■ランダム行列(その5)
【1】ウィグナー分布(エネルギー準位の固有値分布)
対称なランダム行列Hを,ユニタリー変換
H’=WHW~
して,Hの固有値:E1,E2,・・・,Enを確率変数とする同時確率分布関数
P{Ei}=Cexp{-(E1^2+・・・+En^2)/4a^2}Π(Ej−Ek)^β
を導出する.
Π(Ej−Ek)は差積を表すのだが,簡単のため,n=2の場合を考えてみると,
P{E1,E2}=Cexp{-(E1^2+E2^2)/4a^2}(E2−E1)^β
2変数E1,E2(>E1)を
E=E1+E2,S=E2−E1
で置き換えると,ヤコビアンは
J=d(E1,E2)/d(E,S)=1/2
したがって,
P{E,S}=Cexp{-(E^2+S^2)/8a^2}S^βJ
P{E,S}dEdS=CJexp{-(E^2)/8a^2}dE*S^βexp{-(S^2)/8a^2}dS
よって,準位間隔がSとS+dSの間に落ちる確率は
P{S}=(定数)S^βexp{-S^2)/8a^2} (0<S<∞)
これがウィグナー分布と呼ばれる最隣接間隔分布であり,Sが0でないところにピークをもち,隣接する準位の反発を表す関数である.
最隣接間隔分布は,尺度母数aや形状母数βの値によって,
p(s)=π/2sexp(-π/4s^2)
p(s)=32/π^2s^2exp(-4/πs^2)
などとなるが,指数関数の引き数は前者も後者も2乗の形s^2であることに注意されたい.
量子系のエネルギー準位間に強い反発が生じると,エネルギー準位の最近接間隔分布はウィグナー分布に一致する.一方,可積分系では準位間の反発がなく,ポアソン分布
p(s)=exp(-s)
にしたがう.近可積分系のときには,ウィグナー分布とポアソン分布の中間をとるのだが,実際,最隣接間隔分布は中間の分布になることが多いという.
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ここではエネルギー準位の最隣接間隔分布について述べたが,ウィグナー分布は,対称行列の固有値分布に登場する分布である.
n次の対称行列Hの固有値はすべて実数であり,それらを並べて,
λ1≦λ2≦・・・≦λn
とするとき,n→∞のときの挙動,すなわち,固有値の漸近分布を調べたいのであるが,1958年,ウィグナーは,n→∞のとき
a√n≦λ≦b√nなる固有値の数/n → ∫(a,b)φ(t)dt
ここで,φ(t)=1/2πm^2√(4m^2-t^2)
が成り立つことを証明した.
分布関数φをもつ分布を「ウィグナー分布」といい,そのグラフは半円で与えられるからこの定理を「半円則」ともいうのだが,ウィグナーの半円則は近年大いに発展したランダム行列の原型となっている.
ところで,数論における楕円曲線のヴェイユ・ゼータに関する佐藤(幹夫)予想と,対称行列の固有値分布に関するウィグナーの半円則は,一方は物理学,他方は数論に関係していて出所はまったく異なる.にも関わらず,佐藤予想
偏角が[a,b]となる素数密度 → 2/π∫(a,b)sin^2θdθ
ここで,t=cosθとおけば,
偏角が[a,b]となる素数密度 → 2/π∫(α,β)√(1-t^2)dt
となるから,これも1種の半円則である.
乱歩の確率論ではレヴィの「逆正弦則」というものもあるが,レイリー分布や1次元酔歩の再帰確率に関する母関数:(1-t^2)^(-1/2),2次元酔歩の母関数は楕円積分:2/πK(t)など,ここに掲げたφ(t)=2/π√(1-t^2)の類似物も登場する.したがって,ウィグナーの半円則とはまったく関係なくもないと思われるのだが,・・・.→コラム「格子上の確率論(その6)」参照.
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