■球面上の最近接距離分布(その4)

 Nを球面上にポアソン配置した点の総数とすると,球面上の最近接距離分布は

(1)n=2のとき,

  p(θ)=N/πexp(-N/πθ)/(1-exp(-N))

(2)n=3のとき,

  p(θ)=Nsinθ/2exp(-N(1-cosθ)/2)/(1-exp(-N))

(3)n>3のとき,

  p(θ)=Nf((cosθ)^2)cosθsinθexp(-N(1-F((cosθ)^2))/2)/(1-exp(-N))

 ただし,

  f(x)=x^(-1/2)(1−x)^((n-3)/2)/Β(1/2,(n-1)/2)

  F(x)=2x^(1/2)(1−x)^((n-1)/2)2F1(n/2,1,3/2,x)/Β(1/2,(n-1)/2)

となることはすでに述べたとおりである.(1),(2)は(3)の場合に含まれる.

 (1)式は切断指数分布(truncated exponential distribution)になるから問題ないのであるが,(2),(3)式からは肝心の最近接球面距離θの平均値θmと分散θv

  θm=∫(0,π)θp(θ)dθ

  θv=∫(0,π)(θ−θm)^2p(θ)dθ

を解析的に求めることができない.

 そのため,

  q-解析←コラム「ポアソン配置とワイブル分布(雑然か整然か)」参照

  球面上のrandom packing,covering←コラム「無限次元空間の球充填問題」参照

などの議論を進めることが困難となっている.

 とりわけ,n=3というなじみ深い場合が扱えないことは本当に困りものである.そこで,今回のコラムではn=3の場合におけるトートの結果を紹介することにした.

===================================

【1】球面三角法

 半径1の球面(単位球面)上に3点A,B,Cがあり,それぞれが大円の弧で結ばれているものとします.球面三角形ABCの3辺の長さ(球面距離)をa,b,cで表すとそれぞれ大円の中心角となります.すなわち,単位球では球面距離を中心角と同一視できるわけです.また,内角A,B,Cは大円同士が交わる面角の大きさです.

 球面三角法の公式は多数ありますが,計算に便利なように単位球における式として与えられています.重要なのは球面余弦定理

  cosc=cosa・cosb+sina・sinb・cosC

とその巡回置換,それに球面三角形ABCの面積Sを角過剰として表した

  S=A+B+C−π

の2つだけです.

 また,ここで用いるのは球面余弦定理の反転定理である第2余弦定理

  cosC=−cosA・cosB+sinA・sinB・cosc

です.

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 平面正弦定理では,

  sinA:sinB:sinC=a/R:b/R:c/R

ですが,球面正弦定理は

  sinA:sinB:sinC=sin(a/R):sin(b/R):sin(c/R)

で表されます.球面半径Rを1とすると,球面正弦定理は

  sinA:sinB:sinC=sina:sinb:sinc

 一方,双曲的三角法では,RをiRに置き換えることによって,

  sinA:sinB:sinC=sinh(a/R):sinh(b/R):sinh(c/R)

が得られます.

===================================

【2】トートの結果(n=3の場合)

 2次元単位球面S^2上にN個の点を配置して,点間の最小球面距離が最大になるようにするとき,最短距離の上限が面積2π/(N−2)の球面正三角形の1辺の長さ以下となることを証明しましょう.

(証明)ガウス曲率は,

  K=1/R1R2

で定義されますが,球面三角形ABCにこのことをあてはめると,三角形の頂点の角度をα,β,γとおいて,

  S=∫∫KdA=α+β+γ−π   (ガウス・ボンネの定理)

(球面凸n角形に対しては,S=α1+α2+・・・+αn−(n−2)π)

したがって,球面正三角形の1つの内角をαとすると,その面積は

  △=3α−π

 v=N個の頂点をもつ三角形面多面体をN個の頂点とそれらを結ぶ辺からなる球面上のグラフと考えると,各頂点の次数は3ですから握手定理(pf=2e,qv=2e)により3f=2e.また,オイラーの多面体定理(v−e+f=2)より,v−e+f=N−e/3=2ですから,e=3N−6,f=2N−4.

  (v,e,f)=(N,3N−6,2N−4)

すなわち,球面上にN個の点を配置した場合,f=2N−4はN個の頂点をもつ三角形面正多面体(単体的正多面体)の面数となります.

 したがって,球面三角形の面積は

  3α−π=4π/(2N−4)=2π/(N−2)

  α=Nπ/(3N−6)=N/(N−2)・π/3

より,一般に

  α≦N/(N−2)・π/3

が成り立ちます.

 等号はN=3,4,6,12の場合のみ成立し,それぞれN個の点が正三角形,正4面体,正8面体,正20面体の頂点にくる場合に対応します.これらはすべて三角形面多面体(単体的正多面体)です.

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 また,ここで球面距離θと内角αの間には球面第2余弦定理

  cosα=−(cosα)^2+(sinα)^2cosθ

より,

  cosθ=cosα/(1−cosα)=(cot^2(α/2)−1)/2

  θ=arccos{cosα/(1−cosα)}

   =arccos{cot^2(α/2)−1)/2}

という関係が存在します.

 したがって,

a)単位球面上のN個の点の中から,球面距離が

  θ=arccos{cosα/(1−cosα)}

   =arccos{cot^2(α/2)−1)/2}

を満たす2点をつねに取り出すことができます.右辺は面積が2π/(n−2)の球面正三角形の球面距離にほかなりません.N=3,4,6,12に対しては等号が成り立ち,正確な値を与えてくれます.

b)この2点の距離(単位球に内接する多面体の稜の長さ)に関しては

  d≦√(4−cosec^2(α/2))

が成り立ちます(d≦θ).

