■2005・わが闘争

 今年も余すところあと10日ほどになった.回顧の時期である.今年一年のこのHPに関係した様々な出来事を振り返ってみたい.私はこのHPのために自分で問題を発掘・開拓してはそれを解決していくというスタイルをとって独り善がりの仕事(趣味?)を進めることにしている.もちろん問題解決のステップが次の前進のステップへと成長・発展することを望んでのことである.

 しかし,すべての問題が解決できたわけではなく,まだ確かめなければならない点も多く残されていて,積み残しのまま年末まで持ち越してしまった問題もある.それでも今年はまずまず多くの問題を解決できたというのがいまの素直な感想である.

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【1】解決できた問題

[1]平行2n胞体のm次元断面

 今年の出来事を時系列的に述べてみることにするが,まず1月には昨年から引き続き検討してきた平行2n胞体のm次元断面を描くプログラムが完成したことがあげられる.このプログラムは佐々木誠先生(現・佐賀大学)たちのグループが車椅子の最適設計のために発案したものである.しかし,解決法がわからずいろいろと試行錯誤を重ねてきたものでもある.

 最終的には特異値分解を用いることによってシンプレックス計算をしなくても解を得ることができることがわかったが,それまでの紆余曲折を考えるとやっと正解にたどりついたという感じがする.本コラムにはプログラムまでは掲げなかったが,この紆余曲折の過程を4回に分けて掲載したのでご覧願いたい.

 このプログラムの完成により,実際に患者さんの筋力データなどを記録しながらリアルタイムに最適なテイラーメイド車椅子の設計が可能になるので,その利用価値は極めて高いものがある.このプログラムは彼らの研究にとって一生の糧になってくれると思われるので,佐々木誠先生の結婚祝いとしてこのプログラムをプレゼントすることができたことは重ねて幸甚であった.

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[2]バナッハ伝

 昨年,バナッハ・タルスキーのパラドックスに関するコラムを書いた際,畏友・阪本ひろむ氏が数年前に訳した小冊子から記事を引用した.この小冊子は私がもっているよりも砂田利一先生や志賀浩二先生に役立てて頂けるほうがよいと思われたので,両先生に彼の訳文を贈りたいと考えた.

 当初,阪本氏の快諾が得られなかったのだが,最後にはしぶしぶながら寄贈を承知をしてくれた.最終章に誤訳があり慚愧に耐えないというのである.しかし,この訳文に対して志賀先生,砂田先生から好意的な感想が寄せられたことで彼も私も大満足であった.

 バナッハはポーランド出身の数学者であるが,ポーランドは阪本ひろむ氏にとって思い入れの深い場所である.まず第一に彼の父君(故人)は共産圏の農業経済の専門家であり,UP出版から「私のポーランド」を出されている.父君は本当は数学を専攻したかったらしいのであるが,そのこともあってか一人息子が数学をするはめになった.

 阪本氏は東北大学・数学科時代に非線形偏微分方程式に関して新しい結果を出したそうである.そのときにジョン・ナッシュとの関わりが始まった.ナッシュは映画「ビューティフル・マインド」で一般に知られる様になった数学者であるが,任意のリーマン多様体のユークリッド空間への埋め込みが可能であるという定理を証明した.

  The Imbedding Problem for Riemannian Manifold

  Annals of Mathematics 56(1956) 20-63

 分野からいうと,これは多様体論に属する論文であるが,後年,この論文の手法は非線形問題(とくに非線形偏微分方程式)の根の存在を証明する手法として有効であることが分かった.ナッシュの手法は(この手法の改良者の名前をあわせて)Nash-Moserの定理と呼ばれるようになった.阪本氏が大学院時代に取り組んだ非線形波動方程式の問題にもNash-Moserの定理が用いられている.

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 映画「ビューティフル・マインド」により,ナッシュが存命であり,ノーベル経済学賞を獲得したことを知った.ところで,リーマン多様体のユークリッド空間への埋め込み定理には後日談がある.ナッシュの証明は,コンパクトな多様体の場合,間違いはない.しかし,コンパクトでない多様体の証明には見落とし(微妙な誤り)があることが発見された.

