最小の費用の下で得られるべき利益を最大にすることは経済学の根本原理ですが,この考え方は商業上重要というだけでなく,数学のいろいろな分野でも使われます.というわけで,今回のコラムでは蜂の巣問題とケルビン問題について紹介したいと思います.
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【1】蜂の巣問題(周長は小さく面積は大きく)
(問)正多角形は無限に多く存在しますが,それでは,互いに合同な正多角形を隙間も重なりもないように並べて平面を完全に埋める仕方が何通りあるでしょうか?
(答)平面充填形は正三角形,正方形,正六角形の3種類に限ることは,昔からよく知られていますが,このうち正方形のは碁盤,正六角形のは蜂の巣などでおなじみでしょう.
これら3つの図形のなかで,面積に対する周の長さが最も短い図形は正六角形です.すなわち,正六角形は最も広い空間を最小の材料で囲い込む最も効率の良い図形なのですが,このことはなぜ蜂の巣は正六角形なのかその理由としてあげられています.
この「蜂の巣問題」は2000年の間未解決だった由緒ある問題だったのですが,1943年,フェイエッシュ・トートは辺がまっすぐである凸多角形のなかでは正六角形が最も効率の良い図形であることを証明しました.しかし,凹多角形や辺が曲線になっている図形を含めても正六角形は最も効率的に平面を分割する図形なのでしょうか?
1998年にケプラー問題「キャノンボール・パッキングよりも密度の高い3次元パッキングは存在しない」を解決したヘールズは,さらに,1999年,
(1)最も効率の良い図形はまっすぐの辺をもつ凸多角形であること
(2)面積と周の長さとを結びつける不等式が最小値をとるのは正六角形の場合であること
を証明しました.これにより「蜂の巣問題」は解決されたのですが,「蜂の巣問題」の3次元版(表面積を最小にする空間分割問題:ケルビン問題)はヘールズにとってさえとてつもない難問であるということです.
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【2】ケルビン問題(表面積は小さく容積は大きく)
菱形十二面体としばしば対比されるのが切頂八面体です.どちらも単独で空間充填可能な立体図形なのですが,菱形十二面体が面心立方格子のボロノイ図であるのに対して,切頂八面体は体心立方格子のボロノイ図となっています.
ここでは,空間を体積が等しい凸多面体で,平均表面積ができるだけ小さくなるように分割せよという問題を考えてみることにしますが,ケルビンはプラトーの法則から6枚の正方形と8枚の正六角形からなる14面体(切頂八面体)を導き出しました.
そしてこの問題はかなり長い間,菱形12面体による空間分割が解だと考えられていたのですが,予想に反して,体積1のときの表面積を求めると,菱形12面体型分割では
3√108√2=5.345・・・
切頂8面体型分割では
3/43√4(1+√12)=5.314・・・
と後者の方が約0.5%少なくなります.
菱形12面体の体積を求めるのはそれほど容易ではないので,計算方法を示しますと,切稜立方体の表面積Sと体積Vは,dをパラメータとして
S=(6−9/√2)d^2+6√2d+6√2
V=−3/4d^3+3/2d^2+3d+2
で表されます→コラム「切稜立方体(その3)」.菱形十二面体ではd=0ですから
S=6√2
V=2
一方,切頂八面体では
S=(12−8√3)d^2+(24√3−48)d+48−12√3
V=8/3d^3−12d^2+12d+4
においてd=3/2とおいて求められます→コラム「切頂立方体の計量」.したがって,
S=3+6√3
V=4
となります.
体積1のときの表面積は
3√(S^3/V^2)
で求められますから,菱形十二面体では
3√(S^3/V^2)=3√(108√2)=5.345・・・
切頂八面体では
3√(S^3/V^2)=3/4・3√4・(1+√12)=5.314・・・
このようにして,1887年,英国の物理学者,ケルビン卿(ウィリアム・トムソン)は切頂八面体の集合によって空間を満たすことができ,そのときの界面積は菱形十二面体で満たしたときより小さいことを発見しました.すなわち,切頂八面体は表面張力を最小とする空間分割構造であると考えることができるのです.
