■ボロノイ細胞と平行多面体(その3)

 3次元の空間が多面体により分割されるとき,3個の多面体の面が合して1本の稜線を形成し(内容的には同じことであるが)4本の稜線が1点に集まる.立方体を稜線が立方格子をなすように積み上げると,これでは1頂点に集まる稜の数は6となり,空間分割の局所条件は満足されない.

 これは生物であろうと無生物であろうとに関わりなくすべて構造物について,例外なく通用する物理学的な過程である.熱力学第2法則の幾何学化であるといってもよい.

 生体の構造は極めて精緻で複雑なものである.神秘に満ちた生体の構造にはDNAの差に基づくものが存在する半面,DNA情報の差にも関わらず共通になるものがあることを示すものである.これにより生物と無生物を境してきた壁が消失することになるが,このことは大きな驚きをもって受け容れなければならないことであろう.

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【1】分割多面体の幾何学的性格

 1個の多面体を分離して考えてみると,分割多面体の幾何学的性格で最も重要なものは,多面体のいずれの頂点にも3本の稜が集まるということである.そしてこのような多面体で空間を充填すれば,1個の頂点は4個の多面体によって共有され,そこには必ず4本の稜が集まる形になる.

 分割多面体では1個の頂点に3本の辺が集まり,また1本の辺は2個の頂点を結ぶことから,

  2e=3v

これを

  v−e+f=2   (オイラーの多面体定理)

に代入して整理すれば

  v=2(f−2)

  e=3(f−2)

となる.つまり,面の数fが与えられれば辺数eと頂点数vは一義的に決まる性質をもっており,また頂点数vは必ず偶数になることもわかるだろう.

 しかしながら,空間分割の面の数などは一義的には決まらず,統計的にしか扱えない.このことが空間分割の幾何学的研究を困難としている最大の原因となっている.

 3次元の球の詰め込み問題について,1個の球に何個の同じ大きさの球が接しうるか? 証明は簡単でないから省略するが,最小6から最大12までになる(平均:約8.5).分割多面体の面数fがどの範囲におさまるかを証明することは困難と思われるが,6〜12までの接触数のすべての場合を通じて,接触球が規則的な配置をとる仮定すれば,面の数fは最大18,最小10であることが誘導される.

 したがって,等しい大きさの球のrandom packingから出発する分割多面体の面数f=14±4という値は,14面体が最も多いとする実験的研究から得られた値を裏付ける1つの根拠を与えてくれるのである.事実これまでの植物細胞についての観察結果でも全体の74%が12〜16面であり,56%が13〜15面(平均13.96面)という値が得られている.

 以下,14面体の幾何学的性質について少し調べてみるが,f=14とおくとv=24,e=36となる.つぎに,面が何角形になるかを求めてみると,これはもちろん1通りではないが,1本の辺は2個の面によって共有されることを考慮し,各頂点に平均してp角形がq面が会するとすると,pmf=2e,qmv=2eより,その平均辺数pmと平均会合面数qmは

  pm=2e/f=5.14・・・

  qm=2e/v=3

を得ることができる.

 このことから,14面体の面のかたちについては,必然的に辺数5を中心とする分布をなすことが示唆される.このことは,経験的に5角形の頻度が最も高いという観察結果に一致しているのである.

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【2】2次元平面の分割

 ザクロ,ハチの巣,石鹸の泡などのように,3次元空間がある立体(多面体)によって分割される空間分割は,生物と無生物を問わず,自然界に広く見られる現象である.生物材料や石鹸の泡などでは14面体の空間分割構造が実際に観察されるが,前節では14面体が得られる理由について考えてみた.球をrandom packingしたときの多面体の面数は14面,面の形は五角形がもっとも多いことなどいくつかの重要な規則性が知られているからである.

 2次元平面について同様のことを考察すると,2個の多角形が1辺を共有し,3辺が1頂点に集まる形になる.これで力学的に安定した平衡が得られるのであるが,出発点になる円の大きさがすべて等しいときには平面は同じ大きさの正六角形の規則的配置によって分割されることになる.もっとも規則的な正六角形により分割されるのは平面の場合だけで,一般の曲面についてはそうはいかないだろうが・・・.

