合同な菱形だけでできている平行六面体(菱面体)には2種類(太った菱面体とやせた菱面体)あって,細めで尖ったほうがacute(扁長菱面体),太めで平たいほうがobtuse(扁平菱面体)と呼ばれています.
扁長菱面体の8頂点のうち6つは同心球面上に位置しますが,菱形の鋭角が3つ集まって構成される2つの頂点は球には内接しません.そこで,この頂点を切頂して球に内接する多面体を作ろうというの今回のテーマです.
先日,釜石南高校の宮本次郎先生からこの多面体のことを教えていただいたのですが,この切頂菱面体は五角形6枚と三角形2枚よりなる八面体で<デューラーの八面体>と呼ばれているそうです.
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【1】デューラーの八面体
デューラーは1471年に生まれ,1528年に没しています.透視図法の発展を促し,有名な版画作品「メランコリアI」は彼の透視図法に対する関心の高さを示しています.メランコリー(黒胆汁質)は初めはよくない気質と考えられていたのですが,ルネサンス時代には芸術家的な気質,創造力に繋がるものとされていたようです.
この版画には幾何学や建築に関係のあるいろいろな品物が描かれています.切頂菱面体(デューラーの八面体)はこの版画の中にある品物のひとつですが,その他に,4次の魔方陣
[16,03,02,13]
[05,11,10,08]
[09,06,07,12]
[04,15,14,01]
も描かれています.
この魔方陣の下の行の真ん中の2つは15と14になっていて,これが製作年の1514年を表していることはよく知られています.4次の魔方陣は一意ではなく,たとえば,
[12,13,01,08]
[06,03,15,10]
[07,02,14,11]
[09,16,04,05]
なども考えられます.4次の魔方陣は有限射影平面と関係していますから,まさにメランコリーの寓意がこれらの品物に託されているというわけです.→コラム「群と魔方陣」
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【2】菱形六面体の計量とその切頂
菱形の対角線の長さを2dと2,また,この菱形の鋭角が60°より大きく90°より小さいとすると,dの取りうる値は
1<d<√3
の範囲にあります.
60°のとき菱形六面体の体積は最小となり,90°(すなわち立方体)のとき最大となります.結晶学的な見方をすると60°は面心立方格子,90°は単純立方格子と関係しているというわけです.→[補]
また,菱形の鋭角が3つ集まって構成される頂点を原点として,この菱面格子の3つの基本ベクトルを
a↑=(d,1,0)
b↑=(d,−1,0)
c↑=(x,0,z),x^2+z^2=d^2+1
とおきます.
このとき,菱形の面積,体積は
S=2d,V=2dz
菱形の鋭角をθとおくと
tan(θ/2)=1/d → θ=2arctan(1/d)
で表されます(60°<θ<90°).
次に,xとzをdで表してみることにしましょう.
a↑・c↑=(d^2+1)cosθ=dx
より
x=(d^2+1)/dcosθ
=(d^2+1)/dcos(2arctan(1/d))
=(d^2−1)/d
z^2=d^2+1−x^2=3−1/d^2
ベクトルc↑とx軸のなす角φは
cosφ=x/(d^2+1)^(1/2)=(d^2−1)/d(d^2+1)^(1/2)
で求められますが,このように菱形六面体の計量値はすべてパラメータdを用いて表すことができます.
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菱面体の中心の座標は(d+x/2,0,z/2)ですから,8頂点のうち6つ
(d,1,0),(d,−1,0),(2d,0,0)
(x,0,z),(d+x,1,z),(d+x,−1,z)
までの距離Rはすべて等しく
R^2=(x^2+z^2)/4+1=(d^2+1)/4+1
と計算されます.すなわち,これらは半径Rの同心球面上に位置します.
しかし,菱形の鋭角が3つ集まって構成される2つの頂点
(0,0,0),(2d+x,0,z)
はこの球には内接しません.そこで,この頂点を切頂して同心球面上に位置するようにします.
球との交点を,パラメータt(0<t<1)を用いて
(td,t,0),(td,−t,0),(tx,0,tz)
とすると,tは2次方程式
(d^2+1)t^2−(3d^2−1)t+2d^2−2=0
の解に帰着され
t=2(d^2−1)/(d^2+1)
と計算されます.
切頂によって新たにできる三角形は1辺の長さが2tの正三角形で,切頂される三角錐は底面積S’=t^2d,高さtzですから,その体積は
V’=t^3zd/3
t=2(d^2−1)/(d^2+1)
z^2=d^2+1−x^2=3−1/d^2
で計算されることになります.2個あわせて菱形6面体(V=2dz)のt^3/3倍となるというわけです.
