■α−12面体・β−12面体の木工製作

 立方体(f=6),菱形十二面体(f=12),切頂八面体(f=14)はよく知られた空間充填立体です.シリーズ「α−14面体・β−14面体の木工製作」では,切頂八面体(f=14)を空間充填可能という性質を保持しながら,相対する正方形面に直交する方向にやや引き伸ばしてα−14面体(ケルビンの14面体)にした後,一部を90°回転させて(位相幾何学的変形)β-14面体(ウィリアムズの14面体)を作りました.

 切頂八面体(f=14)としばしば対比されるのが,菱形十二面体(f=12)です.どちらも単独で空間充填可能な立体図形なのですが,切頂八面体は準正多面体ですから外接球・中接球をもつのに対して,菱形十二面体は準正多面体ではないので外接球・中接球はもちません(内接球をもっています).

 また,切頂八面体が体心立方格子のボロノイ図であるのに対して,菱形十二面体は面心立方格子のボロノイ図となっています.そのため,菱形十二面体(f=12)に対しても切頂八面体と同様に,空間充填可能という性質を保持しながら引き伸ばしたりひねったりする変形を考えることができます.それらを仮にα−12面体・β−12面体と呼ぶことにしますが,今回のコラムではこの変形について,中川宏さん製作の木工模型とともに紹介したいと思います.

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【1】菱形十二面体(4次元の雪)

 菱形十二面体は対角線の長さの比が1:√2の合同な菱形を12枚張り合わせたものです.菱形十二面体(頂点は14個)では,6個の頂点に4つの面が集まり,残りの8個の頂点に3つの面が集まっています.

 4つの面が集まる頂点(a4)の方向からみるとその投影図は正面,平面,側面がすべて正方形になっているという奇妙な投影図形を示します.一方,3つの面が集まる頂点(o3)の方向からみるとその投影図は正六角形を示します.

 菱形十二面体は面心立方格子のボロノイ図であり,実際,ざくろ石の結晶としても自然界に産出します.また,ケプラーは雪の結晶が正六角形をしているのはなぜかと考え,史上初めて菱形十二面体をみつけました.

 六花という異名をもつ雪は正六角形をしていますが,辺と辺のなす角度(内角)はすべて120°です.3次元多面体では内角に相当するのが面と面のなす角度(二面角)なのですが,菱形十二面体の二面角はすべて120°となります.ケプラーが思考実験したとおり4次元の雪(超正六角形)は菱形十二面体なのです.

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【2】長菱形十二面体

 平行多面体とは,平行移動するだけで3次元空間を埋めつくすことのできる単独の多面体であって,3次元格子から決まる本質的なボロノイ領域は,ロシアの結晶学者フェドロフの見つけた5種類の平行多面体−−立方体,6角柱,菱形12面体,長菱形12面体,切頂8面体−−しかありません.

 6角柱,菱形12面体は4次元立方体,長菱形12面体は5次元立方体,切頂8面体は6次元立方体を3次元空間に投影したものと一致しています.これら5種類の図形は5種類の正多面体(プラトン立体)ほどよく知られていないのですが,少なくとも同じ程度に重要であると考えられます.

 菱形12面体の鈍な頂点o3を両極として赤道面で半分に切って間に正六角柱を挟んだものは自然界ではハチの巣(ハニカム)にみられる空間分割ですが,長菱形12面体の場合は菱形12面体を尖った頂点a4を両極として赤道面で半分に切って間に正四角柱を挟んだものです.

 以前,私は長菱形12面体を正6角形4枚と菱形8枚の2種類で作る12面体と勘違いしていたのですが,六角形面は正六角形にはなりえません.もとの菱形十二面体の菱形面の1辺の長さを1,鋭角の内角をθとおくと,

  θ=2arctan(1/√2)=70.5288°

菱形の短いほうの対角線は

  2sin(θ/2)=1.1547

長いほうの対角線は

  2cos(θ/2)=1.63299

 赤道面の間に挟む四角柱の高さは菱形面の1辺の長さと等しいものを考えますが,この等辺六角形の内角は

  180−θ=109.4722°

  90+θ/2=125.2644゜

となって等角ではないからです.しかし,両者の差はわずかでちょっと見た目には正六角形と勘違いされても仕方ないかもしれません.

