リーマン予想(1859年)とは「リーマンのゼータ関数ζ(s)の複素零点の実部はすべて1/2である」という仮説である.
リーマン予想の証明に挑戦した有名な数学者を挙げると,重要な人々に限ってみてもアダマール,マンゴルト,プーサン,ランダウ,ハーディ,リトルウッド,ジーゲル,ポリヤ,イェンセン,リンデレーエフ,ボーア,セルバーグ,アルティン,ヘッケ,フルヴィッツなどそうそうたる面々となる.にもかかわらず140年以上経たいまも証明されないままになっている.
そのため,リーマン予想は数学における未解決問題のうち最も難しいものと考える人も多い.以来この問題はカルト的な人気を集めてきた.映画「ビューティフルマインド」のモデルとなったノーベル賞受賞数学者のJohn Nashもこの問題の解明を試みていたが,この問題は難攻不落であってやがて彼の頭脳までをもぶっとばしてしまうことになる.
2001年にはClay Mathematics Institute(マサチューセッツ州ケンブリッジ)が,この問題を証明した者に100万ドルの賞金を出すと発表した.リーマン予想の証明ではヒルベルト・ポリヤ以来のゼータ関数の零点が固有値となるような行列の固有値解釈からのアプローチがあげられるが,現在リーマン予想の解決にもっとも肉薄しているのはコンヌ(フランス),デニンガー(ドイツ),ハラン(イスラエル)の3人だという説がささやかれている.ところが,それでも途なお遠く,黒川信重先生はリーマン予想の証明の将来性について,いまだ3合目くらいではないかと考えておられるようである.
このシリーズではこれまでリーマン予想に対する量子物理的アプローチなどについて紹介してきたが,今回のコラムでは素数に関するいくつかの定理を紹介したいと思う.
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【1】オイラーの素数生成式
オイラーの有名な素数生成式
n^2+n+41
は,n=0のとき素数41,n=1で素数43,n=2で素数47を与えます.このようにしてnが0から39までのどのnをとってもオイラーの公式はすべて素数を与えます.
41,43,47,53,61,71,83,97,113,131,
151,173,197,223,251,281,313,347,
383,421,461,503,547,593,641,691,
743,797,853,911,971,1033,1097,1163,
1231,1301,1373,1447,1523,1601
オイラーの公式はn=40で1681=41^2となって破綻しますが,この式でこれほどたくさんの素数を作れるということは大変奇妙に感じられます.1000万以下のnに対して47.5%の確率で素数を生成します.
また,オイラーは,2次多項式
fq(x)=x^2+x+q
において,qが素数
2,3,5,11,17,41
のとき,0からq−2を代入すると
fq(0),fq(1),・・・,fq(q−2)
がすべて素数になることを観察しています.(fq(q−1)=q^2は素数ではありません.)
しかし,素数
7,13,19,23,29,31,37
に対して,このことは成立しません.
f7(1)=9,f13(1)=15,f19(1)=21,f23(1)=25,
f29(2)=34,f31(1)=33,f37(1)=39
これらの事実を確認するのは簡単ですが,しかしオイラーはどうやってこんな事実を見つけだしたのでしょうか.また,そうなる真の理由は何なのでしょうか.
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【2】ラビノヴィッチの定理
2次方程式
x^2+x+41=0
の解は
x=1/2(−1±√−163)
であり,虚2次体Q(√−163)の理論と深く関係しているのですが,この不思議な性質も類数1に関するラビノヴィッチの定理から説明されます.
一般に,fq(x)が0≦x≦q−2なるすべてのxについて素数となることと虚2次体Q(√d)との関係が,ラビノヴィッチにより示されています(1912年).
[1]d=2,3(mod4)のとき
q=−d
fq(x)=x^2+q
[2]d=1(mod4)のとき
q=(1−d)/4
fq(x)=x^2+x+q
とおきます.
[2]がオイラーの公式に対応しているわけですが,連続する0≦x≦q−2に対してすべて素数になるには
「qが素数で,虚2次体Q(√1−4q)が類数1をもつときに限る.」
というのが,ラビノヴィッチの定理です.
類数1については後述しますが,類数が1となる虚2次体Q(√d)は
−d=1,2,3,7,11,19,43,67,163
しかありません.[2]でd=−163=1(mod4)の場合を考えると,q=41.したがって,
fq(x)=x^2+x+41
となります.このようにして,上の現象は虚2次体Q(√−163)と関係していることがわかります.
