今回のコラムでは,このシリーズで解説したディオファントス近似について補足や訂正をしてみたい.
[参]ベイカー「初等数論講義」サイエンス社
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【1】2次の無理数,3次の無理数
2次方程式の解となる√nの連分数展開を求めると,たとえば
√2=[1:2,2,2,2,・・・]
√3=[1:1,2,1,2,1,2,1,2,・・・]
√7=[2:1,1,1,4,1,1,1,4,・・・]
のように循環型の単純連分数に展開されることが知られている(ラグランジュの定理).
しかし,3次以上の方程式の解,たとえば3√2の連分数展開を求めると,
3√2=[1:3,1,5,1,1,4,1,1,8,1,14,1,10,2,1,4,・・・]
の一般項は求めることができない.この展開に現れる整数に最大値があることも示すこともできないのである.
超越数eの連分数展開は,
e=[2;1,2,1,1,4,1,1,6,1,1,8,1,1,10,1,1,12,1,1,14,1,1,16,・・・]
と書け,数字の出方が自然数順になっていることがわかる.
e=[2;1,2,1,1,4,1,1,6,1,・・・,1,2n,1,・・・]
すなわち,eの連分数展開は2次の無理数のように規則性があるわけだが,eのように超幾何関数の特殊値は3次の無理数よりも,2次の無理数に近いということなのだろうか?
しかし,πの連分数展開
π=[3;7,15,1,292,1,1,1,2,1,3,1,14,2,1,1,2,2,2,2,1,84,2,1,1,15,3,13,1,4,2,6,6,99,1,2,2,6,3,5,1,1,6,・・・]
にはなんの規則性も見あたらないようにみえる.もちろん,一般項は見つかっていない.
πに現れる数字0〜9については,重複対数の法則と呼ばれるランダムウォークに基づく非常に厳しいランダムネス検定にも十分合格することが確かめられている.πには少なくとも何進法かの表現の下でなにか隠された未発見の規則性があるに違いないと信じている人もいるが,現在のところ,πは最も複雑な数なのである.
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【2】ディリクレの定理の証明
ディリクレの定理,すなわち「任意の実数αについて
|α−an/bn|<1/bn^2
を満たす有理数an/bnが存在する.」の証明を再度掲げることにする.
(証)αが有理数で,α=p/qと表されたとする.{bn}は次々に大きくなる整数列であるから,q<bnである番号をとると
|α−an/bn|=|p/q−an/bn|=|pbn−qan|/qbn
しかし,an/bnはαとは一致しないので分子は1以上.したがって
|α−an/bn|≧1/qbn
であるが,これが<1/bn^2なのでq>bnとなり矛盾.すなわち,αは有理数ではあり得ないことになる.
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このように,「ディリクレの定理」の証明は,引き出し論法あるいは鳩の巣原理と呼ばれるものから容易に導かれる.この原理はn個の巣箱にn+1羽の鳩が入っているならば,ある巣箱には少なくとも2羽の鳩が入っていなければならないというものである.
xの小数部分x−[x]を{x}と書くことにすると,0≦{x}<1である.ここでq+1個の数,0,1,{α},{2α},・・・,{(q−1)α}を考えると,これらの数はすべて区間[0,1]に属する.
区間[0,1]をq個の互いに交わらないながさ1/qの小区間に分割すれば,q+1個の数のうちの2個は同じ小区間に入ることになる.その2数の差はbnα−anで,また,0<bn<qであるから,|bnα−an|≦1/qが成り立つ.
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【3】フルヴィッツの定理
連続する2つの近似分数をan/bn,an+1/bn+1とすると,それらのうち一方は
|α−a/b|<1/2b^2を満たす.
(証)α−an/bn,α−an+1/bn+1は反対符号で,anbn+1−an+1bn=(−1)^(n+1)であるから
|α−an/bn|+|α−an+1/bn+1|
=|an/bn−an+1/bn+1|
=1/bnbn+1
任意の実数α,βに対してαβ<(α^2+β^2)/2であるから
1/bnbn+1<1/(2bn^2)+1/(2bn+1^2)
これより題意の結果が得られる.
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連続する3つの近似分数をan/bn,an+1/bn+1,an+2/bn+2とすると,それらのうち少なくともひとつは
|α−a/b|<1/√5b^2を満たす.
この結果から「フルヴィッツの定理」
|α−a/b|<1/√5b^2を満たす有理数a/bは無限に多く存在する.
を証明することができる.この定数√5は最良のもので,これより大きな数に置き換えることはできないが,αの連分数展開が有限個を除いてすべて1になる無理数を除外すれば,フルヴィッツの定理は√5の代わりに√8を用いても成り立つ.
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【4】トゥエ・ジーゲル・ロスの定理
2次の無理数では,ある数cが存在して
|α−p/q|>c/q^2
がすべての有理数p/qに対して成り立つことが導かれたが,リューヴィルはこのような定理がより一般の任意の代数的無理数に対しても成立することを証明した.
すなわち,代数的数αの次数をn(≧2)とすると,
|α−p/q|>c/q^n
がすべての有理数p/qに対して成り立つ(リューヴィルの定理,1844年).
それでは
|α−p/q|>c/q^k
がすべての有理数p/qに対して成り立つkはいくつになるのだろうか? この指数kを改良するために多くの研究がなされた.「ロスの定理」は最良のものである.
k≧n (リューヴィル,1844)
k>n/2+1 (トゥエ,1909)
k>2√n (ジーゲル,1921)
k>√(2n) (ダイソン,ゲルファント,1947)
k>2 (ロス,1955)
トゥエ・ジーゲル・ロスの定理はkのある値に対して,cの値が存在することを証明したが,cの値を具体的に定めることはできない.そうではあるが,特別な代数的数に対しては効果的な結果が得られている.たとえば,ベイカーは超幾何関数の性質を用いて,すべての有理数p/qに対して
|3√2−p/q|>10^-6/q^2.955
が成り立つことを証明した(1964年).n≧3の一般の代数的無理数に対するcの値を具体的に与えられる希望が見えてきたのである.
超越数の理論から,任意のεに対してc>0が存在して,すべての整数p,q1,・・・qnに対して
|q1e+・・・+qne^n−p|>cq^(-n-ε) q=max|qi|
が成り立つが,トゥエ・ジーゲル・ロスの定理を一般化したシュミット(1971年)の研究は,e,・・・,e^nを有理数上1次独立であるような代数的数θ,・・・,θ^nに置き換えても同じことが成り立つことを示している.
|q1θ+・・・+qnθ^n−p|>cq^(-n-ε) q=max|qi|
シュミットの拡張は部分空間定理と呼ばれるものである.
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【補】モーデル方程式
楕円曲線:y^2=x^3+k (k:整数)
の有理点に関して,たとえば,
k=−2:無限に多くの有理点をもつ
k=1 :(0,±1),(−1,0),(2,±3)以外に有理点をもたない
k=−5:決して有理点をもたない
整数点に関して,モーデルは2元3次形式の簡約理論とトゥエの定理から整数点は有限個しか存在しないことを証明した.
k=−28:すべての整数解は(4,±6),(8,±22),(37,±255)
k=11 :整数解をもたない
k=−11:すべての整数解は(3,±4),(15,±58)
モーデルは,この結果を
y^2=ax^3+bx^2+cx+d
に拡張した.右辺の3次式は異なる零点をもつことから,3次式よりは4次式の簡約に依拠する必要があった.
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