■菱形30面体の木工製作

 ケプラーは菱形多面体の2つの例を知っていました.1つは対角線の長さの比が1:√2の合同な菱形を12枚張り合わせたものです.もう一つは対角線の比が黄金比1:1.618[=(√5+1)/2]になっている菱形を30枚張り合わせたものです.これらはそれぞれ菱形十二面体,菱形三十面体と呼ばれます.

 菱形三十面体は12・20面体の双対であり,以前,中川宏さんは菱形三十面体を正20面体経由で作っていたのですが,立方体から直接木工製作する方法を考え出されました.今回のコラムでは,菱形30面体の木工製作とともに菱田為吉の木彫り多面体模型を紹介したいと思います.

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【1】菱形三十面体の木工製作

 中川宏さんのコメントです.

「写真中央の立体を2重切稜立方体と呼んでおきます.45°切稜以外の角度による切稜立方体を軸に対して対称にしたものです.切稜を深くすると左の4方6面体ができます.菱形30面体は正12面体の切稜定規(31.7175°)で2重切稜します.」

「立方体の表面に6つの菱形が残るとみなすと,菱形の対角線の長い方はもとの立方体の1辺を1として0.618034になります.また,切稜した面の右と左を足場にして二面角144°で切頂すると菱形30面体ができました.これは菱田為吉の木取の仕方と同じで『多面体木工』83ページに菱形30面体の作り方がもうひとつありそうだと書いたものにあたります.」

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【2】菱田為吉の木工製作

 細矢治夫先生より

「東京理科大学の神楽坂校に近代科学資料館というこじんまりとした建物があり,そこに直径8cmほどの木製多面体模型が40個ほどあります.日本画の有名な画家菱田春草の兄・菱田為吉が旧物理学校の教材として作ったそうです.ここは火−土の10時〜4時に開いて入場無料です.是非一度ご覧になることをお勧めします.

  〒162-0825東京都新宿区神楽坂1-3,tel 03-5228-8224」

という情報を頂きました.

 精巧なのとどうやって発想したのか驚きの多面体でした.写真撮影が許可されたので友人の佐藤博氏に模型の写真をもらい,それを元に中川宏さんが菱田為吉の木彫り多面体模型のホームページを作られました.

  http://ww6.enjoy.ne.jp/~hiro-4/tamekiti.html

 再び,中川宏さんのコメントです.

「これはたまげました.まさに神業ですね.どうしてこんな天才が無視されてきたのでしょうか? こんな素晴らしい作品を埋もれさせるのは罪です.」

「複雑な星形になればなるほど精巧にできていますね.正12面体と正20面体の立方体からの切り取り方は私と同じです.説明には小刀1本でとありますが,大きく切り取るには手曳きの鋸をお使ったのではないでしょうか.当時は電動丸のこがなかったので,定規や足場,手順が問題にならなかった.凸多面体が少なく星形や相貫体が多いのも小刀という刻む道具に関係しているのでしょう.」

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【補】菱形多面体とゾーン多面体

 合同な菱形だけでできている多面体について考えます.どのような菱形でも平行6面体を作ることができるのですが,この菱面体には2種類(太った菱面体とやせた菱面体)あって,細めで尖ったほうがacute(扁長菱面体),太めで平たいほうがobtuse(扁平菱面体)と呼ばれています.

 ケプラーは複合多面体から菱形十二面体,菱形三十面体を発見し,すべての面が合同な菱形である菱形多面体は,菱形十二面体と対角線の比が黄金比になっている菱形を30個組み合わせてできる菱形三十面体以外にはないことを証明しようとしました.

 菱形十二面体,菱形三十面体は球に内接する(外接球をもつ)のですが,球には内接しないものの合同な菱形だけでできている多面体には,2種類の菱形六面体を除いて実はあと2つ,1885年にフェドロフが発見した菱形二十面体と1960年にビリンスキーが発見した菱形十二面体(第2種)があります.

 菱形三十面体からあるゾーン(菱形の連なった帯)を抜き取って押しつぶすと菱形二十面体,菱形二十面体からあるゾーンを抜くと菱形十二面体(第2種)になるので,これらは各面の対角線の長さの比が黄金比の菱形からなる一連のゾーン多面体と考えることができます.

 各面の菱形の対角線の長さの比が黄金比1:1.618[=(√5+1)/2]の黄金六面体の場合,2つずつacute とobtuse が集まれば菱形十二面体(第2種),5つずつ集まれば菱形二十面体,10個ずつ集まれば菱形三十面体となります.このうち,菱形二十面体と菱形三十面体は5重の対称軸をもっています.

 2種類の黄金菱面体を用いて,3次元を隙間なく埋める非周期的構造を作ることができるのですが,ペンローズのタイル貼りは,三次元空間を2種類の黄金菱面体で非周期的に埋めつくしたときの平面への投影図であり,5回対称性という物質の新しい状態を2次元的に模似したものになっています.

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 菱形三十面体からあるゾーンを抜くと,菱形二十面体や菱形十二面体(第2種)になるので,これらは各面の対角線の長さの比が黄金比の菱形からなる一連のゾーン多面体と考えることができます.菱形のすべての稜は2方向,菱形六面体のすべての稜は3方向,菱形十二面体では4方向,菱形三十面体では6方向を向いているのですが,菱形二十面体では5方向,菱形十二面体(第2種)では4方向を向くことになります.

 一般にすべての稜がn方向を向くとき,面数はf=n(n−1)となります.そのうち,ゾーン面は2枚ずつ増やせるので2(n−1)面,天井面と床面はそれぞれ(n−1)(n−2)/2面で

  2(n−1)+2(n−1)(n−2)/2=n(n−1)

という構成になっています.

  f=n(n−1)=2,6,12,20,30,42,56,・・・

  e=2n(n−1)

  v=n(n−1)+2

  n   ゾーン   天井床    f    e    v

  3     4     2    6   12    8

  4     6     6   12   24   14

  5     8    12   20   40   22

  6    10    20   30   60   32

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