 なお,胴部分に立方体を挟み込んだ場合,立方体の1辺の長さは菱形の長いほうの対角線と等しくなりますから,立方体の1辺の長さは

  2cos(θ/2)=1.63299

と計算されます.これであれば菱形面の1辺の長さと大きく異なりますから正六角形に勘違いされることはないでしょう.

 長菱形十二面体の諸計量値を調べてみますが,菱形十二面体が

  2×2×2√2=2×2×2.82843

の直方体のブロックの中に収まるのに対して,長菱形十二面体では

  2×2×(2√2+1/cos(θ/2))=2×2×4.05317

また,菱形十二面体の二面角はすべて120°であるのに対して,長菱形十二面体の二面角は120°と90°となります.

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【3】菱形台形十二面体(rhombic trapezoid dodecahedron)

 等しい大きさの球を規則的に空間充填するには,平面上に正六角形の配置,すなわち,それぞれの球が6個の球に囲まれるように第1層を構成し,第2層は第1層のくぼみに球を置くという積み方が考えられます.

 この積み方は八百屋の店先でミカンなどの山を安定に積み上げるために使われている日常的な配置ですが,上の層の置き方に

  (1)第1,2,3層目がすべてずれていて,第1層目の球の真上に第4層目の球がくる(ABCABCABC・・・)

  (2)第1層目の球の真上に第3層目の球がくる(ABABAB・・・)

という2種類があります.

 (1)は別の角度からみると,立方体の8個の頂点と6面の中心に球が配置されているところから面心立方格子と呼ばれている配置ですが,この場合の充填率は√2π/6(74.04%)になります.(2)は六方最密充填です.

 六方最密充填でも面心立方充填でもすべての球はほかの12個の球に接触していて,どちらの配置の空間充填率も等しく√2π/6(74.04%)です.このとき,球を中心にして空間をボロノイ分割すると(1)からは菱形台形十二面体が,(2)からは菱形十二面体ができあがります.

 菱形台形十二面体は,菱形十二面体の鈍な頂点o3を両極として,蓋+胴+底と分けた一方のo3を含む蓋を60°回転させたもので,菱形台形十二面体の蓋と底には平行な対面をもたない面ができることになります.

 そのため,菱形十二面体を積み上げて空間を充填するときにはすべての多面体の軸を平行にとるだけで3次元空間を埋めつくす充填ですが,菱形台形十二面体を積み上げて空間を充填するときには1段ごとにその軸方向を60°回転させることになります.以下に,菱形台形十二面体による六方最密充填模型を掲げます.

 菱形台形十二面体の二面角はすべて120°です.なお,台形面の上底・下底はもとの菱形十二面体の菱形面の1辺の長さを1として

  1+cosθ=1.33333

  1−cosθ=0.666667

と計算されます.

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【補】球の最密充填と最疎被覆

 菱形十二面体が面心立方格子のボロノイ図であるのに対して,切頂八面体は体心立方格子のボロノイ図となっています.空間における球の配置を考えると,球の中心が面心立方格子を形成したとき,球の最密充填であることが証明されています.ところが,球による空間の最疎被覆は面心立方格子ではありません.最疎な球被覆問題は球の中心が体心立方格子をつくるときであることが証明されています.

 平面では充填配置も被覆配置も正六角形配置になっていたのですが,平面における正六角形の役割を菱形12面体がすべて引き継いでいるわけではないのです.その理由は,平面では正六角形は円に内接および外接するのに対して,菱形12面体は球に外接するが内接しない,一方,切頂8面体は球に内接するが外接しないことに起因しています.そのため,ある問題では球に外接する多面体が重要になり,別の問題では内接する多面体が重要になるのです.

