■確率分布で用いられる特殊関数(その4)

【1】確率分布で用いられるその他の基礎的事項

(1)スターリングの公式

 数列{an }と{bn }がともに無限大に発散し,差{an −bn }は無限大に発散するが,比{an /bn }は1に近づくという例に,

xを越えない素数の個数を与える近似的な公式(素数定理)

  π(x)〜x/logxや

階乗n!の近似値を与える公式として有名なスターリングの公式があります.

  n!〜√(2πn)nn e-n

 ”〜”記号は漸近的に等しい,すなわちxが十分大きいとき両者の比が1に近づくという意味であって,両者の差がなくなるという意味ではありません.いいかえれば,この近似式の絶対誤差はxの増大とともに増大するが,相対誤差は減少する,つまり,左辺と右辺の比はxを∞にすると極限が存在して0でも無限大でもなく,1に収束する,

  π(x)/(x/logx)〜1   (x→∞)

ということです.

 スターリングの公式を誘導してみましょう.

  logn!=log1+log2+・・・+logn=Σlogx

ここで,y=logxのグラフを幅が1の長方形に分割していくと,xが十分大きければ相対的に和の間隔が小さくなるので,和は積分に置き換えられます.

 Σlogx≒∫1xlogtdt

logxの原始関数は置換積分よりxlogx−x+Cと計算されますから,右辺はxlogx−x+1となります.したがって,

  n!≒enn e-n

が得られます.

 logn!=nlogn−n+o(n),ただし,limo(n)/n=0

としても大体了解されますが,もっと正確に近似すると

 ∫0nlogtdt<logn!<∫1n+1logtdt

より

nlogn−n<logn!<(n+1)log(n+1)−n

したがって,両辺の相加平均に近い

(n+1/2)logn−nでlogn!を近似できることになり,

 ∫1xlogtdt

=log1+log2+・・・+logx−1/2logx+δ

であること,また,ウォリスの公式:√π〜(n!)2 22n/(2n)!√n

より,結局,

  n!〜√(2πn)nn e-n

にたどりつきます.

 スターリングの近似公式は階乗の一般化であるガンマ関数の近似値としても使われています.

  Γ(x+1)=∫e-ttx dt〜√(2πx)xx e-x

近似の程度を進めると

  Γ(x+1)〜√(2πx)xx e-x[1+1/(12x)+1/(288x^2)-139/(51840x^3)-.....}

が得られます.これらの公式ではxが大きくなるほど相対誤差は小さくなります.

 スターリングの公式にもπが出現しましたが,この公式の初等的証明については,数学セミナー1972年6月号の黒川信重の記事を参照.スターリングの公式は2項分布の正規分布への収束を示すド・モアブル=ラプラスの定理の証明などにも用いられますが,この定理は中心極限定理の特別な場合に相当しています.

===================================

(2)ベルヌーイ数とオイラー数

 B2k=(−1)k-1 ・2(2k)!/(2π)2k・ζ(2k)

すなわちベルヌーイ数Bn は,オイラーのゼータ関数

ζ(2s)=Σ1/n2s =1/12s +1/22s +1/32s +1/42s +・・・

の計算にも重要な役割を果たしていることを述べましたが,元来はベキ和の公式

S(s,n)=Σks =1s +2s +3s +・・・+ns

を求めるために考案されたものです.

Σk=n(n+1)/2

Σk2 =n(n+1)(2n+1)/6

Σk3 =n2 (n+1)2 /4

Σk4 =n(n+1)(2n+1)(3n2 +3n−1)/30

Σk5 =n2 (n+1)2 (2n2 +2n−1)/12

Σk6 =n(n+1)(2n+1)(3n4 +6n3 −3n+1)/42

Σk7 =n2 (n+1)2 (3n4 +6n3 −n2 −4n+2)/24

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ですから,左辺は,sが偶数のときn(n+1)(2n+1)(多項式)/(整数),1以外の奇数のときn2 (n+1)2 (多項式)/(整数)と書くことができます.また,Σks は(s+1)次の多項式になり,最高次数の係数は1/(s+1)です.

 ベルヌーイはこの式の列を見て,次のようなパターンを発見しました.それを一般式の形で書くと,Σks は

S(s,n)

=1/(s+1){B0n^(s+1)+(s+1,1)B1n^s+・・・+(s+1,s)Bsn}

=1/(s+1)Σ(K=0-s)(s+1,k)Bk(n+1)^(s+1-k)

とBn を含む式で表すことができます.

 具体的に係数Bn を求めてみましょう.有名なベルヌーイ数列{Bn }の指数型母関数はx/(ex −1)で与えられます.すなわち,ベルヌーイ数は

x/(ex −1)

=B0/0!+B1 /1!x+B2 /2!x2 +B3 /3!x3 +・・・

=ΣBn xn /n!

で定義される有理数で,係数Bn はベルヌーイ数と呼ばれます.容易にわかるようにlim(x→0)x/(ex −1)=1が成立します.