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[補]面心立方格子や対心立方格子では,直交座標を基本としている.直交座標軸は空間中の点の位置を表すのに最も取り扱いが簡単である.しかし,3つベクトルa↑,b↑,c↑の選び方は一義的には決まらず,いろいろな選び方がある.そこで,3つのベクトルをそれぞれの構造の単純並進ベクトルと呼ばれるものに採ってみると,対心立方格子ではa=b=c,α=β=γ=109.49°,面心立方格子ではa=b=c,α=β=γ=60°の菱形体格子に変換されることになる.
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【3】デューラーの八面体の木工製作
ここで考える菱形六面体は1<d<√3,すなわち菱形面の鋭角が60°<θ<90°の範囲にあるものです.また,A,B,Cを菱形六面体からデューラーの八面体を作るために必要な諸計量値を
B=π/2−φ
tanA=1/dcosB
cosC=2/(3(d^2+1))^(1/2)
とします.A,Bは菱形六面体を作るのに必要な計量値,Cとt(前述)が切頂に必要な計量値です.
黄金菱面体(d=(√5+1)/2=1.61803),白銀菱面体(d=√2=1.41421),菱形の頂角72°の菱面体(d=√((5+2√5)/5)=1.37638)を切頂したデューラーの八面体では,それぞれ
θ=63.4350 70.5288 72
A=36 37.7613 38.1727
B=31.7174 24.0948 22.4555
C=52.6227 38.1727 47.2567
t=.894427 .666667 .618034
と計算されました.
72°というのはdの値が解析的に求められる特別の角であって,正五角形(黄金比)と関係していることは説明するまでもないでしょう.ここで面白いことがわかります.72°のときのtは
t=(√5−1)/2=0.61803=1/τ
τ=(√5+1)/2
と表されるのです.このことからデューラーの八面体の頂角が72°だとする結論はまったく正しいものに思えます.
その他には76°説,80°説,82°説などがあるそうですが,参考までに菱形の頂角が76°(d=1.27994),80°(d=1.19175),82°(d=1.11061)の場合も掲げておくと
θ=76 80 82
A=39.3836 40.7458 41.4913
B=17.8787 13.1018 10.6265
C=44.6915 42.0786 40.7513
t=.483846 .347298 .278349
以下に,中川宏さんが製作したデューラーの八面体の木工模型(θ=72°)を掲げます.
なお,頂角が60°(d=1.73205),90°(d=1)の場合は
θ=60 90
A=35.2644 45
B=35.2644 0
C=54.7357 35.2645
t=1 0(切頂しない)
で,切頂形はそれぞれ辺の長さの等しい正八面体,立方体になります.
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【4】菱形多面体
合同な菱形だけでできている多面体について考えます.平行六面体となる菱面体には2種類(太った菱面体とやせた菱面体)あって,細めで尖ったほうがacute(扁長菱面体),太めで平たいほうがobtuse(扁平菱面体)と呼ばれていることは前述したとおりです.
菱形の鋭角と鈍角の和は180°ですから,頂点に4つ以上の鈍角が集まることは不可能です.頂点に集まる角がすべて鈍角である場合はqi=3で,菱形の鈍角が120°より小さいことが必要になります.また,この菱形(鋭角が60°より大きい)が頂点に集まる角がすべて鈍角である場合は最大1頂点に5枚ですから,qi=4またはqi=5ということになります.
ケプラーは複合多面体から菱形十二面体,菱形三十面体を発見し,すべての面が合同な菱形である菱形多面体は,対角線の比が白銀比(1:√2)になっている菱形を12枚組み合わせてできる菱形十二面体と対角線の比が黄金比(1:(√5+1)/2=1.618)になっている菱形を30枚組み合わせてできる菱形三十面体以外にはないことを証明しようとしました.
菱形十二面体,菱形三十面体は球に内接する(外接球をもつ)のですが,球には内接しないものの合同な菱形だけでできている多面体には,2種類の菱形六面体を除いて実はあと2つ,1885年にフェドロフが発見した菱形二十面体と1960年にビリンスキーが発見した菱形十二面体(第2種)があります.
