ニュートンとほとんど同じ頃,和算の大家で算聖あるいは和算中興の祖とうたわれる関孝和が生れています(1642年).ライプニッツが行列式の元祖ということになっているのですが,世界で最初に行列式に気がついたのは関孝和で,連立方程式の変数の消去法として行列式の展開を正しく行っています(1683年).
ヨーロッパではライプニッツがやはり連立一次方程式の解法に関連して行列式の計算を行っているのですが,それは10年後の1693年のことで,孝和自身はライプニッツに先んじて行列式を導入していました.したがって,孝和を行列式の祖とする言は,手前味噌でも贔屓の引き倒しでもありませんし,また,関孝和はベルヌーイ数{Bn }をベルヌーイが見いだす前に見つけていたのです.さらに,和算家の久留島義太もラプラス以前に行列式のラプラス展開を見いだしています.
ところで,行列式に関してはいろいろな美しい公式が知られています.今回のコラムでは特別な形の行列式をいくつかあげて紹介したいと思います.
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【1】巡回行列式
3次の巡回行列式
|a b c|
|c a b|=a^3+b^3+c^3−3abc
|b c a|
=(a+b+c)(a^2+b^2+c^2−ab−bc−ca)
=(a+b+c)(a+bω+cω^2)(a+bω^2+cω)
もきれいな恒等式です.
a^2+b^2+c^2−ab−bc−ca
={(a−b)^2+(b−c)^2+(c−a)^2}/2≧0
は高校数学でよく出てきますから,憶えておられる方も多いでしょう.
2次の巡回行列式
|a b|=a^2−b^2=(a+b)(a−b)
|b a|
では物足りないし,かといって4次の巡回行列式
|a b c d|
|d a b c|
|c d a b|
|b c d a|
=a^4+b^4+c^4+d^4−2(a^2b^2+a^2c^2+a^2d^2+b^2c^2+b^2d^2+c^2d^2)+8abcd
=(a+b+c+d)(a−b+c−d)(a^2+b^2+c^2+d^2−2ac−2bd)
={(a+c)^2−(b+d)^2}{(a−c)^2+(b−d)^2}
=(a+b+c+d)(a+bi−c−di)(a−b+c−d)(a−bi−c+di)
では厳めしく感じられます.
巡回行列式には2次式の和の形ΣkP^2が出現するのですが,一般に,ζを1の原始n乗根(すなわちn乗してはじめて1になる複素数)とすると
|x0 x1・・・xn-1|
|xn-1 x0・・・xn-2|=Π(x0+ζ^ix1+・・・+ζ^(n-1)ixn-1)
|・・・・・・・・・・| (i=0~n-1)
|x1 x2・・・x0 |
で表されます.(i=0~n-1)ですから右辺はn個の整式の積となります.
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【2】ファンデルモンドの行列式
|1 1 1 |
|a b c |=(a−b)(b−c)(c−a)
|a^2 b^2 c^2|
は有名な公式です.
|1 1|=b−a
|a b|
|1 1 1 1 |
|a b c d |=(a−b)(a−c)(a−d)
|a^2 b^2 c^2 d^2| ×(b−c)(b−d)
|a^3 b^3 c^3 d^3| ×(c−d)
いずれも右辺は特別な形(差積)になっていますが,これを一般化した公式が「ファンデルモンドの行列式」です.
|1 1 1・・・・1 |
|x1 x2 x3 ・xn |
|x1^2 x2^2 x3^2 ・xn^2 |=RΠ(xi−xj)
|・・・・・・・・・・・・・・・・・・| R=(-1)^{n(n-1)/2}
|x1^n-1 x2^n-1 x3^n-1 ・xn^n-1 | (i>j)
ファンデルモンドの行列式は符号を除いて差積Π(xi−xj)に等しく,整級数の理論や分割の理論に使われます.(i>j)ですから右辺はnC2=n(n−1)/2項の積となります.
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【3】ヤング図形とマヤ図形
「分割数」とは与えられた整数にどれだけ多くの分割があるのか(4=1+1+1+1,4=3+1)という整数の分割理論のことです.整数の分割では,3=2+1と3=1+2のように足し算の順序が違うものは同じと見なすことにします.