 この証明の間違いは40数年後に発見された(1998年 R.M.Solvey).これはナッシュ宛のE-mailで明らかにされ,正しい証明はナッシュのホームページ

  http://www.math.princeton.edu/jfnj/

からダウンロードできる.発見者は,ちょっと証明方法をちょっと変えるだけでコンパクトでない多様体の場合もナッシュの命題は成立することを示している.(基本的な証明には誤りはないので,多様体論が姉歯氏のマンションのように倒壊することはない.)

 なお,Beautiful Mindの著者たち(H.W.Kuhn, S.Nasar)によるJ.Nashの論文集"The Essential John Nash"(2002 Prinston Univ. Press)があり,容易に入手できる.また,2005年にはその和訳(落合卓四郎,松島斉訳)

  「ナッシュは何を見たか?」シュプリンガー・フェアラーク東京

も出版されている.詳細についてはこれを購読されたい.

 その後の阪本氏の消息であるが,大学院時代に数学者としての限界を感じたらしく,周囲の勧めに反してコンピュータ関連の会社に就職.しかし,数年前,グラフ理論を使ったソフトに対する評価の違いから上司と対立,会社を去ることになった.将来への不安もあってか現在鬱状態にあり服薬中であるという.そのこと自体,ナッシュの生涯に重ね合わせることができるかもしれない.

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 私は砂田先生や志賀先生の書棚の片隅にでも置いて頂ければと考えて阪本氏の小冊子を贈ったのであるが,原著の日本語訳はまだ出ていないこと,志賀先生の後押しもあって,

  志賀浩二監訳・阪本ひろむ訳「バナッハとポーランド数学」シュプリンガー・フェアラーク東京

が出版されることになった.

 砂田先生,志賀先生に訳文を贈る件に関して彼はしぶしぶ承知をしてくれたのであるが,いまは彼を説得してまでも寄贈して本当によかったと思っている.出版をめぐる情勢の厳しい中,二転三転,容易に事は進まなかったものと思われるが,関係各位へのお礼とともに読者の皆様方にはこの場を借りて宣伝しておきたい.

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[3]多面体の木工製作

 昨年までこのHPはリーマン予想や素数,ゼータ関数など数学に関する記事が多かったのであるが,現在では木工多面体の話が大部分を占めている.

  「朝鮮サイコロ・中国サイコロの数理」

  「菱形六面体の切頂」

  「4次元120胞体の3次元投影」

  「色即是空・空即是色」

  「正多面体の木工製作」

  「5回対称性と準周期的結晶」

  「切頂・切稜多面体の計量」

  「シリコンフラーレンの木工製作」

  「空間充填多面体の分割」

  「ウィアの12面体・14面体の木工製作」

 これらは中川宏さんのお仕事の紹介記事であるが,なかには中川宏さんと私のコラボレーションによる新作の多面体の紹介もあるし,「シリコンフラーレンの木工製作」,「ウィアの12面体・14面体の木工製作」ではねじれ重角錐台の計量についても扱われている.

 多面体の構造は3次元的であるので,頭の中に描いたり2次元の紙のうえに投影したりしてもなかなか理解しにくいものである.一番の早道は自分の手で多面体の模型を組み立ててみることであるが,多面体模型は簡単には入手できないし,気に入ったものとなるとなおさらである.

 ということで中川宏さんの木工多面体作りが始まったのであるが,それまで中川宏さんが木工製作した立体図形は正多面体5種と準正多面体のうち「ねじれ立方体」「ねじれ12面体」を除く11種,その双対として菱形十二面体や菱形三十面体,4次元の正120胞体などである.

 しかし,最後まで残っていた「ねじれ立方体」「ねじれ12面体」も制覇されたことで,これですべての正多面体・準正多面体の木工模型が完結したことになる.これを記念して中川宏さんは「多面体木工」を刊行することにした.