各面の菱形の対角線の長さの比が黄金比の黄金六面体の場合,2つずつacute とobtuse が集まれば菱形十二面体(第2種),5つずつ集まれば菱形二十面体,10個ずつ集まれば菱形三十面体となります.このうち,菱形二十面体と菱形三十面体は5重の対称軸をもっています.2種類の黄金菱面体を用いて,3次元を隙間なく埋める非周期的構造を作ることができるのですが,ペンローズのタイル貼りは,三次元空間を2種類の黄金菱面体で非周期的に埋めつくしたときの平面への投影図であり,5回対称性という物質の新しい状態を2次元的に模似したものになっています.
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【5】ゾーン多面体の構成
ここでは,すべての面が菱形で,すべての稜が与えられたn方向のみを向いている多面体を(狭義の)ゾーン多面体と呼ぶことにします.
菱形三十面体からあるゾーン(菱形の連なった帯)を抜き取って押しつぶすと菱形二十面体,菱形二十面体からあるゾーンを抜くと菱形十二面体(第2種)になるので,これらは各面の対角線の長さの比が黄金比の菱形からなる一連のゾーン多面体と考えることができます.
菱形のすべての稜は2方向を向いていますが,もっとも単純なゾーン多面体は菱形6面体であり,このとき稜は3方向を向いています.次に単純なゾーン多面体は菱形十二面体(立方八面体の双対)で4方向,菱形三十面体(12・20面体の双対)では6方向,菱形二十面体では5方向,菱形十二面体(第2種)では4方向をを向いています.また,すべてのゾーン多面体は菱形6面体に分割することができます.
ゾーン多面体の面の数は
f=n(n−1)=2,6,12,20,30,42,56,・・・
枚となります.また,辺数,頂点はそれぞれ
e=2n(n−1)
v=n(n−1)+2
で表されます.
コラム「菱形多面体の構成(その2)」に掲げたように,菱形多面体の決定にゾーン多面体を調べると比較的簡単に決定できます.菱形多面体では
6≦f≦30
を示すことができますから,
f=n(n−1)=6,12,20,30
がすべての菱形多面体を網羅していることになります.
なぜゾーン多面体が菱形多面体を網羅するのか疑問が残るかもしれませんが,菱形に限らず,(広義の)ゾーン多面体とは面をつないだゾーン(ベルト)で作られる多面体です.それは立方八面体や12・20面体のように辺が正多角形にまとめられる立体の双対(相反というべきか)多面体として導入された概念ですが,フェドロフ(ロシアの結晶学者)の研究によって,面がすべて中心対称な多角形(当然偶数角形)で囲まれた多面体として特徴づけられるということが知られています.
したがって,菱形多面体を網羅する大分類として,面がすべて平行四辺形で作られる多面体を調べれば十分です.ゾーン多面体の面数がn(n−1)枚に限ることは比較的容易に示すことができますので,あとは面が菱形になる範囲に限定して全部が決定できます.なお,nが大きいときには平行四辺形だけでは間に合いませんが,中心対称な六角形,八角形,・・・などを含めて構成できる場合があるそうです.
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【6】デルタ多面体
1種類の正多角形からできているといっても,正多面体とは限りません.たとえば,デルタ多面体は正三角形だけでできた多面体です.
凸デルタ多面体はf=4,6,8,10,12,14,16,20の8種類あります.オイラーの多面体定理より
4≦f≦20
が示されますがf=18は存在しません.
凸でなくてもよいとすると無限の可能性が出てくきます.たとえば,適当なデルタ多面体の側面に4角錐をのせるだけでも新しいデルタ多面体が得られます.写真左はf=6のすべての面に,写真右はf=14の2面に4角錐をのせてf=18としたものです.
また,次の写真はf=16のジョイントを外し,そこに正角形2枚を挿入してf=18としたものですが,これは少しへこんでおり凸ではないのでデルタ多面体には含まれません.なぜf=18がないかというと,どのようなf=18でも凸体にならないことが証明されているからです(フロイデンタール,1942年).
デルタ多面体(正三角面体)は正4面体,正8面体,正20面体も含めて全部で8種類,同様に,正方形1種類では立方体のみ,正5角形1種類では正12面体のみが得られ,正6角形以上の正多角形ばかりでは凸多面体はできません.結局,1種類の正多角形でできる凸多面体は合計10種類あることになります.
なお,造形玩具「ポリドロン」には等しい長さの辺をもつ三角形・四角形・五角形・六角形の各辺に蝶番がついていて,この中の2つを組み合わせた面同士のなす角度を自由自在に動かすことができます.このような特長から正多面体模型や準正多面体模型を作ることができます.「ポリドロン」は東京書籍がその取り扱い店となっています.
連絡先:tel:03-5390-7513,fax:03-5390-7409(大山茂樹)
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