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【3】平行多面体の平均会合面数

 平行多面体とは,平行移動するだけで3次元空間を埋めつくすことのできる単独の多面体であって,3次元格子から決まる本質的なボロノイ領域は,ロシアの結晶学者フェドロフの見つけた5種類の平行多面体−−立方体(平行6面体を含む),6角柱,菱形12面体,長菱形12面体(6角形4枚と菱形8枚の2種類で作る12面体),切頂8面体−−しかありません.

 6角柱,菱形12面体は4次元立方体,長菱形12面体は5次元立方体,切頂8面体は6次元立方体を3次元空間に投影したものと一致しています.これら5種類の図形は5種類の正多面体(プラトン立体)ほどよく知られていないのですが,少なくとも同じ程度に重要であると考えられます.

 切頂八面体は16種ある準正多面体(アルキメデス体)のひとつです.また,菱形十二面体は準正多面体のひとつである立方八面体の双対図形です.菱形十二面体も切頂八面体もどちらも単独で空間充填可能な立体図形なのですが,菱形十二面体が面心立方格子のボロノイ図であるのに対して,切頂八面体は体心立方格子のボロノイ図となっています.切頂8面体(f=14)の辺を点に縮めることによって,長菱形12面体(f=12)→菱形12面体(f=12)→6角柱(f=8)→立方体(f=6)ができると考えることができます.1点に4個の多面体が会してボロノイ分割に対して安定なものは切頂八面体だけなのですが,立方体や菱形十二面体は,切頂八面体の辺を点に縮めることによって得られるというわけです.

 空間分割多面体ではqm=3の場合を扱いますが,ここではよく知られた空間充填立体である菱形十二面体や切頂八面体について,平均会合面数を求めてみることにしましょう.

            f   e   v  qm    pm

  立方体       6  12   8  3     4

  6角柱       8  18  12  3     4.5

  菱形12面体   12  24  14  3.43  4

  長菱形12面体  12  28  18  3.11  4.67

  切頂8面体    14  36  24  3     5.14

 このように,多面体ごとに

  pm=2e/f,qm=2e/v

は異なりますが,平均会合面数は菱形十二面体で最大でqm=3.43,切頂八面体は立方体や六角柱と等しく,qm=3という結果が得られました.

 ついでに,空間を体積が等しい凸多面体で,平均表面積ができるだけ小さくなるように分割せよという問題を考えてみることにしましょう.この問題はかなり長い間,菱形12面体による空間分割が解だと考えられていたのですが,予想に反して,体積1のときの表面積を求めると,菱形12面体型分割では

  3√108√2=5.345・・・

切頂8面体型分割では

  3/43√4(1+√12)=5.314・・・

と後者の方が約0.5%少なくなります.

 このようにして,1887年,英国の物理学者,ケルビン卿(ウィリアム・トムソン)は切頂八面体の集合によって空間を満たすことができ,そのときの界面積は菱形十二面体で満たしたときより小さいことを発見しました.すなわち,切頂八面体は表面張力を最小とする空間分割構造であると考えることができるのです.

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【4】単一14面体による空間分割

 直方体のブロックをその側面を互いに接合させる.その際,接合面が隣接する接合面に接続しないように組み上げる.このようなブロックの重ね方には2通りあり,1つはブロックの列の長軸方向が平行になる場合(α型),他の1つはブロックの列の長軸方向が直交する場合(β型)である.

 α型でもβ型でも空間分割の局所条件(3個の多面体の面が合して1本の稜線を形成し,4本の稜線が1点に集まる)を満足し,位相幾何学的な面の数は14になる.

 この結論は重要である.空間分割の局所条件を満足させる多面体は14面体であり,それ以外にこの条件を満足する単一多面体は存在しないことを明確に示すからである.たとえば,12面体だけで空間分割の局所条件を満足させながら空間を隙間なく分割することは不可能である.

 α14面体の代表がケルビンの14面体(切頂8面体を1方向に圧縮または伸張した多面体),β14面体の代表がウィリアムズの14面体である.α14面体はまったく五角形面をもたないのに対し,β14面体は曲面状の五角形面をもつという違いがある.これについては

  [参]諏訪紀夫「病理形態学原論」岩波書店

に詳しい解説がある.

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