半径R=3rの円の円周上を半径rの円が滑らずに転がるとき,円上の固定点Pの最初の位置を(R,0)にとると,θだけ回転したときの点Pの座標は
x=2rcosθ+rcos2θ
y=2rsinθ−rsin2θ
で与えられます.この軌跡がデルトイドで,デルトイドは3つの尖点をもつ図形です.
デルトイドは19世紀の幾何学者シュタイナーがシムソン線の包絡線として研究した図形で,シムソン線というのは三角形の外接円上の任意の1点から3辺に下ろした垂線の足を結ぶ直線のことです.
コラム「コペルニクスの定理(ある有名な幾何の定理)」に掲げた「2円定理」により,半径2rの円が半径R=3rの円の内側を転がるとき,円上の固定された直径の描く包絡線はデルトイドになるわけですが,デルトイドの場合,この直径の両端も同じデルトイド上にあります.
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【1】デルトイドの幾何学
これにより「デルトイドの接線が曲線に挟まれる部分の長さは一定である」という性質が生じます.これはデルトイドでは長さ4rの棒をデルトイドに接しながら1回転することができるというのと同一です.
そして,この事実により掛谷はデルトイドが「掛谷の問題」の解であると予想したのです.「掛谷の問題」については後述したいと思います.
なお,n個の尖点をもつハイポサイクロイド
x=(n−1)rcosθ+rcos(n−1)θ
y=(n−1)rsinθ−rsin(n−1)θ
の面積は,定円の半径をR(=nr)とした場合,ハイポサイクロイドの面積は
S=(n−1)(n−2)/n^2・πR^2
で表されます.→(その2)参照
デルトイドの場合はn=3,R=3rですから
S=2πr^2
となって回転円の面積の2倍に等しくなります.また,n→∞のとき
S→πR^2
となって定円の面積に近づきます.
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冒頭に述べたことより,デルトイドでは半径2rの円上の定点の軌跡としても与えられますし,また,円周上を反時計回りと時計回りに動く2点P,Qがあり,点Pは点Qの2倍の速さで動くとき,直線PQの包絡線もデルトイドになります.
デルトイドについて,これまで同じ曲線を描くために異なる定義があるのをみてきましたが,他のハイポサイクロイド,エピサイクロイドについてもみてみましょう.すると
(1)半径3rの円が半径R=4rの円の内側を転がるとき,円上の固定された正三角形の頂点の描く軌跡はアステロイドになる.
(2)半径3rの円が半径R=2rの円の外側を転がるとき,円上の固定された正三角形の頂点の描く軌跡はネフロイドになる.
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【2】シムソン線とデルトイド
シムソン線というのは三角形の外接円上の任意の1点から3辺(またはその延長線)に下ろした垂線の足を結ぶ直線のことで,垂線の足は一直線上に並ぶところが面白いところです.初めてデルトイド(三星形)の研究を行ったのはオイラー(1745年)ですが,19世紀の数学者シュタイナーがシムソン線の包絡線として研究したところから,デルトイドはシュタイナーのハイポサイクロイドとも呼ばれています.
デルトイドがもつ性質のひとつは外接円さえ同じであれば,三角形の形に関係なく,同じ形のデルトイドが得られるということです.もう一つの性質はデルトイドで両端を仕切ったシムソン線の長さは一定で,その値は転円の半径をr(すなわち定円の半径を3r)とすると,4rになります.
三角形の各辺の中点,垂線の足,垂心と各頂点を結ぶ線分の中点の9点は同じ円上にあります(フォイエルバッハの9点円).三角形の9点円Qと同心で,半径がその3倍の定円Q’を導線として,Qを通るシムソン線(3本ある)がQ’と交わる点Sにおいて,最初Q’に接していた9点円と同大の円をQ’の内側をころがすとき,最初Sにあった点の描く軌跡がこのデルトイドです.この結果はシュタイナーが初等幾何学的に示しました.
シムソン線は9点円を内接円にもつように描かれたデルトイドに接するというわけです.
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【3】掛谷の問題
1917年,掛谷宗一は「長さが1である線分を1回転させるのに必要な最小面積の図形は何か」という問題を提出しました.
