■球面上の最近接距離分布(その5)

 S^2球面上において,与えられた枚数の同一半径の円を互いに接するように,できるだけ密度高く配置するとき,内接する正三角形面正多面体が与えられた場合はその頂点が円の中心となるように配置すればよい(4,6,12枚)ことは(その4)で述べたとおりです.

 4次元空間内でも考え方は同じで,正四面体か正八面体を胞とする正多胞体の頂点数(5,8,24,120個)と同じ個数の3次元球を4次元球面上に配置することができます.すなわち,n=1の場合は直線状,n=2の場合は正三角形状,n=3の場合は正四面体状,n=4以上の場合は正単体(n次元(n+1)胞体)状に配置する問題になります.

 ところで,(その4)ではS^2における球面三角法について解説しましたが,それはベクトル代数のいくつかの恒等式,たとえば平行六面体の体積と解釈できるスカラー三重積などから導き出されるものです.

 球面三角法をS^(n-1)球面上の拡張することを考えると,すぐ遭遇する困難は球面距離θがS^(n-1)上の大円(S^(n-1)と原点を通る2次元平面との交わり)上の2次元的対象物であるのに対し,球面三角形はn−1次元的対象物になっていることです.すなわち,n=3(空間の次元が3)のときだけ,運よく両者の次元が一致していて球面三角法が得られているのです.

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【1】3次元の特殊性

 昔なつかしい「ベクトル」を思い出して頂き,「ベクトルの外積」の大きさ,すなわち,2つの2次元ベクトル

  a↑=(x1,y1)

  b↑=(x2,y2)

が作る平行四辺形の面積について考えてみることにしましょう.

  |a↑|=a,|b↑|=b

とすれば,平行四辺形の面積は,

  S=absinθ

ですから,

  S^2=a^2b^2(1−cos^2θ)

    =|a↑|^2|b↑|^2−(a↑・b↑)^2

    =|a↑・a↑  a↑・b↑|

     |b↑・a↑  b↑・b↑|

で与えられます.内積の行列式で定義される行列式をグラムの行列式(グラミアン)といいます.平行四辺形の面積はグラミアンの平方根に等しくなるというわけです.これを座標を使って表せば,

  S^2=|x1 x2|^2

     |y1 y2|

のように展開されます.

 3次元ベクトル

  a↑=(x1,y1,z1)

  b↑=(x2,y2,z2)

のときは,

  S^2=|a↑|^2|b↑|^2−(a↑・b↑)^2

    =|y1 y2|^2+|z1 z2|^2+|x1 x2|^2

     |z1 z2|  |x1 x2| |y1 y2|

これは3次元ベクトル

  (y1z2−z1y2,z1x2−z2y1,x1y2−y1x2)

の長さの形をしています.

 これは平行六面体の体積

   |a↑・a↑  a↑・b↑  a↑・c↑| |x1 y1 z1|^2

V^2=|b↑・a↑  b↑・b↑  b↑・c↑|=|x2 y2 z2|

   |c↑・a↑  c↑・b↑  c↑・c↑| |x3 y3 z3|

ではなく,平行四辺形の面積であることを注意しておきます.

  a↑=(x1,y1,z1)

  b↑=(x2,y2,z2)

の外積は,3次元ベクトル

  (y1z2−z1y2,z1x2−z2y1,x1y2−y1x2)

で与えられます.すなわち,外積の大きさ=平行四辺形の面積なのです.

 少し見ただけではわかりにくい表示で,憶えるのも大変そうですが,行列式を使うと

           |e1↑ e2↑ e3↑|

  c↑=a↑×b↑=|x1  y1  z1 |

           |x2  y2  z2 |

上の行から,単位ベクトル,a↑の成分,b↑の成分の順に並ぶというわかりやすい形に整理できます.

 同様に,4次元のときは

  a↑=(x1,y1,z1,w1)

  b↑=(x2,y2,z2,w2)

  S^2=|a↑|^2|b↑|^2−(a↑・b↑)^2

    =|y1 y2|^2+|z1 z2|^2+|x1 x2|^2

     |z1 z2|  |x1 x2| |y1 y2|

    +|x1 x2|^2+|y1 y2|^2+|z1 z2|^2

     |w1 w2|  |w1 w2| |w1 w2|

これは6次元ベクトルの長さの形をしていることがわかります.

