■母関数と整数の分割(その2)

 整数の分割は「分割の王国」の住人であれば誰にでもわかる問題なのだろうが,悲しいかな,われわれ凡人には迷惑すぎるほど高級に見える.そのような問題に対し,最近刊行されたばかりの

  アンドリュース,エリクソン「整数の分割」数学書房

はオイラーの分割恒等式に始まってロジャーズ・ラマヌジャンの分割恒等式に至るまでの道筋を見事に解説してくれる入門書である.

 オイラーの分割恒等式はその後の数多くの発展の先駆けであり,その中でも最も有名なものがロジャーズ・ラマヌジャンの分割恒等式である.入門書とはいっても初歩的な内容から高度な内容まで微にいり細にわたって整然と書き込まれていて,すべてが一目瞭然わかるという代物ではない.しかし,高級な数学理論にはよくありがちな意味不明のところはまったくみられない.今回はこの本を参考にして,コラム「母関数と整数の分割」を補完してみることにした.

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【1】分割恒等式

 任意の正の整数に対して,ある一定の条件を満たす分割と別の分割が同数存在するという主張を分割恒等式といいます.1948年,オイラーは異なる数への分割と奇数への分割が同数あるという注目すべき結果を証明しています.例えば5を異なる数に分割するのは5,4+1,3+2の3通り,奇数に分割するのは5,3+1+1,1+1+1+1+1の3通りというわけです.

 オイラーの分割恒等式が最初のものですが,分割恒等式はいくらでも存在し,ここに掲げたもの以外にも多くの予期せぬ分割恒等式が存在するのです.

[1]ロジャーズ・ラマヌジャンの第1恒等式

  「1の位が1,4,6,9の数への分割と各因子の差が2以上ある分割とは同数ある.」

 1の位が1,4,6,9の数とはmod5で±1と合同になる整数のことです.例えば5を1,4,6,9に分割するのは4+1,1+1+1+1+1の2通り,各因子の差が2以上ある分割は5,4+1の2通り.

 この分割恒等式はロジャーズ(1894),また彼とは独立にラマヌジャン(1913)によって得られました.ロジャース・ラマヌジャン恒等式は,最初ロジャースにより発見されたのですが,誰の興味も惹かず忘れ去られていたところ,ラマヌジャンにより別証明が与えられたというわけです.

[2]ロジャーズ・ラマヌジャンの第2恒等式

  「1の位が2,3,7,8の数への分割と因子は2以上で各因子の差が2以上ある分割とは同数ある.」

 これはmod5で±2と合同になる整数のことです.例えば5を2,3,7,8に分割するのは3+2の1通り,因子は2以上で各因子の差が2以上ある分割は5の1通り.

[3]シューアの分割恒等式

  「mod6で±1と合同になる整数への分割と,各因子の差が3以上あり,連続する3の倍数を含まないような分割とは同数ある.」

 例えば5をmod6で±1と合同になる整数に分割するのは5の1通り,各因子の差が3以上あり,連続する3の倍数を含まないような分割は5の1通り.

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 これらの分割恒等式は狭い範囲の興味の対象にすぎないと思われるかもしれませんが,もし,物理状態がn個の基本粒子の分割に関係しているとすると,驚くほど深い物理学への応用をもっていることが理解されます.

 実際,整数の分割問題は,現在では,統計力学(Maxwell-Boltzmann統計,Bose-Einstein統計,Fermi-Dirac統計)など様々な分野で実際的な問題を解決するのに用いられています.

 n個の箱にr個の玉を入れる問題を考えます.箱を空間の小領域,玉を気体の分子と見立てて,ボルツマンは統計力学(Maxwell-Boltzmann統計)を構成しました.MB統計では1つの玉の入れ方がn通りで,玉がr個ですから全部でn^r通りの入れ方があると考えます.しかし,このように考えると,黒体輻射の実験がどうしてもうまく説明できませんでした.

 そこで,玉は区別がつかないと仮定すると,n個の箱に区別できないr個の玉を入れる入れ方は重複組合せnHr通り=n+r-1Cr通りあることになり,新たな統計力学が構成されます.この統計力学はBose-Einstein統計と呼ばれ,光子や中性子がうまく当てはまります.BE統計にしたがう素粒子はボゾン(boson)と呼ばれます.

