固定した直線上を円が滑らずに転がるとき,回転円の周上の固定点のなす軌跡がサイクロイドです.自転車のタイヤを転がせばタイヤの上の1点はサイクロイドを描きます.
サイクロイドは回転角を媒介変数として回転円の半径をaとすると
x=a(θ−sinθ),y=a(1−cosθ)
と書くことができます.
dx/dθ=a(1−cosθ)=y,dy/dθ=asinθ
d^2x/dθ^2=asinθ,d^2y/dθ^2=acosθ
d^3x/dθ^3=acosθ,d^3y/dθ^3=−asinθ
より,
dy/dx=sinθ/(1−cosθ)
d^2y/dx^2=cotθ
d^3y/dx^3=−tanθ
サイクロイドという名前は1599年ガリレオによって与えられたのですが,ガリレオはサイクロイドが囲む面積が回転円の面積のちょうど3倍になることを発見することはできませんでした.
サイクロイドは重要な性質をもっていて
[1]最速降下線
[2]等時曲線
などいくつかの興味深い特性があります.
最速降下線の問題は典型的な変分の問題であり,
[参]高桑昇一郎「微分方程式と変分法」共立出版
などに変分学の解説があります.今回のコラムではそこに掲げられた解き方を参考にしました.
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【1】最速降下線
質点が重力だけの作用の下で滑らかな曲線に沿って運動するとき,到達までの所要時間が最小になるような曲線は何か?という「最速降下線」の問題を最初に定式化したのもガリレオです.彼は直線軌道では最速降下にならないことに気づいていたのですが,ガリレオが最速降下線と考えていたのは円弧だったようです.
1696年,ベルヌーイによってヨーロッパ中の優れた数学者への挑戦として「最速降下線」の問題が提出されました.この問題に対してヨハン・ベルヌーイ自身を含め,ヤコブ・ベルヌーイ,ニュートン,ライプニッツ,ロピタルなどの数学者が解を提出しました.ニュートンは自ら発明した方法(微積分)を用いて直ちにこれを解き,匿名で解答を送ったが,ベルヌーイはその解法を見てすぐに解答者を知ったという逸話は余りにも有名です.
微小部分における曲線の長さはs=√{1+(y')^2}dx,また,そこでの速度は重力だけの作用下ですから位置エネルギーが運動エネルギーに変わること
mgy=mv^2/2 → v=√(2gy)
より速度は高低差だけに依存し,高さの平方根√yに比例します.
したがって,変分問題は移動時間
T[y]=∫{(1+(y')^2)/y}^(1/2)dx
を最小とする関数yは何かという問題になります.ジェットコースターの場合でいえば最速ジェットコースターを設計する問題ということになります.解は直線ではありません.
私には,たとえ積分公式集があったとしても,計算は面倒そうに思えるのですが,その答えがサイクロイド(をさかさにした曲線)だったのです.そして,重力場において2点間を滑りおりる最短時間の曲線の問題を解決するために工夫された方法が,のちに変分学に発展しました.
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変分法は一般に複雑な微分方程式になるので解くのは難しいのですが,関数f(x,y,y')={(1+(y')^2)/y}^(1/2)において,y'=uとおいて
f(x,y,u)={(1+u^2)/y}^(1/2)
df/dy=-1/2・(1+u^2)^(1/2)/y^(3/2)
df/du=u/(1+u^2)^(1/2)/y^(1/2)
したがって,オイラー・ラグランジュ方程式
d/dx(df/du)-df/dy=0
は
d/dx[u/(1+u^2)^(1/2)/y^(1/2)]+1/2・(1+u^2)^(1/2)/y^(3/2)=0
これを整理すると
2y''/(1+y'^2)+1/y=0
両辺にy'を掛けて積分すると
(1+y'^2)y=-C
y'=±(y+C/-y)^(1/2)
ここで,変数変換y=C/2(cosθ-1)を行うと
y+C=C/2(cosθ+1),dy/dx=C/2sinθdθ/dx
より
dx/dθ=Ccos^2(θ/2)=C/2(1+cosθ) → x=C/2(θ+sinθ),y=C/2(1-cosθ)
C/2を改めてaとおくと,これはサイクロイド(をさかさにした曲線)のパラメータ表示です.y軸が下向きの座標系が用いられていることに注意して下さい.
