線分と三角形および四面体(三角錐)はそれぞれ最も簡単な1次元図形,2次元図形,3次元図形ですが,次元数nより1つ多い(n+1)個の頂点によって作られる図形をシンプレックス(単体)と呼びます.線分は1次元単体,三角形は2次元単体,三角錐は3次元単体とも呼ばれます.
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【1】六斜術
「六斜術」とは平面三角形ABCの6本の線分間の等式を意味する「和算用語」です.平面三角形ABCにおいて,BC=a,CA=b,AB=cとおき,平面上の点Pに対してPA=d,PB=e,PC=fとするとき
a^2d^2(b^2+c^2+e^2+f^2−a^2−d^2)
+b^2e^2(c^2+a^2+f^2+d^2−b^2−e^2)
+c^2f^2(a^2+b^2+d^2+e^2−c^2−f^2)
=a^2b^2c^2+a^2e^2f^2+d^2b^2f^2+d^2e^2c^2
が成立します.
一見複雑ですが,左辺は相対する線分の2乗の積に,他の線分の2乗の和から自分自身の2乗を引いた量をかけた和
a^2d^2(b^2+c^2+e^2+f^2−a^2−d^2)
+b^2e^2(c^2+a^2+f^2+d^2−b^2−e^2)
+c^2f^2(a^2+b^2+d^2+e^2−c^2−f^2)
であり,右辺は4個の三角形の周辺3本の2乗の積の和
a^2b^2c^2+a^2e^2f^2+d^2b^2f^2+d^2e^2c^2
です.
(証)∠BPC=α,∠CPA=∠β,∠APB=γとおく.このとき
cosγ=cos(α+β)=cosαcosβ−sinαsinβ
両辺を平方すると
cos^2α+cos^2β+cos^2γ=2cosαcosβcosγ+1
第2余弦定理より
cosα=(e^2+f^2−a^2)/2ef
cosβ=(f^2+d^2−b^2)/2fd
cosγ=(d^2+e^2−c^2)/2de
を代入して整理すると当該の形になる.
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【2】ヘロンの公式
和算家の証明方法は三角関数の性質を使わないのでかなり複雑だそうです.ところで,六斜術の特別な場合として,点Pを外心にとり,外接円の半径をRとすると
d=e=f=R
これを六斜術の公式に代入すると
R^2{a^2(R^2+b^2+c^2−a^2)
+b^2(R^2+c^2+a^2−b^2)
+c^2(R^2+a^2+b^2−c^2)}
=a^2b^2c^2+R^4(a^2+b^2+c^2)
整理すると
R^2(2a^2b^2+2b^2c^2+2c^2a^2−a^4−b^4−c^4)=a^2b^2c^2
となって,外接円の半径Rを3辺の長さで表すことができます.
また,三角形の面積をSとすると
(4S)^2=2a^2b^2+2b^2c^2+2c^2a^2−a^4−b^4−c^4
となり,この公式は正弦定理より得られる周知の公式
4RS=abc
と同じことがわかります.なお,内接円の半径rをa,b,c,Sで表すると
S=r(a+b+c)/2,2rS=a+b+c
4RS=abc
を用いて
R^2(2a^2b^2+2b^2c^2+2c^2a^2−a^4−b^4−c^4)=a^2b^2c^2
を因数分解すると
(4S)^2=(a+b+c)(−a+b+c)(a−b+c)(a+b−c)
ここで,2s=a+b+cとおくと
S^2=s(s−a)(s−b)(s−c)
となり,ヘロンの公式が得られます.
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【3】デカルトの円定理
六斜術の公式をさらに変形すると,互いに外接する4個の円の半径の逆数の間の等式
(Σ1/ri)^2=2Σ(1/ri)^2 (デカルトの円定理)
が得られます.
デカルトの円定理より,三角形ABCにおいてA,B,Cを中心としてそれぞれ半径
r1=(−a+b+c)/2,r2=(a−b+c)/2,r3=(a+b−c)/2
の円を描くとそれらは互いに外接することがわかります.
(Q)互いに外接する3個の円(半径r1,r2,r3)がある.これらすべてに外接する円の半径rを求めよ.
