■素数がもたらしたもの(その20)

 関数等式はきわめて簡潔に書かれているので,そういうふうに「解析接続」されているといってしまえばそれまでですが,しかし,このように定義されても私はどうしてもつかえてしまうのです.おおかたの人にとってもまったくわからないあるいはもう一つピンとこないほうが普通なのではないでしょうか.

 私のように物わかりの悪い者は世の中にそうたくさんはいないと思いますが,私の素朴な疑問も何らかの役に立つかもしれないので,冗長ですが以下の話におつきあい下さい.

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【1】ガンマ関数からの補足

  Γ(x)=∫(0,∞)t^(x-1)exp(-t)dt x>0

無限積分Γ(x)をxの関数とみてガンマ関数といいます.

  Γ(1)=∫(0,∞)exp(-t)dt=1

  Γ(1/2)=∫(0,∞)t^(-1/2)exp(-t)dt

ここで,t=u^2とおくと∫(0,∞)exp(-u^2/2)du=√π/2(ガウス積分)より

  Γ(1/2)=√π

が得られます.

 オイラーの第2積分とも呼ばれるガンマ関数Γ(x)には,Γ(x+1)=xΓ(x)の関係があり,次のような漸化式が成り立ちます.

  Γ(x+1)=xΓ(x)=x(x-1)Γ(x-1)=・・・・

したがって,xが正の整数nのときにはΓ(n+1)=n!が成り立ち,ガンマ関数は階乗の一般形となっていることがわかります.

 また,半整数のときには,Γ(n+1/2)=(2n)!√π/{2^(2n)n!}です.なお,ガンマ関数Γ(x)はx>0について微分可能で,x=1.4616321449・・・で最小となります.

 ガンマ関数の定義をx<0の領域にも拡張することができます.すなわち

-1<x<0のとき,Γ(x)=Γ(x+1)/x

-2<x<-1のとき,Γ(x)=Γ(x+2)/x(x+1)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

-n<x<-n+1のとき,Γ(x)=Γ(x+n)/x(x+1)・・・(x+n-1)

 このようにして0<x<1(あるいは長さ1の任意の区間)でのガンマ関数の値から,すべての実数点におけるガンマ関数の値が計算できます.負の半整数値の例として

  Γ(-1/2)=-2√π

  Γ(-3/2)=4/3√π

  Γ(-n+1/2)=(-1)^n{2^(2n)n!}√π/(2n)!

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 複素数の領域への拡張は

  Γ(s)=∫(0,∞)t^(s-1)exp(-t)dt

で与えられます.

  t^(s-1)=t^(-1+u)cos(vlogt)+it^(-1+u)sin(vlogt)

より

  Γ(s)=∫(0,∞)t^(-1+u)cos(vlogt)exp(-t)dt+i∫(0,∞)t^(-1+u)sin(vlogt)exp(-t)dt

  Γ(s)=f(u,v)+ig(u,v)

とおくと

  f(u,v)=∫(0,∞)t^(-1+u)cos(vlogt)exp(-t)dt

  g(u,v)=∫(0,∞)t^(-1+u)sin(vlogt)exp(-t)dt

t>0なので被積分関数の実部,虚部ともにtで積分可能な関数となります.そして,Re(s)>0のときΓ(s)は絶対収束しますが,Re(s)<0に対しては

  Γ(s)=Γ(s+1)/s

が成り立つように延長してやることによって複素全平面に解析接続できます.

 また,その極はs=0,−1,−2,−3,・・・のみで零点は存在しません.このことから直ちにわかることは,関数等式

  ζ(s)=π^(s-1/2)Γ((1-s)/2)/Γ(s/2)ζ(1-s)

の右辺の2つのガンマ関数の商の部分はs=0,−2,−4,−6,・・・に零点をもつということです.s=−2,−4,−6,・・・はゼータ関数の自明な零点となるのですが,点s=0だけはζ(1-s)が極となるため零点ではありません.

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【2】関数等式の証明

 ゼータ関数とガンマ関数との間に

  ζ(s)=1/Γ(s)∫(0,∞)t^(s-1)/(exp(s)-1)dt

  ζ(s)=1/(1-2^(1-s))Γ(s)∫(0,∞)t^(s-1)/(exp(s)+1)dt

が成り立つのですが,まず,これらを導いてみましょう.

