(その11)(その14)(その16)では算術平均・幾何平均など各種平均を取り扱ったが,今回のコラムでは算術平均・幾何平均の不等式について再考してみたい.
(a1+a2+・・・+an)/n≧(a1a2・・・an)^(1/n)
また,もっと一般的には,δ1,・・・,δnを
δ1+・・・+δn=1
を満たす重みとすると
δ1a1+δ2a2+・・・+δnan≧a1^δ1a2^δ2・・・an^δn
が有名な算術平均・幾何平均不等式である.
算術平均・幾何平均不等式のもっとも単純な場合が
(a+b)/2≧√ab
である.これより
a^2+b^2−2ab=(a−b)^2≧0
を示す方が簡単であろう.改めてa→√a,b→√bと置き換えて
(a+b)/2≧√ab
a^3+b^3+c^3−3abc≧0
を示すためには,受験参考書に必ず書いてある
a^3+b^3+c^3−3abc
=(a+b+c)(a^2+b^2+c^2−ab−bc−ca)
=(a+b+c){(a−b)^2+(b−c)^2+(c−a)^2}/2≧0
という公式を思い出してもらいたい.
a^2+b^2−2ab
a^3+b^3+c^3−3abc
a^4+b^4+c^4+d^4−4abcd
さらに高次元化した
a^5+b^5+c^5+d^5+e^5−5abcde
a^6+b^6+c^6+d^6+e^6+f^6−6abcdef
などが,本質的に算術平均と幾何平均の差となっていることは,このコラムの読者であれば既におわかりであろう.
上に凸な関数では,不等式
φ((a1+a2+・・・+an)/n)≧(φ(a1)+φ(a2)+・・・+φ(an))/n
が成立する.このことからφ(x)=logxとおくと,算術平均・幾何平均の不等式は容易に証明される.
また,不等式
f(x)=exp(x)-x-1≧0
g(x)=x^n-nx+(n-1)=x^n-1-n(x-1)≧0
あるいはx→x+1と置き換えて
h(x)=(x+1)^n-1-nx≧0 (ベルヌーイの不等式)
などを使っても算術平均・幾何平均の不等式を示すことができる.
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【1】n=2,4,8,・・・,2^m,・・・の場合
a^4+b^4≧2a^2b^2
c^4+d^4≧2c^2d^2
を辺々を加えると,
a^4+b^4+c^4+d^4≧2(a^2b^2+c^2d^2)
右辺に対して,算術平均・幾何平均不等式を用いると,
a^4+b^4+c^4+d^4≧4abcd
が得られる.
a^8+b^8+c^8+d^8+e^8+f^8+g^8+h^8−8abcdefgh
に対しても,4個ずつの組に分けて考えると
a^8+b^8+c^8+d^8≧4a^2b^2c^2d^2
e^8+f^8+g^8+h^8≧4e^2f^2g^2h^2
a^8+b^8+c^8+d^8+e^8+f^8+g^8+h^8
≧4a^2b^2c^2d^2+4e^2f^2g^2h^2≧8abcdefgh
が示される.
この方法を繰り返して使うと,
n=2^m→2^(m+1)→2^(m+2)→・・・
の場合を示すことができる.
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【2】n=3,・・・,2^m−1,・・・の場合
a^4+b^4+c^4+d^4≧4abcd
の右辺において,d=(abc)^(1/3)とおくと
a^4+b^4+c^4+(abc)^(4/3)≧4(abc)^(4/3)
a^4+b^4+c^4≧3(abc)^(4/3)
あるいは,左辺においてd^4=(a^4+b^4+c^4)/3とおくと
(a^4+b^4+c^4)×4/3≧4abc{(a^4+b^4+c^4)/3}^(1/4)
a^4+b^4+c^4≧3(abc)^(4/3)
a→a^(3/4),b→b^(3/4),c→c^(3/4)と置き換えて
a^3+b^3+c^3≧3abc
同様に,n=2^m→2^m−1→2^m−2→・・・であるから,【1】【2】を併せれば,すべてのnについて算術平均・幾何平均不等式
算術平均≧幾何平均
が証明されたことになる.
また,調和平均は逆数の算術平均の逆数であるから,算術平均・幾何平均不等式においてa→1/a,b→1/b,c→1/c,・・・と置き換えれば
幾何平均≧調和平均
の不等式を間接的に導くことができる.すなわち
算術平均≧幾何平均≧調和平均
が成立する.
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【3】算術平均の幾何平均と幾何平均の算術平均
ここで,簡単な演習問題を解いてみよう.算術平均・幾何平均不等式の巡回置換
a^2+b^2≧2ab,b^2+c^2≧2bc,c^2+a^2≧2ca
を加えると
a^2+b^2+c^2≧ab+bc+ca
さらに,算術平均・幾何平均不等式(n=3)を使って
ab+bc+ca≧3(a^2b^2c^2)^(1/3)
(ab+bc+ca)^3≧27a^2b^2c^2
一方,これらをかけ合わせると,
(a^2+b^2)(b^2+c^2)(c^2+a^2)≧8a^2b^2c^2
この2式から
(a^2+b^2)(b^2+c^2)(c^2+a^2)/8
(ab+bc+ca)^3/27
の大小比較が問題となってくるが,a→√a,b→√b,c→√cと置き換えると
{(a+b)/2・(b+c)/2・(c+a)/2}^(1/3)
(√ab+√bc+√ca)/3
であるから,前者は「算術平均の幾何平均」,後者は「幾何平均の算術平均」の形になっている.