===================================

【3】球面上の点配置のミニマックス問題,マックスミニ問題

 球面上の有限個の点の集合で,よい性質をもつものは? というきわめて漠然,曖昧模糊とした問題を考えると,これはある意味で,球によって最もよく近似できるn頂点あるいはn面の多面体を求める問題であり,球面に内接する正多面体の頂点のつくる集合は,いろいろな意味でその例といえるでしょう.

 さらに,凸な一様多面体(面が正則,頂点が等価)であるプラトン立体,アルキメデス立体,半正則プリズム,反プリズムなどがよい性質をもつ多面体の例となり得るでしょうし,一様な多面体の他に,すべての面が正多角形である凸多面体(ジョンソン・ザルガラー多面体)が正多面体,準正多面体を除くと92種類存在することもわかっています.

 ところで,正多面体の頂点は外接球上に分布していますが,どの2点の最短距離もできるだけ大きくなるような点の分布をなしているとは限りません.たとえば,6個あるいは12個の点の分布はそれぞれ正八面体と正20面体になりますが,8個の点については立方体にはならないからです.

 さらに,正則な配置問題だけでなく,任意の不規則な配置も考慮に入れられるのですが,たとえば,7個の点の球面最小距離を最大にするミニマックス問題,マックスミニ問題となるとどうしてよいのやらわかりません.

 しかし,トートの結果を使うと,最小球面距離の最大化というミニマックス問題の解は,N=4,6,12の場合には,それぞれ正4面体,正8面体,正20面体の頂点に一致するような配置が導かれます.N=8の解は,単位球に内接し8個の頂点をもつ反プリズム(2個の正方形と8個の正三角形からなる),N=24では,アルキメデスの多面体(3,3,3,3,4)の頂点,N=20は未解決のまま残っています.

 一方,最大球面距離の最小化というマックスミニ問題の解は,N=6のとき,正則な二重ピラミッドの頂点,N=12のとき,反プリズム的二重ピラミッドの頂点であることが導かれています.二重ピラミッドとは,プリズムあるいは反プリズムの底面および上面にそれぞれひとつずつピラミッドをおくときにできる立体です.

===================================

【4】S^2の最密円充填と最疎円被覆

 球面において,球面上の円(球帽という)の最密な円配置および最疎な円被覆問題を考えると,それは多面体の性質と関連していることが理解されます.

 結論を先に述べると,円の個数が4,6,12の場合には,円の中心がそれぞれ正4面体,正8面体,正20面体の頂点に一致するような円配列が導かれます.それに対して,8,20の場合,円の中心は正6面体,正12面体の頂点にくるわけではありません.このことから,この問題では3稜頂点(あるいは三角形面)からなる正多面体が特別な役割を果たすことがわかります.与えられた頂点数をもつ多面体の中で最良のものは,正三角形面多面体なのです.

 球面における最密充填と最疎被覆に関する不等式を押さえておくことにしましょう.球面上にN個の大きさの等しい球帽を埋め込むときの充填密度は,

  d≦N/2(1−1/2cosec(α/2))

球面がN個の等大球帽で被覆されるときの被覆密度は

  D≧N/2(1−1/√3cot(α/2))

なる不等式を満たすことが証明されています.

 また,これらの不等式の上界・下界は,Nの増加とともにそれぞれユークリッド平面における極限値

  dE=π/√12,

  DE=2π/√27

に近づくことが示されます.

===================================

【5】ランダムキャップによる被覆確率

 ここでは,単位球面S^2上のランダム点を中心とする指定された大きさの球帽が球面すべてを覆ってしまう確率の漸近評価について考えることにします.

 球帽の面積を4πp(0<p<1),pをNの関数p(N)とします.Np<1なら被覆確率は0ですが,N→∞のときの被覆確率はいくらになるでしょうか.

 面積4πpの球帽を単位球面上に独立にN個置くとき,球面上の任意の点がどの球帽にも属さない確率Uの平均E(U)=(1−p)^N,また,分散

  V(U)=E(U^2)−E(U)^2<4p(1−p)^(N+1)

と評価されます.

 このとき,チェビシェフの不等式により

  Pr{|U−E(U)|≧E(U)}≦V(U)/E(U)^2

  右辺<4p(1−p)^(1-N)=4p(1−p)(1+p/(1−p))^N

    <4p(1−p)exp(pN/(1−p))

このことより,Np<logNならば右辺→0より

  Pr(U=0)≦Pr{|U−E(U)|≧E(U)}→0

すなわち球面すべてが覆われる確率→0となることがわかります.

 したがって,ランダムキャップによる球面被覆は,確率1で球面すべてが覆われるだろうかという問いに対しては,N→∞のとき

 a)Np<logN→球面すべてが覆われる確率→0

 b)Np>logN→球面すべてが覆われる確率→1

ということを意味しています.

 もちろん,球面すべてが覆われる確率→0といってもまったく球面が被覆されないというわけではなく,逆に球面すべてが覆われる確率→1とはいってもいつかはすべてを覆えるということであって,被覆に要する枚数Nの期待値は∞です.すべてを覆えるとはいっても被覆しづらい,たとえN→∞にしたとしても球面全体を被覆するのはそう簡単なことではないのです.

 なお,球帽の球面半径をθとすると,S^2における球帽の面積は

  2π(1−cosθ)=4π{sin(θ/2)}^2

ですから,

  p={sin(θ/2)}^2

と計算できます.したがって,

  p={sin(θ/2)}^2=1/N・logN

  θ=2arcsin{(1/N・logN)^(1/2)}

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

  [参]前原潤「円と球面の幾何学」朝倉書店

===================================