コラム「月運動論」で紹介したドローネー(Delaunay)はロシア人だが,論文をすべてフランス語で発表したので,フランス人と誤解される場合が多い.これは彼の先祖がナポレオンとともにロシアに行きそこに留まったことによる.
定幅図形であるルーロー(Reuleaux)の三角形は,ドイツの工学者フランツ・ルーローにちなむ名前がつけられている.ルーローもフランス人と誤解される場合が多いのだが,彼は1875年,ドイツ語で「Theoretische Kinematik(理論機械運動学)」を著している.
先日,NPO法人・科学協力学際センターの会合で「木と多角形,木と多面体」というタイトルで講演.五角形の穴をあけるドリルの話を盛り込んだ.
(1)四角形の穴をあけるドリル・・・ルーローの三角形
(2)六角形,八角形,十角形・・・・ルーローの五角形,七角形,九角形
(3)三角形の穴をあけるドリル・・・藤原・掛谷の二角形
に対して,五角形,七角形,九角形の穴をあけることのできる図形はこれまで知られていなかったからだ.
五角形の穴をあけることのできる図形がいざできあがってみると,かくも簡単な図形がなぜこれまで知られていなかったのか不思議でならないのだが,秋山仁先生曰く「アルキメデスの時代に幾何学は終わったと数学者が思い違いをしている」からだそうだ.
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【1】五角形の穴をあけるドリルの応用
ルーローの三角形の工学的な応用としては,1914年,有名なジェームズ・ワットの子孫であるハリー・ジェームズ・ワットが四角形の穴をあけられるドリルの特許を取得.また,ドイツの工学者ヴァンケルがロータリーエンジンの試運転をしたのが1957年,そして1964年には日本のマツダがロータリーエンジンの生産を開始している.
四角形や六角形の穴をあけるドリルに対する需要はそれなりにあるのだが,五角形の穴をあけるドリルを作ったところで,それだけではたいした工学的応用は期待できないだろう.ところが,懇親会の席上,参加者から意外なアイディアが続出した.
(1)ロータリーエンジンの改良
ロータリーエンジンは燃費が悪く,いわばガソリンを垂れ流しているようなものである.そこで「後燃焼室」を設けて5サイクルにする.
(2)非4サイクルエンジンへの応用
非ガソリン,たとえばアルコールを燃料とする内燃機関の最適構造は4サイクルではないかもしれない,等々.
医学系の会合で同じ内容の講演をしてもフーンの一言で終わりだったであろう.さすが,東北のものづくり集団の会合だと思った次第.これらの意見は専門家からすれば所詮素人集団の戯れ言かもしれないが,やってみなければわからないというのも事実であろう.最初から期待薄と決めつけてしまってはならないと思う.
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【2】秋山仁の数学パフォーマンス
さらに,懇親会では
(3)秋山仁先生の数学パフォーマンス
で教材として使ってもらうという意見もあった.私はテレビを見ないので知らなかったが「世界一受けたい授業」というTV番組(NTV)で秋山仁先生がルーローの三角形や五角形を使った実験をしていたというのだ.このこともあって秋山先生から貴重な資料を拝借することができた.許可を得てここに公開する.
[1]まず四角形の穴をあけるドリルの実演の様子(NHK収録)を掲げる.この金属加工用の旋盤は200キロもあるのでその実演風景はめったに見られるものではない.オリジナルは動画であるが,ファイルサイズが大きすぎるので静止画像とした.
軸にかかる負担を考慮してか,ルーローの三角形を回転軸のまわりで公転運動,四角い枠を自転運動させている.1回公転の間に1/3回自転させるという原理は同じであるが,旋盤ならではの面白い工夫であると思う.
[2]次に,秋山先生の作られたルーローの三角形ドリルとオアシス(生け花に使う吸水素材)にあけた穴の画像を掲載する.
このドリルはユニバーサルジョイントを使ってルーローの三角形が四角い枠に沿って回転するようになっている.定幅図形のデモンストレーション用としてはこれで目的を果たしているのだが,機械運動学的には主客転倒(The tail wags the dog.)である.正しく実験を行うためにはこれに2つの歯車を追加してルーローの三角形を回転させたとき,四角い枠に沿って動くことを示す必要があるだろう.
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【3】おまけ(単独多面体による空間充填)
多面体,たとえば紙でできた中空の正四面体をハサミで好き勝手に切って平面に展開することを考えてみよう.どのような条件を満たすとき,この平面展開図は平面充填可能な図形になるのだろうか?
立方体(f=6),菱形十二面体(f=12),切頂八面体(f=14)はよく知られた空間充填立体であるが,空間充填可能な凸f面体すべてを決定することは現在でも未解決になっている.ちなみに現在は4≦f≦38であるすべてのnに対し,空間充填可能な凸f面体が存在することが判明している.
秋山仁先生曰く「このような問題を考えるときの最も容易な方法は,次元をひとつ上げて4次元多胞体をハサミで切ってから3次元空間に広げることである.」 そこで1次元上げて,4次元多胞体をハサミで切って3次元空間に広げる.どのような条件を満たすときに展開図が空間充填可能になるのか?
このようにして,f=38に対しては1980年にエンゲルが2つの異なる38面体の存在を示したのであるが,f≧39に対して空間充填凸f面体が存在するか否かはいまだ不明である.展開図,たとえば立方体を辺に沿って切ったときの展開図を考えてみるとわかるのだが,それだけでも何種類もの展開図ができるから,最も簡単とはいってもそう易々とはいかないことが想像されるであろう.
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