 一般のn次元の空間では

  a↑=(u1,・・・,un)

  b↑=(v1,・・・,vn)

に対し,

  S^2=|a↑|^2|b↑|^2−(a↑・b↑)^2

    =Σ(ujvk−ukvj)^2

ただし,Σはj<kとなるnC2=n(n−1)/2組に対して和をとるものとします.

 これは,n(n−1)/2次元ベクトルの長さの形をしているのですが,空間の次元が3のときだけ,運よく3次元ベクトルが得られていることがおわかり頂けたしょうか? この事実は,外積が3次元ベクトルでしか定義できないことを示しています.

 ベクトルの外積は3次元特有のもので,2次元でも4次元でもだめなのですが,ほとんどの物理現象は3次元空間で生じますから,これでも汎用性は高いというわけです.

 また,このことは,ベクトルの内積が一般のn次元空間でも

  a↑・b↑=Σukvk

と表されるのと対照的です.もっとも4次元以上では2つのベクトルa↑,b↑の張る平面に直交する方向は一義ではなくなるので,話がおかしくなってしまうのですが・・・.

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【2】シュレーフリ関数

 それでは球面三角法はn次元に拡張できないかというと必ずしもそういうわけではありません.ただし,一般のn次元(n≧3)の計算にはシュレーフリ関数が必要となります.そこでこの節ではシュレーフリ関数を取り上げることにします.

 4次元以上の正多面体を初めて深く研究したのは19世紀の数学者シュレーフリであって,シュレーフリ関数を用いると,二面角2θのn次元正単体を,その中心から(n−1)次元単位超球面上に射影したとき,1つの胞が占める面積は,

  sn=nvn(=2πvn-2)

として,

  2^(-n)n!snFn(θ)

で表されます.

 とくに,n=2の場合,円周上には2θの円弧が射影され,s2=2πですから,

  F2(θ)=2θ/π

n=3の場合,内角が2θ,2θ,2θの球面正三角形に射影され,その面積は6θ−π,また,s3=4πですから,

  F3(θ)=2θ/π−1/3

となります.

 n次元正単体の二面角は

  cosδ=1/n

になりますから

  δ=2θ=arcsec(n) → θ=1/2arcsec(n)

で与えられます.

 また,n次元単体の基本単体数はn!個です.例をあげると,正三角形の2次元基本単体は直角三角形(π/6,π/3,π/2)なのですが,1次元基本単体(基本線分)は辺の半分の長さの線分です.それが6=3!個集まると元の正三角形の表面積(周長)が構成されます.正四面体の3次元基本単体は重直角四面体なのですが,この重直角四面体ABCDの対面を1,2,3,4で表し,面iと面jの間の二面角を(i,j)で表すと,隣接していない面では

  (1,3)=(1,4)=(2,4)=π/2

一方,隣接している面同士では

  (1,2)=π/3,(2,3)=π/3,(3,4)=π/3

さらに,正四面体の2次元基本単体は直角三角形(π/6,π/3,π/2)であって,24=4!個で元の正四面体の表面積に等しくなります.

 シュレーフリ関数自体は基本単体を(n−1)次元単位超球面上に射影したときの面積と考えられるのであって

  n!Fn(δ/2)

が出現した理由はこのことによっています.

 また,シュレーフリ関数は二面角が直角の場合(超立方体の場合)を基準としていて,二面角が直角の1次元基本単体を外接円に射影すると,外接円は4等分(=2^2)されます.二面角が直角の2次元単体を外接球に射影すると,外接球は8等分(=2^3)されます.同様に,二面角が直角の(n−1)次元単体を(n−1)次元球面上に射影することによって,n次元超球の(n−1)次元表面積は2^n等分されますから,n−1次元面積に

  2^(-n)sn

が現れるというわけです.

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 n次元正単体(二面角2θ)の頂点を超球の中心において,(n−1)次元球面上に射影します.球面上には(n−1)次元球面正三角形ができ,その面積は

  Σ=2^(-n)n!snFn(θ)

で与えられます.これは正単体の1辺の球面距離2φの関数になります.

 また,σを球面正三角形の頂角の和とすると,球面上にはn個の点が配置され,(n−2)次元球帽が(n−1)次元球面を覆うことになります.そして,1つの頂角は(n−1)次元正単体を(n−2)次元球面上に射影したものに等しくなりますから

  σ=n2^(-n+1)(n−1)!Fn-1(θ)

 正単体による空間充填の上界は

  (p,3,・・・,3),θ=π/p

なる三角形面正多面体(単体的正多面体:n−1次元面が単体)の頂点に(n−2)次元球を配置する問題となるのですが,ここで,球面上にN(φ)個の点を配置した場合,不等式

  N(φ)≦σsn/Σ

が成り立ちますから,最終的に最小球面距離の最大化というミニマックス問題の解として

  N(φ)≦2Fn-1(θ)/Fn(θ)

  sec2θ=sec2φ+n−2

を得ることができます.

