デルトイドでは長さが一定の線分をデルトイドに接しながらスムーズに1回転させることができるのですが,正3角形に内接しながら回転することできる凸閉曲線は円以外にも存在します.
このような図形の一例が,正三角形の中線を一辺とする正三角形の頂点を中心として,中線の長さを半径とする2個の円弧からなる曲線(藤原・掛谷の2角形)ですが,このような図形を応用すれば正3角形の穴をあけるドリルを作ることが可能になります.
藤原は「微分積分学」など有名な解析学の本を著した数学者藤原松三郎,掛谷は「長さが1である線分を1回転させるのに必要な最小面積の図形は何か」など数々の魅力的な問題(掛谷の問題)を提出したことで知られる数学者掛谷宗一のことです.この図形の対称軸の長さは正三角形の高さに等しいことがわかりますが,正三角形を太ったデルトイドとみなすと,太った線分に相当するものが藤原・掛谷の2角形です.
藤原・掛谷の2角形は「定幅図形」ではありません.ルーローの三角形とは共通点もあり相違点もあるのですが,正3角形に内接しながら回転することできる性質をもつ曲線の中で囲む面積が最小のものは,藤原・掛谷の2角形であることが証明されています.
前回のコラムにおいて,正方形の中で回転するルーローの三角形の中心は4つの楕円の弧をなすことがわかりましたが,正三角形の中の藤原・掛谷の2角形の中心の運動も3つの楕円の弧を組み合わせたものになっているでしょうか?
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【1】デルトイドの幾何学
半径R=3rの円の円周上を半径rの円が滑らずに転がるとき,円上の固定点Pの最初の位置を(R,0)にとると,θだけ回転したときの点Pの座標は
x=2rcosθ+rcos2θ
y=2rsinθ−rsin2θ
で与えられます.
dx/dθ=−2rsinθ−2rsin2θ=−2r(2cosθ+1)sinθ
dy/dθ=2rcosθ−2rcos2θ=−2r(2cosθ+1)(cosθ−1)
より,点(x,y)における接線の方程式は
(1−cosθ)x+(sinθ)y=r(cosθ−cos2θ)
このとき,交点P1,P2の偏角はπ−θ/2,2π−θ/2であることから
x1=−2rcosθ/2+rcosθ
y1= 2rsinθ/2+rsinθ
x2= 2rcosθ/2+rcosθ
y2=−2rsinθ/2+rsinθ
したがって,
P1P2=4r
デルトイドは3つの尖点をもつ図形ですが,ここで証明したように「デルトイドの接線が曲線に挟まれる部分の長さは一定である.」という性質があります.これは,デルトイドでは長さ4rの棒をデルトイドに接しながら1回転することができるというのと同一です.→(掛谷の問題)
また,P1P2の中点は
x=rcosθ,y=rsinθ
となりますから,半径rの円軌道を描くことも証明されます.
なお,n個の尖点をもつハイポサイクロイドの定円の半径をRとした場合,ハイポサイクロイドの面積は
S=(n−1)(n−2)/n^2・πR^2
で表されます.デルトイドの場合はn=3,R=3rですから
S=2πr^2
となって,回転円の面積の2倍に等しくなります.
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
シムソン線というのは三角形の外接円上の任意の1点から3辺(またはその延長線)に下ろした垂線の足を結ぶ直線のことで,垂線の足は一直線上に並ぶところが面白いところです.初めてデルトイド(三星形)の研究を行ったのはオイラー(1745年)ですが,19世紀の数学者シュタイナーがシムソン線の包絡線として研究したところから,デルトイドはシュタイナーのハイポサイクロイドとも呼ばれています.
デルトイドがもつ性質のひとつは外接円さえ同じであれば,三角形の形に関係なく,同じ形のデルトイドが得られるということです.もう一つの性質はデルトイドで両端を仕切ったシムソン線の長さは一定で,その値は転円の半径をr(すなわち定円の半径を3r)とすると,4rになります.
三角形の9点円Qと同心で,半径がその3倍の定円Q’を導線として,Qを通るシムソン線(3本ある)がQ’と交わる点Sにおいて,最初Q’に接していた9点円と同大の円をQ’の内側をころがすとき,最初Sにあった点の描く軌跡がこのデルトイドです.この結果はシュタイナーが初等幾何学的に示しました.
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【2】直線上を転がるときの中心の軌跡
藤原・掛谷の2角形の中心が描く軌跡は,角において接線同士のなす内角はπ/3ですから中心角2π/3の円弧とトロコイドを区分的に接続した曲線となります.
藤原・掛谷の2角形の場合も,角から中心までの距離をc(=a/2)とおき,トロコイドの最下点y=a−bの位置をx=0にとると,円弧部分は
x=πa/6+csinφ (−π/3≦φ≦π/3)
y=ccosφ
両者が接続する点ではφ=−π/3ですから,円弧に関して
dy/dx=−tanφ=√3
d^2y/dx^2=cotφ=−1/√3
d^3y/dx^3=−tanφ=√3
トロコイド(b=a√3/2)に関しては,円弧と連続することより
y=a−bcosθ=c/2
より,
cosθ=√3/2,sinθ=1/2
dy/dx=bsinθ/(a−bcosθ)=√3
d^2y/dx^2=−cotθ=−1/√3
d^3y/dx^3=−tanθ=−√3
となって,yもy’もy”も一致するするように接続することがわかります.
