ウィア・フェランの12面体・14面体は2種類の多面体の組合せによる空間充填でしたが,今回のコラムでは単独の空間充填多面体としてケルビンの14面体(4^66^8)やウィリアムズの14面体(4^25^86^4)の木工模型を取り上げます.
立方体以外の単一多面体による空間分割(空間充填体)としては,菱形十二面体や切頂八面体がよく知られています.両者はしばしば対比され,どちらも単独で空間充填可能な立体図形なのですが,菱形十二面体が面心立方格子のボロノイ図であるのに対して,切頂八面体は体心立方格子のボロノイ図となっています.
等周定数(S^3/V^2)を用いて体積1のときの表面積を求めると,菱形12面体型分割では
3√(S^3/V^2)=3√108√2=5.345・・・
切頂8面体型分割では
3√(S^3/V^2)=3/43√4(1+√12)=5.314・・・
と後者の方が約0.5%少なくなります.
このようにして,1887年,英国の物理学者,ケルビン卿(ウィリアム・トムソン)は石鹸の泡による空間分割の力学的研究から切頂八面体の集合によって空間を満たすことができ,そのときの界面積は菱形十二面体で満たしたときより小さいことを発見しました.さらに1994年,ウィア・フェランの12面体・14面体の表面積は切頂八面体よりも0.3%小さいことが判明したのです.
===================================
【1】α-14面体(ケルビンの14面体)
α-14面体は3対の合同な四角形の面と4対の合同な6角形の面とで囲まれる多面体です.その最も簡単な場合が切頂八面体で,6個の正方形と8個の正六角形とからなり,すべての辺の長さが等しくなります.切頂八面体は16種ある準正多面体(アルキメデス体)のひとつです.
α-14面体は無限にありますが,とくに,すべての辺の長さの等しいものはケルビンの14面体と呼ばれています.すべての辺の長さの等しいα-14面体は切頂八面体以外にも存在し,このような図形の一例がケルビンの14面体というわけです.
切頂八面体≦ケルビンの14面体≦α-14面体
空間分割では3面が合して1稜をつくり,4稜が1頂点に集まります.したがって,均等な空間分割では接合面角度は120度,接合稜角度は109.471度となります.切頂八面体の二面角は
正六角形面−正六角形面:109.471°
(正方形面−正六角形面 :125.264°)
ですから,この角を3倍しても360°にはなりません.
そこで,切頂八面体を相対する正方形面に直交する方向にやや引き伸ばして2つの正方形面を連結する6辺形の挟む角が120°になるようにし,さらにすべての稜の長さが等しくすることを考えてみます.切頂八面体とケルビンの14面体の関係は立方体と直方体の関係に相当しますから,高さ(2)と幅(2)が等しく,長さ(2L)だけが異なる直方体に120°切頂を加えることにします.
正方形面の対角線の長さを2a,菱形面の対角線の長さを2b,2cとすると,これらの条件から
L=2√6(√5−2)=1.15649
a=1−b=5−2√5=0.527864
b=2(√5−2)=0.472136
c=√6(√5−2)=0.578246
と計算されました.
以下に中川宏さんによるケルビンの14面体の木工模型を掲げます.ケルビンの14面体は切頂八面体をやや引き伸ばした形であって,切頂八面体のような等方14面体の条件は満足されませんが,単一の多面体による空間分割は可能です.
ケルビンの14面体の二面角の値とその数は
正方形面−六角形面:120°(8本)
六角形面−六角形面:120°(4本)
:104.477°(8本)
六角形面−菱形面 :127.761°(16本)
二面角に多数の120°が現れましたが,切頂八面体では120°は現れず,菱形十二面体ではすべて120°となることから,その意味でケルビンの14面体は切頂八面体と菱形十二面体の中間に位置する多面体といえるかもしれません.ちなみに菱形三十面体の二面角はすべて144°でした.