同様に,1変数の2次多項式
n^2+n+17
も高い確率で素数を生成しますが,d=−67=1(mod4)の場合を考えると,q=17ですから,虚2次体Q(√−67)と関係しているというわけです.
n^2+n+41(0≦n≦39なるすべてのnについて素数となる)
←→ Q(√−163)
でしたが,以下同様に
n^2+n+17(0≦n≦15) ←→ Q(√−67)
n^2+n+11(0≦n≦9) ←→ Q(√−43)
n^2+n+5(0≦n≦3) ←→ Q(√−19)
n^2+n+3(0≦n≦1) ←→ Q(√−11)
n^2+n+2(0≦n≦0) ←→ Q(√−7)
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【3】ベイカー・スタークの定理
ガウスの数体Q(i)の場合でいうと,a,bを整数として
a+bi
で表される複素数が「ガウスの整数」です.ガウスの整数は和と積の演算に関して閉じています→「ガウスの整数環」.
また,すべてのガウス整数を約す整数が「単数」で,
±1,±i
の4個の単数がある.ガウスの数体では(単数を除いて)素因数分解の一意性が成立します.
それに対して,Q(√−5)では
6=2・3=(1+√−5)(1−√−5)
のように,素数の積に2通りに表されるような状況を生じてしまうのです.(2,3は素数であるし,1+√−5,1−√−5はいずれも
a+b√−5
のなかには±1と±それ自身以外の約数をもたないので「素数」である.)
それでは,どういう負の数−dを使った数体系Q(√−d)で,素因数分解は一意となるのでしょうか?
この答えは既に知られていて,次の9つの虚2次体Q(√d)
−d=1,2,3,7,11,19,43,67,163
に限られるというものです.このコラムをご覧の読者であれば,最初の2つ以外では半整数a,bを使って,a+b√−dを作る必要があることはおわかりでしょう(=1(mod4)).
ずいぶん以前からこの9個の数は知られていたのですが,10番目の数が存在するかもしれない・・・というまどろっこしい状態が続いていました.水金地火木土天海冥のさらに遠方に10番目の惑星が存在するかもしれないという問題はつい最近「超冥王星」が発見されて解決しましたが,この10番目の数が実際に存在するかどうかを解明するために長い歳月が費やされました.
その経緯について触れておきたいのですが,1932年,ハイルブロンとリンフットが10番目のdがあるとすれば,それは10^11よりも大きくなることを示しました.また,1952年,ヘーグナーが9個ですべてだという証明を発表しましたが,彼は高校の教師であり研究者として部外者であったため,この証明は懐疑的に受け取られていたようです.
そして,1966年,アメリカのスタークとイギリスのベイカーが独立に世界中を納得させる証明を与えました.それは不正確であるとして無視されたヘーグナーの証明の誤りを払拭するものでもありました.また,1968年,ドイリングはヘーグナーの証明を修正することに成功しましたが,既にそのときはベイカー,スタークに先を越されていて遅きに失した状況にありました.
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【4】9個の数の不思議な性質(類数1の世界)
オイラーの2次多項式において,最初のq−1個がすべて素数となるような素数q(>41)は存在するのでしょうか.もし存在するならば,そのようなqは無限にあるのでしょうか.あるいは,有限個ならば最大のqはいくつになるのでしょうか.
1966年,ベイカーとスタークは独立に類数1の虚2次体Q(√d)すなわち(d<0,dは平方因子をもたない)なる2次体をすべて決定したのですが,それによると,
−d=1,2,5,7,11,19,43,67,163
したがって,虚2次体Q(√1−4q)が類数1をもつのは,
4q−1=7,11,19,43,67,163
すなわち,
「qが素数で,2,3,5,11,17,41に限る.」
というものです.
もし,そのような素数が無限に多く存在すれば,任意の長さの素数列を生成することができるのですが,ベイカー・スタークの定理はこれが成立しないことを示していて,
fq(x)=x^2+x+41
が最も長く連続した整数点において素数値をとる多項式であるというわけです.
なお,1952年,ヘーグナーは1世紀以上も未解決だったガウスによる予想を証明しているのですが,その証明を標準的な手法で書かなかったため,長らく間違ったものとみなされていました.ところが,1966年,ベーカーとスタークがこの問題を解いたのを契機に,ヘーグナーの証明がはじめて注意深く吟味され,その証明が本質的には正しいことが明らかになりました.これでヘーグナーに対する批評が公正でないことが明らかになったのですが,残念ながら,ヘーグナーは1965年に亡くなっており,自らの名誉回復をその目で見ることはできませんでした.現在,9個の数
−d=1,2,3,7,11,19,43,67,163
はヘーグナー数と呼ばれています.