[補]空間充填可能な凸n面体すべてを決定することは現在でも未解決になっている.ちなみに現在は4≦n≦38であるすべてのnに対し,空間充填可能な凸n面体が存在することが判明している.n=38に対しては,1981年にエンゲルが2つの異なる38面体の存在を示した.n≧39に対して空間充填凸n面体が存在するか否かはいまだ不明である.
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【3】ケルビンの14面体とウィリアムズの14面体
ケルビンの14面体(α-14面体)は,3対の合同な四角形の面と4対の合同な6角形の面とで囲まれています.最も簡単な場合は,6個の正方形と8個の正六角形とからなり,すべての辺の長さが等しいものが切頂八面体です.切頂八面体は16種ある準正多面体(アルキメデス体)のひとつです.
切頂八面体とα-14面体の関係は,立方体と平行六面体の関係に相当します.たとえば,諏訪紀夫「病理形態学原論」岩波書店には,α-14面体の代表例として8個の合同な六角形,4個の合同な平行四辺形,2個の合同な矩形の面をもち,面はすべて平面となる立体が収載されています.
このようなα-14面体は無限にありますが,とくに,すべての辺の長さの等しいものがケルビンの14面体と呼ばれています.ケルビンの14面体は切頂八面体をやや引き伸ばした形であって,切頂八面体のような等方14面体の条件は満足されませんが,単一の多面体による空間分割は可能です.
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α-14面体は,長い間,単一の多面体で空間を隙間なく分割しうる唯一のものと信じられてきました.面を平面にするという条件下にはこれは今日でも通用することです.しかし,その条件を外せば,空間充填14面体にはもう1種類あることを,1968年になってウィリアムズが報告しています.これがβ-14面体ですが,この間,実に1世紀近い年月の隔たりがあります.
β-14面体は,8個の合同な五角形と4個の合同な六角形と2個の合同な四角形をもち,それらの面は必ずしも平面である必要はありません.正方形の面は平面にできるのですが,その他の面はいずれも曲面(凸面,凹面,S字状の湾曲した曲面など)になります.
α-14面体に比較しても,辺が曲線になったり,面が曲面を含む点で幾何学的性質の単純さは劣りますが,五角形の面をもつという利点があります.分割多面体では5角形の面が最も多いのですが,α-14面体はまったく5角形の面をもちませんから,β-14面体のほうが空間分割のある側面をよく表していると考えることができます.
β-14面体のほうが形の上で実際に近いとはいっても,それだけでモデルの優劣を判断するわけにはまいりません.しかし,平面に投射した形を考えてみると,β-14面体による空間充填は,スケールを大きくとることによって,5角形による平面充填配列に近づいていきます.この5角形とは正五角形ではなく,カイロのタイル貼りと呼ばれる歪んだ5角形によるタイル貼りのことであって,正方形と正三角形によるアルキメデスの平面充填形の双対として得られるものです.
一方,α-14面体を平面のタイル張りに還元するには,かなり著しい変形を加えなければなりません.このことは,血管の分岐様式が二分岐になるためのモデルとして,多面体が奇数の辺をもつβ-14面体のほうが都合がよいことを意味していて,諏訪氏はβ-14面体の存在理由を非常に重要なものと考えています.
便宜のため,α-14面体とβ-14面体の主要な幾何学的性質をまとめて表示しておきます.
α-14面体 β-14面体
面の形と数 平面6辺形(8) 曲面5辺形(8)
平面平行4辺形(4) 曲面6辺形(4)
平面正方形または矩形(2) 平面正方形または矩形(2)
稜の形と数 直線(36) 曲線(24)
直線(12)
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【4】ウィアの12面体・14面体
ケルビンの14面体は100年以上もの間,最も効率よく空間を充填する多面体として最善の答でしたが,本当に表面積を最小化する多面体であるのかというと否定的であって,実はこの問題はいまでも未解決問題となっているのです.