===================================
【2】β-14面体(ウィリアムズの14面体)
β-14面体は,α-14面体の2つの[4,6,6]型頂点を連結した屋根状部分を90°回転させて[5,5,5]型頂点に組み替えたものと考えることができます.位相幾何学的な観点からα-14面体と同一なのですが,この操作によりβ-14面体では8個の合同な五角形と4個の合同な六角形と2個の合同な四角形をもつ立体ができあがります.
それらの面は必ずしも平面ではありません.正方形の面は平面にできるのですが,その他の面はいずれも曲面(凸面,凹面,S字状の湾曲した曲面など)になります.シリコンフラーレンよりもさらに湾曲が大きそうで,
諏訪紀夫「病理形態学原論」岩波書店
にはβ-14面体の代表例として(湾曲が大きいため)円筒面で近似したβ-14面体が収載されています.しかし,ここでは木工模型を作るわけですから,それを平面近似することを考えなければなりません.
屋根状部分を90°回転させてβ-14面体をメカニカルに誘導するためには,屋根の底面が正方形になる必要があります.この条件とさらに2つの正方形面を連結する6辺形の挟む角が120°になるという条件から,元になるα-14面体の正方形面の対角線の長さを2a,菱形面の対角線の長さを2b,2cとして計算すると,
L=√2=1.41421
a=1−b=1−1/√3=0.42265
b=1/√3=0.57735
c=1/√2=0.707167
と求められます.
このとき,屋根状部分の底面は1辺の長さが√2の正方形となります.また,5角形面のほうから平面に投射した形を考えてみると,β-14面体による空間充填は,カイロのタイル貼りと呼ばれる平面充填配列に近づいていきます.この5角形とは正五角形ではなく,底角と頂角が120°,それに挟まれる角が90°の歪んだ等辺5角形であって,正方形と正三角形によるアルキメデスの平面充填形の双対として得られるものです.
しかし,屋根状部分を90°回転させると五角形面は平面ではなくなります.8枚の五角形面のうち,4枚は凸面,4枚は凹面になるのですが,それでも無理矢理,平面近似させると切稜角は30°(二面角120°)ではなく,
tanφ=(1−1/√2+1/√6)/(1/√2+1/√6)
より,φ=32.1546となりました.したがって,正方形面より二面角120°と122.1546°の切頂を行うことになります.
これを切頂工程と考えれば高さと幅と長さが1:1:√2の直方体で規定されるのですが,切稜工程と考えれば高さを1/√2+1/√6に選んで,高さと幅と長さが1/√2+1/√6:1:√2の寸法のブロックを用いて,正方形面より二面角120°と122.1546°の切稜を行えばよいことになります.以下に中川宏さんによるウィリアムズの14面体の木工模型を掲げます.
二面角120°は実現できていますからかみ合わせの角度はぴったりですが,8個の合同な五角形にはなっていません.もともとが曲面ですのである程度のところで妥協するしかありません.五角形面がほぼ合同であれはよしとしたいところですが,残念ながら面の形はかなり食い違っているようです.そのため空間充填に際してどうしても隙間を生じてしまいます.これについては後日再考したいと思います.
===================================
【3】雑感
α-14面体は,長い間,単一の多面体で空間を隙間なく分割しうる唯一の14面体と信じられてきました.面を平面にするという条件下にはこれは今日でも通用することです.しかし,その条件を外せば,空間充填14面体にはもう1種類あることを,1968年になってウィリアムズが報告しています.これがβ-14面体ですが,この間,実に1世紀近い年月の隔たりがあります.
諏訪紀夫先生にとって,ケルビンがβ-14面体を導けなかったという事実は驚きの種だったようで,このことに関して「病理形態学原論」の中で「これはケルビンが力学的立場から14面体を誘導したためで,もし彼が位相幾何学的な観点から出発していたら,ただちに2通りの14面体を発見していたであろうと思う.」と興味深いコメントを述べています.
ケルビン卿の銘言に「数学者とは
∫(-∞,∞)exp(-x^2)dx=√π
を1+1=2のように自明だと思っている人である」とありますが,その彼に対して「直観をもっと信頼し十分に洞察していれば必ずやβ-14面体に行き着いたはずだ」とは並の人間にはなかなかいえないことでしょう.
