正五角形に対角線を描き入れると星形五角形(ソロモンの星)ができる.正五角形と星形五角形の入れ子はペンタグラムと呼ばれ,ピタゴラス派のシンボルマークであったことはよく知られている.
星形五角形の内部にはもとの正五角形を天地逆転させた小さな正五角形ができる.その中にまた星形五角形を作ると再び順方向の正五角形ができる.このように正五角形は無限に続く入れ子構造を有している.この入れ子構造の背後には黄金比が潜んでいる.黄金比は興味深い数であって,フィボナッチ数列とも密接な関係があることはご存知であろう.
何年か前に東京都荒川区南千住の乙部融朗住職(円通寺)を訪問した際,4次元正5胞体を3次元空間内に直投影した立体模型をみせていただいたことがある.この模型の写真は
石井源久・山口哲「高次元図形サイエンス」,京都大学学術出版会
の83ページに掲載されているので,ご存知の方もおられると思う.
4次元正5胞体を2次元平面上に直投影すると,その外形は正三角形,正方形,正五角形など様々に変化する.とくに正五角形に中にすべての対角線を入れた図はペンタグラムそのものとなるから,4次元正5胞体を3次元空間内に直投影した立体図形は立体ペンタグラムということになろう.それにしても乙部住職はどうやって立体ペンタグラムを製作したのだろうか?
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【1】正単体の構成と計量
n次元正単体を手軽に構成するために,その頂点の座標を
(1,0,・・・,0)
(0,1,・・・,0)
・・・・・・・・・・・
(0,0,・・・,1)
とする.これらの頂点間距離は√2,また,相隣る各辺のなす角度は60°,隣接しない辺のなす角度は90°である.
これらの座標が与えられたとき,残りの1点の座標は
(z,z,・・・,z)
とすることができる.他の頂点との距離は√2であるから,
(z−1)^2+(n−1)z^2=2
すなわち,
nz^2−2z−1=0
を満たさなければならないことより,
z={1±√(1+n)}/n
が得られる.
三角形の面積は底辺かける高さ割る2であるが,三角錐になると底面積かける高さ割る3,四次元の三角錐なら底体積かける高さ割る4,五次元なら底四次元面積かける高さ割る5・・・.
正単体の体積を求めるにあたって問題となるのは,その高さである.高さを求めることにしよう.これらの座標が与えられたとき,底面
(1,0,・・・,0)
(0,1,・・・,0)
・・・・・・・・・・・
(0,0,・・・,1)
の重心は
(1/n,1/n,・・・,1/n)
であるから,頂点
(x,x,・・・,x)
との距離(高さ)Hnは,
Hn=√(1+1/n)
で与えられることになる.
したがって,漸化式
Vn=Vn-1×Hn/n
より,
Vn=√(1+n)/n!
を得ることができる.
V2=√3/2,V3=1/3,・・・
となるが,V2,V3はピタゴラスの定理を使えば中高生でも簡単に確かめることができるであろう.
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【2】4次元正5胞体の直投影
4次元正5胞体の場合は,n=4として
(1,0,0,0)
(0,1,0,0)
(0,0,1,0)
(0,0,0,1)
(z,z,z,z) z={1±√5)}/4
を考えることになります.
たとえば,これを(x,y,z)空間に直投影すると,5点の座標は
P1(1,0,0)
P2(0,1,0)
P3(0,0,1)
P4(0,0,0)
P5(z,z,z) z={1±√5)}/4
となり,P4は原点に移ります.
投影後の長さは
P1P2=P2P3=P3P1=√2
P1P4=P2P4=P3P4=1
P1P5=P2P5=P3P5={(z−1)^2+2z^2}^(1/2)=(2−z^2)^(1/2)
P4P5=(3z^2)^(1/2)
ですから,
(1)z={1−√5)}/4のとき,三角錐の原点から各頂点を結んだ形
(2)z={1+√5)}/4のとき,正三角形を底面とする三角錐を重ねた形になることがわかります.
