正三角形の3つの頂点を中心にして正三角形の1辺の長さを半径とする円を描くと,正三角形に少し丸みをつけた図形ができる.これがルーローの三角形である.ルーローの三角形はどの方向の幅も最初の正三角形の1辺の長さとなる.いかなる方向に対しても等しい幅をもっている図形を「定幅図形」と呼ぶ.
「定幅図形」であるから,どんな向きにおいても同じ長さを1辺とする正方形のなかにピッタリ収まる.そこでドリルの刃をルーローの三角形にすると四角い穴もあけられることになる.(実際,ルーローの三角形の形の刃をもつドリルで四角の穴をあけるものがあるし,マツダのロータリーエンジンはルーローの三角形を応用したもので,ピストンエンジンに較べて可動部分が少なく,大きさの割には高い出力が得られる.)
とはいっても,もちろん中心が固定されていては丸い穴しかあけられない.中心以外の定まった軸のまわりに回転させてもダメである.それでは中心をどのように動かせば正方形の穴をあけるドリルを作ることができるのだろうか?
阪本ひろむ氏に教えてもらったのだが,
Wagon著「Mathematica数学研究・基礎編」
の記述によると中心の運動は4つの楕円の弧を組み合わせたものになっているそうである.その記述には何の説明もなく楕円軌道を描くのは当然のごとく書かれてあったのだが,それをみた瞬間,小生には本当だろうかという疑問が湧いた.
ルーローの三角形には3つの角があり,そこを接点として転がるときは円弧,円周上の1点を接点として転がるときはトロコイドになる.だから楕円とはまったく関係しないように思えたのである.はたして,小生の直観は正しいであろうか.
とかく直観はだまされやすいものなので実際に計算してみるつもりになったのだが,みるとやるでは大違い,この問題は一筋縄ではゆかない厄介者であることがわかった.今回のコラムでは小生が試行錯誤した計算過程を披露してみたい.
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【1】直線上を転がるときの中心の軌跡
円が直線上を回転するとき,円の中心が描く軌跡は定直線に平行な直線となります.円を正方形に置き換えてみると,頂点が回転軸となりますから,正方形の中心は中心角π/2の円弧を連ねた波型曲線を描きます.正三角形の場合,その中心(重心)は中心角2π/3の円弧をつないだ曲線になります.一般に,正n角形の場合,中心角2π/nの円弧をつないだ曲線となるのですが,円の場合は正n角形のn→∞のときの極限として,平行線を描くというわけです.
また,固定した直線上を円が滑らずに転がるとき,回転円の周上の固定点のなす軌跡はサイクロイドと呼ばれます.最初の定点の位置を原点にとり,回転角を媒介変数として回転円の半径をaとすると
x=a(θ−sinθ),y=a(1−cosθ)
と書くことができます.この曲線は2変数多項式f(x,y)=0の形に表せませんから代数曲線でありません.
円の内側にある固定点が描く軌跡をトロコイドというのですが,
x=aθ−bsinθ,y=a−bcosθ (a>b>0)
で表されます.bは円の中心から固定点までの距離で,このときyはa−b≦y≦a+bの範囲を動きます.また,サイクロイドもトロコイドもθ=2π,x=2πaを周期とする曲線であることがわかります.
dx/dθ=a−bcosθ=y,dy/dθ=bsinθ
d^2x/dθ^2=bsinθ,d^2y/dθ^2=bcosθ
d^3x/dθ^3=bcosθ,d^3y/dθ^3=−bsinθ
より,
dy/dx=bsinθ/(a−bcosθ)
d^2y/dx^2=cotθ
d^3y/dx^3=−tanθ
それではルーローの三角形の中心が描く軌跡はどうなるかというと,トロコイドと中心角π/3の円弧を区分的に接続した曲線となります.その理由はルーローの三角形には3つの角があり,そこを接点として転がるときは接線同士のなす内角は2π/3ですから中心角π/3の円弧となり,一方,円周上の1点を接点として転がるときはトロコイドになるからです.
ルーローの三角形の場合,b=a/√3です.また,角から中心までの距離をc(=b=a/√3)とおき,トロコイドの最下点y=a−bの位置をx=0にとると,円弧部分は
x=πa/6+csinφ (−π/6≦φ≦π/6)
y=ccosφ
と表すことができます.
dx/dφ=ccosφ,dy/dφ=−csinφ
d^2x/dφ^2=−csinφ,d^2y/dφ^2=−ccosφ
d^3x/dφ^3=−ccosφ,d^3y/dφ^3=csinφ
より
dy/dx=−tanφ
d^2y/dx^2=cotφ
d^3y/dx^3=−tanφ
両者が接続する点ではφ=−π/6ですから,円弧に関して
dy/dx=−tanφ=1/√3
d^2y/dx^2=cotφ=−√3
d^3y/dx^3=−tanφ=1/√3
トロコイドに関しては,円弧と連続することより
y=a−bcosθ=c√3/2
より,
cosθ=√3/2,sinθ=1/2
dy/dx=bsinθ/(a−bcosθ)=1/√3
d^2y/dx^2=−cotθ=−√3
d^3y/dx^3=−tanθ=−1/√3
となって,yもy’もy”も一致するするように接続することがわかります.しかし,y^(3)は一致していないようです.