(A)r=r1r2r3/{r1r2+r2r3+r3r1+2√r1r2r3(r1+r2+r3)}
=1/{1/r1+1/r2+1/r3+2√(1/r1r2+1/r2r3+1/r3r1)}
相異なる2つの球面S1,S2の中心をx1,x2,半径をr1,r2とするとき,S1,S2が接するための必要十分条件は
|x1−x2|=|r1±r2|
となることである.±は外接か内接かに対応している.
一般にR^n内の互いに接するn+2個の球面の系があるとする.このとき,接点がすべて異なるならばこれらn+2個の球面はすべて外接するか,または,ある球面が他のn+1個の球面を含むことになる.このような互いに接するn+2個の球面の系については,球面の半径の逆数に関する単純な等式がある.
(Σ1/ri)^2=nΣ(1/ri)^2
ただし,Sjが他の球面をすべて含むときはrj=−(Sjの半径)とする.このようにすることで,接する2つの球面間の距離が常に|xi−xj|=|ri+rj|で表される.
n=2の場合,互いに外接する4個の円の半径の逆数の間の等式
(Σ1/ri)^2=2Σ(1/ri)^2
が成立し
(1/r1+1/r2+1/r3+1/r)^2=2(1/r1^2+1/r2^2+1/r3^2+1/r^2)
1/r^2+2/r(1/r1+1/r2+1/r3)+(1/r1+1/r2+1/r3)^2=2(1/r1^2+1/r2^2+1/r3^2+1/r^2)
1/r^2−2/r(1/r1+1/r2+1/r3)−(1/r1^2+1/r2^2+1/r3^2+1/r^2)+2(1/r1r2+1/r2r3+1/r3r1)=0
この2次方程式を整理すると(A)と同じ式が得られる(デカルトの円定理).n=2,3の場合は和算家達によっても得られていた(デカルトの円定理の拡張).
(Q)与えられた円(半径R)の内部に互いに外接する3個の等円(半径r)があるとき,rを求めよ.
(A)この場合は
(1/r1+1/r2+1/r3+1/r)^2=2(1/r1^2+1/r2^2+1/r3^2+1/r^2)
において,r1=r2=r3=r,r=−Rとする. → r=(2√3−3)R
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【4】オイラーの四面体公式(空間のヘロンの公式)
この節で取り上げるのは,四面体についてのオイラーの問題「6辺の長さがa,b,c,d,e,fで,与えられた4面体の体積を求めよ」です.
2つのベクトルa↑,b↑を基底とする平行体(平行四辺形)の面積は,外積は
a↑×b↑
3つのベクトルa↑,b↑,c↑を基底とする平行体(平行六面体)の体積は,スカラー三重積
(a↑×b↑)・c↑
すなわち,外積a↑×b↑とベクトルc↑の内積で与えられます.
|a↑|=a,|b↑|=bとすれば,平行四辺形の面積は,
S=absinθ
ですから,
S^2=a^2b^2(1−cos^2θ)
=|a↑|^2|b↑|^2−(a↑・b↑)^2
=|a↑・a↑ a↑・b↑|
|b↑・a↑ b↑・b↑|
同様に,平行六面体の体積は
V^2=|a↑・a↑ a↑・b↑ a↑・c↑|
|b↑・a↑ b↑・b↑ b↑・c↑|
|c↑・a↑ c↑・b↑ c↑・c↑|
で与えられます.
これらのように,内積の行列式で定義される行列式をグラムの行列式(グラミアン)といいます.平行体の面積・体積はグラミアンの平方根に等しくなるというわけです.
また,座標を使って表せば,n+1個の点の座標に(1,1,1,・・・,1)を加えて作られる(n+1)次の行列式の絶対値になります.
|S|=|1 x1 y1| |V|=|1 x1 y1 z1|
|1 x2 y2| |1 x2 y2 z2|
|1 x3 y3| |1 x3 y3 z3|
|1 x4 y4 z4|
原点が含まれるときは,
|S|=|x1 y1| |V|=|x1 y1 z1|
|x2 y2| |x2 y2 z2|
|x3 y3 z3|
のように展開されます.
