■空間充填多面体の分割

 立方体(f=6),菱形十二面体(f=12),切頂八面体(f=14)はよく知られた空間充填立体ですが,空間充填可能な凸f面体すべてを決定することは現在でも未解決になっています.ちなみに現在は4≦f≦38であるすべてのnに対し,空間充填可能な凸f面体が存在することが判明しています.

 f=38に対しては1980年にエンゲルが2つの異なる38面体の存在を示したのですが,f≧39に対して空間充填凸f面体が存在するか否かはいまだ不明です.未解決問題というわけですが,f=38は2種類あるわけですから,f≧39に対しても空間充填凸f面体が存在するような気がします.はたしてこの予想は正しいでしょうか?

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【1】空間充填体の分割体

 正三角形が4つの断片に切り分けられていて,ハトメを中心として回転させると正方形に変形するというパズルをご存知でしょうか? もちろん正三角形と正方形の面積は等しいのですが,このパズルには平面充填形(タイル張り)の理論が潜んでいることに気づけばその切り分け方を見いだすことができます.

 私はこのことをスタインハウス「数学スナップショット」紀伊国屋書店の冒頭で知ったのですが,デュドニーのカンタベリー・パズルと呼ばれているそうです.デュドニーのカンタベリー・パズルは「平面ハトメ返し」による分割合同なのですが,立体の2つの断片のどれかの辺を蝶番でつなぐことによって「立体蝶番返し」を考えることができます.

 菱形十二面体や切頂八面体はよく知られた空間充填立体ですが,実際,菱形十二面体と直方体の間の立体蝶番返し,切頂八面体と直方体の間の立体蝶番返しなど空間充填形同士の蝶番返しやそれ以外の立体蝶番返しが作られています.以下に,中川宏さん作の菱形十二面体や切頂八面体の分割体を掲げておきますが,中川さんのお話ではこれらの分割によってf=4〜11の空間充填多面体が得られるとのことでした.

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【2】平行多面体による周期的空間充填

 平行多面体による3次元空間の充填を考えると,1種類による周期的充填図形すなわち平行移動するだけで3次元空間を埋めつくすことのできる単独の多面体として,立方体,正六角柱,菱形十二面体,長菱形十二面体,切頂八面体があります.以上の5種類を併せてフェドロフ(ロシアの結晶学者)の平行多面体といいます.6角柱,菱形12面体は4次元立方体,長菱形12面体は5次元立方体,切頂8面体は6次元立方体を3次元空間に投影したものと一致しています.

 平行多面体による空間充填は結晶構造と深く関係していて,3次元格子には1848年にブラーベが発見した14種類あり,そして,これから決まる本質的なディリクレ領域(ボロノイ領域)は,ロシアの結晶学者フェドロフの見つけた5種類の平行多面体−−立方体,6角柱,菱形12面体,長菱形12面体(正6角形4枚と菱形8枚の2種類で作る12面体),切頂8面体−−しかないというわけです.

 これら5種類の図形は5種類の正多面体(プラトン立体)ほどよく知られていないのですが,少なくとも同じ程度に重要であると考えられる所以です.なお,2次元格子は5種類あり,それから決まるディリクレ領域も5種類あります.

[補]平行多面体のうち正多面体と同じ対称性をもつ立体は,プラトン立体では立方体,アルキメデス立体では切頂8面体,大菱形立方8面体,大菱形12・20面体,アルキメデス双対では菱形12面体,菱形30面体があります.また,これらの平行多面体から得られるねじれ立体には,正方形からは正4面体,切頂8面体からは正20面体,大菱形立方8面体からはねじれ立方体,大菱形12・20面体からはねじれ12面体があります.

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【3】黄金菱形多面体による非周期的充填

 3次元空間の周期的充填に対して,非周期的充填には5種類の黄金平行多面体によるものが知られています.

 ケプラーは,すべての面が合同な菱形である菱形多面体は,対角線の比が白銀比になっている菱形を12個組み合わせてできる菱形十二面体と対角線の比が黄金比になっている菱形を30個組み合わせてできる菱形三十面体以外にはないことを証明しようとしたのですが,実はあと2つ,1885年,フェドロフが発見した菱形二十面体と1960年にビリンスキーが発見した菱形十二面体第2種があります.

