■因数分解の算法(その12)

 一般のn次方程式:

  f(x)=a0x^n+a1x^(n-1)+・・・+an=a0Π(x−αi)=0

の根と係数の関係は,

  α1+・・・+αn=−a1/a0

  α1α2+・・・+αn-1αn=a2/a0

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  α1α2α3・・・αn=(−1)^nan/a0

で与えられる(ジラール).

 したがって,代数方程式の解の対称式は解を求めなくても係数で表すことができる.この点が対称式が重んぜられる理由である.(その11)では交代式と対称式を扱ったが,交代式も2乗すれば対称式になるから代数方程式の係数で表すことができる.それを判別式という.

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【1】判別式

 n次方程式:

  f(x)=a0x^n+a1x^(n-1)+・・・+an=a0Π(x−αi)=0

が重根をもつためには,判別式:

  D(f)=a0^(2n-2)Δ^2=0

が必要十分条件である.ここで,

  Δ=Π(αi−αj)  (1<=i<j<=n)

はα1,・・・,αnの差積を表す.差積はn変数の最も簡単な交代式(基本交代式)であり,符号を除きファンデルモンドの行列式に等しい.

 差積Δは交代式,Δ^2は対称式であるから,基本対称式

  σ1=α1+・・・+αn

  σ2=α1α2+・・・+αn-1αn

  σ3=α1α2α3+・・・+αn-2αn-1αn

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  σn=α1α2α3・・・αn   (σkはnCk個の項をもつ)

の多項式として表されることが証明される.

 2次方程式f(x)=ax^2+bx+c=0の判別式は,

  D=a^2(α1−α2)^2=a^2{(α1+α2)^2−4α1α2}

この場合の根と係数の関係は

  α1+α2=−b/a,α1α2=c/a

が成り立つから,

  D=b^2−4ac

はf(x)=ax^2+bx+cの判別式であることはよく知られている.

 3次方程式の判別式は,ax^3+bx^2+cx+d=0の係数を代入して整理すると,

  D=−4ac^3−27a^2d^2+18abcd+b^2c^2−4b^3d

が得られるが,とても憶える気にならないし,また,憶えられる代物でもないであろう.fの次数が高い場合,その判別式を計算するのは容易ではない.ちなみに,5次方程式の判別式の項数は59にもなるという.

 一方,ジラールの標準形であれば,判別式は簡単な形で表される.

 f(x)=x^3+px+qの判別式は

  D=−(4p^3+27q^2)

 f(x)=x^n+px+qの判別式は

  D=(-1)^(n(n-1)/2){(-n+1)^(n-1)p^n+n^nq^(n-1)}

 また,fの次数が高い場合の判別式は,重根をもつことは判定できても,実係数2次方程式のように実根,虚根,重根の判別ができるわけではない.たとえば,実係数3次方程式では,

 (H1)異なる3つの実数解をもつ

 (H2)3つの実数解をもつが重根が入っている

 (H3)1つの実数解と1組の共約な虚数解をもつ

のいずれかであるが,D>0ならばH1,D=0ならばH2,D<0ならばH3である.また,3重解をもつための必要十分条件はD=0,b^2−3ac=0である.

 4次以上の実係数方程式の場合は

  D=0:重根をもつ

  D>0:偶数組の共約な虚数解をもつ(重根はない)

  D<0:奇数組の共約な虚数解をもつ(重根はない)

であり,D=0は重根をもつための必要十分条件であっても,実根,虚根の判別ができるわけではないのである.

 代数方程式が重根をもつための条件は判別式=0であるということであり,それが判別式の本来の意味である.実係数の2次,3次方程式では判別式の符号で実根の個数を判定することができるが,それは低次のときの特殊性に過ぎないのである.

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【2】ニュートンの恒等式

 対称式の基本定理(ウェアリング:1762年)より,n変数のどんな対称式も基本対称式を用いて表すことができる.すなわち,

  f(α1,・・・,αn)=g(σ1,・・・,σn)

たとえば,2変数の場合,

  α1^2+α2^2=(α1+α2)^2−2α1α2

  α1^3+α2^3=(α1+α2)^3−3(α1+α2)α1α2

  α1^2α2+α1α2^2=(α1+α2)α1α2

など.もっと複雑で変数の数が増えたとしても,やはり対称式は基本対称式の多項式で表されるのである.

 2変数の場合,α1+α2やα1α2が基本対称式であるが,n変数の場合の基本対称式は

  σ1=α1+・・・+αn   (項数nC1)

  σ2=α1α2+・・・+αn-1αn   (項数nC2)

  σ3=α1α2α3+・・・+αn-2αn-1αn   (項数nC3)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  σn=α1α2α3・・・αn   (項数nCn)

となる.