おそらくこの大小比較を直観的に求められるほど幾何学的な直感にたけた人はいないであろうから,以下,解析的な証明を試みたい.
(証明)
「算術平均の幾何平均」−「幾何平均の算術平均」をxの関数とみて,F(x)とおくと
F(x)=(x^2+b^2)(b^2+c^2)(c^2+x^2)/8−(xb+bc+cx)^3/27
F(0)=b^2c^2(b^2+c^2)/8−b^3c^3/27
=b^2c^2/8・{(b^2+c^2)−8bc/27}
=b^2c^2/8・{(b−c)^2+46bc/27}≧0
また,微分すると
F’(x)=(b^2+c^2)/4・(2x^3+(b^2+c^2)x)−(b+c)/9・((b+c)x+bc)^2
この結果,F’(x)≧0が得られればF’(x)≧0,また,F(0)≧0より「算術平均の幾何平均は,幾何平均の算術平均よりも大きい」ことが証明されたことになるのだが,残念ながら
F’(0)=−(b+c)(bc)^2/9≦0
となってしまい,証明は失敗である.
ここでは解析的な証明を考えたが,解析的な方法は人の心にストレートに訴えるものがあり着実であるが,面白味に欠ける方法であり往々にして失敗するというわけである.
算術平均の幾何平均≧幾何平均の算術平均
の証明にはもっとうまい手があって,ヘルダーの不等式を使って別証明を与えることができるそうだ.
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【4】ヘルダーの不等式
ヘルダーの不等式とは,コーシー・シュワルツの不等式
「2乗可積分な関数f,gに対して,以下の不等式が成立する.
(∫f2∫g2)^(1/2)≧∫fg」
の拡張と考えることができる.
(証明)
∫(tf−g)^2dx=t^2∫f2−2t∫fg+∫g2≧0
したがって,tを変数とする2次式の判別式
D=(∫fg)^2−(∫f2∫g2)≦0
等号はg=cf (c:定数)のとき
コーシー・シュワルツの不等式の離散版が
(Σai^2)^(1/2)(Σbi^2)^(1/2)≧Σaibi
であって,それに対して,ヘルダーの不等式は
[1]p,q>1,1/p+1/q=1のとき,以下の不等式が成立する.
(Σai^p)^(1/p)(Σbi^q)^(1/q)≧Σaibi
[2]p,q,r>1,1/p+1/q+1/r=1のとき,以下の不等式が成立する.
(Σai^p)^(1/p)(Σbi^q)^(1/q)(Σci^r)^(1/r)≧Σaibici
というものである.
p=q=r=3,n=3のとき,[2]は
(a1^3+a2^3+a3^3)^(1/3)(b1^3+b2^3+b3^3)^(1/3)(c1^3+c2^3+c3^3)^(1/3)≧a1b1c1+a2b2c2+a3b3c3
と書ける.これで準備が済んだので,早速
算術平均の幾何平均≧幾何平均の算術平均
の証明にとりかかろう.
(証明)
ab+bc+ca
=a^2/3b^2/3(ab)^1/3+b^2/3c^2/3(bc)^1/3+c^2/3a^2/3(ca)^1/3
ここで,ヘルダーの不等式を使って
ab+bc+ca
≦(a^2+b^2+ab)^1/3(b^2+c^2+bc)^1/3(c^2+a^2+ca)^1/3
算術平均・幾何平均不等式(n=2)を使って
≦(a^2+b^2+(a^2+b^2)/2)^1/3(b^2+c^2+(b^2+c^2)/2)^1/3(c^2+a^2+(c^2+a^2)/2)^1/3
=3/2・{(a^2+b^2)(b^2+c^2)(c^2+a^2)}^1/3
これでやっと「算術平均の幾何平均は,幾何平均の算術平均よりも大きい」ことが証明されたことになる.算術平均≧幾何平均であるが,左辺の幾何平均,右辺の算術平均を比べても,まだ前者の方が大きいのである.
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算術平均≧幾何平均の不等式は
(Σai)/(n−1)≧Πai^(1/(n-1))
であるから,算術平均の幾何平均≧幾何平均の算術平均の不等式をさらに高次元化すると
{Π(Σai)/(n−1)}^(1/n)≧{Σ(Πai^(1/(n-1)))}/n
が成り立つ.
n=4への拡張版を具体的に書くと
{(a^2+b^2+c^2)/3・(a^2+b^2+d^2)/3・(a^2+c^2+d^2)/3・(b^2+c^2+d^2)/3}^(1/4)
≧(abc+abd+acd+bcd)/4
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【5】雑感
ところで,「算術平均の幾何平均」も「幾何平均の算術平均」もどちらもストレートに直感に訴える意味を持ち合わせていないように思える.一体どのような数学的意味を持っているのだろう.
(その16)で述べたように,1組の数(a,b)に対して算術および幾何平均を考えて,
a←(a+b)/2
b←√ab
と繰り返す算法を算術幾何平均法と呼ぶ.この極限M(a,b)は楕円積分
M(a,b)=1/(2/π∫(0,π/2)dφ/√{(acosφ)^2+(bsinφ)^2})
により表すことができる(ガウス).
すなわち,「算術平均の幾何平均」と「幾何平均の算術平均」の大小比較は算術幾何平均(楕円積分)と関係しているのである.
[参]東京理科大学数学教育研究所編「数学トレッキングツアー」教育出版
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