 黄金菱形平行6面体には2種類(太った菱面体とやせた菱面体)あって,細めで尖ったほうがacute ,太めで平たいほうがobtuse と呼ばれていますが,2つずつacute とobtuse が集まれば菱形十二面体(第2種),5つずつ集まれば菱形二十面体,10個ずつ集まれば菱形三十面体となります.このうち,菱形二十面体と菱形三十面体は5重の対称軸をもっています.

 これらはコクセターにより,A6(acute),O6(obtuse),B12(Bilinsky),F20(Fedrov),K30(Kepler)と名づけられていて,それぞれ3次元から6次元までの立方体の投影の外殻になっています.すなわち,黄金平行多面体は5種類あり,黄金菱形をある方向に平行移動させたものがA6,O6であり,それをさらに平行移動させるとB12が,続いてF20が,最後にK30が生まれます.

 したがって,A6とO6は3次元の,B12は4次元の,F20は5次元の,K30は6次元の立方体とそれぞれ同等になります.また,B12の中には2つずつのA6とO6が,F20の中にはひとつのB12と3つずつのA6とO6が(いいかえればF20の中には5つずつのA6とO6が),K30の中にはひとつのF20と5つずつのA6とO6が(いいかえればK30の中には10個ずつのA6とO6が)それぞれ入っていることになります.

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 K30は10個ずつのA6とO6でできるのですが,ところで,20個のA6でできる多面体に「花形十二面体」があります.中川宏さんに木工模型を作っていただいたのですが,桔梗の花に似た凹60面体であって,中川さんのお話では山頂を結ぶと正12面体,峠を結ぶと20・12面体,谷底を結ぶと正20面体になっているとのことです.

 すなわち,この多面体は5回対称性を有しているのですが,花弁の中心を通る軸が5回対称軸,尖った頂点を通る軸は3回対称軸,花弁の縁の窪みを通る軸が2回対称軸になっているそうです.「花形十二面体」は小川泰先生がペンローズ格子(3次元版)について研究中に見つけられて,命名された多面体とのことでまさしく「黄金の華」です.

[補]3次元の複合正多面体には5種類あります.2個の正四面体が集まるもの(ケプラーの八角星)を除く,5個の正四面体,10個の正四面体,5個の立方体,5個の正八面体が集まるものは正20面体と同じ回転対称性をもっています.5個の立方体よりなる複合正多面体に数種類の多面体を貼り合わせても「花形十二面体」ができます.

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【4】ケルビンの14面体とウィリアムズの14面体

 ケルビンの14面体(α-14面体)は,3対の合同な四角形の面と4対の合同な6角形の面とで囲まれています.最も簡単な場合は,6個の正方形と8個の正六角形とからなり,すべての辺の長さが等しいものが切頂八面体です.切頂八面体は16種ある準正多面体(アルキメデス体)のひとつです.

 α-14面体は,長い間,単一の多面体で空間を隙間なく分割しうる唯一のものと信じられてきました.面を平面にするという条件下にはこれは今日でも通用することです.しかし,その条件を外せば,空間充填14面体にはもう1種類あることを1968年になってウィリアムズが報告しています.これがβ-14面体ですが,この間,実に1世紀近い年月の隔たりがあります.

 β-14面体は,8個の合同な五角形と4個の合同な六角形と2個の合同な四角形をもち,それらの面は必ずしも平面である必要はありません.正方形の面は平面にできるのですが,その他の面はいずれも曲面(凸面,凹面,S字状の湾曲した曲面など)になります.

 便宜のため,α-14面体とβ-14面体の主要な幾何学的性質をまとめて表示しておきます.

         α-14面体         β-14面体

面の形と数   平面6辺形(8)       曲面5辺形(8)

        平面平行4辺形(4)     曲面6辺形(4)

        平面正方形または矩形(2)  平面正方形または矩形(2)

稜の形と数   直線(36)         曲線(24)

                       直線(12)

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【5】ウィアの12面体・14面体

 ケルビンの14面体は100年以上もの間,最も効率よく空間を充填する多面体として最善の答でしたが,本当に表面積を最小化する多面体であるのかというと否定的であって,実はこの問題はいまでも未解決問題となっているのです.

