本シリーズ「ボロノイ細胞と平行多面体」は3次元空間充填多面体の基本形が14面体であり,平行な辺の長さを0に退化させることによって,切頂八面体(f=14)→菱形12面体(f=12)→→→立方体(f=6)となることを解説したものである.
2次元空間充填の基本形は6角形,4次元空間充填の基本形は30胞体となるが,100年以上前にこのことを考察している人がいた.
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【1】ヒントンの「第4の次元」
ヒントンは,19世紀終わりから20世紀初めにかけて,ケルビンと同じころのイギリスの数学者である(1853-1907).
ヒントン(宮川雅訳)「科学的ロマンス集」国書刊行会
を読むと,モーリー,ハミルトン,ケイリーの仕事に関する純粋な数学論文も著したが,彼の主要な関心は4次元空間であり,4次元についての最初の著作「第4の次元とが何か」が発表されたのは1880年,ヒントンが27才のときのことだったとある.
テッサラクト(4次元立方体)は彼の造語であり,ペンネームでもあった.お雇い外国人数学者として日本(横浜山手)に滞在していたという記録も残されている.また,ヒントンは4次元空間の1種類だけの多胞体による空間充填図形として,3次元の六角柱と切頂八面体を組み合わせた30胞体を提案していたとのことである.
以下に「第4の次元」の図版を掲げる.第4番目の座標軸が画面の手前から奥に向かっていることがお判り頂けるであろう.正四面体座標である.
ところで,右の多面体は切頂八面体の変形で立方体を切頂することによって得られる.古代朝鮮サイコロもその1種である.左の多面体も切頂八面体の変形ではあるが,正四面体を切稜・切頂した図形となっている.
切頂八面体は立方体・正八面体から作ることができるが,正四面体を切稜・切頂した図形としても得られることを示したのが,コラム「ボロノイ細胞と平行多面体(その4)」である.
n次元の空間充填図形が立方格子を基にして導出されるという考え方からすれば,この考察は頗る意外なものであろうが,ヒントンの考察のように,n次元空間の空間充填多胞体は正(n+1)胞体(構成要素数:2^n−1)を切稜・切頂した図形を2つ併せることによって得られる2(2^n−1)胞体なのである.
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【2】中川宏の切頂・切稜型多面体
これまで中川宏さんとは
立方体の切稜・切頂図形 →「切頂・切稜多面体の計量」
正十二面体の切稜・切頂図形→「5回対称性と準周期的結晶(その3)」
正四面体の切稜・切頂図形 →「ボロノイ細胞と平行多面体(その4)」
を考察したことがある.
たとえば,コラム「5回対称性と準周期的結晶(その3)」では下図の多面体を木工製作してもらった.
準正多面体の分類を木工的な視点からリアレンジして掲げると,準正多面体は
1.切頂型
a)非中点切頂型・・・切頂四面体,切頂立方体,切頂八面体,切頂十二面体,切頂二十面体
b)中点切頂型・・・立方八面体,12・20面体
2.切頂・切稜型
a)切頂優位型・・・大菱形立方八面体,大菱形12・20面体
b)切稜優位型・・・小菱形立方八面体,小菱形12・20面体
3.ねじれ型・・・ねじれ立方体,ねじれ12面体
に分類される.
「切頂型」では切頂の深さが正多面体の頂点と辺の中点との間にあるもの(双対正多面体の辺の中点を越えたもの)が非中点型,辺の中点にあるものが中点型である.「切頂・切稜型」は切稜多面体に切頂を加えたもので,相対的に頂点と辺のどちらを深く削るかによって切頂優位型と切稜優位型に細分される.「ねじれ型」とは奇妙な名前であるが,ある頂点を取り囲む3つの面の対角線の長さが等しい切頂・切稜型立体を中間的に作り,最終的にはそれをさらに削って仕上げることになる.
