■多元環とリー群(その5)

【1】リー群

 実数や複素数,行列は群の例であって,たとえば,R^nはベクトルの加法により可換群となり,行列は乗法のもとで非可換群をなします.n次の正方行列GL(n)の場合について述べると,GL(n)は行列の乗法のもとで群をなすわけであって,n次一般線形群と呼ばれます.

 リー群はノルウェーの数学者リーにちなんでこの名前がある特別な群であって,もともとは多様体の無限小近傍の線形近似(連続群)として考えられたものです.たとえば,絶対値1の複素数

  exp(iθ)=cosθ+isinθ

は積を算法としてリー群(パラメータθを連続的に変化させることによって,無限に多くの要素を含んでいる群)となります.その意味で,Xを行列として

  exp(iαX)

の形に書くことができるものがリー群なのです.

 ところで,古典型リー群には

  特殊線形群:SL(n)={X|det(X)=1}

  直交群:O(n)={X|X’X=En}

  斜交群:Sp(m)={X|X’JmX=Jm}

    Jm =[0, Em]

       [−Em,0]

などが含まれますが,これらの古典線形群以外の古典線形群をすべて包括するのが単純リー群です.

 なお,Sp(m)は四元数と密接な関係があり,

  SU(n,K)=SO(n)・・・K=R(実数)

         =SU(n)・・・K=C(複素数)

         =Sp(n)・・・K=H(四元数)

のような関係になっています.

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【2】リー代数(リー環)

 次に,リー代数(リー環とも呼ばれる)を定義してみましょう.元来は多様体の局所構造から大域構造を探るための幾何学的な道具なのですが,ここでは幾何学的にではなく代数的(抽象的)に定義してみます.

 その定義はいくつかの条件が満たされていなければならないので,通常の群よりもずっと複雑になりますが,2つの元X,Yに対して,X+Yという和の他に,[X,Y]という演算を

  [X,Y]=XY−YX

と定義し,交換子積(括弧積,ブラケット積)と呼びます.そして,2つの元の交換子積も元となるもの(交換子で閉じたもの)がリー代数です.

 この関係は,ハイゼンベルグの行列力学

  qp−pq=ih/2π

を想起させますが,この定義より

  [X,X]=0

  [Y,X]=−[X,Y]

が成立することがわかります.ベクトルの外積(反対称テンソル)

  [a,b]=a×b

をもつベクトル空間R^3はその例で,ベクトルの外積はSO(3)とSU(2)の両方に群に対応するリー代数となっています.

 一般に,行列のかけ算は非可換なので

  [X,Y]=XY−YX≠0

ですが,[X,Y]=0となっているとき,可換リー代数といいます.

 まとめますと,リー代数とは[,]と書かれる行列交換子が双線形乗法則

  [aX+bY,Z]=a[X,Y]+b[Y,Z]

  [X,aY+bZ]=a[X,Y]+b[X,Z]

という規則を満たすベクトル空間であって,GL(n,R)の場合はn^2次元のベクトル空間となります.また,リー代数では,3項の巡回置換に対して

  [X,[Y,Z]]+[Y,[Z,X]]+[Z,[X,Y]]=0

が成立します.この美しい式は「ヤコビの恒等式」と呼ばれます.

 リー代数の交換子積は群の非可換性を無限小において表すものと考えられるのですが,リー群と1対1に対応しそれによりリー群の大域的な構造をほとんど決定してしまうことになります.このリー群とリー環の驚くべき対応がいわゆるリーの理論(リーの定理)と呼ばれるものです.

 なお,結合法則が成り立たない数の体系(非結合的な体)としては,八元数,リー代数,ジョルダン代数の3つが代表的です.

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