 さらに,1つの箱には玉は1つしか入らないとするパウリの排他則を仮定すると重複のない組合せnCr通りとなり,Fermi-Diracの統計が得られます.FD統計にしたがう素粒子に電子や陽子があり,それらはフェルミオン(fermion)と総称されます.

 別の言い方をすると,宇宙を作っている粒子には2種類あり,物質の素になる粒子がフェルミオン(電子やクォークなど),力の素になる粒子がボゾン(光子など)なのですが,宇宙はひもから構成されているというのが「ひも理論」であり,フェルミオンのひもとボゾンのひもの2種類からなるというわけです.ひも理論の場合,フェルミオンは10次元,ボゾンは26次元というとんでもない値をとるのですが,これについてはコラム「ひもの棲む世界」で説明したとおりです.

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【2】オイラーの分割関数

 たとえば,正の整数nに対して,

  n=k1+2k2+3k3   (k1≧0,k2≧0,k3≧0)

となる解(k1,k2,k3)の個数をanとします.n=5の場合,

  1+1+1+1+1 → (5,0,0)

  1+1+1+2  → (3,1,0)

  1+1+3   → (2,0,1)

  1+2+2   → (1,2,0)

  2+3    → (0,1,1)

ですから,a5=5となります.

  a0=1,a1=1,a2=2,a3=3,a4=4,a5=5,・・・

 このとき,母関数は

  f(x)=Σanx^n=Σx^(k1+2k2+3k3)=Σx^k1Σx^2k2Σx^3k3

 =1/(1−x)・1/(1−x^2)・1/(1−x^3)

となります.

  (1−x)(1−x^2)(1−x^3)Σanx^n=1

ですから,各項の係数を比較すると漸化式

  an=an-1+an-2−an-4−an-5+an-6

を得ることができます.

  a6=7,a7=8,a8=10,a9=12,a10=14,a11=16,・・・

 この問題を一般化して

  n=k1+2k2+3k3+・・・   (k1≧0,k2≧0,k3≧0,・・・)の個数p(n)を考えます.n=5の場合,a5に

  1+4,5

が加わり,p(5)=7となります.

 「分割数」とは与えられた整数にどれだけ多くの分割があるのか(4=1+1+1+1,4=3+1)という整数の分割理論のことです.整数の分割では,3=2+1と3=1+2のように足し算の順序が違うものは同じと見なすことにします.

 たとえば,4を分割するには非増加数列で構成した5通りの方法,4=3+1=2+2=2+1+1=1+1+1+1がありますから,p(4)=5.同様にして,5=4+1=3+2=3+1+1=2+2+1=2+1+1+1=1+1+1+1+1よりp(5)=7となります.(分割を図形的に表す方法にヤング図形がある.ヤング図形は非増加な非負整数列を表現する印象的な方法である.)

  p(0)=1,p(1)=1,p(2)=2,p(3)=3,p(4)=5,p(5)=7,p(6)=11,

  p(7)=15,p(8)=22,p(9)=30,p(10)=41,p(11)=56,p(12)=77,・・・

ここで,p(n)はオイラーの分割関数とも呼ばれますが,定義が簡単そうにみえるにも関わらず,易しい式で表すことはできません.

 ところで,分割数は以下の公式によって代数的に定義することができます.

  f(x)=Π(1-x^n)^(-1)={(1-x)(1-x^2)・・・(1-x^n)・・・}^(-1)

    =(1+x+x^2+・・・)(1+x^2+x^4+・・・)(1+x^3+x^6+・・・)(1+x^4+x^8+・・・)・・・

    =Σp(n)x^n=1+p(1)x+p(2)x^2+p(3)x^3+・・・

すなわち,f(x)は分割関数p(n)の母関数で,p(n)はx^nの係数になっています.

 x^k1を第1因子(1+x+x^2+・・・)の一般項,x^2k2を第2因子(1+x^2+x^4+・・・)の一般項,x^3k3を第3因子(1+x^3+x^6+・・・)の一般項,・・・とすると,

  n=k1+2k2+3k3+・・・

となって,x^nの項が整数nの分割に対応することになるのですが,オイラーはこのようにしてp(n)の母関数

  f(x)=Π(1-x^n)^(-1)={(1-x)(1-x^2)・・・(1-x^n)・・・}^(-1)

    =Σp(n)x^n=1+p(1)x+p(2)x^2+p(3)x^3+・・・

を得たというわけです.