ここで,サイクロイドの接線を調べてみましょう.
dx/dθ=y,dy/dθ=asinθ
dy/dx=asinθ/y=(2a/y−1)^(1/2)
1+(y’)^2=2a/y
ds/dx={1+(y’)^2}^(1/2)=(2a/y)^(1/2)
このことは転がる円にとって瞬間的な回転の中心はx軸との接点(aθ,0)であり,接点での法線は(aθ,0)を通るという幾何学的構造からも導かれます.これより,サイクロイドが実際に微分方程式
{1+(y’)^2}y=2a=C
を満たすことが確かめられました.
(補)関数y=f(x)の近傍における比較関数
y+δy=f(x)+αη(x)
を考えます.これをT[y]に代入すればαの関数
T[y+αη]=∫[{1+{f'(x)+αη'(x)}^2}/{f(x)+αη(x)}]^(1/2)dx
となります.
α=0で極値をとらなければならないという必要条件,および,微分・積分の順序交換から,
dT/dα|(α=0)=0
を得ることができますが,これがオイラー・ラグランジュの方程式にほかなりません.
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経路の始点を(0,0),終点を(x0,y0)とすれば,始点・終点を通るサイクロイドは必ずただ1本存在するのでそれが最速降下線になります.特に経路に高低差がない(y0=0)場合は水平距離x0=2πaとなるように円の半径aを選べますから計算は簡単になります.
始点・終点に高低差がある場合は,あるθに対して非線形方程式
x0=a(θ−sinθ),y0=a(1−cosθ)
を満足させるようにaを決める必要があります.このとき,x0>πaであれば経路が低いところから高いところへ上昇する部分をもつことになります.
経路に制約がない場合,すなわち,経路が低いところから高いところへ上昇する部分をもつことを許す場合にはこれだけでよいのですが,結論にはまだ先があります.
終点より低いところを通る経路を許さない場合について考えてみましょう.その場合,経路の高低差を2aとして,水平距離x0が2aに比べて十分大きい場合(x0>πa)にはサイクロイドの前半部分に水平線を繋いだ曲線が最速降下線になります.
x0<πaの場合は傾斜が急なので水平部分を繋ぐ必要はありません.生成円を半回転させたときサイクロイドは最低点に達します.このとき,始点と最低点を結ぶ半直線の勾配は
tanφ=2/π (φ=32.4817°)
ですから,始点と終点を結ぶ半直線の勾配がこれを越える場合と言い換えることもできるでしょう.
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【2】等時曲線
ガリレオ・ガリレイは16世紀の終わりにピサの斜塔で有名な落体の実験を試みましたが,さらに大聖堂のシャンデリアの動きから振子の等時性を発見しています.
糸の長さlに質量mの錘のついた振り子の運動方程式は,
mldθ^2/d^2t=−mgsinθ
で表されますが,
sinθ=θ−1/3!θ^3+1/5!θ^5−・・・
より,小さな振幅に限るとsinθ≒θとしてよいので
mldθ^2/d^2t=−mgθ
となります.この方程式は線形なので解くことができ,周期
T=2π√l/g≒2√l
が得られます.したがって,周期はl=25cmで約1秒,l=1mで約2秒となり,振幅には拠りません.
これが有名な「振り子の等時性」ですが,この現象は振幅が小さい場合に限って成立します.しかし,振幅が大きいと,復元力はsinθに比例し,積分は楕円積分となります.
その場合の周期として
(dt/dθ)^2=2g/l・(cosθ-cosθ0)=2g/l・(sin^2(θ0/2)-sin^2(θ/2))
dt/dθ=1/2・√(l/g)/√(sin^2(θ0/2)-sin^2(θ/2))
T=2√(l/g)∫(0,θ0)dθ/√(sin^2(θ0/2)-sin^2(θ/2))
より
T=4√(l/g)K(k)
が得られますが,この式は振幅が小さいとき
T≒2π√(l/g)
と近似されます.
現実には振幅はそれ程小さくなく,無視できない差が生じます.楕円積分が登場するため,線形性はくずれ非線形になるからです.
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サイクロイドに束縛された質点の運動方程式を考えると
d^2s/dt^2=-gsinθ=-g/4a・s
となってこれは単振動の運動方程式にほかなりません.
したがって,サイクロイドを用いると,周期が振幅に依存しない正確に等時性をもった振り子を作ることができます.その場合,サイクロイド振り子の周期は
T=4π√a/g≒4√a
になります.