 次に,n変数対称式(累乗和)

  pj=α1^j+α2^j+・・・+αn^j

を基本対称式を用いて表してみることにしよう.

  f(t)=Π(1+tαi)=1+σ1t+σ2t^2+・・・+σnt^n

とおくと,

  f'(t)/f(t)=d/dtlogf(t)=Σαi/(1+tαi)=ΣΣ(-1)^kαi^(k+1)t^k

=Σ(-1)^kp(k+1)t^k

 ゆえに,

  f’(t)=f(t)Σ(-1)^kp(k+1)t^k

となり,

  σ1+2σ2t+・・・+nσnt^(n-1)

=(1+σ1t+σ2t^2+・・・+σnt^n)(p1−p2t+p3t^2−・・・)

 両辺の係数を比較することによって,順次

  p1=σ1

  p2=σ1p1−2σ2

  p3=σ1p2−σ2p1+3σ3=σ1^3−3σ1σ2+3σ3

  p4=σ1p3−σ2p2+σ3p1−4σ4=σ1^4−4σ1^2σ2+2σ2^2+4σ1σ3−4σ4

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  p(k+1)=σ1pk−σ2p(k-1)+・・・+(-1)^(k-1)σkp1+(-1)^k(k+1)σ(k+1)

が得られる.

 このことから「α1,α2,・・・,αnの基本対称式は,累乗和:α1^j+α2^j+・・・+αn^jの有理数を係数とする整式で表される」という結果が導き出される(ニュートンの累乗和公式).不思議なことに,何次の累乗和であっても方程式の係数を使って表せるのである.

 r次の基本対称式(の総和)σrについては,不等式

  σr-1σr+1≦σr^2 (1<=r<n)

が成り立つことが知られている.

 また,

  Π(1+tαi)=1+σ1t+σ2t^2+・・・+σnt^n

 =1+nC1c1t+nC2c2t^2+・・・+σnt^n

と表すと,

  cr=σn/nCr

すなわち,r次の基本対称式の平均である.

 crは

  σr-1σr+1≦σr^2 (1<=r<n)

よりも強い,次のような不等式を満たす.

(1):cr-1cr+1≦cr^2 (1<=r<n)   (ニュートンの定理)

(2):c1≧c2^(1/2)≧c3^(1/3)≧・・・≧cn^(1/n)

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【3】ニュートンの恒等式の代数方程式への応用

 前節で述べた定理はニュートンに拠るとされるものであるが,このことから逆に,n次方程式:

  f(x)=x^n+a1x^(n-1)+・・・+an=Π(x−αi)=0

が与えられたとき,累乗和

  p1=α1+・・・+αn

  p2=α1^2+α2^2+・・・+αn^2

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  pn=α1^n+α2^n+・・・+αn^n

を根とする方程式の係数を導出することができる.したがって,もし係数a1,・・・,anがすべて有理数(整数)なら,求める方程式の係数もまたみな有理数(整数)となる.

 対称式による4次までの代数方程式の解法はラグランジュに負うものである.ラグランジュの方法は巧妙だが,彼は同様の方法を5次方程式に試みて失敗した.アーベルは5次以上の一般代数方程式がベキ根によっては解けない(5次以上の方程式には,係数の間の四則と累乗根を使って表す根の公式はない)ことを初めて証明したノルウェーの数学者である.

 現代では解の置換群であるガロア群から「5次以上の代数方程式は代数的に解けない」ことが自然に証明される.ラグランジュの方法はガロア理論の先駆をなすものであるが,アーベルは「ニュートンの定理」を援用して方程式論を形成したことになるといえる.これらについてはコラム「代数方程式と群」を参照されたい.

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【4】対称式とヤング図形

 対称式の計算は,ヤング図形を用いて見通しよく行うことができる.この節の目的はヤング図形を用いて対称式のかけ算を見通しよく行うことであるが,その計算法はヤング図形のテンソル積で定義される.とはいっても,具体的な方法については意外に長くなるので割愛せざるを得ないのだが,

  [参]硲文夫「代数学」森北出版

に非常にわかりやすい解説があるので,それをご覧頂きたい.

 対称式は1つの代表項を示せばあとはその置換であるから,単項式

  x1^a1x2^a2・・・xn^an   (a1≧a2≧・・・≧an≧0)

において,x1,x2,・・・,xnを置換して加えて得られる多項式を

  (a1a2・・・an)

と表すことにする.

 この記号を用いると,すべての指数が1か0であるものが基本対称式であり,

  σ1=x1+・・・+xn=[1,0,0,・・・,0]=(1)

  σ2=x1x2+・・・+xn-1xn=[1,1,0,・・・,0]=(11)=(1^2)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  σn=x1x2x3・・・xn=[1,1,1,・・・,1]=(111・・・1)=(1^n)

のように表すことができる.0はあってもなくても同じものを表している.

 また,この記号の表す式は変数の個数nが決まれば一意に定まる.しかし,逆にいうとnが変わると異なり,たとえば,(41)は,n=2のとき

  (41)=x1^4x2+x1x2^4   (項数2P2=2)

であるが,n=3のときは

  (41)=x1^4x2+x1^4x3+x2^4x1+x2^4x3+x3^4x1+x3^4x2   (項数3P2=6)

となる.どちらも2変数の5次の同次項が現れ,その項数はnP2となる.