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 p(n)の正確な公式は,ラーデマッハーの公式(1937年)

  p(n)=1/π√2ΣAk(n)k^(1/2){d/dxsinh(π(2/3(x-1/24))^(1/2)/(x-1/24)^(1/2))

によって与えられます.ここで,Ak(n)は1の24乗根をもちいて明示的に与えることができます.しかし,実際に必要とされるのは分割数の漸近挙動です.

  p(n)〜1/π√2{d/dxsinh(π(2/3(x-1/24))^(1/2)/(x-1/24)^(1/2))+・・・

 σ(k)をkの約数の和とすると,p(n)に対する漸化式

  p(n)=1/nΣσ(k)p(n-k)

が得られます.また,σ(k)の漸近的振る舞い

  1/n^2Σσ(k)〜π^2/12

を用いると,nが大きい場合の分割数の漸近挙動

  p(n)〜exp(π√(2n/3))/4n√3

を得ることができます(ハーディーとラマヌジャン,1918年).このことからp(n)は準指数関数と考えることができます(p(n)^(1/n)→1).

 また,

  p(n)≦p(n-1)+p(n-2)

が成り立つことより,分割数の増大速度はファイボナッチ数で上から抑えられることが示されます.したがって,黄金比φ=(√5+1)/2とおくと上界は

  p(n)<φ^n.

 なお,ラマヌジャンはp(n)が満たす合同式について

  p(5n+4)=0  mod5

  p(7n+5)=0  mod7

  p(11n+6)=0  mod11

を予想し,それらを証明しています.

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【3】オイラーの分割恒等式

 オイラーの分割恒等式が任意の正の整数に対して成り立つことをどうやって示すか,そのための基本的アイディアが母関数を用いることです.nをすべて異なる数に分割する仕方について考えましょう.

 この場合の母関数は,各整数を高々1回,繰り返すことなく取ることになるますから,制限のない場合の母関数

  f(x)=(1+x+x^2+・・・)(1+x^2+x^4+・・・)(1+x^3+x^6+・・・)・・・

の因数を1以外に1つの項だけもつようにすればよい,したがって,

  f(x)=(1+x)(1+x^2)(1+x^3)・・・

となることがわかります.

 また,この母関数は

  (1+x)(1+x^2)(1+x^3)・・・

  =(1-x^2)/(1-x)・(1-x^4)/(1-x^2)・(1-x^6)/(1-x^3)・・・

  =1/(1-x)(1-x^3)(1-x^5)・・・

と書き換えることができます.

 これは奇数の整数への分割に対応する母関数であることがわかります.すなわち,

  q(n):nの奇数のみを用いた分割の総数

  r(n):nの互いに異なる数を用いた分割の総数

とすると

  Σq(n)x^n=1/(1-x)(1-x^3)(1-x^5)・・・

  Σr(n)x^n=(1+x)(1+x^2)(1+x^3)・・・

であり,両者の母関数は一致します.

 こうして,異なる数への分割と奇数への分割が同数あるという注目すべき結果を得ることができたのですが,もし,物理状態がn個の基本粒子の分割に関係しているとすると,相異なる分割と奇数の分割は区別できないことになります.この驚くべき結果は1748年にオイラーによって証明されました.

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【4】オイラーの五角数定理

 ある恒等式が分割の立場から何を意味するかという逆問題を考えてみましょう.

  1/(1-x)=1+x+x^2+x^3+x^4+・・・

   =(1+x)(1+x^2)(1+x^4)(1+x^8)・・・

において,1+x+x^2+x^3+x^4+・・・の指数は整数そのものの母関数と考えられます.一方,(1+x)(1+x^2)(1+x^4)(1+x^8)・・・は整数を繰り返しなしで2のベキに分解しています.したがって,各整数は2のベキの総和として一意に表せることを意味しているのです.

  n=k1+2k2+2^2k3+・・・

 ところで,オイラーの分割関数の分母

  g(x)=Π(1-x^n)

に関してオイラーが発見した定理をもう一つ紹介しておきましょう.