もし,体積が同じで形の異なる2種類の多面体を組み合わせてみたら,ケルビン問題の反例がみつかるのでは・・・.そして,1994年,アイルランドの物性物理学者,ウィアは合金構造をヒントにもっと面積が小さくなる解を発見しました.同じ体積の2種類の多面体による空間充填なのですが,不等辺五角形の面をもつ12面体(5角形12枚)と14面体(5角形12枚と6角形2枚)が1:3の割合で並ぶものです.
もちろん,この12面体は正十二面体ではありませんし,14面体もケルビンの14面体ではありません.ウィアの空間充填では,ウィリアムズの14面体の場合と同様に,辺や面には微妙な曲がりが含まれています.また,ウィアの空間充填では,ウィリアムズの14面体よりも多くの五角形の面をもつという特徴もあげられます.
そしてこれらの多面体の表面積はケルビンの14面体よりも0.3%小さいことが判明したのです.曲面の高精度計算がコンピュータでできるようになったことがこの新発見に繋がったのですが,辺や面を微妙に調節することによって空間充填が可能となるのです.
ともあれ「同じ体積の泡が集まっているときに,境界面積が最小となる泡の形は何か?」は,泡の種類を増やせば面積をもっと減らすチャンスがあるのです.それで科学者たちは現在もより効率の良い空間分割法を探索し続けているのです.
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【補】安定な平面分割・空間分割
正三角形と正方形による平面分割は頂点だけで接している多角形があるので,ボロノイ分割に対して安定とはいえません.点のわずかな動きによって,ボロノイ分割が激変してしまうのです.したがって,ボロノイ分割の意味で安定なものは六角形による平面充填だけということになります.
それでは,3次元ではどうでしょうか? 正多面体による空間充填を考えると,立方体は明らかに空間を埋めつくすのですが,立方体を除く正多面体はどれも空間を充填しません.5種類ある正多面体(プラトン立体)の中では立方体だけ,16種類ある準正多面体(アルキメデス立体:2種類以上の正多角形から構成されている立体)の中では切頂八面体だけが空間を単独で埋めつくすことができます.
切頂八面体(truncated octahedron)は名前のとおり正八面体の各辺を三等分して頂点を切り取った後に残る多面体です.実は,準正多面体のなかで空間充填が可能なのは切頂八面体−−正6角形8枚と正方形6枚の2種類で作る14面体−−しかありません.切頂八面体は対心立方格子のボロノイ多面体です.
また,それ以外の単独空間充填形となる多面体としては,菱形十二面体(rhombic dodecahedoron )があげられます.菱形十二面体は,面が正多角形ではないので準正多面体ではありませんが,対心立方格子のボロノイ多面体になっています.
立方体,菱形十二面体,切頂八面体のうち,1点に4個の多面体が会してボロノイ分割に対して安定なものは切頂八面体だけなのですが,このことは14面体が最も多いとする実験的研究から得られた値を裏付ける1つの根拠を与えてくれます.
なお,それほど単純でない単独空間充填多面体の例としては,切頂4面体の正三角形部分に正4面体を4分割した扁平な4面体をくっつけたものが知られていますし,また,対称性をもたない凸の空間充填多面体としては,38面体の例も知られているようです.
もし2種類以上を使ってよければ,正四面体と正八面体の二面角が互いに補角ですから,両者を組み合わせて空間充填が可能になります.一種類の合同な正多面体による空間充填では立方体だけが空間充填形なのですが,正多面体同士の組合せでは,正四面体と正八面体を組み合わせたものだけが空間を充填します.
一方,2種類以上の多面体による空間充填については,すでに述べた切頂4面体と正4面体(1:1),切頂立方体と正8面体(1:1),切頂8面体と切頂立方8面体と立方体(1:1:3)の組合せなど,非常に多くの例があります.
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