高次元はパラドックスの源泉になっていて,しばしば,たちの悪い現象が起こります.たとえば,立方体に内接する球の体積を較べてみると,3次元での直観とは極めて異なる振る舞いを見せることが実感されます.今回のコラムではスターリングの公式を用いて高次元での振る舞いを漸近評価してみます.
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【1】n次元超立方体
n次元ユークリッド空間において,1辺の長さが1の立方体[-1/2,1/2]^nをn次元単位立方体といいます.その体積は1ですが,もっとも離れた2頂点を結ぶ対角線の長さはn次元ユークリッド空間の距離の定義から
√(1^2+1^2+・・・+1^2)=√n
となります.したがって,次元nが大きくなると対角線の長さ√nはどんどん大きくなり,身長170cmの人間はおろか,ついには地球でさえ含むことができるようになります.
辺の長さが4の正方形に4つの単位円板を詰めると,4つの円板で囲まれた部分に,第5の小さな円を入れることができます.また,辺の長さが4の立方体の8つのカドに単位球を8個詰めると,中にできる隙間に第9の小さな球を入れることができます.ピタゴラスの定理によって第5の円,第9の球の半径はそれぞれ√2−1,√3−1だとわかります.
これと同じことを4次元以上の空間で行うことができます.もはやイメージすることは不可能ですが,1辺の長さが4の4次元超立方体の16個のカドに16個の単位球を詰めると,中の隙間には半径√4−1=1の4次元超球(すなわち単位球)が入ります.同様に,1辺の長さが4のn次元超立方体の2^n個のカドに単位球を詰めると,中の隙間に半径√n−1のn次元超球が詰められるのです.
しかし,ここの驚きが潜んでいます.たとえば,n=9の場合,中に詰められるn次元超球の半径は√9−1=2であり,この球は外側の立方体の表面に接してしまい,n>9だとはみ出してしまうのです.この驚くべき結論は,日常生活ではありえないだけに面食らってしまいます.
次元とともにはみ出る部分が増えているのですが,球の詰め込みに関するこのはみ出し現象は,モーザーのパラドックスとして知られているものです.この逆説は,人間の直観や勘は3次元までの世界では働きますが,4次元以上の高次元についてはあまり働かないという例として,しばしば引き合いに出されます.
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【2】n次元超球
球に相当するn次元の図形を超球と呼びます.n次元単位超球{x1^2+x2^2+・・・+xn^2≦1}の体積をVnとすると,V1=2(直径),V2=π(面積),V3=4π/3(体積)はご存知でしょう.n次元単位球はどんなに次元が高くても,長さが2より大きな線分を含むことはできません.
したがって,n=2,3,4では単位立方体(対角線の長さ√n)は単位球体の中に含まれますが,n≧5でははみ出る部分があり,次元とともにはみ出る部分が増えていきます.単位球体の直径は次元によらず2なのです.
n次元単位超球の体積Vn,その表面積を表面積Sn-1とすると,単位超球の表面積Sn-1はnVn,半径rのn次元球の体積はVnr^n,表面積はnVnr^(n-1)となります.n次元単位超球の体積Vnを求めてみると,
Vn=π^(n/2)/Γ(n/2+1)
を得ることができます.また,Γ(m+1)=m!より,この結果は,形式的に
Vn=π^(n/2)/(n/2)!
と書くことができます.
Vn-1がわかれば,Vnは漸化式:
Vn/Vn-1=Γ(1/2)Γ{(n+1)/2}/Γ(n/2+1)=B(1/2,(n+1)/2)
によって求めることができますが,この計算は面倒ですから,Vn-2との漸化式
Vn/Vn-2=2π/n
を用いると任意のnに対して
nが奇数であれば,Vn=2(2π)^((n-1)/2)/n!!
nが偶数であれば,Vn=(2π)^(n/2)/n!!
とも書けることも理解されます.1次元から6次元までを具体的に書けば,
Vn=2,π,4π/3,π^2/2,8π^2/15,π^3/6
という具合に,πのべき乗は偶数次元になるたびに1つあがります.
そして,n→∞のとき,
Vn/Vn-2=2π/n→0
Sn-1/Sn-3=nVn/(n-2)Vn-2=2π/(n-2)→0
ですから,不思議なことに,単位球面の体積や表面積はn→∞のとき0に収束するのです.
nが整数のとき,実際にVnの値を計算してみると,1次元から14次元までの具体的数字は次の通りです.
n Vn
1 2
2 3.14
3 4.19
4 4.93
5 5.263
6 5.167
7 4.72
8 4.06
9 3.30
10 2.55
11 1.88
12 1.36
13 0.91
14 0.60
このように,超球の体積はn=5のとき最大8π^2/15=5.2637・・・となり,以後は次元とともにどんどん減少します.(次元を整数に限らなければ5.256次元で最大となり,そのときの体積は5.277・・・である.)幾何学では5,6次元を境にして本質的に様子が変わっていることが少なくないのですが,このことはその原因の一端をほのめかしていると考えられます.
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【3】スターリングの公式と漸近評価
上記のことから,n次元超立方体[-1,1]^n(体積:2^n)において,単位超球が占める比率は,n=2であればπ/4(79%)であるが,n=5のときは16%に下落し,n=10となると0.25%になることも理解されます.
n Vn/2^n
1 1
2 0.79
3 0.52
4 0.31
5 0.16
6 0.08
7 0.04
8 0.02
9 0.006
10 0.0025
Vn/2^nは,n=10のとき,すでに10^(-3)より小さくなるのですが,これを有名なスターリングの近似公式
k!=√2π・k^(k+1/2)・exp(−k)
を使って書き直してみましょう.すると
Vn/2^n〜(πe/2n)^(n/2)/√πn
のように振る舞うことがわかります.