この9個の数
−d=1,2,3,7,11,19,43,67,163
はとても面白いもうひとつの性質をもっています.それは
x=exp(π√d)
が数値的にとても整数に近くなりうるというものです.
exp(π√43)=884736743.999777・・・
exp(π√67)=147197952743.99999866・・・
exp(π√163)=262537412640768743.99999999999925007・・・
これは決して偶然の一致ではありません.xに対しては
x−744+196884/x−21493760/x^2+・・・
がぴったり整数になることがわかっています.これらの係数は重さ0のモジュラー関数においてq→−1/xとしたものです.
xが大きいほど後半の項は小さな値となるので,x自身は極めて整数(実は立方数)に近い数になるというわけです.
exp(π√43)=960^3+744−ε
exp(π√67)=5280^3+744−ε
exp(π√163)=640320^3+744−ε
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【5】類数2の世界
ついでながら,類数2の虚2次体Q(√d)は,
−d=5,6,10,13,15,22,35,37,51,58,91,115,123,187,235,267,403,427
の18個あります.
1変数の2次多項式ではn^2+n+41が高い確率で素数を生成し,それは類数が1となる虚2次体Q(√−163)と関係していたわけですが,2n^2+29なども高い確率で素数を生成します.
2x^2+29
は,x=0,1,・・・,28において,連続する素数値をとる最適生成多項式の1つであって,類数2をもつ体Q(√−58)に対応しています.
一般に,Q(√d)=Q(√−2p)が類数2をもつためには,
2x^2+p
が0≦x≦p−1において素数値をとることが必要十分であって,そのようなd=−2pは
d=−6,−10,−22,−58
で与えられます.類数2の虚2次体と関係した最適素数生成多項式は,このほかに2つのタイプがあることが知られています.
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【6】マチアセビッチの素数生成式
1次式:f(x)=ax+pに対して考えてみると,この等差数列の集合は無限に多くの素数を含む(ディリクレの算術級数定理)のですが,
f(0)=p,f(p)=(a+1)p
ですから,0,1,・・・,p−1のとき,素数値をとるのが最良です.
p個の素数を連続してもつ等差数列としては,たとえば,
f(x)=x+2は連続した2個の素数値2,3をとる.
f(x)=2x+3は連続した3個の素数値3,5,7をとる.
f(x)=6x+5は連続した5個の素数値5,11,17,23,29をとる.
f(x)=150x+7は連続した7個の素数値7,157,307,457,607,757,907をとる.
f(x)=1536160080x+11は連続した11個の素数値をとる.
f(x)=9918821194590x+13は連続した13個の素数値をとる.
f(x)=341976204789992332560x+17は連続した17個の素数値をとる.
・・・しかし,すべての素数pに対して,このような等差数列が存在するかどうかは知られていません.
それでは,多変数の高次多項式ではどうでしょうか.1971年,旧ソ連のマチアセビッチは,正の値がすべて素数の集合となる多項式が存在するという驚くべき事実を,ヒルベルトの第10問題の副産物として発見しています.
その式は37次で24個の変数をもつ多項式と21次で21個の変数をもつ多項式でした.この多項式は負の値もとり,また,素数は多項式の値として繰り返し出現します.(現在のこのような式の最低次数は5,最底変数は10になっています.)
すべての素数が作れて,この公式から素数が漏れることはありません.ただし,ほとんどが負の値となってしまうのでマチアセビッチの素数生成式は事実上役に立ちませんでした.この式からは素数について新しいことはほとんどわからなかったのです.なお,整数係数をもつ多項式が,常に素数値をとることは不可能であることは証明されています.一方,すべての素数をもれなくつくり,しかも素数以外はつくらない公式は知られていません.素数を完全に定義する式が存在することは証明されていませんし,存在しないともわかっていません.
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[補]ヒルベルトの第10問題
マチアセビッチにより,すべてのディオファントス方程式(不定方程式)の解の存否を判定するアルゴリズムが存在しないことが証明されています.一般に3変数以上のディオファントス方程式を解く有力な方法はまったく見つかっておらず,たとえば,x^3+y^3+z^3−3=0が(1,1,1),(4,4,−5)とその並び換え以外の整数解をもつかどうかすらわかっていません.
[補]素数を含まない連続する数列
いま長さ100のものが欲しいとすると101!を考えます.nを2から101までのどれかだとすると,101!+nはnで割り切れることになります.したがって,
101!+2,101!+3,・・・,101!+101
はk=2,3,・・・,101を因数にもつので素数を含まない連続した100個の数列になるのです.
一般的に書くと,n個の連続した自然数
(n+1)!+2,(n+1)!+3,・・・,(n+1)!+(n+1)
はk=2,3,・・・,n+1を因数にもつので連続するn個の自然数はすべて素数でないことがわかります.
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