1984年11月にアメリカのシェヒトマンらによって発見された5回対称性を示す新しい物質の論文が掲載された.5回対称性を示す結晶はあり得ないと思われていたこともあって,発見から論文受理までに相当の時間を要したといわれている.この新しい構造の発見はそれまでの概念を変えなければ受け入れられない衝撃的なものであったのである.
発見当初,この新しい物質は怪人20面相をもじって「怪相20面体」と紹介された.正20面体が5回対称性をとることから命名されたしゃれたネーミングである.いうまでもなく怪相20面体は今日「準結晶」と呼ばれている物質である.
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【1】準結晶と黄金比
正五角形の辺と対角線の長さの比が黄金比である.
1:τ=1.618(黄金比)
一方,正方形の辺と対角線の長さの比は1:√2(白銀比)である.また,正六角形の場合,辺と対角線の長さの比は1:√3=1.732:2で細長すぎて安定しない形といえる.白銀長方形が東洋人に好まれる形であるといわれているのに対して,黄金長方形は西洋人に愛されている形であるという.
黄金長方形から正方形を取り除くと一回り小さな黄金長方形が現れてくる.このことを繰り返し行えば対数らせんが現れるが,この曲線は自然界ではオーム貝などの形にみられ,自己相似的な成長過程を表す理想的な曲線とされている.サイクロイドの伸開線はそれと合同なサイクロイドであるが,対数らせんの伸開線もそれと合同な対数らせんになる.
また,自然界ではしばしばフィボナッチ数列に関係した配置(たとえばヒマワリの種のつき方など)が見いだされている.フィボナッチ数列ではnを無限大にすると2項比は黄金比に近づいていく.これも自己相似性の表れなのであろう.
ソロモンの星(星形五角形)のなかの正五角形に内接する一回り小さな星形五角形を描くことができる.正五角形と同様,正20面体やそれと兄弟関係にある正12面体にはいろいろなところに黄金比の関係が隠されている.たとえば,正12面体に内接する立方体と正12面体に外接する立方体の辺の長さの比は黄金比となっている.
ペンローズパターンでも黄金比の関係が現れてくる.準結晶は至るところで黄金比に関係しているというわけで,詳しく調べれば調べるほど黄金比に関係した新しい性質が発見されるという.準結晶はこの神秘的な無理数を介して人々を虜にする不思議な魅力をもっているのである.
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【2】正20面体群に属する多面体
正20面体,正12面体と同じ対称性を有する多面体は多数ある.たとえば,切頂によって
正12面体←→切頂12面体←→12・20面体←→切頂20面体←→正20面体
のような切頂型の準多面体系列ができる.さらにこれらに対して切稜を加えると大菱形12・20面体[4,6,10]や小菱形12・20面体[3,4,5,4]のような切頂・切稜型準正多面体となる.
これらは正多角形を面とするシンプルな準正多面体であるが,正20面体の切頂比を変えていろいろ変形させてみよう.正二十面体のある頂点から隣接する頂点までの距離の約24%
(7-√5-2√(10+2√5)/3))/(6-2√5)=0.242947
のところを五角錐状に切り落とすと,正五角形面12枚と不等辺六角形面20枚の合計32枚の面で構成される外接球・内接球を併せもつ多面体になる.
サッカーボール(切頂20面体)は33.3%切頂であるから,この多面体はサッカーボールと正二十面体の間,
正12面体←→切頂12面体←→12・20面体←→切頂20面体←→★←→正20面体
に位置すること,また,サッカーボールでは正五角形面の方が正六角形面よりも低いことがわかるのである.→コラム「色即是空・空即是色」参照
正20面体を切頂して不等辺六角形の2種類の辺の長さの比が黄金比になるようにするには,切頂比を
1/(2+τ)=0.276393
あるいは
1/(2+1/τ)=0.381966
にすればよい.
[参]平賀賢二「準結晶の不思議な構造」アグネ技術センター
p21には後者の図が描かれているが,後者では前者に較べて正五角形面が大きくなる.
また,同ページには小菱形12・20面体[3,4,5,4]の変形である多面体も掲載されている.これは正20面体の切頂・切稜多面体であって,切稜20面体の頂点を五角錐状に切り落としたものである.その際,長方形面が黄金長方形になるようにするには,切稜比を
1/(3+τ)=0.216542
か
1/(3+1/τ)=0.276393
にすればよい.「準結晶の不思議な構造」に描かれている図は前者である.これらの計算方法についてはコラム「正多面体の木工製作(その5)」を参照されたい.
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12・20面体の双対を考えると菱形三十面体が現れる.
正12面体←→切頂12面体←→12・20面体←→切頂20面体←→正20面体
↑↓
菱形三十面体
対角線の長さの比が黄金比の菱形が黄金菱形である.その頂角は約63.4°であって,一見正三角形を2つ貼り合わせ形と見間違うほどよく似ている.そして黄金菱形6枚からできる平行六面体が黄金菱形六面体である.黄金菱形六面体には鋭角型と鈍角型があり,それぞれ10個ずつ組み合わせる菱形三十面体,鋭角型のみ20個を組み合わせると花形十二面体ができあがる.
菱形三十面体は凸多面体,花形十二面体は凹多面体でそのへこみには菱形三十面体がすっぽりおさまる.Mathematica V2,V3のロゴとして双曲空間における正12面体が使われているが,花形十二面体はそれにそっくりである.花形十二面体は小川泰先生がペンローズ格子(3次元版)について研究中に見つけられて命名された多面体とのことでまさしく「黄金の華」である.
菱形三十面体を切頂した多面体も正二十面体群の対称性を有している.たとえば正120胞体は4次元空間における正十二面体対応物であるが,菱形三十面体の5価の頂点を切頂比
1/(1+τ)=1/τ^2=0.381966
で切頂すると,正120胞体を3次元空間に投影した模型となる.→コラム「4次元正120胞体の3次元投影(その1)」参照
また,切頂菱形三十面体が外接球をもつための条件は,切頂比
1/√5=0.447214
それに対して,内接球をもつための条件は,切頂比
4/(10+2√5)^(1/2)+2)=0.919299
であることはコラム「4次元正120胞体の3次元投影(その2)」で述べたとおりである.このことから,正120胞体の3次元投影模型は球には外接・内接せず,正五角形面の方が不等辺六角形面よりも高いことがおわかり頂けるであろう.
これらの他に,花形12面体の出っ張ったところを切ることによってできる凹多面体や4種類の星形正多面体(凹多面体)なども正20面体と同じ対称性を有する多面体である.
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