 分割を図形的に表す方法にヤング図形がある.たとえば,4を分割するには非増加数列で構成した5通りの方法,4=3+1=2+2=2+1+1=1+1+1+1があるから,ヤング図形は非増加な非負整数列を表現する印象的な方法となる.

  □□□□   □□□   □□   □□   □

         □     □□   □    □

                    □    □

                         □

 (41)のヤング図形は

  □□□□

  □

で表されるのだが,任意の対称式は基本対称式を用いて表すことができるという「対称式の基本定理」は,任意のヤング図形を

  (1),(1^2),(1^3),(1^4),・・・

すなわち

  □,□,□,□,・・・

    □ □ □

      □ □

        □

で表せるということと同値である.

 (41),すなわち

  □□□□

  □

の場合は

  □|□|□|□

  □|

のように縦に切り分けて,分けたもの同士のかけ算を行うことになる.

 そこで(ほとんど説明なしにではあるが)

  [参]硲文夫「代数学」森北出版

に掲載されているヤング図形とテンソル積の計算例を紹介しておきたい.

 たとえば,ヤング図形のテンソル積を用いると

  □×□=□□+3□

  □   □   □

          □

すなわち,

  (1^2)×(1)=(21)+3(1^3)

となるのだが,これはn=2のとき

  x1x2(x1+x2)=x1^2x2+x1x2^2

n=3のとき

  (x1x2+x1x3+x2x3)(x1+x2+x3)=x1^2x2+x1^2x3+x2^2x1+x2^2x3+x3^2x1+x3^2x2)+3x1x2x3

n=4のとき

  (x1x2+x1x3+x1x4+x2x3+x2x4+x3x4)(x1+x2+x3+x4)=x1^2x2+x1^2x3+x1^2x4+x2^2x1+x2^2x3+x2^2x4+x3^2x1+x3^2x2+x3^2x4+x4^2x1+x4^2x2+x4^2x3+3(x1x2x3+x1x2x4+x1x3x4+x2x3x4)

を意味していて,

  (1^2)×(1)=(21)+3(1^3)

が変数の数によらず常に成り立つことを示している.

 このテンソル積は一般化することができて

  (1^3)×(1)=(21^2)+4(1^4)

  (1^n)×(1)=(21^(n-1))+(n+1)(1^(n+1))

また,ここで得られた

  (21)=(1^2)×(1)-3(1^3)

はヤング図形を基本対称式を用いて表したものと考えることができるが,一般の場合に拡大していくことができる.ヤング図形は対称式の基本定理の証明にも用いられるというわけである.

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【5】交代行列式とマヤ図形

 1968年,ヤング図形と同様の図形があるゲームに関連して佐藤幹夫先生によって導入され,マヤ図形と呼ばれています.ヤング図形と別の表現としてマヤ図形を用いる方が便利なことも多いのですが,マヤ図形は1次元的に配列されたセルにフェルミオンが分配されていることを示す図形であると考えることができます.

 1つのセルにはフェルミオンは1個しか入れないものとします.そして,粒子が入っているセルには○,入っていないセルには●を書くことにしますが,フェルミオンが入っているセルは縦棒を伸ばすことに,入っていないセルは横棒を伸ばすことに対応させると,ヤング図形と1:1対応します.

  ○○●●=     ●●○○=□□   ○●○●=□

                 □□

  ●○●○=□□   ○●●○=□□   ●○○●=□

       □                   □

 ここでは,交代行列の行列式について考えてみます.

  |0  a12|=(a12)^2

  |−a12 0|

  |0   a12  a13|

  |−a12 0   a23|=0

  |−a13 −a23 0 |

  |0   a12  a13  a14|

  |−a12 0   a23  a24|

  |−a13 −a23 0   a34|

  |−a14 −a24 −a34 0 |

 =(a12a34−a13xa24+a14xa23)^2

 一般に,n次の交代行列(X’=−X)すなわちxii=0,xij=−xjiであるとき,その行列式はnが奇数ならば0,偶数ならばある多項式の完全平方式になることがわかります.

  |0 x12 x13・・・x1n|

  |−x12 0 x23・・x2n|=P^2   (n:偶数)

  |・・・・・・・・・・・・| 0    (n:奇数)

  |−x1n −x2n・・・0 |

 このときPをパフィアンといいます.4次のパフィアンは

  P=a12a34−a13xa24+a14xa23

です.パッフは微分方程式のパッフ形式で有名で,ガウスの博士論文の審査員であったことでも知られています.

 Pの符号はマヤ図形やヤング図形を用いたテンソル積によって定めるのですが,たとえば,4次のパフィアンはマヤ図形を用いて

  (1,2,3,4)=(1,2)(3,4)-(1,3)(2,4)+(1,4)(2,3)

  ○○○○×●●●●= ○○●●×●●○○

            −○●○●×●○●○

            +○●●○×●○○●

と展開されます.

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