 定義より,ベルヌーイ級数は

べき級数(ex −1)/x=1+1/2!x1 +1/3!x2 +1/4!x3 +・・・

の反転級数と考えることができます.

ex =1+1/1!x+1/2!x2 +・・・

ですから

x/(ex −1)

=x/(x+x^2/2!+x^3/3!+・・・)

=1/(1+x/2!+x^2/3!+・・・)

=1-(1+x/2!+x^2/3!+・・・)+(1+x/2!+x^2/3!+・・・)^2-・・・

=1-1/2x+1/6x^2-1/30x^4+・・・

これより,B0=1,B1 =−1/2で,x/(ex −1)−B1 /1!x=x/2・(ex +1)/(ex −1)は,偶関数ですから,奇数項は第一項以外は0で,偶数項はB2 =1/6,B4 =−1/30,B6 =1/42,B8 =−1/30,B10=5/66,B12=−691/2730,B14=7/6,B16=−3617/510,B18=43867/798であとは分子が急速に大きくなり,たとえば,B32=−7709321041217/510,B34=2577687858367/6です.分母は必ず6で割り切れます.

 ベルヌーイ数については,再帰公式

  (B+1)^n-B^n=0

が成り立ちます.ただし,2項展開してからB^nをBnで置き換えることにします.ベルヌーイ数は数多くの魅惑的な整数論的特性をもっていて,正則素数の判定にも顔を出す興味深い数となっています.

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 また,ベルヌーイ数と似たものにオイラー数やタンジェント数があります.オイラー数は

sechx=ΣEn/n!x^n

=E0/0!+E2 /2!x2 +E4 /4!x4 +・・・

でべき級数

coshx=1+1/2!x2 +1/4!x4 +1/6!x6 +・・・

の反転級数として定義されます.

 オイラー数では再帰公式

  (E+1)^n-(E−1)^n=0

が成り立ちます.

E0=1,E2=-1,E4=5,E6=-61,E8=1385,E10=-50521,・・・

E1=E3=E5=・・・=0

 L(s)= 1/1s −1/3s +1/5s −1/7s +・・・

において

L(2n+1)=(-1)n|E2n|/2^(2n+2)(2n)!π^(2n+1)

L(−n)=1/2En(解析接続)

L(2n)=(−1)n(π)^2n/4(2n−1)!*∫(0-1)E2n-1(x)sec(πx)dx

 これらについて,もっと知りたい人のためには,クヌースらによる「コンピュータの数学」共立出版刊などをお勧めします.

===================================

(3)オイラーの定数

Hn =1/1+1/2+1/3+1/4+・・・+1/n

と定義します.(n>1ならばHn は整数にはなりません.)

 nを無限大にしたとき,調和級数

  H∞= 1/1+1/2+1/3+1/4+・・・

は発散しますが,そのn次部分和Hnは離散的な世界で連続関数lnnに対応するものであり,自然対数は双曲線y=1/xの下の面積として定義できます.

 したがって,双曲線y=1/xを上と下から棒グラフではさんで近似することにより,lognとlogn+1の間に押し込まれまれることがわかります(∵∫1/xdx=logx).したがって,Hn とlognの比{Hn /logn}は

 Hn /logn→1   (n→∞)

です.

 一方,Hn とlognの差{Hn −logn}は確定した極限値γに収束します.

 Hn −logn→γ   (n→∞:Hn =logn+γ+O(1/n),Hn =logn+γ+o(1))

 この極限値はオイラーの定数として知られており,約0.57722になります.オイラーの定数の比較的よい近似値は4/7で,さらによい近似値は41/71で与えられます.

 Hn は上限と下限の間の約58%のところにあることがわかりましたが,今日に至るまで,オイラーの定数の値は有理数とも無理数ともわかっていません.おそらく,超越数なのでしょう.

 また,オイラーの定数γを極限値lim(Σ1/k−lnn)を直接計算するのは収束が遅くて非効率的です.そこで,

log(1+x)=x−x2/2+x3/3−x4/4+・・・

log(1+1/x)=1/x−1/(2x2)+1/(3x3)−1/(4x4)+・・・

より

logΓ(1+s)=−γs+ζ(2)/2s^2−ζ(3)/3s^3+・・・

これを用いると

γ=ζ(2)/2−ζ(3)/3+ζ(4)/4−ζ(5)/5+・・・

あるいは

γ=1−1/2(ζ(2)−1)−1/3(ζ(3)−1)−1/4(ζ(4)−1)−・・・

などと書けることになります.これらの無限級数はかなり速く収束します.

 なお,素数の逆数の和Σ(1/p)については

lim{Σ(1/p)−loglogn}→0.26149・・・

===================================

【2】種々の積分変換解析法と確率分布

 積分変換解析法というと,まずラプラス変換,フーリエ変換,それに近年ではウォルシュ/アダマール変換,ウェーブレット変換などが思い浮かびますが,それ以外にも多数の変換が応用されていて,カーネルの違いから,ハンケル,メリン,z,アーベル,ヒルベルト変換などがあげられます.

 関数f(x)としてsinxやxの無限積分を考えると前者は不定,後者は発散してしまいます.一方,これらの関数にexp(-x)を掛け合わせたf(x)exp(-x)を無限積分すると収束します.x>0のとき,ガンマ関数

  Γ(s)=∫(0-∞)x^(s-1)exp(-x)dx

の存在が知られているルーツにもこのような理由があるからです.

