
直交座標より極座標を考える方が自然と思えるので,極座標の方で示しますが,r^3=tとおいて微分方程式を解くと,不完全ベータ関数
θ=1/3∫t^(-1/2)(1-t)^(1/2)dt
が得られます.しかし,これでは正体がつかめません.そこで,試行錯誤的に求めてみることにしました.
まず,候補にあげられたのが
r=cos(aθ) (正葉曲線,バラ曲線)
です.この曲線では,a=1のとき,
1+(rdθ/dr)^2=1/(1-r^2)
となります.
これまでの結果から,
r=cosθのとき,1+(rdθ/dr)^2=1/(1-r^2)
r^2=cos2θのとき,1+(rdθ/dr)^2=1/(1-r^4)
がわかったわけですから,求める曲線は
r^(3/2)=cos(3/2θ)
に違いありません.計算してみると,確かに
1+(rdθ/dr)^2=1/(1-r^3)
が得られました.
大ざっぱにプロットしてみたところでは,三つ葉型曲線の半分になるのですが,r^(3/2)=cos(3θ/2)がどのような曲線になるのか,各自が実際に描いてみることをお勧めします.また,この曲線が直交座標でどのように書けるか,直してみるのも面白いかもしれません.
r^2=x^2+y^2,x=rcosθ,y=rsinθ
cos3θ=4cos^3θ−3cosθ
cos^2(3θ/2)=(1+cos3θ)/2=(4cos^3θ−3cosθ+1)/2
ですから
2r^3−1=4x^3/r^3−3x/r
2r^6−r^3=4x^3−3xr^2
(2r^6−4x^3+3xr^2)^2=r^6
(2(x^2+y^2)^3−4x^3+3x(x^2+y^2))^2=(x^2+y^2)^3 → 12次曲線
なお,グランディのバラ曲線:r=acosnθはn=1のとき円,n=2のとき(x^2+y^2)^1/2=2a^2(x^2−y^2)で4葉形,一般に花びらの数mはnが奇数のときm=n,nが偶数のときm=2nとなります.
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【4】レムニスケート積分の拡張(超レムニスケート積分)
以上のことから,周長が
∫1/(1-x^n)^(1/2)dx
∫1/(1-x^(2^n))^(1/2)dx
で表される曲線は,
r^(n/2)=cos(nθ/2)
r^(2^n/2)=cos(2^nθ/2)→r^(2^n-1)=cos(2^n-1θ)
に違いありません.計算してみると,確かに
1+(rdθ/dr)^2=1/(1-r^n)
1+(rdθ/dr)^2=1/(1-r^(2^n))
が得られます.
次に
∫(0,1)1/(1-x^^n)^(1/2)dx
∫(0,1)1/(1-x^(2^n))^(1/2)dx
の値を求めてみます.
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
f(x)=1/(1-x^2)^(1/2)
のとき,
sin^(-1)z=∫(0,z)f(x)dx
ですから,
2∫(0,1)f(x)dx=3.141592・・・=π
となります.それでは,
f(x)=1/(1-x^4)^(1/2)
としたとき,
∫(0,1)f(x)dx=1.311028・・・=ω
は,どのようにすれば得られるのでしょうか?
ガンマ関数(オイラーの第2種積分)は,
Γ(x)=∫(0,∞)t^(x-1)exp(-t)dt
ベータ関数(オイラーの第1種積分)は,
B(a,b)=∫(0,1)t^(a-1)(1-t)^(b-1)dt
によって定義されます.ベータ関数とガンマ関数との間には,
B(a,b)=Γ(a)Γ(b)/Γ(a+b)
の関係がありますから,ベータ関数はガンマ関数の兄弟分にあたります.
Γ(1)=1,Γ(1/2)=√π
であることを知っていればたいてい間に合いますが,Γ(1/2)=√πを得るにはベータ関数が用いられます.この関数において,t=sin^2θとおくと
dt=2sinθcosθdθ
ですから
B(a,b)=∫(0,1)t^(a-1)(1-t)^(b-1)dt=2∫(0,π/2)sin^(2a-1)θcos^(2b-1)θdθ
ここで,a=1/2,b=1/2とすると
B(1/2,1/2)=2∫(0,π/2)dθ=π
Γ^2(1/2)/Γ(1)=π
Γ(1)=1ですから,Γ(1/2)=√πとなります.
ベータ関数において,a=m/n,b=1/2とおき,t=x^nと置換すると,
∫(0,1)x^(m-1)/(1-x^n)^(1/2)dx=Γ(m/n)√π/nΓ(m/n+1/2)
したがって,
(m,n)=(1,1)のとき,∫(0,1)1/(1-x^1)^(1/2)dx=2
(m,n)=(1,2)のとき,∫(0,1)1/(1-x^2)^(1/2)dx=π/2
(m,n)=(1,3)のとき,∫(0,1)1/(1-x^3)^(1/2)dx=Γ^3(1/3)/2^(4/3)3^(1/2)π
(m,n)=(1,4)のとき,∫(0,1)1/(1-x^4)^(1/2)dx=Γ^2(1/4)/2^(5/2)π^(1/2)
(m,n)=(1,n)のとき,∫(0,1)1/(1-x^n)^(1/2)dx=Γ(1/n)√π/nΓ(1/n+1/2)
(m,n)=(1,2^n)のとき,∫(0,1)1/(1-x^(2^n))^(1/2)dx=Γ(1/(2^n))√π/2^nΓ(1/(2^n)+1/2)
が得られます.
