■シリコンフラーレンの木工製作

 ダイヤモンドとグラファイト(鉛筆の芯)に次ぐ炭素第3の形として「フラーレン」があげられる.フラーレンの中でも60個の炭素原子が球殻状に結合したC60はサッカーボール(切頂20面体)にそっくりで,12個の五角形と20個の六角形からなる網目状のカゴ構造を形成している.

 それは炭素原子の結合にかかるストレスが均等に分散しているため他に類を見ないほど安定性が高く化学者たちを興奮させずにはおかなかった.内部に金属イオン(荷電粒子)を閉じこめられることがわかると,世界中の研究者がこぞってこの物質の応用とその可能性に目を向けるようになった.超伝導体,潤滑剤,新薬,電池,触媒等々・・・.現在,フラーレンは炭素原子が中空らせん状に並んだカーボンナノチューブとともにナノテク新素材の代表選手と知られている.

 ところで,2001年,東北大学金属研究所の川添良幸教授とクマール客員教授がシリコン原子を使ったカゴ型の分子(シリコンフラーレン)をシミュレーション計算により世界で初めて発見した.そして2002年秋にはシリコンフラーレンの存在が実際に確認された.シリコンフラーレンは金属原子1個を内包させることができるため,分子サイズの超微細な半導体として,また医療用素材として期待されているという.

 中川宏さんのご厚意を得てシリコンフラーレンの木工模型を作ることになった.見た所そんなに複雑ではないと思っていたのだが,ところが見かけによらず難易度の高い問題となった.

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【1】シリコンフラーレンの計量

 シリコンフラーレンは正方形面が両極(天地面)にあり,この2つの面は互いに45°回転したねじれの位置にあります.また,正方形面の間の側面には五角形面が互い違いに8枚配置した形になっています.正方形の各辺は五角形の底辺でもあるというわけです.

 正方形面は平面ですが,五角形面は平面ではなく曲面5辺形です.すなわち,この五角形の頂点は同一平面上にはないのですが,これまでこのコラムで紹介した多面体の中では,ウィリアムズの14面体やウィアの12面体(5角形12枚)と14面体(5角形12枚と6角形2枚)が1:3の割合で並ぶものが曲面(凸面,凹面,S字状の湾曲した曲面など)をもっていました.シリコンフラーレンでも正方形の面は平面にできるのですが,その他の8面はいずれも曲面5辺形になります.→コラム「空間分割と14面体」,「ビールの泡と多面体」,「蜂の巣問題とケルビン問題」参照

 川添先生から頂いたシリコンフラーレンの幾何学情報によると辺の長さはそれぞれオングストローム単位で,正方形面の1辺:2.32,五角形の頂角の両側の辺:2.38,五角形の底辺の両側の辺:2.29で与えられています.二重結合は単結合より短くなりますから,辺の長さには3%ほどの違いがあります.木工模型ということを考えるとすべて等辺でも構わないかもしれませんが,どうせ作るならできるだけ正確なものにしたいと思います.

 また,曲面5辺形面の内角は頂角が116.5°,底角が112.2°,それに挟まれる角が98.1°となり,

  116.5+112.2・2+98.1・2=537.1<540

ですから約3°の角不足を生じます.このことから曲面5辺形面がわずかに凹面になっていることがわかります.

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【2】シリコンフラーレンの木工製作

 木工模型では面は平面であることが前提条件になっています.平面上の等脚五角形であって辺の長さはあらかじめ決められているので,底角を定めると頂角とその間の角も一意に決まります.木工製作では二面角が重要になるのですが,正120胞体の木工模型を作ったときと同様にして,シリコンフラーレンの幾何学情報から木工製作に必要な数値を計算してみました.

 たとえば,底角を112.2°にすると正方形面と五角形面の間の二面角は114.085°となります.また,五角形の底辺の両側の辺と正方形面のなす角度(稜面角)は122.3°と計算されました.二面角や稜面角は五角形面の底角の値112.2°だけで決まり,辺の長さには関係しません.

 ところが,この二面角でもって木のブロックを削ってみると,シリコンフラーレンの曲面5辺形面は横長なのに,縦長の平面五角形できてしまいました.当初は計算上の誤りと思われたのですが,しばらくしてシリコンフラーレンの計量データを使う限り,この多面体は木工不可能物体(?)であることに気づきました.

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【3】木工不可能物体(?)の数理

 正n角柱を正n角形の中心を結ぶ軸に対してπ/nだけねじって頂点同士を直線で結びます.そして側面が2n枚の正三角形になるように高さを調節するとアルキメデス反角柱ができあがります.アルキメデスの正角柱(上下の底面が正多角形で,側面がすべて正方形であるもの)を少しひねって,側面をすべて正三角形にしたものをアルキメデスの反角柱と呼びます.

 これらは準正多面体群に含めて扱われることがあります.側面が6個の正三角形からなる三角反柱は正八面体そのものです.また,正20面体は側面が10個の正三角形からなる五角反柱(胴)の上下の面に正五角錐(蓋と底)をつけると構成することができます.

 アルキメデスの正n反柱の高さの値Hの求め方は読者の演習問題として残しておきますが,1辺の長さが1であるとき,

  H={1−1/(2cosπ/2n)^2}^(1/2)

また,正n角形面と正三角形面の二面角は

  arccos(2H/√3)+π/2

で与えられます.

     n     高さ    二面角

     3    .816497   109.471

     4    .840896   103.836

     5    .850651   100.812

     6    .8556    98.8994

     7    .858473   97.5722

     8    .860296   96.5946

     9    .861526   95.843

     10    .862397   95.2466

 以下に,中川宏さん作による木工模型を掲げます.

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 正n角錐の底面同士を貼りあわせた重角錐に対しても同様の操作を施してみます.すると赤道面はもはや水平ではなく,凧型の側面を互い違いに配置した形になります.正式な名称はわからないのですが,ねじれ重角錐あるいは反角錐といったところでしょうか.身近な例でいうとこれは鉛筆を削ったときにできる形に似ていて,ねじれ重角錐の間に正n角柱を挟むとますます鉛筆にそっくりです.

 ねじれ重角錐は面の形が凧型となりますから,両端の角錐を切り落とすことによってできる多面体は側面に2n枚の五角形が互い違いに噛み合って配置するいわば正n反角柱の五角形版です.平行する天地面に正n角形があり,側面に2n枚の五角形が互い違いに噛み合っている多面体を仮に正n五角反柱と名づけます.

 シリコンフラーレンの木工模型は正n五角反柱に近似することによってできると思われましたが,川添先生から頂いた数値だけでは曲がっている五辺形面を平面でうまく近似することはできず,そのため,上下の四角錐台(蓋と底)と中央の四角反柱(胴)の三段に分けて作るしかありませんでした.以下に,その木工模型を掲げます.

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【4】雑感

 シリコンフラーレンが蓋と底,胴の3分割体になってしまい,満足できる木工模型を得ることができませんでした.どうしても1ブロックのものを作りたいのです.わずか3°の角不足のためにうまく平面近似することができなかったのですが,最小2乗法による平面近似のためには頂点の(x,y,z)座標が必要になるものと思われました.後日あらためて曲面5辺形面を近似できるような平面五角形の底角や木工のための二面角を求めることにしたいと考えています.

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