「方積問題」とは正方形をすべて異なる大きさの正方形で敷き詰める問題のことですが,この問題はどのようにすれば解けるのでしょうか? 敷き詰める正方形の大きさと配置の候補があまりにも多すぎて,あらゆる可能性を試すことさえ不可能に感じられます.
長方形の正方形分割に対して,正方形を相異なる正方形に分割することは非常に難しい問題であって,一時は不可能であるとさえ考えられていたようです.何か系統だった方法が必要になるのですが,実はうまい方法がわかっていて,それは電気回路の理論を使うものです.
[参]長方形の最小分割問題
[参]もうひとつのデーンの定理
[参]書ききれなかった形のはなし
[参]正四面体の幾何学
[参]砂田利一「分割の幾何学」日本評論社
[参]イアン・スチュアート「パズルでめぐる奇妙な数学ワールド」早川書房
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【1】デーンの定理(1903年)
「縦がa,横がbの長方形Kを縦横比が有理数であるような有限個の長方形に分割することができるならばa,bの比は有理数であることが必要十分条件である.」
分割された小長方形は,縦横比が有理数という条件が付いているだけで,それぞれの長さは無理数でもかなわないのですが,分割の際,小長方形の配置は多様にありうるわけですから,この定理はまったく自明な定理とはいえません.しかし,この定理によって四角形の辺の長さは自然数で表せることになりますから「方積問題」が初めて大きく進展することになりました.
1909年,モロンによって33×32の長方形を9枚の正方形(1,4,7,8,910,14,15,18)で,65×47の長方形を10枚の正方形(3,5,611,17,19,22,23,24,25)で敷き詰めました.
また,1939年,スプレーグが55枚の正方形で正方形を敷き詰める例を見つだしました.しかし,この例では55枚の異なる正方形が使われたのですが,内部に正方形を敷き詰めた長方形部分が含まれているため「純粋配置」ではありませんでした.
ブルックスが112×75の長方形を13枚の正方形を使い,2通りに敷き詰める配置を発見したことがきっかけとなって,1940年,ブルックス,スミス,ストーン,テュッテは正方形に正方形を敷き詰める系統だった手法を確立させました.
その方法(スミス・ネットワーク)はデーンの定理を電気回路とみなしてキルヒホッフの法則とオームの法則に帰着させて鮮やかに証明したものでした.この方法を用いて,ブルックスは正方形に69枚の正方形を敷き詰める配置を発表し,さらに検討を加えて正方形の数を39枚に減らしました.
1962年,デゥイヴェスチジンは正方形に正方形を敷き詰めるのに少なくても21枚の正方形が必要なことを証明し,1978年までに
50,29,33,25,4,37,35,15,9,16,2,7,17,18,42,11,6,27,8,24,19
の21個の正方形からなる単純(分断線ができないこと)かつ完全(分割を構成する正方形がすべて異なる大きさであること)な正方形分割が最小かつ唯一(他には存在しない)のものであることを証明しました.
こうして方積問題解決されたのですが,類似の問題,たとえば円筒やメビウスの帯,トーラス,クラインの壷,射影平面に正方形を敷き詰める問題も存在します.メビウスの帯では1993年,チャップマンにより発見された5枚の正方形を使う配置が最小のものであるとのことですが,射影平面に正方形を敷き詰める問題になると実質的に何もわかっていない状態だそうです.
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[補]位相幾何学的射影平面
ゴム膜でできた長方形の4辺(または2辺)を適当に貼り合わせることを考えてみましょう.そして,長方形を時計回りに順に一周するようなラベルをつけることにします.
すると,1組の対辺だけを向きを保ったまま張り合わせる操作はa0a^(-1)0と書くことができます.a0a^(-1)0によって円環ができあがります.a0a0すなわち1組の対辺を向きを逆にして張り合わせる操作によって,メビウスの帯ができあがります.円環の境界は2本の円周ですが,メビウスの帯の境界は1本の円周です.
同様に,abb^(-1)a^(-1)からは球面,aba^(-1)b^(-1)からは輪環面(トーラス),abab^(-1)からはクラインの壷,ababからは射影平面が得られます.
クラインの壷と射影平面は3次元ユークリッド空間の中では描けません.また,イメージするのは難しいのですが,射影平面はメビウスの帯と円板とを縁に沿って貼り合わせたものと同相です.
円環,球面,輪環面は表から裏に行くことはありませんが,メビウスの帯,クラインの壷,射影平面では縁を越えることなしに曲面の裏側にたどりつきます.こういう面を向きづけ不可能な曲面といいます.
これら6種類はすべて2次元多様体の例です.そして,コンパクトな2次元多様体はどんなものでも,円環,メビウスの帯,球面,輪環面,クラインの壷,射影平面の6つのものを適当に連結和したものと同相になることが知られています.これが2次元多様体の分類定理ですが,3次元以上の多様体に関してはこのような分類定理は存在しません.
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【2】もうひとつのデーンの定理(1901年)
任意の三角形を平行四辺形に直す→長方形に直すことは小学校の教科書にも載っている方法ですが,平面上に面積の等しい2つの多角形が与えられたとき,どちらにも組み立てられる有限個の小片が必ず存在します(ボヤイ・ゲルヴァインの定理,1833年).
デュドニーのカンタベリー・パズルは正三角形をそれと等積の正方形に直す問題ですが,正五角形や正六角形を切り刻んで正方形に再構成する仕方も知られています.また,正六角形をいくつかの小片に切り離して並び替え正八角形をつくることや星形を正方形にかえることも可能です.