たとえば,4を分割するには非増加数列で構成した5通りの方法,4=3+1=2+2=2+1+1=1+1+1+1がありますから,p(4)=5.同様にして,5=4+1=3+2=3+1+1=2+2+1=2+1+1+1=1+1+1+1+1よりp(5)=7となります.
p(0)=1,p(1)=1,p(2)=2,p(3)=3,p(4)=5,p(5)=7,p(6)=11,
p(7)=15,p(8)=22,p(9)=30,p(10)=41,p(11)=56,p(12)=77,・・・
ここで,p(n)はオイラーの分割関数とも呼ばれますが,定義が簡単そうにみえるにも関わらず,易しい式で表すことはできません.
分割数は,以下の公式によって代数的に定義することができます.
f(x)=Π(1-x^n)^(-1)={(1-x)(1-x^2)・・・(1-x^n)・・・}^(-1)
=Σp(n)x^n=1+p(1)x+p(2)x^2+p(3)x^3+・・・
すなわち,f(x)は分割関数p(n)の母関数で,p(n)はx^nの係数になっています.
分割を図形的に表す方法にヤング図形があります.ヤング図形は非増加な非負整数列を表現する印象的な方法となります.4=3+1=2+2=2+1+1=1+1+1+1
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1968年,ヤング図形と同様の図形があるゲームに関連して佐藤幹夫先生によって導入され,マヤ図形と呼ばれています.ヤング図形と別の表現としてマヤ図形を用いる方が便利なことも多いのですが,マヤ図形は1次元的に配列されたセルにフェルミオンが分配されていることを示す図形であると考えることができます.
1つのセルにはフェルミオンは1個しか入れないものとします.そして,粒子が入っているセルには○,入っていないセルには●を書くことにしますが,フェルミオンが入っているセルは縦棒を伸ばすことに,入っていないセルは横棒を伸ばすことに対応させると,ヤング図形と1:1対応します.
○○●●= ●●○○=□□ ○●○●=□
□□
●○●○=□□ ○●●○=□□ ●○○●=□
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【4】パフィアン
巡回行列式は2次式の和の形ΣkP^2で表されました.また,対称行列(X’=X)には完全平方式となる特別な形の行列式があり,
|b^2+c^2 ab ac |
| ab c^2+a^2 bc |=4a^2b^2c^2
| ac bc a^2+b^2|
などをあげることができます.
ここでは,交代行列の行列式について考えてみます.
|0 a12|=(a12)^2
|−a12 0|
|0 a12 a13|
|−a12 0 a23|=0
|−a13 −a23 0 |
|0 a12 a13 a14|
|−a12 0 a23 a24|
|−a13 −a23 0 a34|
|−a14 −a24 −a34 0 |
=(a12a34−a13xa24+a14xa23)^2
一般に,n次の交代行列(X’=−X)すなわちxii=0,xij=−xjiであるとき,その行列式はnが奇数ならば0,偶数ならばある多項式の完全平方式になることがわかります.
|0 x12 x13・・・x1n|
|−x12 0 x23・・x2n|=P^2 (n:偶数)
|・・・・・・・・・・・・| 0 (n:奇数)
|−x1n −x2n・・・0 |
このときPをパフィアンといいます.パッフは微分方程式のパッフ形式で有名で,ガウスの博士論文の審査員であったことでも知られています.
Pの符号はマヤ図形やヤング図形を用いたテンソル積によって定めるのですが,たとえば,4次のパフィアンはマヤ図形を用いて
(1,2,3,4)=(1,2)(3,4)-(1,3)(2,4)+(1,4)(2,3)
○○○○×●●●●= ○○●●×●●○○
−○●○●×●○●○
+○●●○×●○○●
と展開されます.
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[補]直交群O(n)はn(n−1)/2次元の多様体を作っています.そのリー環については,正方行列Jを1つ固定して
{X|X’J+JX=0}
と定めます.このとき,J=En(単位行列)とおくと,n次直交群に対応するリー環
o(n)={X|X’+X=0}
は交代行列(X’=−X)全体のなす群で,次元がn(n−1)/2のn次直交リー代数と呼ばれます.