 分割数p(n)の母関数の逆数

  Π(1-x^n)=(1-x)(1-x^2)(1-x^3)・・・

を考えます.これを展開すると,級数中の係数がすべて0か±1の級数

  Π(1-x^n)=1-x-x^2+x^5+x^7-x^12-x^15+x^22+x^26-x^35-x^40+x^51+・・・

       =Σ(x^(6m^2-m)-x^(6m^2+5m+1))

が得られますが,これが何を意味しているかを発見できるでしょうか?

 一見したところ,何を意味しているのかすら明らかではないのですが,この級数は,mが負になる項も含んだ

  Π(1-x^n)=Σ(-1)^mx^(m(3m-1)/2))

の形にまとめられ,ここで指数の引数がm(3m−1)/2,すなわち,1,5,12,22,35,51,・・・という数列がピタゴラスの五角数であることから,五角数定理と呼ばれています.

 この恒等式は,級数中のx^nの係数がすべて0か±1なのですが,組合せ論の解釈から,偶数個の異なる整数への分割数と奇数個の異なる整数への分割数の差

  Peven(n)-Podd(n)=(-1)^m    n=m(3m+1)/2

  Peven(n)-Podd(n)=0      その他の場合

を表すものと考えられます.

 たとえば,n=8の場合,偶数個の異なる整数への分割は7+1=6+2=5+3の3通り,奇数個の異なる整数への分割は8=5+2+1=4+3+1の3通りですから,その差は0となります.n=5の場合,偶数個の異なる整数への分割は4+1=3+2の2通り,奇数個の異なる整数への分割は5の1通りですから,その差は1となります.

 個数の差があるのはn=m(3m+1)/2またはn=m(3m−1)/2,すなわち,

  n=1,2,5,7,12,15,22,26,・・・

の場合で,このn=m(3m±1)/2を5角数といいます.nが5角数の場合に限ってPeven(n)とPodd(n)が異なるのですが,五角数は分割問題でも役立つというわけです.

 もう一度,オイラーの5角数定理についてまとめておくと,ある種の数に対する補正項をe(n)とおいて

  #{偶数個の異なる整数への分割}=#{奇数個の異なる整数への分割}+e(n)

 ここで,e(n)=(-1)^j n=j(3j±1)/2

     e(n)=0

 オイラーの5角数定理を用いると,分割関数に対する再帰関係式

  Σp(n-j(3j±1)/2)(-1)^j=0

  p(n)=p(n-1)+p(n-2)-p(n-5)-p(n-7)+p(n-12)+・・・

が得られます.これより

  p(0)=1,p(1)=1,p(2)=2,p(3)=3,p(4)=5,p(5)=7,p(6)=11,

  p(7)=15,p(8)=22,p(9)=30,p(10)=41,p(11)=56,p(12)=77,・・・

を効率的に計算することができます.

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 五角数定理はオイラーが分割関数p(n)の研究中に発見した関数等式である(1750年).オイラーの五角数定理はヤコビの三重積公式を使うとあっさり証明できるのであるが,五角数定理の完全な証明は,ヤコビのテータ関数や保型形式の理論の中に求められなければならない.

 しかし,ヤコビを待つまでもなく,オイラーは五角数定理を証明したのだが,オイラーはこの定理の予想から証明までにかれこれ10年を要した(発見は1741年,証明は1750年).その間,たとえ完全な証明は与えられなくとも正しいことは間違いないことを確信していて,結果の正しさについて,微塵の疑いも抱いていなかったようである.

 現在,五角数定理にはヤコビの三重積公式による証明やフランクリンによる組合せ的証明がある.オイラー自身による証明はヴェイユの「数論」に紹介されているのだが,梅田亨先生の解説によると,今日的な眼からすれば,オイラーの証明には無限次行列に対する跡公式と呼ばれるアイディアが使われているという.

 跡公式とは,行列Aにおいて対角和=固有値の和,すなわち

  trA=Σλ

の左辺が解析的,右辺が幾何学的に得られたものであるように,ある作用素の跡を2通りの方法で計算することにより得られる等式であって,作用素とはいわば無限次行列のことと考えておくとよいと思われる.

 2通りに計算するということを喩えていうならば,家計簿つけでまず行ごとの合計を求めそれを総計する,次に列ごとの合計を求めそれを総計する,そして計算が正しければその2つの計算結果は一致するはずというわけである.