1900年,ヒルベルトは体積の等しい2つの多面体が切断によって合同かどうかを問いかけました.それに対して,1901年,デーンは体積の等しい立方体と正四面体は切断によって合同でないという結果を証明しました.任意の三角形は長方形と分割合同であることが証明されるので,デーンの定理は2次元と3次元の違いを際立たせていることになります.
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【3】変形する多面体
n角形(n>3)の各頂点にハトメがついているとしたら,その多角形は容易に変形するのですが,それに対して三角形は実に頑丈で安定しています.多角形は筋交いを入れて三角形に分割する補強をしないと堅牢な構造にはなりません.
それでは三角形の面だけでできている多面体で,多面体の辺が蝶番でつながれているとしたら,その立体は辺の長さを変えずに変形できるでしょうか? (面には堅い板が使われていてまったく曲がらない,変化するのは面同士の角度だけものとする.)
コーシーの剛性定理(1813年)より凸多面体は変形しないのですが,凸でない場合は変形する可能性があります.実際,2個の重五角錐が直角に交わったようなデルタ20面体は,一方の重五角錐を押しつぶすともう一方の重五角錐が膨らむ,すなわち,変形するデルタ多面体として知られています.
また,多面体が変形しても体積は変わらないこと(ふいご予想)が証明されています(1997年,コネリー,ワルツ,サビトフ).つまり形状の変わる多面体では体積は変化しないのでふいごとして使えないという定理です.2次元ではハトメのついた長方形を平行四辺形に変形させると面積は小さくなりますから,前節に掲げた分割合同と同様に,この定理は明らかに3次元空間の特別な性質といえるでしょう.
ふいご予想の証明に用いられたものは四面体の体積をその辺の長さから求める3次元空間版のヘロンの公式です.線分と三角形および四面体(三角錐)は,それぞれ最も簡単な1次元図形,2次元図形,3次元図形ですが,次元数nより1つ多い(n+1)個の頂点によって作られる図形をシンプレックス(単体)と呼びます.線分は1次元単体,三角形は2次元単体,三角錐は3次元単体とも呼ばれます.
三角形の面積,四面体の体積を座標を使って表すためにはn+1個の点の座標に(1,1,1,・・・,1)を加えて作られる(n+1)次の行列式の絶対値を考えます.
|S|=|1 x1 y1| |V|=|1 x1 y1 z1|
|1 x2 y2| |1 x2 y2 z2|
|1 x3 y3| |1 x3 y3 z3|
|1 x4 y4 z4|
原点が含まれるときは,
|S|=|x1 y1| |V|=|x1 y1 z1|
|x2 y2| |x2 y2 z2|
|x3 y3 z3|
のように展開されます.
これらはそれぞれn次元単体の体積のn!倍になりますから,三角形の面積,四面体の体積は,
S’=S/2
V’=V/6
また,4辺の長さがa,b,cで与えられた三角形,6辺の長さがa,b,c,d,e,fで与えられた四面体の場合は,
2^2(2!)^2S’^2=|0 a^2 b^2 1|
|a^2 0 c^2 1|
|b^2 c^2 0 1|
|1 1 1 0|
2^3(3!)^2V’^2=|0 a^2 b^2 c^2 1|
|a^2 0 d^2 e^2 1|
|b^2 d^2 0 f^2 1|
|c^2 e^2 f^2 0 1|
|1 1 1 1 0|
となります.
前者はおなじみの平面三角形のヘロンの公式にほかなりませんが,面積をS’=Δとして,
(4Δ)^2=2a^2b^2+2b^2c^2+2c^2a^2−a^4−b^4−c^4
=(a+b+c)(−a+b+c)(a−b+c)(a+b−c)
ここで,2s=a+b+cとおくと
Δ^2=s(s−a)(s−b)(s−c)
となり,ヘロンの公式が得られます.
後者が空間のヘロンの公式であり,V’=Δとして
(12Δ)^2=a^2d^2(b^2+c^2+e^2+f^2−a^2−d^2)
+b^2e^2(c^2+a^2+f^2+d^2−b^2−e^2)
+c^2f^2(a^2+b^2+d^2+e^2−c^2−f^2)
−a^2b^2c^2−a^2e^2f^2−d^2b^2f^2−d^2e^2c^2
一見複雑ですが,相対する線分の2乗の積に,他の線分の2乗の和から自分自身の2乗を引いた量をかけた和が
a^2d^2(b^2+c^2+e^2+f^2−a^2−d^2)
+b^2e^2(c^2+a^2+f^2+d^2−b^2−e^2)
+c^2f^2(a^2+b^2+d^2+e^2−c^2−f^2)
であり,4個の三角形の周辺3本の2乗の積の和が
a^2b^2c^2+a^2e^2f^2+d^2b^2f^2+d^2e^2c^2
です.
この公式はオイラーの公式とも呼ばれるものですが,複雑であり平面三角形のヘロンの公式のように因数分解できません.ただし,4面の面積が等しい等積四面体=4面が合同な鋭角三角形よりなる四面体(バンの定理)の場合,
72Δ^2=(−a^2+b^2+c^2)(a^2−b^2+c^2)(a^2+b^2−c^2)
と因数分解した形で表されます.
このようにかなり複雑にはなるものの四面体(三角形面4枚からなる立体)についてもヘロンの公式のようなもの(オイラーの公式)は存在します.四面体は最も単純な多面体(単体)で,あらゆる多角形が三角形分割できるようにすべての多面体は四面体に分割できます.この公式は体積と辺の長さの関係を示していて,もし多面体が形状を変えても辺の長さが同じであれば体積は変わらないというわけです.
平面三角形の面積,四面体の体積ではΔ^2を含む多項式が現れましたが,さらに複雑な立体にはますます高次の累乗が必要になり,たとえば,三角八面体の体積の公式にはΔ^16が含まれています.
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