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【補】ボロノイ分割

 まず,簡単な縄張りのモデルを考えてみよう.草原のいくつかの巣穴にネズミが一匹ずつ棲んでいるとする.個々の縄張りが単独で存在するとき,縄張りはほぼ円であると考えることができるが,個体密度が次第に高くなってくると,縄張り所有者は互いに侵入者を追い払おうとするから,縄張り間に境界ができる.二匹のネズミの力に差がないとき,境界線は隣り合った2つの巣穴を結ぶ線分の垂直二等分線になる.そして,個体密度が十分高くなると,結局,棲息地はいくつかの凸多角形で分割されることになる.

 このように,はじめに点の分布(母点)があって,隣り合った2点を結ぶ線分の垂直二等分線を次々に引いていくことによりできる多角形パターンは,ディリクレ領域またはボロノイ領域と呼ばれる.この概念は,はじめディリクレによって2次元で提出され(1850年),その後,ボロノイによって3次元に拡張された(1908年).研究分野によりいろいろな呼び名が使われていて,たとえば,地理学分野ではティーセン多角形と呼ばれているし,物性物理学分野では,ウィグナー・ザイツセルという呼び名も用いられている.細胞(セル)の図と非常に似ているためであろう.

 この多角形モデルは領域の中心を占める対象が形成する勢力圏をモデル化したものであり,空間の次元が3,4,・・・にも拡張することができ,3次元では多面体,4次元では多胞体によって空間分割されることになる.また,勢力に差があれば垂直二等分線ではなく,強いほうにふくらんだ境界曲線ができるし,領域の中心を占める対象が母点ではなく,線であったり面であったりすると,それぞれの条件に対応したデフォルメされたボロノイ図を考えることができる.

 たとえば,領域の中心を占める対象が球である場合,2個の球の表面に至る距離が等しくなるような点の集合を考えると,これらの点から2球の中心に至る距離の差は常に2球の半径の差になるから一定である.したがって,これらの点の集合は回転双曲面を作ることになる.そして,2球の半径が等しいときにはこの面は平面となる.

 最後に,2次元・3次元格子状配置のディリクレ領域について触れておこう.1次元格子は直線上に等間隔に並んだ点の集合であり,すべての1次元格子は点の間隔が違うだけで,本質的には同じものである.しかし,2次元格子には基本的な種類が2つある.ひとつは等間隔に並んだ横列の各点の真上に他の横列の点があるもので,もうひとつは横列の点を水平方向にずらしたものである.すなわち,2次元格子の形は平行四辺形(正方形,長方形,菱形を含む)になるが,その格子点の各点に対して垂直二等分線を引くと,すべて合同なディリクレ領域ができる.また,どのような2次元格子であっても,そのディリクレ領域は4角形あるいは6角形になる.

 無限に多くの2次元格子があるが,その対称性を考えると,本質的な配置は,正方形,長方形,菱形,二等辺三角形あるいは正三角形を2つ貼り合わせた平行四辺形状配置の5つしかない.それに対応するディリクレ領域も,正方形,長方形,切頂菱形(ソロバン珠型),長6角形(亀甲型),正6角形の5種類に限られることになる.

 ディリクレ領域の概念は3次元にも一般化できる.2次元格子は5種類だったが,3次元格子には1848年にブラーベが発見した14種類ある.そして,これから決まる本質的なディリクレ領域は,ロシアの結晶学者フェドロフの見つけた5種類の平行多面体−−立方体,6角柱,菱形12面体,長菱形12面体(6角形4枚と菱形8枚の2種類で作る12面体),切頂8面体−−しかない.

 平行多面体とは,平行移動するだけで3次元空間を埋めつくすことのできる単独の多面体であって,6角柱,菱形12面体は4次元立方体,長菱形12面体は5次元立方体,切頂8面体は6次元立方体を3次元空間に投影したものと一致している.平行多面体は結晶構造と深く関係していて,それぞれ,単純立方格子,六方格子,面心立方格子,底心格子(直方体の8個の頂点と上面・下面の面の中心に原子が配置されている構造),体心立方格子に対応するものであろう.これら5種類の図形は5種類の正多面体(プラトン立体)ほどよく知られていないが,少なくとも同じ程度に重要であると考えられる所以である.

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