 もし,体積が同じで形の異なる2種類の多面体を組み合わせてみたら,ケルビン問題の反例がみつかるのでは・・・.そして,1994年,アイルランドの物性物理学者,ウィアは合金構造をヒントにもっと面積が小さくなる解を発見しました.同じ体積の2種類の多面体による空間充填なのですが,不等辺五角形の面をもつ12面体(5角形12枚)と14面体(5角形12枚と6角形2枚)が1:3の割合で並ぶものです.

 もちろん,この12面体は正十二面体ではありませんし,14面体もケルビンの14面体ではありません.ウィアの空間充填では,ウィリアムズの14面体の場合と同様に,辺や面には微妙な曲がりが含まれています.また,ウィアの空間充填では,ウィリアムズの14面体よりも多くの五角形の面をもつという特徴もあげられます.

 そしてこれらの多面体の表面積はケルビンの14面体よりも0.3%小さいことが判明したのです.曲面の高精度計算がコンピュータでできるようになったことがこの新発見に繋がったのですが,辺や面を微妙に調節することによって空間充填が可能となるのです.

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【6】空間充填における五角形面の利点

 β-14面体(4^25^86^4)では,α-14面体(4^66^8)に比較して辺が曲線になったり,面が曲面を含む点で幾何学的性質の単純さは劣りますが,五角形の面をもつという利点があります.

 平面に投射した形を考えてみると,β-14面体による空間充填は,スケールを大きくとることによって,5角形による平面充填配列に近づいていきます.この5角形とは正五角形ではなく,カイロのタイル貼りと呼ばれる歪んだ5角形によるタイル貼りのことであって,正方形と正三角形によるアルキメデスの平面充填形の双対として得られるものです.

 一方,α-14面体を平面のタイル張りに還元するには,かなり著しい変形を加えなければなりません.このことは,血管の分岐様式が二分岐になるためのモデルとして,多面体が奇数の辺をもつβ-14面体のほうが都合がよいことを意味していて,諏訪紀夫先生(故人)はβ-14面体の存在理由を非常に重要なものと考えておられます.

 β-14面体のほうが形の上で実際に近いとはいっても,それだけでモデルの優劣を判断するわけにはまいりません.しかし,分割多面体では5角形の面が最も多いのですが,α-14面体はまったく5角形の面をもちませんから,β-14面体のほうが空間分割のある側面をよく表していると考えることができます.

 ウィリアムズのβ-14面体(4^25^86^4)は単一の多面体で空間を隙間なく分割しうるのですが,2種類の多面体の組合せであるウィアの12面体(5角形12枚:5^12)と14面体(5角形12枚と6角形2枚:5^126^2)の場合も五角形面をもっています.

 また,空間充填多面体として12面体(5^12)と16面体(5^126^4)の2種類の組合せ,12面体(5^12),12面体(4^35^66^3),20面体(5^126^8)の3種類の組合せの知られているようです.

 ともあれウィアの極小曲面が最も境界面積が小さな形になって切るかという問題はまだ解決されていません.「同じ体積の泡が集まっているときに,境界面積が最小となる泡の形は何か?」は,泡の種類を増やせば面積をもっと減らすチャンスがあるのです.それで科学者たちは現在もより効率の良い空間分割法を探索し続けているのです.

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[補]極小曲面と平均曲率一定曲面

 シャボン玉の丸い形や枠に張られた石けん膜の形の面白さは,表面積が最小になろうとする傾向のあらわれですが,石けん膜は「極小曲面(平均曲率が恒等的に0の曲面)」,シャボン玉は「平均曲率一定(≠0)曲面」と呼ばれる数学的曲面となっています.

 (問)互いに平行な2つの円形の枠に石けん膜を張ったとき,その形は?

 (答)カテナリー(極小曲面)

 (問)互いに平行な2つの円盤に石けん膜を張ったとき,その形は?

 (答)アンデュロイド(平均曲率一定曲面)

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