■ヒルツェブルフの符号数定理とベルヌーイ数(その3)
x/tanhx=2x/(exp(2x)−1)+x
は「ヒルツェブルフの等式」と呼ばれていて,左辺はL種数の母関数,右辺第1項がリーマン・ロッホ型定理で重要な役悪を果たすトッド種数の母関数を表していて,これらがひとつの等式で繋がっているというわけです.
===================================
【1】球面の平行化可能性
n次元球面S^n上にn個の1次独立なベクトル場が存在するとき,S^nを平行化可能といいます.S^nが平行化可能な次元はS^1,S^3,S^7に限る1958年にケルベアとミルナーがそれぞれ独立に証明しています.
実は偶数次元球面上には非特異ベクトル場さえ存在しません.したがって,平行化可能にもなり得ません.
アダムスの公式は球面上の1次独立なベクトル場の最大個数σ(n)を与える公式です.n+1=(2a−1)2^(c+4d),c=0,1,2,3とする.
σ(n)=2^c+8d−1
これより,n=1,3,7,また,σ(2m)=0が得られるというわけですが,これはフルヴィッツ・ラドン数にほかなりません.
さらに,概平行性について説明すると,たとえば,2次元球面上には,必ず特異点があり,特異点のないベクトル場は存在しない(ホップの定理)のですが,2次元球面から円板をくり抜いてみることにします.そうすると,残りの部分も円板に変形でき,その上には1次独立な2本のベクトル場があるので,平行性をもつことになります.n次元多様体M^nからn次元円板D^nをくり抜いた部分が平行性をもつことを概平行性をもつというのですが,歯切れの悪い説明で申し訳ありません.
===================================
【2】ヒルツェブルフの符号数定理
次に,ヒルツェブルフの符号数定理(指数定理)について紹介することにしましょう.
Mを4の倍数次元の閉じた向きづけ可能な多様体(manifold)M^4kで,概平行性をもつと仮定する.Mの次元をnとするとき,
n=8なら,Mの指数は7で割り切れる
n=12なら,Mの指数は62で割り切れる
n=16なら,Mの指数は127で割り切れる
n=20なら,Mの指数は146で割り切れる
一般に,n=4k(4の倍数)なら,Mの指数は
2^(2k)(2^(2k-1)−1)/(2k!)・Bk Bkはベルヌーイ数
を既約分数になおしたときの分子で割り切れるというのが,ヒルツェブルフの指数定理です.
ここで,Bmはm番目のベルヌーイ数を指します.ベルヌーイ数の最初のいくつかを書くと,B1=1/6,B2=1/30,B3=1/42,B4=1/30,B5=5/66,B6=691/2730,B7=7/6,B8=3617/510,・・・
多様体M^4kの符号数がそのL種数に等しいというのが,ヒルツェブルフの符号数定理ですが,実は,ここに掲げたヒルツェブルフの指数定理は,次項で述べるミルナーの定理の証明に都合のよい形に書き直してあります.
===================================
【3】エキゾチックな球面(ミルナーの定理)
半径が1の球面の公式は
1次元球面:x^2+y^2=1
2次元球面:x^2+y^2+z^2=1
3次元球面:x^2+y^2+z^2+w^2=1
という具合に変数を増やしていくだけですから,そこには本質的な違いは生じないような気がします.
ところが,ある次元を境にして奇妙なことが起こることが知られています.奇妙なことというのは,米国の数学者ミルナーが発見した7次元球面(8次元球の表面)では,微分同型写像で互いに移ることができない孤立した微分構造が28個もあるというものです(ミルナーの定理:1956年).
ミルナーはエキゾチックな球面Σ^7を構成し,それが通常の7次元球面S^7とは異なることを,ヒルツェブルフの指数定理を用いて証明しました.M^8の交点行列の指数は8であるが,微分同相であると仮定すると7で割り切れなければならず,背理法でミルナーの主張がいえるのです.
通常の微分構造が球面を除いた27個はエキゾチックな球面と呼ばれます.「7次元球面には8次元ユークリッド空間の単位球面とは異なる微分構造が入る」といっても,これだけでは何が何だか意味不明ですが,Σ^7とS^7は位相同型であっても微分同相にならない,すなわち,なめらかさの構造がまったく異なるというのです.
しかし,微分構造とか微分同型写像とかの意味はよくはわからなくても,ミルナーの発見が衝撃的な事実であることはすぐに理解できます.われわれは,微分という言葉を何気なく使っていますが,微分が1種類とは限らないというのは直観に反していて実に驚くべきことであり,当時,ほとんどだれも予想し得なかったことだからです.ミルナーはこの業績でフィールズ賞を受けました.
球面に許される微分構造の数を表にしてみると,
次元 微分構造 次元 微分構造 次元 微分構造
1 1 7 28 13 3
2 1 8 2 14 2
3 1 9 8 15 16256
4 - 10 6 16 2
5 1 11 992 17 16
6 1 12 1 18 16
17 523264
このように,微分構造に関しては次元に関する制約がでてくるので,7次元以上では本質的に異なっていると考えられるのです.トポロジーは曲げたり伸ばしたりの連続変形を施しても変わらないようなもの(=位相不変量)を研究するのですが,空間の性質は,次元が変わるごとに劇的といってよいほど変わります.しかし,それは単にオイラー標数の話だけでなく,そこにはもっと深い幾何学的な事情があったのです.
===================================