■中川宏の2つの至宝

 天文学者のケプラーはその著書「宇宙の神秘」において,幾何学の2つの至宝と称して「ピタゴラスの定理」と「黄金比」をあげています.ピタゴラスの定理からは立方体,正四面体,正八面体,黄金比からは正十二面体と正二十面体が作られると考えてそのように述べているのです.

 このコーナーでは中川宏さん製作の木工多面体をシリーズで取り上げてきましたが,氏の木工の原点にある2つの至宝は「切稜立方体」と「正十二面体」であると思われます.前者は正多面体・準正多面体を製作するための足場となる重要な立体ですし,後者は立方体に位相幾何学的変形を加えることによってあっというまに12もの正五角形を作り出す木工マジックが体験できます.

 とくに,正十二面体マジックとの出会いは氏を木工の道に向かわしめた記念碑的な存在になっていて,近々,NPO法人・科学協力学際センター発行予定の仮題

  中川宏「多面体木工」丸善

の中で『正五角形の作図,子供の頃,挑戦しましたができませんでした.最近ネットでその方法を知りましたが,それでどうして正五角形が出来るのかまだわかっていません.そんな私が立方体からあっというまに12もの正五角形を現す方法をみつけてしまったのですから,ひとつの奇跡ですよね.でもその謎はおそらく「つくる」ということのなかにあるのだろうと思います.』と述べられておられます.

 今回のコラムでは,最近の中川さんのお仕事の中からオリジナリティーに富むものを紹介したいと存じます.

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【1】正五角形の作図法

 正五角形の作図方法はいくつかあるが,私が知っているのは1辺が与えられたときの作図法と外接円が与えられたときの作図法である.

 それに対して,中川さんが考え出された作図法は

(1)縦横3本ずつ直交する等間隔平行線を引く

(2)ABの中点CのAの反対側にAC=ADとなるDをとる

(3)DH上にDA=DEとなるEをとる

(4)AH上にHE=HFとなるFをとる

(5)AHの延長上にHF=HF’となるF’をとる(FF’が正五角形の1辺)

(6)ABの延長上にFF’=FGなるGをとる(以下省略)

という手順で行われる.

 これが正五角形であることは簡単に証明できる.

(証)AC=1とするとAC=AD=DE=1.HE=HF=√5−1,FF’=FG=2(√5−1),FA=AH−HF=3−√5

  cos(∠AFG)=FA/FG=(√5−1)/4 → ∠AFG=72°

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 この方法は平面に黄金比を作る作図法のバリエーションといえるものである.ここでもし点Dが正12面体を面を中心に投影した図の外周(正10角形)の頂点になっていれば,中川さんの考え出された正五角形の作図法は立方体からの正十二面体製作法と関連していて非常に面白いものになる.

 そのためには,上図において∠HOF=∠FDA=36°になっていることを証明すればよい.しかるに,AD=1,FA=3−√5より

  tan(∠FDA)=FA/AD=3−√5 → ∠FDA=37.3774°

となって,点Dは正12面体の頂点とは異なるものであることがわかる.

 したがって,この正五角形の作図法を正12面体の木工法の平面投影図と関連づけることはできない.すでにある正五角形の作図法は平面の問題だが,正12面体の木工法(すなわち空間的に黄金比を作る問題)と結びつけるのは簡単ではないと思われる.

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【2】双三角台塔の木工製作

 以前,中川さんに1種類の凸多面体の非周期的な仕方だけで空間全体を完全に埋めつくすことができる「コンウェイの二重プリズム」を製作していただいた際,ついでに双側3角柱も作ってもらったことがある.双側3角柱は4枚の正三角形面と4枚の正方形面からなる立体で,正多角形面体(すべての面が正多角形である凸多面体)の1種である.

 正多角形面体はザルガラー多面体あるいはジョンソン多面体という別名でも呼ばれていて,正多面体(プラトン体),準正多面体(アルキメデス体),角柱,反角柱を除くと92種類存在する.デルタ多面体やミラーの多面体も正多角形面体に含まれる.正多角形面体や一様多面体をすべて分類することは単なる理論上の興味にとどまらず,数学の他分野とも面白い関連がある.

 双側3角柱はN26に分類されているのだが,今回製作していただいた双三角台塔はN27である.正多角形面体の中にはじゅげむ式の長い名前がつけられているものもあるから,N26,N27と呼んだ方がわかりやすいかもしれない.

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 空間に球を配置させるとき,1層目を六角形に並べて2層目を1層目のくぼみに入るように重ねる.しかし,3層目を載せるとき2種類の載せ方がある.  (1)1層目,2層目の真上にこないように載せる

  (2)1層目の真上にくるように載せる

 いずれにしても各球は12個のまわりの球と接するのだが,(1)の方が対称性が高く,12個の球の中心を結ぶと立方八面体が現れる.(2)は立方八面体を六角形の赤道のところでねじった形になる.これが双三角台塔である.

 立方八面体の3−4の二面角は70.5288+54.7357=125.264度と計算されるが,ねじったことによって新しくできるの3−3,4−4の二面角はそれぞれ

  70.5288+70.5288=141.058

  54.7357+54.7357=109.471

となる.

 六角柱を切稜することによって双三角台塔ができるが,六角形の1辺を1とした場合,高さは1.63299のものが必要になる.六角柱からは菱形12面体,立方八面体,双三角台塔ができるからこれらをひとつのグループとして扱うこともできるだろう.

 最後に中川宏さん製作の木工模型を掲げる(左:立方八面体,右:双三角台塔).立方八面体の天地面の正三角形は逆向きだが,双三角台塔は立方八面体を六角形の赤道のところで60°ねじった形になっているため,天地面の正三角形は同じ向きになる.双三角台塔を積んでみると空間充填模型となるが,中川さんのお話では予想外の隙間が見えるそうだ.

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