■多元環とリー群(その11)

 かなり前のことになるのですが,初めてクォークに関する本を読んだとき,8種類の素粒子を六角形のパターン上に配置した図に眼を奪われた記憶があります.そのときはまったく理解できなかったのですが,それがかの有名な「八道説」のダイアグラムであり,この六角形はA2型のルート系とまったく同じものです.

 このような対称性はSU(3)のリー代数として定義されるものです.そしてSU(3)の8次元表現の基底に対応させることによって対称性を論じる方法をゲルマンとネーマンの八道説といいます.1961年,八道説が発表された当時にはまだ発見されていない粒子が空席として残されていたのですが,1964年,Ω-粒子の存在が確認されたことによってダイアグラムの空席は埋められ,予言は見事に的中しました.それ以来,リー群の理論は物理学者とくに素粒子論研究者の不可欠の道具になっています.

 物理の世界では,空間の構造の対称性を表すのにリー群がよく使われます.リー群は様々な現象の対称性を記述するための道具といっても差し支えないのですが,現在,リー群・リー代数は,素粒子物理学のゲージ理論,大統一理論において根本的な役割を果たしています.

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【1】リー群とリー代数(復習)

 転置と複素共役を組み合わせた作用を(~)で表すことにすると,実数変数行列と複素変数行列の対応は以下のようになります.

 実数 複素数

  対称行列(A’=A )  → エルミート行列(A~=A)

  直交行列(A’=A^(-1))→ ユニタリー行列(A~=A^(-1))

  反対称行列(A’=−A )→ 反エルミート行列(A~=−A)

 n次実変数一般線形群GL(n,R)は行列の乗法のもとで群をなすわけですが,その行列交換子で定義されるリー代数も同じ行列の集合となり,n×n行列なのでそのベクトル次元はn^2です.また,n×n複素行列GL(n,C)において,複素数は2つの実数で定義されるので,そのリー代数は2n^2次元をもつことになります.

 n次元直交群O(n)はA^(-1)=A’を満たす行列の集合をなし,その行列式は±1となります.O(n)のリー代数は反対称行列からなるので,次元はn(n−1)/2であることが示されます.

 O(n)において行列式が+1であるものは特殊直交群SO(n)なのですが,とくに,A’A=E,|A|=1を満たす3×3正方行列Aは特殊直交群SO(3)をなします.これは3次元空間の回転を表す群となります.なお,球面上の運動の有限群については5つの回転群(巡回群,正2面体群,正4面体群,正8面体群,正20面体群)=広義の正多面体群に限られることはよく知られています.→[補]

 ユニタリー群U(n)は,複素共役をとって転置することを意味する(エルミート共役)~を用いて,A^(-1)=A~を満たす行列の集合です.U(n)のリー代数はn×n反エルミート行列(A~=−A)ですから,n(n−1)/2個の複素数の非対角要素とn個の純虚数の対角要素からなるため,全体でn^2実次元をもちます.

 n次元特殊ユニタリー群SU(n)は,U(n)の行列で行列式が1のものです.SU(n)のリー代数はトレースが0の反エルミート行列からなるのですが,トレースが0という条件は自由度を1だけ減らすため,SU(n)のリー代数の次元はn^2−1となります.

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