  Γ(s)=∫(0,∞)t^(s-1)e^(-t)dt

にt=nxを代入するならば

  Γ(s)/n^s=∫(0,∞)x^(s-1)e^(-nx)dx

が得られる.この式のnについての総和をとるなら

  ΣΓ(s)/n^s=Σ∫(0,∞)x^(s-1)e^(-nx)dx

        =∫(0,∞)x^(s-1)e^(-x){1+e^(-x)+e^(-2x)+・・・}dx

        =∫(0,∞)x^(s-1)e^(-x)/(1-e^(-x))dx

∵ 1+x+x^2+x^3+・・・1/(1−x)

        =∫(0,∞)x^(s-1)/(e^x-1)dx

これより

  Γ(s)ζ(s)=∫(0-∞)x^(s-1)/(e^x-1)dx

が得られます.

 また,交代級数

  φ(s)=1-1/2^s+1/3^s-1/4^s+・・・=Σ(-1)^(n-1)/n^s

を考えます.負項を正項に変えて,あとでその2倍を引きます.

  φ(s)=(1+1/2^s+1/3^s+1/4^s+・・・)-2(1/2^s+1/4^s+・・・)

     =(1-2^(1-s))ζ(s)

となります.

  ΣΓ(s)(-1)^(n-1)/n^s

=Σ∫(0,∞)x^(s-1)(-1)^(n-1)e^(-nx)dx

=∫(0,∞)x^(s-1)e^(-x){1-e^(-x)+e^(-2x)-・・・}dx

=∫(0,∞)x^(s-1)e^(-x)/(1+e^(-x))dx

∵ 1−x+x2 −x3 +・・・=1/(1+x)

=∫(0,∞)x^(s-1)/(e^x+1)dx

これより

  Γ(s)ζ(s)(1-2^(1-s))=∫(0-∞)x^(s-1)/(e^x+1)dx

が得られます.

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 次に,ガンマ関数の積についての有名な公式

  Γ(x)Γ(1-x)=π/sinπx・・・相反公式(相補公式)

  Γ(1/2+x)Γ(1/2-x)=π/cosπx

  Γ(x)Γ(x+1/2)=√πΓ(2x)/2^(2x-1)・・・乗法公式(倍数公式)

の相反公式(相補公式)

  Γ(x)Γ(1-x)=π/sinπx

を用いると

  ζ(s)=2Γ(1-s)sin(πs/2)(2π)^(s-1)ζ(1-s)

となりますが,さらに乗法公式(倍数公式)

  Γ(x)Γ(x+1/2)=√πΓ(2x)/2^(2x-1)

を用いれば

  sin(πs/2)=π/Γ(s/2)Γ(1-s/2)=√πΓ((1-s)/2)/2^sΓ(1-s)Γ(s/2)

より

  π^(-s/2)Γ(s/2)ζ(s)=π^((1-s)/2)Γ((1-s)/2)ζ(1-s)

と整理されます.

 これは

  ζ(s)=π^(s-1/2)Γ((1-s)/2)/Γ(s/2)ζ(1-s)

の形にも書けるのですが,前者の方がより対称性の高い形でしょう.

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【3】リーマン予想

 ゼータ関数の対称性はガンマ関数の対称性

Γ(s)Γ(1-s)=π/sinπs

に補ってもらうとs=1/2を対称軸とする左右対称な美しい形に書くことができることがわかりました.

 半平面Re(s)<0には自明な零点以外に零点はなく,Re(s)>1で零点をもたない・・・こうして帯状の領域0≦Re(s)≦1だけが残されたことになります.このs=1/2の軸に関する対称性に基づいて,ζ(s)の零点が自明な零点s=−2,−4,・・・,−2nと非自明な零点s=1/2+tiの線上にあるというのが有名なリーマン予想です(1859年).

 数学の巨人と称されるヒルベルトは,1919年に数学の難問について講義し,「リーマン予想は私が生きているうちに解決され,フェルマー予想は長らく未解決のままであろう」と述べたといわれています.360年ものあいだ未解決の数学的難問であったフェルマー予想は1994年,ワイルスによって証明されました.

 しかし,ヒルベルトの推測に反し,リーマン予想は依然としてデッドロック状態にあります.リーマン予想は一部に素数定理なども含む数学上の最大の難問であって,いまだ未解決なのです.

 ヒルベルトがパリ問題において,リーマン予想と2^(√2)の超越性の証明の難しさを評価することに失敗したことは,たとえ数学の巨人と呼ばれる人であっても,将来を予言することがいかに難しいかを意味する有名な例として,しばしば引用されています.予想がどれほど的中しないかという例は,科学史上いくらでも求めることができます.予言が的中しないのは予言者の不明に帰すべきでなく,未来を占うことの困難さを教えてくれるのです.

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