 (その4)に掲げたn=3におけるトートの結果とはパラメータの定義が異なっているのですが

  2θ→α,2φ→θ,sn →sn-1

としてn=3を代入すれば

  F2=2θ/π

  F3=2θ/π−1/3

  N(θ)≦12θ/(6θ−π)

となって,シュレーフリ関数から得られるものと一致しています.

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【3】シュレーフリ関数・余聞

 シュレーフリは,微小変化量dFが

  dFn+1(θ)=Fn-1(φ)dF2

すなわち,2次元の球面上の三角形の面積に比例することを用いて,シュレーフリ関数Fn(θ)を

  Fn+1(θ)=2/π∫(1/2arcsec(n),θ)Fn-1(φ)dθ

  sec2φ=sec2θ−2

  F0(θ)=1,F1(θ)=1

で再帰的に定義しました.ここで,2θは正単体の二面角,2φは正単体の1辺の球面距離になります.

  dF2=2/πdθ

というわけですが,

  F2(θ)=2/π・θ

  F3(θ)=2/π(θ−π/6)

となることは簡単に確かめられました.

 さらに,シュレーフリは

  F2k+1(θ)=F2k(θ)-1/3F2k-2(θ)+2/15F2k-4(θ)-・・・

と展開され,その係数が

  tanhx=x-1/3x^3+2/15x^5-17/315x^7+(-1)^(n-1)2^(2n)(2^(2n)-1)Bn/(2n!)x^(2n-1)・・・

と同じであることを示しています.Bnはベルヌーイ数です.

 したがって,奇数次元のシュレーフリ関数に関しては

  F3(θ)=F2(θ)-1/3=2/π(θ−π/6)

  F5(θ)=F4(θ)-1/3F2(θ)+2/15

  F7(θ)=F6(θ)-1/3F4(θ)+2/15F2(θ)-17/315

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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 彼が導入したシュレーフリ関数はジログ関数(アーベル・ロジャース・スペンス関数)

  L2(x)=Σx^n/n^2=-∫(0,x)log(1-t)/tdt

とも密接な関係があるようです.

  -log(1-x)=x+x^2/2+・・・=Σx^n/n

より

  -∫(0,x)log(1-t)/tdt=Σx^n/n^2

したがって,

  L2(1)=ζ(2)=π^2/6

となることは既におわかりでしょう.

 Bnはベルヌーイ数なのですが,ベルヌーイ数とゼータ関数との間には,公式

  ζ(2k)=(-1)^(k-1)2^(2k-1)B2k/(2k)!π^(2k)

が成り立ちますから,シュレーフリ関数とポリログ関数との関係が再び示唆されたことになります.

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 また,ログコサイン積分

  L(x)=-∫(0,x)log(cosx)dx

はロバチェフスキー関数とも呼ばれ,シュレーフリ関数と関係しています.

 ここで有名なオイラー積分

  I=∫(0,π/2)log(sinx)dx=-π/2log2

を求めてみることにしましょう.

sin(π-x)=sinxより,∫(0,π)log(sinx)dx=2I

cos(π/2-x)=sinxより,∫(0,π/2)log(cosx)dx

xを2xに置き換えると

2I=∫(0,π)log(sinx)dx=2∫(0,π/2)log(sin2x)dx

I=∫(0,π/2)log(sin2x)dx

=∫(0,π/2)log2dx+∫(0,π/2)log(sinx)dx+∫(0,π/2)log(cosx)dx

=π/2log2+2I

これより

 I=∫(0,π/2)log(sinx)dx=-π/2log2=-1.088793045・・・

 オイラーはいろいろな工夫をして,

  log(sinx)=-Σcos(2nx)/n-log2

であることをつきとめ,広義積分(オイラー積分)

  ∫(0,π/2)log(sinx)dx=-π/2log2

の値を求めています.

 また,これを代入して計算すれば

  1/1^3+1/3^3+1/5^3+・・・=π^2/4log2+2∫(0,π/2)xlog(sinx)dx

  ζ(3)=2π^2/7log2+16/7∫(0,π/2)xlog(sinx)dx

が得られます(1772年).

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