また,∠P1P2P3=60°ですが,
P2P3・P4P3cos(∠P2P3P4)=√2・1・cos(∠P2P3P4),(P2−P3,P4−P3)=1
より∠P2P3P4=45°となります.当たり前のことですが,直投影では長さも角度も変わってきます.
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ここでは最も簡単な直投影を考えましたが,一般には超平面に投影することになります.その場合,aを行ベクトル,xを列ベクトルとして
a=(a1,・・・,an)
x’=(x1,・・・,xn)
また,実数をcとおくと,n次元ユークリッド空間の超平面は,
(a,x’)=c
で表すことができます.原点を通るときc=0です.
ベクトルaを超平面の法線ベクトルと呼びます.法線ベクトルはスカラー倍を除いて一意に定まります.aをその長さ‖a‖で割ったベクトルa/‖a‖を考えると,これは長さ1の単位法線ベクトルとなります.
また,aが単位法線ベクトル,すなわち,
a1^2+a2^2+・・・+an^2=1
が成り立つとき,cは原点から超平面へ引いた垂線の(符号のついた)長さとなります.
n=1なら方程式はax=bですから,超平面は点にほかなりません.n=2ならax+by=cとなり,超平面は直線,n=3ならax+by+cz=dですから,超平面は平面を表します.3次元空間内の超平面が普通の平面だし,2次元空間内の超平面は直線ですから,n次元空間の場合,n−1次元の線形多様体を超平面(全空間より1次元低い空間)というのです.
超平面(a,x)=0に対する鏡映変換は,bの像をb’とするとb−b’がaに平行ですから,関係式
b−b’=2(b,a)a/(a,a)
が成立します.また,超平面(a,x)=0への直投影では,bの像をdとすると
b+b’=2d
ですから,
d=b−(b,a)a/(a,a)
と求められます.
したがって,超平面(a,x)=0上においてaと直交するベクトルを得て,dとの内積をとればbの超平面への直投影が得られることになります.
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私の考えた方法は単純素朴なもので,3次元空間に投影された5点を
P0(x0,y0,z0)
P1(x1,y1,z1)
P2(x2,y2,z2)
P3(x3,y3,z3)
P4(x4,y4,z4)
2次元平面上に直投影するとその外形が正五角形になることより
xk+yki=exp(2πik/5) (k=0~4)
=cos(2πk/5)+isin(2πk/5)
として(xk,yk)を決定します.
あとはziを残すのみですが,さらに
z0=z2=z3=0,z1=z4=z
とすれば未知数はたった1個になります.ここで3点(P0,P1,P4)が正三角形をなすとすると
(cos(2π/5)-1)^2+(sin(2π/5))^2+z^2=(2sin(2π/5))^2
z^2=3(sin(2π/5))^2−(cos(2π/5)-1)^2 → z=1.49535
P0(1,0,0)
P1(0.309018,0.951059,1.49535)
P2(-0.808016,0.587787,0)
P3(-0.809019,0.587783,0)
P4(0.309013,-0.951058,1.49535)
となるのですが,この先がつかえてしまいました.
立体ペンタグラムの写真とはちょっと違うようにみえたこと,2次元平面上に直投影してその外形が正方形になるがどうかわからないというのがその理由です.
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【3】体積0の正5胞体
このままでもよいのですが,
[参]一松信「高次元の正多面体」日本評論社
にしたがってもう少し一般的に考えてみましょう.
4次元空間の単体(5胞体)の体積を座標を使って表せば,係数1/24を除いて5個の点の座標に(1,1,1,1,1)を加えて作られる5次の行列式の絶対値になります.すなわち,行列式
24|V|=|1 1 1 1 1 |
|x11 x21 x31 x41 x51|
|x12 x22 x32 x42 x52|
|x13 x23 x33 x43 x53|
|x14 x24 x34 x44 x54|
で表されます.
