■ウォリスの公式とオイラー積(その20)
多重三角関数の歴史については,新谷卓郎が実2次体用にある特殊関数を構成したのが1977年,黒川信重が多重三角関数の結果を発表したのが1991年の
[参]黒川信重・小山信也「多重三角関数論講義」日本評論社
にまとめられている.
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【1】オイラーと三角関数
オイラーのゼータ関数では三角級数
f(x)=Σcos(2nx)/n^s (n=1~)
g(x)=Σsin(2nx)/n^s (n=1~)
が本質的な役割をしているのですが,オイラーは三角関数sinxの零点が0,±π,±2π,±3π,・・・であることから三角関数を因数分解して,無限乗積
sinx=xΠ(1−x^2/n^2π^2)
sin(πx)=πxΠ(1−x^2/n^2)=π/Γ(x)Γ(1−x)
を得ました.
sinxの無限乗積とベキ級数展開(テイラー展開)
sinx=x−x^3/3!+x^5/5!−x^7/7!+・・・
を用いれば,偶数ゼータの値
ζ(2)=π^2/6,ζ(4)=π^4/90,ζ(6)=π^6/945,ζ(8)=π^8/9450,・・・
が得られます.
S1(x)=2sin(πx)=2πxΠ(1−x^2/n^2)
と定義すると,n分値,2n分値に関して
ΠS1(k/2n)=n^(1/2) (k=1~n-1)
ΠS1(k/n)=n (k=1~n-1) (→楕円関数への一般化がある)
が成り立ちます.
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【2】ヘルダーの2重三角関数
ヘルダーは1880年代に2重三角関数
S2(x)=exp(∫(0,x)πtcot(πt)dt) (積分表示)
=exp(x)Π((1−x/n)/(1+x/n))^nexp(2x)
を研究しました.
n→∞のとき,
(1−x/n)^n→exp(−x)
(1+x/n)^n→exp(x)
((1−x/n)/(1+x/n))^nexp(2x)→1
となることはは容易に理解されるところですが,三角関数の一般化になっているかどうか直ちにはわかりません.
∫(0,x)πcot(πt)dt=log(sinπx)
より
S1(x)=2exp(∫(0,x)πcot(πt)dt)
また,
S2(x)=exp(∫(0,x)πtcot(πt)dt)
と表示されますから,三角関数の類似物になっていることがおわかりいただけるでしょう.この関数は初等関数では表すことができません.
新谷卓郎は1977年に2重三角関数の一般論の研究をしました.
F(z,ω1,ω2)=Π((1−z/(n1ω1+n2ω2)/(1+z/(n1ω1+n2ω2))
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【3】黒川の3重三角関数・多重三角関数
黒川先生はヘルダーの研究にならって,20年ほど前から3重三角関数
S3(x)=exp(∫(0,x)πt^2cot(πt)dt) (積分表示)
=exp(x^2/2)Π(1−x^2/n^2)^n^2exp(x^2)
を導入しています.
n→∞のとき,(1−x^2/n^2)^n^2→exp(−x^2)
ですから
(1−x^2/n^2)^n^2exp(x^2)→1
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
S1(x)=2πxΠ(1−x^2/n^2)=2πxΠP1(x/m)
P1(u)=(1−u)exp(u)
という教示のr≧2における類似物を考えて,一般のr≧2に対しては
Sr(x)=exp((x^r−1/(r−1))Π{Pr(x/n)Pr(−x/n)^(-1)^(r-1)}^n^(r-1)
Pr=(1−x)exp(x+x^2/2+・・・+x^r/r)
で定義するのですが,正規化のための係数を除けば
exp(∫(0,x)πt^(r-1)cot(πt)dt)
という別表示をもっています.この関数(多重サイン関数)は初等関数では表されません.
また,
S1(x+1)=−S1(x) (周期性)
S1’(x)=πcot(πx)S1(x) (微分方程式)
に対応して,擬周期性
S2(x+1)=−S2(x)S1(x)
S3(x+1)=−S3(x)S2(x)^2S1(x)
微分方程式
S2’(x)=πxcot(πx)S2(x)
S3’(x)=πx^2cot(πx)S3(x)
をもちます.
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【4】多重三角関数の性質
多重三角関数については興味深いことがいろいろと知られていて,いくつかの特徴的な性質を有しています.多重三角関数の詳細については
[参]黒川信重「オイラー探検」シュプリンガー・ジャパン
のなかで紹介されており,まったくその受け売りになりますが,・・・
(1)対称性
S1(−x)=−S1(x)
S2(−x)=S2(x)^(-1)
S3(−x)=S3(x)
(2)周期性
S1(x+1)=−S1(x)
S2(x+1)=−S2(x)S1(x)
S3(x+1)=−S3(x)S2(x)^2S1(x)
(3)2分値
S1(1/2)=2
S2(1/2)=2^(1/2)
S3(1/2)=2^(1/4)exp(−7ζ(3)/8π^2)
=e^(1/8)Π{(1−1/4n^2)^n^2e^(1/4)}
ここで,
S1(1/2)=2
は
Σζ(2m)/m4^m=log(π/4)
S2(1/2)=2^(1/2)
はオイラー積分
I=∫(0,π/2)log(sinx)dx=-π/2log2
の言い替えになっています.
オイラーは,フーリエ展開といわれるずっと前に
log(sinx)=-Σcos(2nx)/n-log2
であることをつきとめ,これを代入して計算すれば
1/1^3+1/3^3+1/5^3+・・・=π^2/4log2+2∫(0,π/2)xlog(sinx)dx
ζ(3)=2π^2/7log2+16/7∫(0,π/2)xlog(sinx)dx
S3(1/2)=2^(1/4)exp(−7ζ(3)/8π^2)
ζ(3)=8π^2/7log(2^(1/4)/S3(1/2))
はその言い換えになっているというわけです.
さらに,ゼータ関数の特殊値との関連では,S1(1/2)=2より
ζ(5)=32π^4/93log(S5(1/2)2^(11/112)/S3(1/2)^(9/14))
ζ(2m+1)=(有理数)π^2mlog(ΠSk(1/2)2^(有理数))
(4)n分値
ΠS1(k/n)=n
ΠS2(k/n)=n^(1/2)
テータ関数やアイゼンシュタイン級数の性質,たとえば,
Ek(z+1)=Ek(z) (周期性)
Ek(-1/z)=z^kEk(z) (双対性)
の双対性の代わりに対称性が加わったもの(半保型性?)といってもよいかもしれません.
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