以上のことから,ルーローの三角形が直線上を転がるときの中心の軌跡はトロコイドの最高点a+bを円弧の最高点cまで押しつぶしたような形であって,a−b≦y≦c,すなわち,
(1−1/√3)a≦y≦a/√3
の範囲を動くことになります.
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【2】中心が直線を描く場合の基線
前節では直線上(接線上)を転がるルーローの三角形の中心の描く軌跡について考えてみましたが,ここでは逆問題,すなわち,ルーローの三角形の中心が直線を描く場合,その基線となる曲線を求めてみます.
これにより,直線上を転がるルーローの三角形の中心の描く軌跡と,ルーローの三角形の中心が直線を描く場合の基線は一致しないことを実際に確かめてみることにします.→コラム「転がる石に苔むさず」参照
ルーローの三角形を極座標を用いてr=r(φ)で定義します.r=r(θ)としなかったのはトロコイド(パラメータ:θ)
x=aθ−bsinθ,y=a−bcosθ (a>b>0)
との対応を考えてのことです.
φの出発点(φ=0)をトロコイドの最下点y=a−bの位置にとると,
r^2=a^2+b^2−2abcosθ (余弦定理)
acosθ=b+rcosφ (−π/3≦φ≦π/3)
asinθ=rsinφ (−π/6≦θ≦π/6)
なる幾何学的関係が成り立ちますから
r^2=a^2+b^2−2b(b+rcosφ)
=a^2−b^2−2brcosφ
したがって,
r=−bcosφ+{(bcosφ)^2+a^2−b^2}^(1/2)
=−bcosφ+a{1−k^2sin^2φ}^(1/2) k=b/a
x=∫rdφ
=∫{−bcosφ+{(bcosφ)^2+a^2−b^2}^(1/2)}dφ
=−bsinφ+aE[φ,k^2] k^2=a^2/b^2
y=−r
よりφを消去できれば基線(x,y)が求められるのですが,厳密解は不完全楕円積分ですからこれ以上簡単な形には表せません.
dx/dφ={−bcosφ+{(bcosφ)^2+a^2−b^2}^(1/2)}=−y
dy/dφ=−bsinφ+1/2・sin2φ{(bcosφ)^2+a^2−b^2}^(-1/2)
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【3】中心の軌跡
第2節の考察は接点と中心の回転の位相(x座標)がずれていないという利点があるものの,当該の問題を解くのには役に立ちません.第1節に掲げたトロコイド
x=aθ−bsinθ,y=a−bcosθ (a>b>0)
の媒介変数表示を用いることにします.
第1節との違いは,ルーローの三角形の回転が基線上の自由運動ではなく,正方形の中の回転に制限されているということです.この制限はxに影響を与えますがyには影響しません.すぐには気づきにくいことなのですが,
(1)円弧上の点を接点として転がるとき,円の中心は直線y=a上を基線上の接点と平行に動くこと,
(2)正方形の4辺に接する接点を結ぶ線分は直交すること
が重要な点です.
これに気づきさえすれば,中心の軌道が
x=acos(π/3−θ)−a/2−bsinθ
=−a/2+a/2cosθ+(a√3/2−b)sinθ
y=a−bcosθ
で与えられることが理解されます.この式は自由な回転であればaθだけ進むべきところが
acos(π/3−θ)−a/2
に制限されていると考えることができます.
cosθ=(y−a)/b
sinθ={x+a/2−a(y−a)/2b}/(a√3/2−b)
よりθを消去すれば,正方形の中で回転するルーローの三角形の中心は4つの楕円の弧をなすことがわかります.以下に,ルーローの三角形の中心の軌跡を描いたものを掲げます.
実際はほとんど円(半径:b−a/2)を描いているといっていいくらいのようですので,「円もどき」の軌跡と表現しておきます.なお,ルーローの三角形の中心は辺に対して近づいたり遠ざかったりする運動をするわけですから,4辺ではその運動を4回繰り返さないと四角い穴はあけられません.したがって,ルーローの三角形が正方形のなかを1回転するとき,重心はそれが描く軌跡を4回まわることになります.もちろん頂点の軌跡は(ほとんど)四角形に一致します.