 すなわち,exp(-x)は無限積分において不定や発散する関数を収束させる働きをもっていることが理解されます.このことより,exp(-x)の代わりにもうひとつの変数sを含んだexp(-sx)を考え,

  F(s)=∫(-∞-∞)f(x)exp(-sx)dx

とおくと,無限積分の後,xの関数はsの関数に変換されます.この操作をラプラス変換と呼びます.

 ラプラス変換において変数sは複素変数であり,フーリエ変換はラプラス変換におけるパラメータsの実部が0である場合に相当します.応用面でいうと,フーリエ変換の理論はそれがつくられた時点から物理現象を説明するための手段でしたし,現在でもさまざまな工学分野,CTスキャンなどの医療分野になくてはならない理論になっています.なぜフーリエ変換がCTスキャンなど医療用画像にとって重要なのかというと,短い周期をもつ成分(高調波成分)を無視してもとの図形を再現しても,その周期に対応した微細な構造が失われるだけで,再現された画像に大して悪影響はないということに起因しています.

 また,関数f(x)に対して,積分

  h(s)=∫(0-∞)x^(s-1)f(x)dx

が存在するとき,これを関数f(x)のメリン変換といいます.exp(-x)のメリン変換はガンマ関数Γ(s)であることより,ガンマ関数の定義も1種のメリン変換ですし,また,メリン変換において,xをexp(-x)に置き換えれば1種のラプラス変換になっていることがわかります.

 ガンマ関数の定義式()より

  ∫(0-∞)x^(s-1)exp(-nx)dx=Γ(s)n^(-s)

ですから,ディリクレ級数Σann^-sについて

Σann^-s=1/Γ(s)∫(0,∞)(Σanexp(-nt))t^(s-1)dt

が得られます.

 この式は,ディリクレ級数f(s)=Σann-sと同じ係数をもつベキ級数F(z)=Σanz^nは,メリン変換

  f(s)=1/Γ(s)∫(0,∞)F(exp(-t))t^(s-1)dt

によって互いに結ばれていることを意味します.

(例)ζ(s)=Σ1/n^sにおいてF(exp(-t))=Σexp(-nt)=1/(exp(t)-1)

φ(s)=Σ(−1)n-1/ns=(1-2^(1-s))ζ(s)において

F(exp(-t))=Σ(−1)n-1exp(-nt)=1/(exp(t)+1)

L(s)= 1/1s −1/3s +1/5s −1/7s +・・・

においてF(exp(-t))=1/(exp(t)+exp(-t))

 したがって,

Γ(s)ζ(s)=∫(0-∞)x^(s-1)/(e^x-1)dx

Γ(s)ζ(s)(1-2^(1-x))=∫(0-∞)x^(s-1)/(e^x+1)dx

L(s)=1/Γ(s)∫(0,∞)t^(s-1)/(exp(t)+exp(-t))dt

 関数論において,ベキ級数は基本的な役割を演じますが,メリン変換によって,ベキ級数の性質からディリクレ級数の性質を導いたり,その逆も可能になります.ゼータ関数は最も簡単かつ最も重要なディリクレ級数f(s)=Σann-sですが,メリン変換は(解析的数論における)ゼータ関数と(関数論における)保型関数(ある種の2重周期的挙動をする複素変数関数)を結ぶ装置として,数論の世界では決定的に重要な意味をもっています.

 メリン変換の特異積分式は留数定理により求めることができますが,これによって,確率変数の積,商,代数関数などの分布を得ることができます.

 一般に,積分変換解析法

  h(s)=∫(a-b)k(s,x)f(x)dx

において,関数k(s,x)をカーネル(核関数)と呼びます.ラプラス変換のカーネルはk(s,x)=exp(-sx),メリン変換ではk(s,x)=x^(s-1)というわけです.

 確率分布との関係でいうと,正規分布のフーリエ変換は

  ∫(-∞,∞)exp(-πx2)exp(-i2πxs)dx=exp(-πs2)

また正規分布になります(ただし,全面積が1という原則を考慮していません).

 さらに,シンク関数とジンク関数を例として,積分変換解析法と確率分布の関係をみてみましょう.シンク関数とそれに類似のジンク関数はそれぞれ

sinc(x)=sin(πx)/(πx)

jinc(x)=J1(πx)/(2x)  (j1は1次のベッセル関数)

で定義されます.

 どちらも,光の回折の干渉縞の強度分布を表す関数であり,シンク関数は1本スリットがつくる1次元的回折像,ジンク関数は円孔スリットがつくる2次元的回折像として応用上重要であり,

sinc0=1,sincn=0,integral(-∞,∞)sincxdx=1,integral(-∞,∞)sinc2xdx=1

integral(0,∞)sincxdx=1/2

jinc0=π/4,integral(0,∞)jincxdx=1

です.

 シンク関数は矩形分布に,平方シンク関数は三角分布にフーリエ変換されます.また,ジンク関数のアーベル変換はシンク関数であり,ハンケル変換は矩形分布となります.

===================================