■ランダム行列(その2)

【1】ウィグナーの半円則

 ウィグナーは,行列要素が独立に分布し平均が0で同じ分散をもつ場合に,固有値密度に対して半円則を証明しました(1958年).

 n次の対称行列Hの固有値はすべて実数であり,それらを並べて,

  λ1≦λ2≦・・・≦λn

とするとき,n→∞のときの挙動,すなわち,固有値の漸近分布を調べたいのですが,ウィグナーは,n→∞のとき

  a√n≦λ≦b√nなる固有値の数/n → ∫(a,b)φ(t)dt

     ここで,φ(t)=1/2πm^2√(4m^2-t^2)

が成り立つことを証明したのですが,この定理は要素の分布(ランダム,一様分布,ガウス分布,・・・)の詳細によらず,一般的に成り立つ性質であり,複雑で何の秩序もないように見える行列であっても,行列の大きさが非常に大きいときに成り立つ普遍的な法則があるというのです.

 分布関数φのグラフは半円y=√(1-x^2)で与えられるますから,この定理を「半円則」ともいうのですが,ウィグナーの半円則は近年大いに発展したランダム行列の原型となっています.また,固有ベクトルは対称性を満たす空間内で一様分布することが知られています.

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 ところで,数論における楕円曲線のヴェイユ・ゼータに関する佐藤(幹夫)予想とは,

  偏角が[a,b]となる素数密度 〜 2/π∫(a,b)sin^2θdθ

というものである.

 角分布がsin^2θに比例するという佐藤予想の最初の記述は,資料によると,昭和38年(1963年)のことなのであるが,sin^2予想でt=cosθとおけば,

  偏角が[a,b]となる素数密度 〜 2/π∫(α,β)√(1-t^2)dt

となり,これも1種の半円則となっていることがわかる.

 佐藤予想と対称行列の固有値分布に関するウィグナーの定理は,前者は数論,後者は物理学に関係していて出所はまったく異なるにも関わらず,どちらも同じ「半円則」で表されることは興味深いものがある.ゼータ関数と量子カオスのように根っこのところが,同じ構成原理で繋がっていることが予想されるであろう.

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