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【補】サイクロイド
固定した直線上を円が滑らずに転がるとき,回転円上の固定点のなす軌跡がサイクロイドです.サイクロイドはそもそもガリレイによって発見され,ホイヘンスによって振子時計の設計に使われ,そしてパスカルの積分法の研究にも貢献しています.サイクロイド弧が囲む面積は3πr^2(回転円の面積の3倍に等しい),弧長は8r(回転円に外接する正方形の周に等しい)になります.また,サイクロイドにはいくつかの興味深い特性があります.
[1]最速降下線
1696年,ベルヌーイによってヨーロッパ中の優れた数学者に対して,質点が重力だけの作用の下で滑らかな曲線に沿って運動するとき,到達までの所要時間が最小になるような曲線は何か?という「最速降下線」の問題が提出されました.
微小部分における曲線の長さはs=√{1+(y')^2}dx,また,そこでの速度は重力だけの作用下ですから位置エネルギーが運動エネルギーに変わること
mgy=mv^2/2 → v=√(2gy)
より速度は高さの平方根√yに比例します.したがって,変分問題は移動時間
T[y]=∫{(1+(y')^2)/y}^(1/2)dx
を最小とする関数yは何かという問題になります.解は直線ではありません.
ニュートンは直ちにこれを解き,匿名で解答を送ったが,ベルヌーイはその解法を見てすぐに解答者を知ったという逸話は余りにも有名です.私には,たとえ積分公式集があったとしても,計算は面倒そうに思えるのですが,その答えがサイクロイドだったのです.そして,重力場において2点間を滑りおりる最短時間の曲線の問題を解決するために工夫された方法が,のちに変分学に発展しました.
[2]等時曲線
ガリレオ・ガリレイは16世紀の終わりにピサの斜塔で有名な落体の実験を試みましたが,さらに大聖堂のシャンデリアの動きから振子の等時性を発見しています.
糸の長さlに質量mの錘のついた振り子の運動方程式は,
mldθ^2/d^2t=−mgsinθ
で表されますが,
sinθ=θ−1/3!θ^3+1/5!θ^5−・・・
より,小さな振幅に限るとsinθ≒θとしてよいので
mldθ^2/d^2t=−mgθ
となります.この方程式は線形なので解くことができ,周期
T=2π√l/g≒2√l
が得られます.したがって,周期はl=25cmで約1秒,l=1mで約2秒となり,振幅には拠りません.
これが有名な「振り子の等時性」ですが,この現象は振幅が小さい場合に限って成立します.しかし,振幅が大きいと,復元力はsinθに比例し,積分は楕円積分となります.その場合の周期として
T=4√(l/g)K(k)
が得られますが,この式は振幅が小さいとき
T≒2π√(l/g)
と近似されます.
現実には振幅はそれ程小さくなく,無視できない差が生じます.楕円積分が登場するため,線形性はくずれ非線形になるからです.しかし,サイクロイドを用いると,周期が振幅に依存しない正確に等時性をもった振り子を作ることができます.振幅角が大きいとき振子の長さを短くすればよいのですが,ホイヘンスはサイクロイドが等時曲線(所要時間が質点の位置に関係なく一定である曲線)であることを発見し,等時性からのずれを補正するためにサイクロイドの縮閉線を利用しました.サイクロイドの縮閉線にはもとのサイクロイドと合同なサイクロイドになるという性質があるからです.なお,サイクロイド振り子の周期は
T=4π√r/g≒4√r
です.
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【補】楕円積分
単振り子の振動周期や楕円の弧長を求める問題を考える場合,k[0,1]をパラメータとする不完全積分
f(x)=1/{(1-x^2)(1-k^2x^2)}^(1/2)
f(x)={(1-k^2x^2)/(1-x^2)}^(1/2)
F(z)=∫(0-z)f(x)dx
が絡んできます.
f(x)=1/{(1-x^2)(1-k^2x^2)}^(1/2)
K(k)=∫(0-1)f(x)dx
を第1種完全楕円積分,
f(x)={(1-k^2x^2)/(1-x^2)}^(1/2)
E(k)=∫(0-1)f(x)dx
を第2種完全楕円積分と呼びます.
これらの不定積分は初等関数では表せませんが,たとえば,第1種完全楕円積分は
K(k)=π/2{1+(1/2k)^2+(3/8k^2)^2+(5/16k^3)^2+・・・}
とベキ級数展開できます.
完全楕円積分を用いると,楕円:x^2/a^2+y^2/b^2=1の全周は
4aE(k)=2aπ(1-k^2/4-3k^4/64-5k^6/256-・・・) k=(1-b^2/a^2)^(1/2)
レムニスケート:(x^2+y^2)^2=2a^2(x^2-y^2)の全周は√(8)aK(1/√(2))
糸の長さlの単振り子の周期はT=4√(l/g)K(k)
したがって,振幅が小さいときT〜2π√(l/g)と表すことができます.
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