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【3】切頂優位型準正多面体
正多面体は(p,q)でパラメトライズできますから,準正多面体に関する諸計量値は(p,q)で表すことによって一般化できます.まず,切頂優位型(切稜多面体のq角錐の根本よりも深く切頂する場合)について説明しますが,
[参]一松信「正多面体を解く」東海大学出版会
にしたがって,もとになる立体の1辺の長さをa,切稜パラメータをx,切頂パラメータをyとおくと,
(1)2p角形面と4角形面に挟まれる辺の長さは
b=a+2xcos(2π/p)−2x−2y
(2)2p角形面と2q角形面に挟まれる辺の長さは
c=2ycos(π/p)
(3)4角形面と2q角形面に挟まれる辺の長さは
d=2xcos(π/p)
で与えられます.
また,正多面体のある頂点から隣接する頂点までの距離のどのくらいを切稜,切頂するのか,その切稜率をs,切頂率をtとおくと
sa=x,ta=2x+y (0≦s≦0.5,0≦t≦1)
ですから
x=sa,y=(t−2s)a
[4,2p,2q]型準正多面体になるための条件は,b=c=dですから
1+2scos(2π/p)−2s−2t+4s
=2(t−2s)cos(π/p)
=2scos(π/p)
より
t−2s=s → t=3s
これを代入すると
1+2scos(2π/p)−4s=2scos(π/p)
となり,
s=1/(4−2cos(2π/p)+2cos(π/p))
したがって,p=4(立方体)では
s=1/(4+√2),t=3s → 大菱形立方八面体
p=5(正12面体)では
s=1/5,t=3s → 大菱形12・20面体
p=3(正4面体)では
s=1/6,t=3s → 切頂八面体
となることがわかります.
x,yではなく,切稜率をs,切頂率をtとおいた理由は正多面体の面にあらかじめ切稜線,切頂線を描くことを考えたからなのですが,それで本当に作りやすくなっているのかどうかはわかりません.しかし,たとえば切頂優位型では元になる正多面体の如何によらずt=3sが成り立つなどの性質が明らかになるという利点があります.
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【1】の左の多面体のように正四面体を切稜・切頂して正六角形面を作るためには,c=dよりx=y,t=3sとすればよいことが解ります.
p=3とおくと四角形面の縦横比b:dは
b=a−5x
d=x
で与えられますから,b:d=k:1にするためには
x=a/(k+5)
に定めます.したがって,もし四角形面を正方形面にしたいばらば,k=1,x=a/6,s=1/6,t=3sがその工作条件となります.
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【4】切稜優位型準正多面体
切稜優位型(根本で切頂する場合)では,y=0ですから
(1)p角形面と4角形面に挟まれる辺の長さは
b=a+2xcos(2π/p)−2x
(2)4角形面とq角形面に挟まれる辺の長さは
d=2xcos(π/p)
で与えられます.
[4,p,4,q]型準正多面体では,b=dより
1+2scos(2π/p)−2s=2scos(π/p)
s=1/(2−2cos(2π/p)+2cos(π/p))
したがって,p=4(立方体)では
s=1/(2+√2),t=2s → 小菱形立方八面体
p=5(正12面体)では
s=1/3,t=2s → 小菱形12・20面体
p=3(正4面体)では
s=1/4,t=2s → 立方八面体
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【5】切頂型準正多面体
さらに,切頂型多面体では,x=0(s=0)とおいて
(1)2p角形面と2p角形面に挟まれる辺の長さは
b=a−2y
(2)2p角形面とq角形面に挟まれる辺の長さは
c=2ycos(π/p)
で与えられます.
[2p,2p,q]型準正多面体では,b=cより
1−2t=2tcos(π/p)
t=1/(2+2cos(π/p))
したがって,p=4(立方体)では
t=1/(2+√2) → 切頂立方体
p=5(正12面体)では
t=2/(5+√5) → 切頂十二面体
p=3(正4面体)では
t=1/3 → 切頂四面体
となることもわかります.
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