藤原・掛谷の2角形が直線上を転がるときの中心の軌跡はトロコイドの最高点a+bを円弧の最高点cまで押しつぶしたような形であって,a−b≦y≦c,すなわち,
(1−√3/2)a≦y≦a√3/2
の範囲を動くことになります.
なお,藤原・掛谷の2角形の中心が直線を描く場合の基線は,
b=a√3/2,−π/2≦φ≦π/2
に変わるだけで,それ以外はルーローの三角形の場合とまったく同じ議論になります.
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【3】中心の軌跡
藤原・掛谷の2角形とルーローの三角形の共通点は
(1)円弧上の点を接点として転がるとき,円の中心は直線y=a上を基線上の接点と平行に動くことですが,
(2)正方形の4辺に接する接点を結ぶ線分は直交すること
はできませんから大きな相違点となります.
藤原・掛谷の2角形の場合,接点は3個ですから円弧上の点を接点として転がるとき,残りの2個の接点を結ぶ線分は(1)とは直交しないのです.そこでここでは角で接している接点から正三角形の辺に垂直な線ではなく,基線(x軸)に平行な線を引きます.この線は(1)のy軸に平行な線と直交します.(この線は単なる補助線であって,たとえば物体にかかる力の和=0なり,トルク(回転モーメント)の和=0なりといった物理的条件からの要請ではありません.)
このような条件で,藤原・掛谷の2角形の中心の軌跡を求めると,ルーローの三角形のときより面倒になるのですが
x=acos(π/3−θ)+asin(π/3−θ)/√3−bsinθ
=(2a/√3−b)sinθ
y=a−bcosθ
で与えられることが理解されます.この式は自由な回転であればaθだけ進むべきところが
2a/√3sinθ
に促進されていると考えることができます.
θを消去すれば
{x/(2a/√3−b)}^2+{(y−a)/b}^2=1
となって,正三角形の中で回転する藤原・掛谷の2角形の中心は3つの楕円の弧をなすことがわかります.以下に,中心の軌跡を描いたものを掲げます.
ルーローの三角形では円もどき,デルトイドでは真円軌道を描いていたのですが,藤原・掛谷の2角形の中心は三角おむすび形の軌道になるようです.藤原・掛谷の2角形が実際に三角の穴をあけるドリルに応用されているかどうかは知りませんが,このことからその工学的な機構はルーローの三角形の場合より複雑になることは避けられません.
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【4】プログラム
1000 '
1010 ' **** drill ****
1020 ' 2005/11/23 (C) サトウ イクロウ
1030 SCREEN 3,0:CONSOLE ,,0,1
1040 CLS 3:WIDTH 80,25:COLOR 6
1050 PI=3.14159
1060 '
1070 PRINT "1) square hole"
1080 PRINT "2) triangle hole"
1090 PRINT:PRINT "input the number";:INPUT W$
1100 IF W$<>"1" AND W$<>"2" THEN 1250
1110 IF W$="1" THEN GOSUB *SQUARE
1120 IF W$="2" THEN GOSUB *TRIANGLE
1130 '
1140 CLS 3
1150 WW=LL/2+1
1160 WINDOW(-WW,-WW)-(WW,WW)
1170 VIEW(120,0)-(519,399)
1180 GOSUB *FRAME
1190 GOSUB *TRACE
1200 WINDOW(0,0)-(639,399)
1210 VIEW(0,0)-(639,399)
1220 '
1240 GOSUB *TEMP
1250 SCREEN 3,0:CLS 3
1260 END
1270 '
1280 ' ***initialize ***
1290 '
1300 *SQUARE:
1310 AA=10:BB=AA/SQR(3)
1320 LL=AA:YC=AA/2
1330 TS=0:TE=PI/6:IT=4
1340 RETURN
1350 '
1360 *TRIANGLE:
1370 AA=10:BB=AA*SQR(3)/2
1380 LL=AA*2/SQR(3):YC=AA/3
1390 TS=-PI/6:TE=PI/6:IT=3
1400 RETURN
1410 '
1420 ' *** frame ***
1430 '
1440 *FRAME:
1450 XS=-LL/2:YS=-YC
1460 XE= LL/2:YE=-YC
1470 FOR I=0 TO IT-1
1480 C1=COS(PI*2/IT*I):S1=SIN(PI*2/IT*I)
1490 X1= XS*C1-YS*S1
1500 Y1= XS*S1+YS*C1
1510 X2= XE*C1-YE*S1
1520 Y2= XE*S1+YE*C1
1530 LINE(X1,-Y1)-(X2,-Y2),7
1540 NEXT I
1550 RETURN
1560 '
1570 ' *** trace ***
1580 '
1590 *TRACE:
1600 FOR I=0 TO IT-1
1610 C1=COS(PI*2/IT*I):S1=SIN(PI*2/IT*I)
1620 '
1630 G=0
1640 FOR T=TS TO TE STEP PI/180
1650 'XW=AA*T-BB*SIN(T)
1660 IF W$="1" THEN XW=AA*COS(PI/3-T)-AA/2-BB*SIN(T)
1670 IF W$="2" THEN XW=AA*SIN(T)*2/SQR(3)-BB*SIN(T)
1680 YW=AA-BB*COS(T)-YC
1690 X= XW*C1-YW*S1
1700 Y= XW*S1+YW*C1
1710 IF G=0 THEN PSET(X,-Y),I+3:G=0
1720 LINE-(X,-Y),I+3
1730 NEXT T
1740 '
1750 NEXT I
1760 '
1770 XW=0:YW=(AA-BB)-YC
1780 FOR T=0 TO PI*2 STEP PI/180*10
1790 C1=COS(T):S1=SIN(T)
1800 X1= XW*C1-YW*S1
1810 Y1= XW*S1+YW*C1
1820 PSET(X1,-Y1),7
1830 NEXT T
1840 RETURN
1850 '
1860 *TEMP:
1870 LOCATE 0,24:PRINT "何かキーを押してください";:WHILE INKEY$="":WEND
1880 RETURN
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【補】掛谷の問題
1917年,掛谷宗一は「長さが1である線分を1回転させるのに必要な最小面積の図形は何か」という問題を提出しました.