さらに,単位行列をブロック状・反対称に配した行列
J=[0, Em]
[−Em,0]
をとると,
Sp(m)={X|X’J+JX=0}
はm次シンプレクティックリー代数となります.このときの次元はm^2+mとなります.
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【5】関数行列式
独立な変数x,yと別の独立な変数z,w間に,
x=x(z,w) z=z(x,y)
y=y(z,w) w=w(x,y)
の関係があり,xy平面上の領域Rとzw平面上の領域R’に1対1の対応があるとき,積分変数の変換公式
∫∫Rf(x,y)dxdy=∫∫R'f(x(z,w),y(z,w))|J|dzdw
が成立します.
ここで,変換係数Jは
J=D(x,y)/D(z,w)=|∂x/∂z,∂x/∂w|
|∂y/∂z,∂y/∂w|
で与えられ,ヤコビアンといいます.
平面における直交座標(x,y)と極座標(r,θ)の関係は
x=rcosθ,y=rsinθ
ですから,ヤコビアンは
D(x,y)/D(r,θ)=r
同様に,3次元空間における極座標(r,θ,φ)への変換
x=rsinθcosφ,y=rsinθsinφ,z=rcosθ
のヤコビアンは
D(x,y,z)/D(r,θ,φ)=r^2sinθ
一般に,n次元ユークリッド空間の点(x1,x2,x3,・・・,xn)は
r>0,0≦θ1,θ2,・・・,θn-2≦π,0≦θn-1≦2πを満たすr,θ1,θ2,・・・,θn-1によって,
x1=rcosθ1
x2=rsinθ1cosθ2
x3=rsinθ1sinθ2cosθ3
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
xn-1=rsinθ1sinθ2・・・sinθn-2cosθn-1
xn=rsinθ1sinθ2・・・sinθn-2sinθn-1
と表すことができます(ただし,n=2のときは,周知のとおり,x1=rcosθ1,x2=rsinθ1とする).
(r,θ1,θ2,・・・,θn-1)がn次元極座標で,そのとき,ヤコビアンD(x1,・・・,xn)/D(r,θ1,・・・,θn-1)は
r^(n-1)sin^(n-2)θ1・・・sin^2θn-3sinθn-2
となります.
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一般に,関数の1階偏微分行列式
J=|fx fy |
|gx gy |
はヤコビアンと呼ばれるものであり,3変数の場合のヤコビアンは,
|fx fy fz |
J=|gx gy gz |
|hx hy hz |
と書くことができます.
ヤコビアンはヤコビの名をとどめる行列式ですが,ヤコビが先鞭をつけた関数行列式はヘッセなどに引き継がれ,解析幾何学の面でたびたび利用され発展しました.ヘッセにもヘシアンという彼の名をとどめる2階偏微分行列式があり,2変数の場合は,
H=|fxx fxy |
|fyx fyy |
3変数の場合は,
|fxx fxy fxz |
H=|fyx fyy fyz |
|fzx fzy fzz |
また,ロンスキアンは
W=|f g | W=|f g h |
|f' g' | |f' g' h' |
|f'' g'' h''|
で定義され,線形常微分方程式の理論によくでてくる関数行列式となっています.
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【6】グラミアンと平行体の体積
2つのベクトルa↑,b↑を基底とする平行体(平行四辺形)の面積は,外積は
a↑×b↑
3つのベクトルa↑,b↑,c↑を基底とする平行体(平行六面体)の体積は,スカラー三重積
(a↑×b↑)・c↑
すなわち,外積a↑×b↑とベクトルc↑の内積で与えられます.
|a↑|=a,|b↑|=bとすれば,平行四辺形の面積は,
S=absinθ
ですから,
S^2=a^2b^2(1−cos^2θ)
=|a↑|^2|b↑|^2−(a↑・b↑)^2
=|a↑・a↑ a↑・b↑|
|b↑・a↑ b↑・b↑|
同様に,平行六面体の体積は
V^2=|a↑・a↑ a↑・b↑ a↑・c↑|
|b↑・a↑ b↑・b↑ b↑・c↑|
|c↑・a↑ c↑・b↑ c↑・c↑|
で与えられます.
これらのように,内積の行列式で定義される行列式をグラムの行列式(グラミアン)といいます.平行体の面積・体積はグラミアンの平方根に等しくなるというわけです.