∫(0,1)1/(1-x^1)^(1/2)dx=2
∫(0,1)1/(1-x^2)^(1/2)dx=π/2
は初等的にも得ることができます.一方,
∫(0,1)1/(1-x^3)^(1/2)dx=Γ^3(1/3)/2^(4/3)3^(1/2)π
∫(0,1)1/(1-x^4)^(1/2)dx=Γ^2(1/4)/2^(5/2)π^(1/2)
は,特別な数と楕円積分を関係づけるものになっています.
これらを,Γ^q(1/q)の形で統一的に表示すれば,
Γ^2(1/2)=π=2∫(0,1)1/(1-x^2)^(1/2)dx
Γ^3(1/3)=2^(4/3)3^(1/2)π∫(0,1)1/(1-x^3)^(1/2)dx
Γ^4(1/4)=2^5π(∫(0,1)1/(1-x^3)^(1/2)dx)^2
なお,
∫(0,1)1/(1-x^3)^(1/2)dx=Γ^3(1/3)/2^(4/3)3^(1/2)π
を得るには,ガンマ関数の乗法公式(倍数公式)
Γ(x/2)Γ((x+1)/2)=π^(1/2)Γ(x)/2^(x-1)
と相反公式(相補公式)
Γ(x)Γ(1-x)=π/sinπx
また,
∫(0,1)1/(1-x^4)^(1/2)dx=Γ^2(1/4)/2^(5/2)π^(1/2)
を得るには乗法公式を用いています.
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【5】雑感(ベルヌーイ数・フルヴィッツ数の一般化?)
超レムニスケート積分
∫1/(1-x^n)^(1/2)dx
の幾何学的対象物がグランディのバラ曲線:r=acosnθの類似であることを思いついたのが2002年ですから,それからずいぶん年月が経ったことになります.
当初は
r=1(円)
r^2=cos2θ(レムニスケート)
を補間することを考えていたのですが,うまくいかず
r=cosθ(円)
r^2=cos2θ(レムニスケート)
を補間して
r^n/2=cos(nθ/2)
としたのが成功のもとでした.
r^n/2=cos(nθ/2)
r^n=(1+cosnθ)/2
2r^n−1=cosnθ=(x/rのn次多項式)
ですから,この曲線は代数曲線になることがわかります.次数はnが偶数のときn次式ですが,奇数のとき4n次式になります.
[1]n=1
2r−1=cosθ=x/r
2r^2−r=x
(2r^2−x)^2=r^2
(2(x^2+y^2)−x)^2=x^2+y^2 → 4次式
[2]n=2
r=cosθ=x/r
r^2=x
x^2+y^2=x
(x−1/2)^2+y^2=1/4 → 2次式(円)
[3]n=3 → 12次式
[4]n=4 → 4次式
ところで,ベルヌーイ数は
x/tanhx=xcoshx/sinhx
=1+B1/2!(2x)^2−B2/4!(2x)^4+B6/2!(2x)^6−・・・
あるいは,x/tanhx=2x/(exp(2x)−1)+xより,
x/(exp(x)−1)=1−1/2x+B1/2!x^2−B2/4!x^4+B3/6!x^6−・・・
の係数として得られます(生成関数).
また,
tanx=Σ(-1)^(n-1)2^2n(2^2n−1)B2nx^(2n-1)/(2n)!
の展開式は,ベルヌーイ数の別の形の母関数表示を与えています.すなわち,三角関数の展開公式にもベルヌーイ数がでてくるのですが,
1/sin^2(x)=1/x^2+Σ(-1)^(n/2-1)2^nBn/n・x^(n-2)/(n−2)!
三角関数(円関数)を楕円関数に置き換えても,展開係数はベルヌーイ数と似たような数論的性質をもってくることが予想されます.
このような考え方は三角関数についての現象を一般化するときの常套手段となっているのですが,その展開係数がフルヴィッツ数Hnです.三角関数の場合のベルヌーイ数
1/sin^2(x)=1/x^2+Σ(-1)^(n/2-1)2^nBn/n・x^(n-2)/(n−2)!
と対比させると,フルヴィッツ数はワイエルシュトラスの楕円関数のローラン展開
p(z)=1/z^2+Σ2^nHn/n・z^(n-2)/(n−2)!
で定義されます.
H4=1/10,H8=3/10,H12=567/130,H16=43659/170,H20=392931/10,
H24=1724574159/130,・・・
超レムニスケート積分から,ベルヌーイ数・フルヴィッツ数の拡張も考えつくのですが,それらの数論的意味や性質はどのようになっているのでしょうか?
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