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【5】ロジャース・ラマヌジャンの分割恒等式の母関数

 母関数は一見手も足も出せそうもない関数をひとまとめにしてうまく処理するための常套手段のひとつです.ここで,母関数についてまとめておきましょう.

(1)因子が相異なる分割の母関数はΠ(1+x^n)

(2)同じ因子が高々d回しか現れない整数nの分割の個数の母関数は

  Σs(n)x^n=Π(1+x^n+x^2+・・・+x^dn)=Π(1-x^(d+1)n)/(1-x^n)

(3)また,同じ因子が何回でも繰り返し現れる分割ではd→∞とすればよいから,母関数はΠ1/(1-x^n)

 また,分割に含まれる因子の個数情報を母関数から引き出したくなる場合もあります.そのようなときには2変数母関数のほうが便利です.それぞれ

(1)Π(1+zq^n)

(2)Π(1-z^(d+1)q^(d+1)n)/(1-zq^n)

(3)Π1/(1-zq^n)

となります.

 ロジャーズ・ラマヌジャンの第1恒等式の母関数は

  Σq(n)x^n=Π1/(1-x^(5n-4))(1-x^(5n-1)

第2恒等式では

  Σq(n)x^n=Π1/(1-x^(5n-3))(1-x^(5n-2)

となるのですが,q2項係数とヤコビの3重積公式を用いて,ロジャーズ・ラマヌジャンの恒等式を証明することができます.

 ロジャース・ラマヌジャン恒等式にはやさしい証明は存在せず,q二項係数とヤコビの三重積公式を使って証明されるのです.

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[1]2項定理のqアナログ

 熱放射に関するプランク分布は,数学的にみるとゼータ関数・ガンマ関数と関連していて,量子化の概念では

  1+x+x^2+x^3+・・・=1/(1−x)

  1+e^(-x)+e^(-2x)+・・・=1/(1-e^(-x))

など無限等比級数がしばしば登場する.

ところで,q→1とすることによって,

  1,1+q,1+q+q^2,・・・,1+q+q^2+・・・+q^(n-1),・・・

は1,2,3,・・・,n,・・・に近づく.このことから逆に

  1,1+q,1+q+q^2,・・・,1+q+q^2+・・・+q^(n-1),・・・

=(1−q)/(1−q),(1−q^2)/(1−q),(1−q^3)/(1−q),・・・,(1−q^n)/(1−q),・・・

は自然数のqアナログを与えていると考えることができる.

 qアナログは量子化の概念に非常によく似た形で与えられるといったほうがわかりやすいかもしれない.したがって,階乗n!のqアナログは

  Π(1-q^k)/(1-q)

となるが,2項係数(n,m)=n!/m!(n-m)!のqアナログ(q-2項係数)を

  [n,m]

と書くことにして,さらに

  (a;q)n=(1-a)(1-aq)・・・(1-aq^(n-1))=Π(1-aq^k)

なる記号を導入すると

  (q;q)n=(1-q)(1-q^2)・・・(1-q^n)=Π(1-q^k)

になるので,

  [n,m]=(q;q)n/(q;q)m(q;q)n-m

 このようにして,2項定理

  (1+z)^n=Σ(n,m)z^m

のqアナログは

  (1+z)(1+zq)・・・(1+zq^(n-1))=(-z;q)n= Σ[n,m]q^(m(m-1)/2)・z^m

と表すことができる.

 また,これよりq-2項級数は

  (az;q)∞/(z;q)∞=Σ(a;q)m/(q;q)m・z^m

 ガンマ関数(階乗の一般化),ガウスの超幾何関数(2項級数の一般化)のqアナログも同様に与えることができて,

  q-ガンマ関数:Γq(x)=(q;q)∞/(q^x;q)∞(1-q)^(1-x)

  q-超幾何関数:2φ1(a,b,c:q,x)=Σ(a;q)m(b;q)n/(c;q)m(q;q)m・x^m

と定義される.

 q-超幾何関数はハイネの超幾何関数2φ1とも呼称される.ガウスの超幾何関数2F1は超幾何微分方程式

  x(1-x)d^2y/dx^2+{γ-(α+β+1)x}dy/dx-αβy=0

を満たすが,q-超幾何関数2φ1は類似の2階差分方程式をみたす.