このようにして,いまから300年以上も前にホイヘンスはサイクロイドが等時曲線(所要時間が質点の位置に関係なく一定である曲線)であることを発見しました.逆に,等時性が成り立つ曲線はサイクロイドに限ることが知られています.
単振り子が厳密には等時性をもたないことは前述しましたが,等時性をもつ振子を作るには振幅角が大きいとき振子の長さを短くして,錘の軌跡がサイクロイドを描くようにすればよいのですが,ホイヘンスは等時性からのずれを補正するためにサイクロイドの縮閉線を利用しました.サイクロイドの縮閉線にはもとのサイクロイドと合同なサイクロイドになるという性質があるからです.
(補)曲線Lのまわりに巻かれた糸があり,この糸をぴんと張ったままほどくと糸の自由端によって曲線Mが描かれるとします.MをLの伸開線(インボリュート),LをMの縮閉線(エボリュート)と呼びます.
円の伸開線,すなわち円に巻きつけた糸の一端の軌跡は
x=a(cosθ+θsinθ),y=a(sinθ−θcosθ)
と表され,歯車の歯形として工学に応用されています.
サイクロイド:x=r(θ−sinθ),y=r(1−cosθ)の縮閉線は
x=a(θ+sinθ),y=−a(1−cosθ)
です.ここで,θ=π+tとおけば
x=a(t−sint)+aπ,y=a(1−cost)−2a
ですから,もとのサイクロイドと合同なサイクロイドになることが示されます.
サイクロイドの伸開線はそれと合同なサイクロイドですが,対数らせんの伸開線もそれと合同な対数らせんになります.
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【3】まとめ
サイクロイドの応用としては,ジェットコースターや時計ばかりではありません.昔の歯車の歯は滑りどめの凹凸に過ぎなかったのですが,最近の機械では大きな力を高速で伝達することが要求されます.歯車の歯形として円の伸開線(インボリュート歯形)が使われていますが,かつてはサイクロイド歯形が用いられていたという話を伺ったことがあります.
サイクロイド関連の曲線の応用としては,たとえば,円の内側にある固定点が描く軌跡をトロコイドというのですが,先日完結した「n角の穴をあけるドリル」にはトロコイドが応用されています.また,回転円(半径r)が固定円(半径R)に接して滑ることなく転がっていくとき,回転円の周上の点の軌跡を考えます.回転円が固定円に外接するとき,その軌跡をエピサイクロイド,内接するとき,ハイポサイクロイドと呼びます.古代ギリシャの人々は固定円上の回転円を使って惑星の軌道を説明しました.
サイクロイドはそもそもガリレオによって発見され,ホイヘンスによって振子時計の設計に使われ,そしてパスカルの積分法の研究にも貢献しています.サイクロイド弧が囲む面積は3πr^2(回転円の面積の3倍に等しい),弧長は8r(回転円に外接する正方形の周に等しい)になります.
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【補】楕円積分
単振り子の振動周期や楕円の弧長を求める問題を考える場合,k[0,1]をパラメータとする不完全積分
f(x)=1/{(1-x^2)(1-k^2x^2)}^(1/2)
f(x)={(1-k^2x^2)/(1-x^2)}^(1/2)
F(z)=∫(0-z)f(x)dx
が絡んできます.
f(x)=1/{(1-x^2)(1-k^2x^2)}^(1/2)
K(k)=∫(0-1)f(x)dx
を第1種完全楕円積分,
f(x)={(1-k^2x^2)/(1-x^2)}^(1/2)
E(k)=∫(0-1)f(x)dx
を第2種完全楕円積分と呼びます.
これらの不定積分は初等関数では表せませんが,たとえば,第1種完全楕円積分は
K(k)=π/2{1+(1/2k)^2+(3/8k^2)^2+(5/16k^3)^2+・・・}
とベキ級数展開できます.
完全楕円積分を用いると,楕円:x^2/a^2+y^2/b^2=1の全周は
4aE(k)=2aπ(1-k^2/4-3k^4/64-5k^6/256-・・・) k=(1-b^2/a^2)^(1/2)
レムニスケート:(x^2+y^2)^2=2a^2(x^2-y^2)の全周は√(8)aK(1/√(2))
糸の長さlの単振り子の周期はT=4√(l/g)K(k)
したがって,振幅が小さいときT〜2π√(l/g)と表すことができます.
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