 自費出版であり,費用の面でも大変であると思われるが,こうした記録を残しておくことは大切であろう.私は中川宏さん製作の無垢の木の多面体を机の上において朝な夕なに手にとっては眺めているが,時としていいアイディアが浮かんでくるから不思議なものである.ともあれ,これからの成果が楽しみである.

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【2】積み残した問題

[1]α−14面体・β−14面体の木工製作

 ウィア・フェランの12面体・14面体は2種類の多面体の組合せによる空間充填であったが,単独の空間充填多面体としてケルビンの14面体(4^66^8)やウィリアムズの14面体(4^25^86^4)の木工模型を取り上げてみたい.

[2]n角の穴をあけるドリル

 「四角い穴をあけるドリル」,「三角の穴をあけるドリル」ときたのであるが,これで話が終わったわけではない.数学的な観点からすれば問題を一般化して,n角の穴をあけるドリルのときはどうなるかを問うことができるし,ここまできたからにはそれが自然な成り行きであろうと思う.

 今度の正月は中国(ハルピン→長春)で過ごす予定なので,これらの問題については厳寒の地で再考することにしたい.まったくの棚上げ状態にならなければよいのであるが,・・・.

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【3】雑感

[1]数学的一般化について

 一般化に関連して,いまでも私の思い出として焼き付いている問題をお話ししたいと思います.19世紀の数学者リュカの考案したゲームに「ハノイの塔」があります.ハノイの塔とは3本の柱A,B,Cがあり,柱Aにある何枚かの円盤を1枚ずつ柱Bを中継点にして柱Cに移動させるものです.ただし,どの柱でも上の円盤の方が小さくなければなりません.

 円盤が3枚であるとします.Aにある3枚をBに移すにはCを中継点にしてBに移動させる.このためには上の2枚をCに移し,3枚目をBにもってきた後,Cの2枚をBに移動させる.次に円盤が4枚であるとします.上の三枚がくっついているとして,この3枚をBに移し,一番下の円盤をCにもってきて,Bの3枚をCに移せばよい.

 このような再帰的な方法を用いれば円盤が何枚あってもAからCに移動させることができるのですが,n枚の円盤を移動させるのに必要な最小回数をanと書くことにすれば,漸化式

  an=2an-1+1

で表せることがわかります.いま述べたn−1枚がくっついているとして・・・という考え方を小学5年生の息子に説明したところ,すぐにも意味が理解できた様子でありました.

 anの具体的な値は

  an+1=2(an-1+1)

  an-1+1=2(an-2+1)

  ・・・・・・・・・・・・・

  a2+1=2(a1+1)

より,容易に

  an=2^n−1

で与えられることがわかりますが,こうして円盤が3枚のとき→4枚のとき→n枚のときに一般化することができます.(形は似ていますが,柱が3本のとき→4本のとき→n本のときに一般化するのはもっと難しい問題になります.)

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[2]かたちの研究者

 6月頃だったと記憶しているのですが,東京都荒川区南千住の乙部融朗住職(円通寺)を訪問,高次元の準正多胞体に関する講義を拝聴することができました.氏は「多胞体」と呼ばずに「多体胞」と呼んでおられます.面は2次元,体は3次元,したがって胞は4次元に使う用語であるべきということを主張しているわけです.

 氏のことは

  石井源久・山口哲「高次元図形サイエンス」,京都大学学術出版会

にも取り上げられていますのでここでは紹介しませんが,「かたち」以外の領域にも並々ならぬ関心を寄せられ,知力,そして80余才というご高齢にも関わらず夕方5時から朝方5時までビールを飲みつつも一睡もせず講義される体力に驚かされました.(私にとっては一生の思い出に残る一夜となりました.)

 その際,立方体(四角六面体)が菱形十二面体(四角十二面体)に,菱形十二面体が正十二面体(五角十二面体)に連続して変化するアイディア満載の模型を見せていただいきました.すべて氏が自作された模型で,針金製,紙製,竹製,木製など大小取り混ぜて200個くらいはあるそうです.

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