粗くいうと
Vn/2^n〜(πe/2n)^(n/2)
のオーダーとなりますから,2n>πe=8.539・・・すなわちn>5のとき,Vn/2^nは急激に小さくなることが示されます.
ここで重要なのは,単位超球を超立方体中に置くと,次元が大きくなるにつれて隙間がより大きくなる点です.内接球が立方体の中で無視できるほど小さな粒子のようになり,したがって,高次元において超立方体内に一様分布する標本を考えるとき,低次元の場合とは対照的に,大部分のデータは超球外に位置することになります.n=20では1個の超球内の点に対して,4千万個の点が超球外にあることになります.
また,単位立方体と同じ体積をもつn次元超球の半径rは
Vnr^n=1
より
r=Vn^(-1/n)
ですから
r〜(n/2πe)〜0.24√n
のように増加することも理解されます.
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【4】奇妙な中心断面
(1)ボールの不等式
n次元単位立方体の断面の体積の最大値について考えてみましょう.1辺の長さが1の正方形(2次元単位立方体)の切り口は単に線分になるから,その長さが最大となるのは対角線であって,最大値は√2となる.対角線とは頂点とその対角にある頂点を結ぶ線分で,正方形の原点を通るものである.
また,(3次元)単位立方体の断面は,3角形・4角形・5角形・6角形などいろいろな形をとるが,立方体の中心を通り,辺とその対蹠に位置する辺を含む平面で切ったとき,断面積は最大値√2になる.
2次元・3次元での問題は,4次元の場合あるいは考察をもっと高次元化していくこともできますが,n次元単位立方体を中心を通る超平面で切ったとき,その切り口の体積(断面積)Vは,
1≦V≦√2
であることが,ボールによって証明されています(1986年).
ボールの不等式のいいところは,Vが次元によらず,√2で上から評価されている点です.ボールの不等式は2,3次元でも一般次元でも同じ形で成立しましたが,こんなことがつい最近まで証明されなかったのは,一般次元における幾何の問題は,高い次元になると多くの反例が作れるからだと想像されます.
(2)ビューズマンの定理とボールの反例
一方,半径rのn次元超球の体積はVnr^nですから,体積を1とするrの値はVn^(-1/n)で与えられます.また,n次元超球の中心を通る超平面による切り口は(n−1)次元超球であり,その体積はVn-1r^(n-1)で表されますから,体積が1の超球の切り口の体積は
Vn-1・Vn^(1/n-1)
となります.
n Vn-1・Vn^(1/n-1)
2 1.128
3 1.209
4 1.265
5 1.307
6 1.339
7 1.365
8 1.387
9 1.405
10 1.420
11 1.434
12 1.445
13 1.456
14 1.465
体積1の10次元超球について,その実際の値を計算してみると1.4203・・・となり,体積1の10次元単位立方体の超平面による切り口の体積√2よりも大きくなります.ここで,半径rをほんの少し縮小した超球を考えてみると,単位立方体より断面積は大きいが体積は小さい例を作れることがわかります.
ところで,3次元空間内の2つの点対称凸体K,K’に関して,凸体の中心を通る任意の平面について,断面積の不等式
A(K)>A(K’)
が成り立つならば,体積についても不等式
V(K)>V(K’)
が成り立つことが知られています(ビューズマンの定理,1953年).
n次元であっても,ビューズマンの定理は成り立ちそうに思えます.実際,広く信じられてきたのですが,これが正しいのはn≦4のときだけであり,n≧5のときは正しくないのです.
たとえば,10次元のボールの例は,
A(K)>A(K’)
であっても
V(K)<V(K’)
という高次元におけるビューズマンの反例になっているからです.
さて,10次元以上の一般次元であれば,このような反例が具体的に与えられるのでしょうか?
An=Vn-1・Vn^(1/n-1)
とおくと,
An/An-2=Vn-1・Vn^(1/n-1)/Vn-3・Vn-2^(1/(n-2)-1)
ですから,n→∞のとき,
An/An-2→(Vn/Vn-2)^(1/n)=(2π/n)^(1/n)→1
これより,次元を高くすれば断面積はある極限値に収束しそうです.n→∞のとき,Vn-1→0,Vn→0ですが,An=Vn-1・Vn^(1/n-1)の極限値を求めてみることにしましょう.
Vn=π^(n/2)/(n/2)!より,
An={(n/2)!}^(1-1/n)/{(n-1)/2}!
これを有名なスターリングの近似公式
k!=√2π・k^(k+1/2)・exp(−k)
を使って書き直してみましょう.簡約化すると
An→(n/2)^(n/2)/{(n-1)/2}^(n/2)
={n/(n-1)}^(n/2)
={(1+1/(n-1))^(n-1)}^(1/2)*{n/(n-1)}^(1/2)
→e^(1/2)
したがって,極限値√e=1.6487・・・に収束することがわかります.
単位立方体の断面積は√2以下であり,大きなnに対して単位超球の断面積は
√2<√e<√3
ですから,これは高次元ではボールの反例がいくらでも作れることを意味しています.
逆に,9次元以下ではボールの反例は作られませんが,それ以外のビューズマンの反例については,5次元以上で存在することが証明されています(1992年).しかし,4次元で反例が作れるかどうかは,現在,未解決の問題として残されています.
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