(凸図形の場合)
(例1)線分ABをAの回り180°回転した半円:面積π/2
(例2)ABを中点Oの回りに360°回転した円:面積π/4
(例3)ルーローの三角形(正三角形の各頂点を中心として他の2頂点を通る円弧を描いてできる定幅図形):面積(π−√3)/2
平面における定幅図形(いかなる方向に関しても等しい幅をもっている図形)は円だけではなく,そのような形状は無数にあります.定幅図形の中で最大の面積をもつものは円であり,最小の面積をもつものはルーローの三角形です(ブラシュケ・ルベーグ,1914年).
実は凸領域となる最小の領域は,高さが1の正三角形(面積√3/3)であることが藤原松三郎によって予想され,1921年,パルによって証明されています.
(星状図形の場合)
それでは,凸領域でなくてもよいとしたとき,解はどうなるのでしょうか? この問題は多くの予想を生み出しました.たとえば,デルトイドでは長さが一定の線分をデルトイドに接しながらスムーズに1回転させることができるので,掛谷はデルトイドが「掛谷の問題」の解であると予想したのです.
(例4)直径3/4の円を固定しておいて,その円に直径1/4の円を内接させて転がしたときにできるデルトイド:面積π/8
単連結となる最小の領域は,面積π/8のデルトイドと予想され,掛谷自身,π/8が最小値であると予想しましたし,多くの数学者も答はデルトイドではないかと予想していたようです.
ベシコビッチの論文がでた1927年以降も,単連結となる最小の星状領域はデルトイド(面積:π/8)であると信じられていました.ところが,これらより面積が小さい図形が考えだされました.デルトイドが3個の尖点をもっていることに着目すると,5個の尖点,7個の尖点,・・・をもつ図形を考えることができるのです.
たとえば,2n+1個の尖点と円弧をもち,図形全体が内接している円に直交している星状領域(面積:Sn)を考えると,n→∞のとき
Sn→(5−2√2)π/24<π/11
を示すことができます.この形はフーコーの振り子を何万回もらせたときの形になり,その面積はπ/11よりも小さくなります.
このようにして,単連結となる最小の星状領域は,面積π/8のデルトイドではなく,別の星状図形であることがブルームとシェーンベルグにより発見されました(1963年).このことについては(その2)で取り上げることにします.
その後,カニンガムによって,δを中心から長さ1の線分までの垂直距離とすると
1/27Σarcsin6δ≧π/108
であることより,与えられた最小の星形掛谷集合の面積の下限はπ/108と(5−2√2)π/24の間にあることが示されています(1971年).すなわち,尖点の個数を増やしたとしても面積を際限なく減らすことは不可能で,その面積はπ/11より大きくはならないし,π/108以下にはできないこと,そして下限は(5−2√2)π/24以下であるというわけです.
π/108≦K≦(5−2√2)π/24<π/11
(非単連結図形の場合)
単連結というのは内部に穴がひとつもない図形のことですが,その条件さえも緩めたらどうなるでしょうか? 実は,単連結でなくてもよいとしたとき,ベシコビッチによって「前後を方向転換できるいくらでも面積の小さい図形を作ることができる」ことが証明され,掛谷の針の問題は意外な顛末を迎えました(1927年).
その際「ペロンの木」と呼ばれる図形操作を使って証明するのですが,ハンドルを細かく切り返すジグザグ運動を続けることで,1kmの長さの針でも,切手1枚分の面積の図形の中で頭と尻尾を逆に方向転換できるというのですから,ベシコビッチの証明は直観に反しています.予想外であるうえ,常識ではとても受け入れられものではありません.多くの数学者にとっても予想が裏切られる結果になったわけで,その驚きはいかに大きかったであろうかと推察されます.
(単連結図形の場合)
その後,カニンガムによって,与えられた最小の単連結掛谷集合の面積の下限は再び0であることが証明されました.したがって,
凸掛谷集合の面積の下限:√3/3
星形掛谷集合の面積の下限:
π/108≦K2≦(5−2√2)π/24<π/11
単連結掛谷集合の面積の下限:K1=0
とまとめられます.単連結図形による掛谷の針の問題にはまだ未解決な部分が残されているのです(実解析学における未解決問題).
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