ここで,右辺の第i列から第i+1列を引く操作をxi=1,2,3,4の順に繰り返すと,第1行は(0,0,0,0,1)となりますから
24|V|=|x11−x21 x21−x31 x31−x41 x41−x51|
|x12−x22 x22−x32 x32−x42 x42−x52|
|x13−x23 x23−x33 x33−x43 x43−x53|
|x14−x24 x24−x34 x34−x44 x44−x54|
この転置行列を右からかけると
24^2V^2=|Σ(xik−xi+1k)(xjk−xj+1k)|=|ai・aj|
すなわち,グラミアンで与えられます.
正5細胞体ではaiはすべて長さが等しく,各辺の長さを1とすると
ai・ai=1
各頂点で相隣るベクトルの間の角度はすべて等しく,各内角をθとすると
ai・ai+1=cos(π−θ)=−cosθ=x
また,aiの終点がai+1の始点ですから
a1+a2+a3+a4+a5=0
より
(a1+a2+a3+a4+a5)・ak=1+2x+ai・ak+aj・ak=0
相隣るベクトルの和すなわち対角線ai+ai+1の長さもすべて等しくなりますから,
ai・ak=aj・ak=y
とおきます.
したがって,1+2x+2y=0すなわちx+y=−1/2なるx,yについて
24^2V^2=|1 x y y|
|x 1 x y|
|y x 1 x|
|y y x 1|
となります.
この行列式はx,yについて対称式であり,
x^4−2x^3y−x^2y^2+y^4+4x^2y+4xy^2−3x^2−3y^2+1
と展開されます.これが
(x^2−3xy+y^2+x+y−1)(x^2+xy+y^2−x−y−1)
さらに,黄金比:τ=(√5+1)/2,τ^(-1)=(√5−1)/2を用いると
(τx−τ^(-1)y−1)(τ^(-1)x−τ^(-1)y+1)(x^2+xy+y^2−x−y−1)
と因数分解できます.
この正5胞体が3次元に退化する条件は
V=0,x+y=−1/2
を解くことにより,
x=(√5−1)/4,−(√5+1)/4
すなわち,
θ=108°(正五角形)または36°(星形五角形)
となり,3次元を通り越して一挙に2次元まで退化してしまいます.
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
それ以外は常に4次元空間の図形になるのですが,もしもこのような等辺等角五角形を4次元空間で連続して変形させることができたとすると
x=−1/2,y=0
は相隣る各辺のなす角度は60°,隣接しない辺のなす角度は90°の正5胞体となります.
x=−1/4,y=−1/4
のときには10本のベクトルのうち5本のベクトルの始点が1点に集まるようにすると,正5胞体の中心から各頂点を結んだ形になります.
このように,正5胞体は平面の正五角形と星形五角形の中間の4次元図形と解釈できるというわけです.
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【4】An型ルートとの関連
前節の解説はもしも・・・という仮定をおいたためまどろっこしかったかもしれない.ここではルート系からの補足説明をしよう.
ルート系とは
(1)2つのベクトルの間の角度θは30°,45°,60°,90°(またはその補角)に限られる(これはm=(2cosθ)^2°が整数である値である)
(2)θ=90°の場合を除き,両ベクトルの長さの比は1:√m
という性質をもつ原点からでるベクトルの有限集合のことである.よく知られているように正単体はAn型ルートである.
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グラフの隣接行列では,結ぶ辺の有無を(0,1)で表したものが一般的である.すなわち,
結ぶ辺があるとき・・・1
結ぶ辺がないとき・・・0
であるが,極大格子の隣接行列B={bij}では,要素が内積bi↑・bj↑からなるグラミアンによって定義される.その際,n次元平行多面体(平行2n面体)の基底となるn個のベクトルbkはすべて長さ√2,biとbjが隣り合うときは2つのベクトルは角度60°で交わり(内積=1),隣り合わないときは直交すること(内積=0)を意味している.角度が60°のことを隣り合うといっているわけで,そのため,隣接行列は(0,1,2)で表されることになる(隣接行列の定義は文献によって異なる場合があるので注意を要する).
|A2 |=|2 1|=3
|1 2|
|2 1 0|
|A3 |=|1 2 1|=4
|0 1 2|
は容易に計算できる.