また,座標を使って表せば,n+1個の点の座標に(1,1,1,・・・,1)を加えて作られる(n+1)次の行列式の絶対値になります.
|S|=|1 x1 y1| |V|=|1 x1 y1 z1|
|1 x2 y2| |1 x2 y2 z2|
|1 x3 y3| |1 x3 y3 z3|
|1 x4 y4 z4|
原点が含まれるときは,
|S|=|x1 y1| |V|=|x1 y1 z1|
|x2 y2| |x2 y2 z2|
|x3 y3 z3|
のように展開されます.
なお,これらはそれぞれn次元単体の体積のn!倍になりますから,三角形面積,四面体の体積は,
S’=S/2
V’=V/6
また,4辺の長さがa,b,cで与えられた三角形,6辺の長さがa,b,c,d,e,fで与えられた四面体の場合は,
2^2(2!)^2S’^2=|0 a^2 b^2 1|
|a^2 0 c^2 1|
|b^2 c^2 0 1|
|1 1 1 0|
2^3(3!)^2V’^2=|0 a^2 b^2 c^2 1|
|a^2 0 d^2 e^2 1|
|b^2 d^2 0 f^2 1|
|c^2 e^2 f^2 0 1|
|1 1 1 1 0|
となります.
前者はヘロンの公式にほかなりませんが,ヘロンの公式とは,任意の三角形の三辺の長さをa,b,c,面積をΔとして,
Δ^2=(2a^2b^2+2b^2c^2+2c^2a^2−a^4−b^4−c^4)/16
=(a+b+c)(−a+b+c)(a−b+c)(a+b−c)/16
ここで,2s=a+b+cとおくと
Δ^2=s(s−a)(s−b)(s−c)
となり,おなじみの平面三角形のヘロンの公式が得られます.
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[補]ところで,行列の固有値は幾何学的に何に対応しているのだろうか? →単位キューブを線型写像で変換したときの各辺の長さと思えばよい.なぜなら,写像:y=Axによって,単位直方体は平行2n面体に写像されるものとすると,この写像のヤコビアンはJ=|A|となる.
また,グラミアン
G=|A|^2
が成立する.したがって,平行2n面体のn次元体積は
|G|^(1/2)=|A|
で与えられる.すなわち,行列式=体積=固有値の積であって,行列式はn本のベクトルで張られる平行2n面体の体積となることが分かる.
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【7】シルベスターの終結式
f(x)=a0x^n+a1x^(n-1)+・・・+an-1x+an
g(x)=b0x^m+b1x^(m-1)+・・・+bm-1x+bm
が共通因子をもつための必要十分条件は,n+m次の行列式:Res(f,g)
|a0 a1・・・an・・・・・・0|
|0 a0 a1・・・an・・・0 |
|・・・・・・・・・・・・・・・ |
|0・・・・・・a0 a1・・・an|=0
|b0 b1・・・bm・・・・・・0|
|0 b0 b1・・・bm・・・0 |
|・・・・・・・・・・・・・・・ |
|0・・・・・・b0 b1・・・bm|
よく知られているようにf(x)=0が重根をもつためにはf(x)=0,f’(x)=0が共通根をもつことである.したがって,
Res(f,f’)=0
は,f(x)=0が重根をもつための必要十分条件条件である.たとえば,
f(x)=ax^2+bx+c,f’(x)=2ax+b
のとき,
Res(f,f’)=−a(b^2−4ac)
このように,Res(f,f’)に方程式の判別式が出現するのは当然のことである.
ちなみに,楕円曲線
y^2=f(x)=x^3+px+q
はワイエルシュトラスの標準形と呼ばれるものであるが,このとき
f’(x)=3x^2+p
Res(f,f’)=4p^3+27q^2
となる.4p^3 +27q^2 ≠0はこの代数曲線が特異点をもたないための条件である.
また,5次方程式
f(x)=x^5+px+q=0
はジラールの標準形と呼ばれるものであるが,一般に
f(x)=x^n+px+q
のとき
Res(f,f’)=(-1)^(n-1)(n−1)^(n-1)p^n+n^nq^(n-1)
と計算される.
n=3のとき2^2p^3+3^3q^2,
n=5のとき4^4p^5+5^5q^4
というわけである.
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