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
これらはそれぞれn次元単体の体積のn!倍になりますから,三角形の面積,四面体の体積は,
S’=S/2
V’=V/6
また,4辺の長さがa,b,cで与えられた三角形,6辺の長さがa,b,c,d,e,fで与えられた四面体の場合は,
2^2(2!)^2S’^2=|0 a^2 b^2 1|
|a^2 0 c^2 1|
|b^2 c^2 0 1|
|1 1 1 0|
2^3(3!)^2V’^2=|0 a^2 b^2 c^2 1|
|a^2 0 d^2 e^2 1|
|b^2 d^2 0 f^2 1|
|c^2 e^2 f^2 0 1|
|1 1 1 1 0|
となります.
前者はおなじみの平面三角形のヘロンの公式にほかなりませんが,面積をS’=Δとして,
(4Δ)^2=2a^2b^2+2b^2c^2+2c^2a^2−a^4−b^4−c^4
=(a+b+c)(−a+b+c)(a−b+c)(a+b−c)
ここで,2s=a+b+cとおくと
Δ^2=s(s−a)(s−b)(s−c)
となり,ヘロンの公式が得られます.
後者が空間のヘロンの公式であり,V’=Δとして
(12Δ)^2=a^2d^2(b^2+c^2+e^2+f^2−a^2−d^2)
+b^2e^2(c^2+a^2+f^2+d^2−b^2−e^2)
+c^2f^2(a^2+b^2+d^2+e^2−c^2−f^2)
−a^2b^2c^2−a^2e^2f^2−d^2b^2f^2−d^2e^2c^2
この空間のヘロンの公式は,オイラーの公式と呼ばれるものですが,
(12×体積)^2=六斜術の両辺の差
に等しいということを主張しています.点Pが平面三角形ABCの平面上になく,4点が四面体の頂点をなすときの四面体の体積公式ですから,六斜術は四面体が平面上に退化して体積が0になった極限と解釈することができます.
オイラーの公式は複雑であり,平面三角形のヘロンの公式のように因数分解できません.ただし,4面の面積が等しい等積四面体=4面が合同な鋭角三角形よりなる四面体(バンの定理)の場合,
72Δ^2=(−a^2+b^2+c^2)(a^2−b^2+c^2)(a^2+b^2−c^2)
と因数分解した形で表されます.
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【5】正5胞体と五角形
4次元空間の単体(5胞体)の体積は係数1/24を除いて行列式
24|V|=|1 1 1 1 1 |
|x11 x21 x31 x41 x51|
|x12 x22 x32 x42 x52|
|x13 x23 x33 x43 x53|
|x14 x24 x34 x44 x54|
で表されます.
ここで,右辺の第i列から第i+1列を引く操作をxi=1,2,3,4の順に繰り返すと
24|V|=|x11−x21 x21−x31 x31−x41 x41−x51|
|x12−x22 x22−x32 x32−x42 x42−x52|
|x13−x23 x23−x33 x33−x43 x43−x53|
|x14−x24 x24−x34 x34−x44 x44−x54|
この転置行列を右からかけると
24^2V^2=|Σ(xik−xi+1k)(xjk−xj+1k)|
=|ai↑・aj↑|
すなわち,グラミアンで与えられます.
さらにここで正5胞体(各辺の長さを1,各内角をθ)とすると,
ai↑・ai↑=1,ai↑・ai+1↑=cos(π−θ)=−cosθ
後者をxとおくと,x+y=−1/2なるx,yについて
24^2V^2=|1 x y y|
|x 1 x y|
|y x 1 x|
|y y x 1|
となります.
この行列式はx,yについて対称式であり,
x^4−2x^3y−x^2y^2+y^4+4x^2y+4xy^2−3x^2−3y^2+1
と展開されます.これが
(x^2−3xy+y^2+x+y−1)(x^2+xy+y^2−x−y−1)
さらに,黄金比:τ=(√5+1)/2,τ^(-1)=(√5−1)/2を用いると
(τx−τ^(-1)y−1)(τ^(-1)x−τ^(-1)y+1)(x^2+xy+y^2−x−y−1)
と因数分解できます.これは計算機による数式処理の初歩の演習問題といえるでしょう.
この正5胞体が3次元に退化する条件は
V=0,x+y=−1/2
を解くことにより,
x=(√5−1)/4,−(√5+1)/4
すなわち,
θ=108°(正五角形)または36°(星形五角形)
となり,3次元を通り越して一挙に2次元まで退化してしまいます.すなわち,正5胞体は平面の正五角形と星形五角形の中間の4次元図形と解釈できるというわけです.
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