ともあれ,β-14面体の表面積は切頂八面体よりも約4%大きいことがわかっています.α-14面体に比較しても,辺が曲線になったり,面が曲面を含む点で幾何学的性質の単純さは劣りますが,五角形の面をもつという利点があります.分割多面体では5角形の面が最も多いのですが,α-14面体はまったく5角形の面をもちませんから,β-14面体のほうが空間分割のある側面をよく表していると考えることができます.
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ザクロ,ハチの巣,石鹸の泡などのように,空間がある立体(多面体)によって分割される空間分割は,生物と無生物を問わず,自然界に広く見られる現象です.これから説明する「空間分割と14面体」は諏訪先生の研究の受け売りであること,この記述内容も同書に負うところが大きいことをお断りしておきます.
空間分割の幾何学的研究では面の数などは一義的には決まらず,統計的にしか扱えないのですが,多面体の面数は14面,面の形は五角形がもっとも多いことなどが知られています.
14面体の幾何学的性質について少し調べてみましょう.
v−e+f=2 (オイラーの多面体定理)
また,分割多面体では1個の頂点に3本の辺が集まり,また1本の辺は2個の頂点を結びますから,
2e=3v (握手定理)
以上より
v=2(f−2),e=3(f−2)
と整理されますが,f=14とおくとv=24,e=36となります.つまり,面の数fが与えられれば辺数eと頂点数vは一義的に決まる性質をもっており,また頂点数vは必ず偶数になることもわかります.
つぎに,面が何角形になるかを求めてみると,これはもちろん1通りではありませんが,1本の辺は2個の面によって共有されることを考慮し,各頂点に平均してp角形がq面が会するとすると,pf=2e,qv=2eより,その平均辺数pと平均会合面数qは
p=2e/f=5.143・・・,q=2e/v=3
を得ることができます.このことから,14面体の面のかたちについては,必然的に辺数5を中心とする分布をなすことはが示唆されます.このことは,経験的に5角形の頻度が最も高いという観察結果に一致します.
14面体というと,重角錐台型(4^126^2)やねじれ重角錐台型(5^126^2)も考えられます.ねじれ重角錐台型はウィア・フェランの14面体のところにもでてきた多面体ですが,ケルビンの14面体と区別するために「ゴールドバーグの14面体」と呼ばれています.(ついでにいうと,ザルガラー多面体(すべての面が正多角形である凸多面体)は正多面体(プラトン体),準正多面体(アルキメデス体),角柱,反角柱を除くと92種類存在するのですが,ジョンソン多面体という別名でも呼ばれているようです.)
五角形面 平均会合面数 空間分割
α−14面体(4^66^8) なし 5.143 可
β−14面体(4^25^86^4) あり 5.143 可
重角錐台 (4^126^2) なし 4.286 不可
ねじれ重角錐台 (5^126^2) あり 5.143 不可
私は「病理形態学原論」の第4章,第5章を読後,目からうろこ状態になったことを申し添えておきたいと思います.四半世紀前に書かれた「原論」は,私の知る限り,この種の研究としてはもっとも完成度の高いもので,その理論的解析はすでに行き着くところに行き着いているという感さえあり,今日でも若い学徒たちへの入門書として極めて高い価値をもっていると思われました.
また興味深いことに,諏訪先生の研究は問題点は何か,それをどう解決すべきかという実際的な問題意識から出発して発展した形態学的研究のもっとも顕著な例の1つであるということです.諏訪先生はすでに故人となられましたが,このコラムの記述が先輩医学者とその著書から得た知識のまったくの受け売りであるとしても,きっと了承して下さるに違いありません.
便宜のため,α-14面体とβ-14面体の主要な幾何学的性質をまとめて表示しておきます.もちろん面数14,辺数36,頂点数24などの幾何学的性質は共通不変です.
α-14面体 β-14面体
面の形と数 平面6辺形(8) 曲面5辺形(8)
平面平行4辺形(4) 曲面6辺形(4)
平面正方形または矩形(2) 平面正方形または矩形(2)
稜の形と数 直線(36) 曲線(24)
直線(12)
===================================