・−・・・・・−・
をAn のディンキン図形とすると,An+1は左から・−を作用させた
・−・−・・・・・−・
すなわち,
・−(An )
であるから,その隣接行列式は
|2 1 ・・ 0| |2 1 ・・ 0|
|An+1 |=|1 2 ・・ 0|=|1 |
|0 1 ・・ 1| |0 An |
|0 0 ・・ 2| |0 |
で表される.
右辺を第1行について展開すると
|1 1 0 ・・ |
|An+1 |=2|An | −|0 An-1 |
|0 |
次に,第1列について展開して
|An+1 |=2|An | −|An-1 |
このことから,
|An+1 |−|An |=|An | −|An-1 |
=・・・=|A3 | −|A2 |=1
であり,したがって,数列{|An+1 |−|An |}は公差1の等差数列であることがわかり,
|An |=1+n
が得られる.
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次に,
|2 1 ・・ 1| |2 1 ・・ 0|
|1 2 ・・ 1| |1 2 ・・ 0|
|1 1 ・・・1|=|0 1 ・・ 0|=1+n
|1 1 ・・ 1| |0 0 ・・ 1|
|1 1 ・・ 2| |0 0 ・・ 2|
を示してみよう.
なぜ,このようなことをするのかというと,例えば,3次元の平行六面体の体積は
V^2=|a↑・a↑ a↑・b↑ a↑・c↑|
|b↑・a↑ b↑・b↑ b↑・c↑|
|c↑・a↑ c↑・b↑ c↑・c↑|
で与えられ,点の配置が立方格子の格子線の交角を60°になるようにゆがめたとき,グラミアンは
|d^2 d^2/2 d^2/2| |2 1 1|
G=|d^2/2 d^2 d^2/2|=(d^2/2)^3|1 2 1|
|d^2/2 d^2/2 d^2| |1 1 2|
として得ることができるというのがその理由である.
3次の行列式であれば,行列式を展開して
|2 1 1| |2 1 0|
|1 2 1|=4,|1 2 1|=4
|1 1 2| |0 1 2|
であることを確認することができる.しかし,直接
|2 1 1|
|1 2 1|
|1 1 2|
を
|2 1 0|
|1 2 1|
|0 1 2|
に変形することは難しいだろう.
|2 1 ・・ 0|
|1 2 ・・ 0|
|0 1 ・・ 0|=1+n
|0 0 ・・ 1|
|0 0 ・・ 2|
は既に証明済みであるから,
|2 1 ・・ 1|
|1 2 ・・ 1|
|1 1 ・・・1|=1+n
|1 1 ・・ 1|
|1 1 ・・ 2|
を示すことによって,両辺が一致することを確認してみよう.それでも立派な証明だろう.
まず,第1行を他の行から引いて
|2 1 ・・ 1| |2 1 ・・ 1|
|1 2 ・・ 1| |−1 1 ・・ 0|
|1 1 ・・ 1|=|−1 0 ・・ 0|
|1 1 ・・ 1| |−1 0 ・・ 0|
|1 1 ・・ 2| |−1 0 ・・ 1|
さらに第2列〜第n列を第1列に加えれば
|2 1 ・・ 1| |1+n 1 ・・ 1|
|−1 1 ・・ 1|=| 0 1 ・・ 0|
|−1 0 ・・ 0|=| 0 0 ・・ 0|
|−1 0 ・・ 1| | 0 0 ・・ 0|
|−1 0 ・・ 2| | 0 0 ・・ 1|
のように上三角行列式となる.
三角行列の行列式の値は対角要素の積になるから,
|2 1 ・・ 1|
|1 2 ・・ 1|
|1 1 ・・ 1|=1+n
|1 1 ・・ 1|
|1 1 ・・ 2|
となることが証明されたことになる.
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