■二分法の対立(その3)

 二分法の対立はいろいろな分野で見られることであって,今回のコラムでは,粒子説と波動説の例を拾い出してみたい.

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【1】ニュートンの光と色の学説

 光とは一体なんだろうか・物質か波か・波ならば縦波か横波か・媒質は何か・どのようにして空間を伝わるのか?...など光の本質に関する研究は,紀元前数世紀から19世紀末までの長期にわたって続けられ,古来,種々の学説がたてられては改変を余儀なくされてきました.多くの学者が論争を展開したのですが,なかでも,ニュートンはいろいろな問題を提起した中心人物です.

 1642年,ガリレオ・ガリレイが死んだ数カ月後,イギリスに生を受けたニュートンは1666年当時まだ24才の青年でした.この年,彼は<光の分散>という大発見,すなわち,太陽光線がガラスのプリズムを通ると屈折率の差によって赤から紫に至るたくさんの成分に分けられることを発見したのです.太陽光線は一見白色ですが,異なった光の混合物であるということは小学校の理科の教科書にも取り上げられていて,現在一般に広く認められていますが,この知識の源泉はニュートンに拠っているのです.

 とくに目立った色だけあげて虹の7色:赤(red),橙(orange),黄(yellow),緑(green),青(blue),藍(indigo),紫(purple):といいますが,これらの色には相互にはっきりしたしきりがあるのではなく,連続的に変化する無数の異なった色からなっています.このようにして生じた美しい光の帯にニュートンはスペクトルという名称を与えました.

 この結果に基づいて,ニュートンは光と色についての新しい見解を主張しました.光は多くの種類の微粒子からできているといういわゆる<光の微粒子説>を唱えたのです.すなわち,光線は物体から放射される粒子の流れであり,屈折でスペクトルが生じるのは粒子の大きさや強さが様々であるからと説明されます.また,音波の振動数が音の高さを決めるのと同じように,色は光の粒子が感覚器官と衝突したときの振動によって引き起こされると想定しました.この仮説によれば,光の粒子はその大きさや強さに応じて網膜や視神経に様々な振動を作りだし,白が最も高い振動数をもち,黒くなるに従って振動数が低くなり,振動が感覚器官を通じて脳に伝えられたものが色という知覚を生ずるというのです.

 ところが,この「光と色の新理論」はフックやホイエンスといった当時の名だたる研究者達によって難点が指摘され,光の干渉,回折,偏光等の現象を説明できないことから,ニュートン自身,自説に対して不安を抱きはじめ,光は波動の1種かもしれないと思うようになりました.粒子説にはあまりにも批判が多く,内心では波動説に傾きながらも粒子説を擁護するためにいつ終わるともしれない論争に陥る羽目となったのです.この論争を契機に,彼は次第にこの問題から手を引き,メタフィジックス(錬金術と神学など)の研究を密かに再開したと伝えられています.

 ニュートンの微粒子説は今日では単なる歴史的興味に過ぎませんが,そこにはおもしろい史実が秘められています.実は,虹には7色あるというニュートンの主張は光学的判断に基づくもの(実験によって客観的に決定されたもの)ではなく,音階理論との間の連想から導かれたものなのです.ニュートン自らは音楽を実践するということはなかったようですが,音楽理論には熱心な興味をもっていたようで,スペクトルを7つの光帯にわけたのは,ドレミファソラシの7音階に対応するようにということであって,5つの主要な色にあとから藍色と橙色を加えてつじつまを合わせたのです.こうすれば,7つの音に7色の色,これは本当にうまく調和しているように見えます.その意味で,ニュートンは17世紀のピタゴラス・プラトン主義者といってもよく,世界は数学的なハーモニーに従っていると確信していたケプラー同様,ニュートンもこの世の調和の研究に生涯を捧げたのです.

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【2】電子は二重人格者

 ボーア・ゾンマーフェルト模型のような半古典的な量子化原子模型でもいろいろな物理化学現象をかなりの程度説明することができたのですが,その後,それでもなおいろいろな不備のあることが次第に明らかになりました.

 1925年,ハイゼンベルグが行列力学を,シュレディンガーが波動力学を提唱しました.ハイゼンベルグは電子が粒子であることを前提とし,行列方程式を導きました.一方,シュレディンガーは電子の波動的性質から波動方程式を導きました.行列力学と波動力学は,別々に独立に存在し,それぞれが前提としていたことが大幅に異なっていたのですが,形式こそ違え,物理的には等値で,「量子力学」という1つの理論を表現していることが証明されました.

 このことは,2つの体系の最初の前提,すなわち行列力学における粒子という見方と波動力学における波動という見方の正当性をも示唆しています.量子力学によって,原子の構造は厳密なものに修正されました.量子力学の教えるところによれば,電子の軌道はボーアの考えたような軌跡を追跡できるものではなく,電子は原子内の任意の点にある存在確率をもって存在しうることを示しています.つまり,電子は単なる粒子でも単なる波でもなく,粒子であると同時に空間に広がる波(wavicle=wave+particle)であって,1個の電子は軌道をもつというよりも原子核を取り巻く雲のような存在であり,電子の確率分布はしばしば電子雲という言葉で呼ばれています.

 このような電子の波動関数は軌道と呼ばれますが,英語ではorbitではなく,orbital(orbitのようなもの)としてその違いを表現し,電子の状態を表す軌道関数につけた名前s,p,d,fとかσ,πなどで呼ばれます.もともとは形容詞であるオービタルという語をあてたのは,電子の軌道が惑星の軌道ほど厳密には描けず,雲状の広がりになっているからです.すなわち,orbitalとは電子の運行する際に描く経路のことではなく,電子の定常波(量子状態)を表していて,orbitとorbitalは似て非なるものです.

 まるで雲をつかむような話ですが,量子力学的原子模型のカギは電子の粒子性と波動性の二重性格が握っていて,量子力学においてプランク定数hを0に外挿した極限が古典力学であり,h→0の極限を考えると粒子のもつ波の性質は消えてしまい古典力学の世界に入り込むことになります.プランク定数をゼロとしてよい極限で,量子論はニュートン力学になるのです.

 電子の運動はニュートンの運動方程式(古典力学)でなく,シュレディンガーの波動方程式(量子力学)によって支配され,波動方程式は粒子性と波動性を同時に説明しうる物理学の基礎式になっているというわけですが,このことを少々哲学でシンボリックに書けば,

  量子力学→古典力学  (h→0)

と表現することができます.

 そして,波動方程式のさまざまの解が徹底的に調べられ,電子の存在確率が計算されるに及んで,原子による光の吸収・発光のスペクトル,化学結合など物質の仕組みに関わる現象,さまざまな物質の電気的・磁気的・光学的・機械的性質などを明確かつ十分満足に説明できるようになったのです.物質の性質は波動方程式にすべて内包されているといっても過言ではなく,電子は理解しにくい二重人格者なのです.

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