(凸図形の場合)
(例1)線分ABをAの回り180°回転した半円:面積π/2
(例2)ABを中点Oの回りに360°回転した円:面積π/4
(例3)ルーローの三角形(正三角形の各頂点を中心として他の2頂点を通る円弧を描いてできる定幅図形):面積(π−√3)/2
平面における定幅図形(いかなる方向に関しても等しい幅をもっている図形)は円だけではなく,そのような形状は無数にあります.定幅図形の中で最大の面積をもつものは円であり,最小の面積をもつものはルーローの三角形です(ブラシュケ・ルベーグ,1914年).
実は凸領域となる最小の領域は,高さが1の正三角形(面積√3/3)であることが藤原松三郎によって予想され,1921年,パルによって証明されています.
(単連結図形の場合)
それでは,凸領域でなくてもよいとしたとき,解はどうなるのでしょうか? この問題は多くの予想を生み出しました.たとえば,デルトイドでは長さが一定の線分をデルトイドに接しながらスムーズに1回転させることができるのです.
(例4)直径3/4の円を固定しておいて,その円に直径1/4の円を内接させて転がしたときにできるデルトイド:面積π/8
デルトイドは19世紀の幾何学者シュタイナーがシムソン線の包絡線として研究した図形で,シムソン線というのは三角形の外接円上の任意の1点から3辺に下ろした垂線の足を結ぶ直線のことです.また,ハイポサイクロイドの面積は
S=(n−1)(n−2)πa^2/n^2
で与えられます.
単連結となる最小の領域は,面積π/8のデルトイドと予想され,掛谷自身,π/8が最小値であると予想しましたし,多くの数学者も答はデルトイドではないかと予想していたようです.ところが,これらより面積が小さい図形が考えだされました.デルトイドが3個の尖点をもっていることに着目すると,5個の尖点,7個の尖点,・・・をもつ図形を考えることができるのです.
たとえば,5個の尖点をもつ図形の場合,その面積はデルトイドの面積の約3/4になりますが,尖点の個数を増やしたとしても面積を際限なく減らすことが不可能です.単連結となる最小の領域は,面積π/8のデルトイドではなく,別の星状図形であることがブルームとシェーンベルグにより発見されました(1963年).この形はフーコーの振り子を何万回もらせたときの形に似ているらしいのですが,その面積はπ/11よりも小さくなります.
その後,カニンガムによって与えられた最小の星形掛谷集合の面積の下限はπ/108と(5−2√2)π/24の間にあることが示されています(1971年).すなわち,その面積はπ/11以上にはならないし,π/108以下にはできないこと,そして下限は(5−2√2)π/24以下であるというわけです.単連結図形による掛谷の針の問題にはまだ未解決な部分が残されているのです(実解析学における未解決問題).
(一般図形の場合)
単連結というのは内部に穴がひとつもない図形のことですが,その条件さえも緩めたらどうなるでしょうか? 実は,単連結でなくてもよいとしたとき,ベシコビッチによって「前後を方向転換できるいくらでも面積の小さい図形を作ることができる」ことが証明され,掛谷の針の問題は意外な顛末を迎えました(1927年).
その際「ペロンの木」と呼ばれる図形操作を使って証明するのですが,ハンドルを細かく切り返すジグザグ運動を続けることで,1kmの長さの針でも,切手1枚分の面積の図形の中で頭と尻尾を逆に方向転換できるというのですから,ベシコビッチの証明は直観に反しています.予想外であるうえ,常識ではとても受け入れられものではありません.多くの数学者にとっても予想が裏切られる結果になったわけで,その驚きはいかに大きかったであろうかと推察されます.
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