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[2]ヤコビの3重積公式

  (a;q)∞=(1-a)(1-aq)・・・(1-aq^(n-1))・・・=Π(1-aq^k)

を導入したついでに,ヤコビの3重積公式

  Σz^nq^(n(n+1)/2)=Π(1-q^n)(1+zq^n)(1+z^(-1)q^(n-1))

すなわち

  (x;q)∞(q/x;q)∞(q;q)∞=Σ(-1)^m・q^(m(m-1)/2)・x^m

を提示しておく.

 ヤコビの3重積公式において,qをすべてq^3に置き換え,x=qとすれば,左辺は(q;q)∞となり,オイラーの5角数定理は

  (q;q)∞=Σ(-1)^m・q^(m(3m+1)/2)

と表される.

 ヤコビの3重積公式はテータ関数そのものを表しているのであって,これから

  Σ(-1)^n・q^(n^2)=(q;q)∞/(-q;q)∞

  Σq^(n(n+1)/2)=(q^2;q^2)∞/(q;q^2)∞

  Σq^(k^2)/(q;q)k=1/(q;q^5)∞(q^4;q^5)∞

  Σq^(k(k+1))/(q;q)k=1/(q^2;q^5)∞(q^3;q^5)∞

  Σq^(k^2)/(q;q)2k=1/(q;q^2)∞(q^4;q^20)∞(q^16;q^20)∞

  Σq^(k(k+2))/(q;q)2k+1=1/(q;q^2)∞(q^8;q^20)∞(q^12;q^20)∞

  Σq^(k^2)/(q;q)k(q;q)n-k=Σ(-1)^k・q^{(5k^2-k)/2}/(q;q)n-k(q;q)n+k

  Σ2q^(k^2)/(q;q)k(q;q)n-k=Σ(-1)^k・(1+q^k)q^{(5k^2-k)/2}/(q;q)n-k(q;q)n+k

などの恒等式が得られる.

 このうち,後6者のq恒等式

  Σq^(k^2)/(q;q)k=1/(q;q^5)∞(q^4;q^5)∞(第1恒等式)

  Σq^(k(k+1))/(q;q)k=1/(q^2;q^5)∞(q^3;q^5)∞(第2恒等式)

  Σq^(k^2)/(q;q)2k=1/(q;q^2)∞(q^4;q^20)∞(q^16;q^20)∞

  Σq^(k(k+2))/(q;q)2k+1=1/(q;q^2)∞(q^8;q^20)∞(q^12;q^20)∞

  Σq^(k^2)/(q;q)k(q;q)n-k=Σ(-1)^k・q^{(5k^2-k)/2}/(q;q)n-k(q;q)n+k

  Σ2q^(k^2)/(q;q)k(q;q)n-k=Σ(-1)^k・(1+q^k)q^{(5k^2-k)/2}/(q;q)n-k(q;q)n+k

はロジャース・ラマヌジャン恒等式と呼ばれるものの例である.

 ロジャース・ラマヌジャン型の恒等式は数論とのみ結びついていると考えられていたが,いまとなっては組合せ論を介して数理物理の計算に当たり前のように現れてくることが知られている.

[補]q-階乗は

  (a;q)n=(1-a)(1-aq)・・・(1-aq^(n-1))=Π(1-aq^k)

なる記号を導入すると

  (q;q)n=(1-q)(1-q^2)・・・(1-q^n)=Π(1-q^k)

qを省略して単に(a)n,(q)nと書くことも多い.q=exp(-ε)とすると,q→1(ε→0)の極限で(q)n=n!exp(n)となる.

 ロジャーズ・ラマヌジャンの第1恒等式の母関数は

  Σq(n)x^n=Π1/(1-x^(5n-4))(1-x^(5n-1)=Σq^(n^2)/(q)n

第2恒等式では

  Σq(n)x^n=Π1/(1-x^(5n-3))(1-x^(5n-2)=Σq^(n^2+n)/(q)n

 ヤコビの3重積公式を用いると,さらに

  Σq^(n^2)/(q)n=1/(q)nΣ(-1)^rq^{(5r^2-r)/2}

  Σq^(n^2+n)/(q)n=1/(q)nΣ(-1)^rq^{(5r^2+3r)/2}

と変形できる.

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